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“Variant”   作者: 犬野ミケ
Spring 五章
12/22

二話

「なぁ、ルネ。あのイかれたシスコン野郎はお前の知り合いか?」


 静かに殺意を煮えたぎらせているネジュを前に、フィルは尋ねる。しかし、尋ねてみるのはいいが、殺意を一方的に向けられているルネも首を傾げるばかりである。それでは、単なる相手の勘違いだろうか。だとすれば、これ程迷惑な話もない。どこかに行ってしまったストエカスとウィンストン、イオリも戻ってこない。何かが、おかしい。自分の見えないところでも別の何かが蠢いているように感じる。

 フィルはそう考え、息を整える。その吐く息も白く、周りの温度が異常な程に下がっているというのが解る。

 そして冷気に混ざって、変な者までもフィル達の周りを取り囲んでいる。フィルが気付いたのを察したのであろう。その集団が出てきた。彼らを表すには『変』という言葉がぴったりだと感じさせた。現れたのは、頭から爪先までを黒く覆った集団。そして彼らは無言で――――――ナイフを構えて一斉に切りかかってくる。


「ハッ、挨拶もなしか。礼儀ってモンが無いのか、お前等は」


 軽やかなステップを踏みながらフィルは紙一重で凶刃をかわし続け、時には相手の刃を捕まえて相手自身の喉を掻っ切らせる。きられた黒服は止めどなく溢れる血を必死で押さえようとするも、無駄に終わって失血で死ぬ。それに怯んだのか、動きが一瞬止まった黒服の一人も背骨を踵で砕き、開いた隙間から自分を囲む包囲網の外を見やった。そして、更に募ってきたその異常に気付いてしまう。


「ルネ? どこに行った?」


 ルネの姿は、フィルの目が届く限りの中にはどこにも無かった。そして、白いカッターシャツを着た、全てを雪で覆い隠したような青年も。



      *      *      *



 ルネが白い青年から受けた行動は、実に単純にして明快な物だった。フィルの注意が黒服の集団に向いている間に、白い青年の腕がルネの首へと絡みつき、その勢いで背後へと投げ飛ばしたのだ。尋常ではない速さと力により、ルネの身体は今もなお、空中を移動していた。

 しかし、その状況の中でもルネは全くと言っていい程冷静さを欠いていなかった。一瞬とはいえ、潰されかけて窒息しそうになった喉を擦ってから、仰向けに仰け反るような形で自分の進行方向を見る。ここは森の中であり、何時木にぶつかってもおかしくはない状況で、今迄何とも無かったのが奇跡とも言える。

 案の定、木の幹が迫っており、ルネは早々に気付けた事に安堵しながら、仰向けの状態から更に足を頭上に掲げ、半回転する。進行方向に向いた足が木の幹に着地し、撓めた足をすぐに伸ばして横へと跳躍する。

 その直後、死を連想させる風斬り音と友に青年の白い手がルネのいた幹に突き刺さり、粉々に砕く。しかし、砕かれた木っ端は辺りに飛び散らず、また、中心部分が折れた木も地に倒れる事は無かった。


「凍っちゃった……の……?」


 それは、異様な光景だった。木の幹を破壊した青年の右手を中心として、みるみるうちに木っ端や木そのものが凍り付いていく。散った木っ端は本体と氷でつながれ、地に落ちる事も周辺に飛び散る事もない。途中から折られ傾いだ木の幹も氷で根元と接着され、不自然な格好で固まっている。

 上手く状況を飲み込めず沈黙するルネの視界の隅に、何か白くて小さな物がちらつく。不思議に思ってそちらを見ると、それは一粒の雪だった。そしてそれを皮切りに次から次へと降り、足場を泥だらけの不安定な物へと変化させていく。


「春なのに……暖かいのに。何で雪?」


 疑問を口に出してみるが、その答えは誰かに出してもらうまでもない事だった。

 この現象は。間違いなく目の前の白い青年が引き起こしたものだ。人間じゃない、とルネの心の内の何かが伝えてくる。こんな強大な力を操るためのベルヴェルグは人体には重過ぎる。かと言って、ヴェリェントと言った雰囲気もない。そんな臭いは感じられない。

 白い青年が答えた内容は、ルネが感じた事に限りなく近かった。ただ違うのは、それがルネの予想を大きく上回っていた事。


「シルヴィア・ギルデンの作りし擬人型が一体、雪のネジュ。周りのこれは僕の能力。解った?」


 突然出てきた母の名に、ルネは目を見開いた。



      *      *      *



 技術も何もなく、ただ単純に力任せに突き出された槍を、イオリは刀で受け流し中途半端に力がかかった槍の穂を踏みつける。それに引かれて体勢が前のめりになった男の無防備な腹を引ききる。切り口から血と共に男の腸が溢れ出てきて、力無く垂れ下がった。男が槍から手を離して何とか腸を元の場所に戻そうとするが、それが致命的な隙となり胴体と切り離された首が空高く舞い上がる。切り口の気管から喘鳴のような呼吸音が漏れて、男の身体が地に倒れ伏して周りに広がる汚物同然の死体の一つと成り果てた。

 イオリはそれを興味なさそうに一瞥すると、次にかかってきた男のナイフを握る手首を斬り飛ばし、刀の勢いを緩めずにそのまま胸を貫く。肺を傷つけて心臓を貫通させたその刃を抜くと、男の口から血や小さな肉片が溢れ出してイオリの頬に飛ぶ。

 それを汚らわしいと感じて、イオリは即座に手の甲で拭う。その行為は結果的に隙を生む事となり、こっそりとイオリの背後に忍び寄っていた男に槍を突き出させる事を許してしまった。


「――――――ッ!!」


 男の槍の扱いが未熟だった事が幸いして、穂先が脇腹を掠める程度で済んだ。

 しかし、相手の男はそれだけでも十分に満足だったらしく、薄汚れた顔を笑みの形に歪めて足を踏み鳴らす。


「ハッハァ! 様ぁ無ぇなぁ、ローダ騎士団ともあ、ブッ、バァ、アガガ……グ」

「……下賤な口を閉じろ豚野郎」


 イオリの刃が男の口腔へと捻じ込まれていた。しかし、イオリはやってしまってから、これでは刀を男の唾液で汚れてしまうと後悔していた。しかも、口を閉じろと言っても、口の中に刃がある状態では物理的に不可能である。

 男が悲鳴を上げようとした時に舌が刀の刃で深く切られたらしく、残った舌がショックで縮まって喉を圧迫しているようで、窒息しかけている男が苦し紛れにがむしゃらに手にした槍を振り回す。子供のようなその攻撃は、男の味方であるはずの者達をも傷つけていた。

 それは男の一番近くにいたイオリも例外ではなく、むやみやたらに振り回されて先が読めない軌道を、刀を男の口に差し込んでいる状態では回避できなかった。そうした不都合のせいで――――――


――――――槍の刃がイオリの二の腕の部分に勢い良く。そして深く刺さった。



      *      *      *



「何で? 何でそこでその名前が出てくるの?」


 ルネは自分と、ネジュと名乗った青年との関係を忘れて思わず問いかける。

 シルヴィア。シルヴィア・ギルデン。ルネの母の名前。

 ギルデンというのは苗字だろうか。だとすれば、ルネの苗字が今ここで明かされた事となる。

 しかしそんな事はルネにとってはほんの些細な事で、今はただ、眼前にいるネジュの答えこそが最も重要だった。

 母とネジュの関係は? 自分とネジュの関係は? 自分は何? 母は何? ネジュは何?

 そんな疑問が頭を擡げては消えていく。


「さっきも言ったよね。僕達は少し特殊な擬人型。そしてその僕達を作ったのが、シルヴィア・ギルデン」


 目の前の青年が擬人型だというのも、ルネには今一つ解せなかった。

 感情の変化が薄い顔面だけを見ていれば確かに人形めいているが、『復讐』という目的を聞くと、非常に人間に近いように感じられる。サラの機械的な動きとは全く違い、ネジュの動きはとても滑らかで、運動能力や身体能力は騎士団のメンバーと比べても遜色ない。擬人型とは到底思えず、寧ろ人間そのものであった。

 そんなルネの思考に気付いているのかいないのか、ネジュがカッターシャツの釦に手をかけながら、淡白とも思える態度で自分の事を語っていく。


「僕達が擬人型だっていうのは本当だよ。ただ、少し特殊ってだけで……ほら、ね」


 カッターシャツの釦を二、三個外して、露わになったその下の胸板をルネに見せる。適度に鍛えられ引き締まった腹筋の上、丁度、鳩尾の辺りにあったのは、紛れもなくベルヴェルグだった。全体としては雪の結晶の様な六角形をしているが、もっと細かい視野で見ると、六角形を構成しているS字型を基本としたその紋様は、サラの物に似ていると言えば似ている。その下には小さな数字が幾つか並べられており、製造年月日を表していると思われた。

 だが、ルネにはそんな事を考えている余裕は無かった。事実が衝撃となって、彼の脳を揺さぶっていた。

 見た事が、ある。

 本で見た、だとか、夢で見た、とか、そういう事ではない。ルネは似た様な物をいつも見ていて、それは日常に違和感無しに溶け込んでいた。ルネは無知である。常に俗世から隔絶されてきた。彼はローダ騎士団に拾われるまで、ベルヴェルグという物をあまり見た事が無かった。火起こしに使うような簡単な物と―――――


――――――重要な、彼にとってはとても重要な、命に関るそれを除いて。



      *       *      *



 瞳の奥に完全に恐怖を押し込めた男に支配された酒場の中。一見すれば浮浪者か酔っ払いにしか見えない男達の手に握られ危険に晒されている命は、大切な大切なギルドのメンバーの物。

 そんな状況で、セインは哀れな被害者の一つに目を落とした。サラが起き上がる事も喋る事すらもできないただの物と成り果ててしまっている。焼け焦げた胴体は腹の部分の損傷が一番酷い事から、彼女が侵入者に対して背中を見せて逃げる事をしなかったのだと予想できる。


「もしも『彼奴等』みたいに自我があったら、お前も助かってたかもな」


 絶望的な状況の中、橙色の瞳に悲しみの感情を浮かべた少年は、そんな事を呟いた。



                *       *       *



 思考の波に囚われて溺れかけているルネを眺めながら、ネジュが自分のシャツの釦を留めていく。


「僕達が特殊だっていうのは、強い事だけじゃない」


 ルネを更なる混乱の渦へ叩き込まんとして言葉は紡がれていく。

 ネジュの言葉は確かにルネの耳に届いていたが、今の彼にはその言葉を聞き入れて処理していくだけの余裕が無かった。

 それを理解していてもなお、ネジュの言葉が発せられていく。


「自我があるんだよ」


 ルネはその言葉に身体を緊張させる。

 声をきっかけとして現実世界に無理矢理引きずり戻されて喘いでいるルネを確認してから、ネジュがもう一度同じ言葉を繰り返す。


「自我がある。ただ命令に従って動く人形は応用力が皆無な上に、命令する奴がいないと使えないから。対バリアント用擬人型として使うなら、自我があった方が役に立つ」


 大粒だった雪はいつの間にかサラサラとした小粒のそれへと変わっており、即ち周囲の温度が先程よりも更に低くなっているという事だった。

 ルネは自分の体の感覚が鈍くなっていくのを感じながら、また思考の波に囚われてしまわないよう必死で目の前の白い青年の声に集中する。

 それに呼応するようにネジュの声が先程よりも小さくなるが、圧縮されて密度が濃くなったようにルネを翻弄していく。


「ただの擬人型に自我を持たせる方法って知ってる?」


 ネジュの顔は相変わらず無表情であったが、声は囁きぐらいの大きさまで小さくなっていた。


「――――――創造主の『命』を与えれば、擬人型はその身に自我を宿す」



      *      *      *


「ッ! ナハト!? どうしたあるか!」


 アデラの悲鳴が聞こえた直後すぐに駆け出そうとしたヴォットとスピキオだったが、自分達の背後から聞こえてきた、トサリ、という軽い音を聞いて慌てて振り返る。そこには意識を失って倒れているナハトの姿があった。揺さぶって名前を呼んでも、反応はない。

 何故、と思う前に答えは双子の身体にも訪れた。


「――――――ッ、睡眠薬……」


 目の前には転がって中身を路のタイルにぶちまけた酒瓶があった。恐らくは、その酒の中に睡眠薬が盛られていたのだろう。

 思考がまっさらになり、自分の意思とは関係なしに瞼の重みが増していく。無理矢理抉じ開けた視界はどうしようもなくぼやけて歪んでいる上に、だんだん狭くなっていく。歯を食い縛って必死に耐えようとするも、薬の効果には勝てない。一体どれだけの量が盛られていたのだろうか、下手をすれば死ぬかもしれない。

 感覚が遠のいていく耳が、複数の足音を拾う。


「どうなった?」

「あぁ、もう動かねぇよ」


 腹に鈍い痛み。緩慢になった思考では、蹴られたと気付くまで、時間を必要とした。解ってから、双子は理解する。

 コイツ等は、自分達を『物』としか思っていないのだ、と。



      *      *     *



 撃って、軌って、貫いて、引き裂く。そんな作業の繰り返しで、少し開けたその場所は先程以上の血で溢れていた。もっとも、作業だと感じているのは数の割りに劣勢にある黒服の集団だけで、バリアント達にとっては食事、二つの勢力に挟まれるストエカスとウィンストンにとっては楽しい遊びの時間であった。

 だがそれはだんだんと崩れていく。


「ハハハッアー、フフ……アーアーアーあーあー……んん、あれ? あれれれ?」


 この殺し合いという場所にそぐわない声を上げたのは、黒服の集団と相対するストエカス。所々に切り傷や内出血の痣が見受けられ、中には骨まで達しているだろうと思われる物もあるが、本人は至って平然としている。

 ウィンストンも同じような状態だったが、矢を指に挟み番えて発射するまでのスピードは全く衰えていない。

 また、二人に見られるもう一つの共通点は、彼らの足下に幾つもの死体がある事である。

 そんな中、ストエカスが考え込むような声を上げたのだった。


「あれ? 飽きてきたかも。なんて言うか、マンネリ? 新鮮さが無くなってきた感じかな」

「ストエカス?」


 突然動きを止めたストエカスの右肩に、チャンスとばかりに短剣が突き降ろされる。

 そして、それに気を取られたウィンストンの弓を構える左腕に、一体の下位の小型のバリアントが噛み付いた。



      *      *      *



――――――命を?母さんの命の御陰で自我があるの?


――――――命を分けたから、母さんは早くに死んだの? 僕が小さい頃に死んじゃったの?


――――――擬人型がバリアントと戦う為には自我が必要だから?


――――――だから母さんは目の前のネジュっていう人に、


――――――ネジュの仲間に、


――――――ああああああああああああああああああああああああああああああ


――――――ああああああああああああああああああああああああああああああ


――――――僕に、くれたの?



                 *      *      *



 黒服の集団に囲まれるフィルは、自分の背筋が粟立つのを感じた。それは目の前にいる黒服の影響ではない。もっと別のところから、気配が大きく膨らんだのを感じ取ったからであった。

 しかし、黒服達は攻撃の手を緩めようとしない。単に気付いていないのか、それとも気付いていて故意に意識の外へと追い出しているのか。どちらにしろ、大きなその気配に反応して動きを止めてしまったのはフィルの方だった。


「――――――ルネ?」


 思わずそう呟いたフィルの腹を、剣が貫通した。



                 *      *      *



――――――これは何、これは何!?


 ネジュは脳内で同じ言葉を繰り返す。極度の焦りによって頭の回転が鈍くなり、自分がどう行動すべきか思いつかない。唯一、今のネジュに出来る行動といえば、目の前の生き物の動向をひたすら見る事だけだった。頭の中では警報が鳴り響き続け、全身の細胞が逃げろと悲鳴をあげている。


――――――まさか、ここまでとは……!?


 珍しく顔面に激しい感情を走らせたネジュは叫ぶ。


「何故、竜が人間に……ッ!?」


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