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⑨ どうなってる(ヒューイ視点)

 

 授業なんて、まるで頭に入らなかった。


 黒板の文字が歪んで見えて、講師の声は遠く。


 ──まさか、あんな手のひら返しをされるとは。


「気持ち悪い」だなんて。どうしてそんな言葉が言えるんだ、ユーリィ。


 ナタリアに傷つけられていた彼を、私は守ってやろうと思った。

 心配して声を掛けるたび、何度も礼を言われた。……あれは、一体なんだったんだ?



 あの日、学園の廊下で。


 駆け寄ったユーリィが、ナタリアに手を振り払われ、叩かれたあの瞬間。

 目撃していた生徒たちのほとんどが、顔をしかめていた。


「まぁ、ユーリィ様……お気の毒だわ」

 アニタが小さな声で同情を洩らした。


 その時、ユーリィに声をかけたのは、私だった。


「困っているなら、相談に乗るよ」


 彼は、答えずに笑った。

 けれどその微笑みは、どうしようもなく寂しげだった。


 それから、彼を見かけるたびに、私は声をかけるようになった。


 するとある日、彼が言った。


「気にかけて頂いて、有難うございます。でも……僕なんて、所詮は他人。母の連れ子で、義弟ですから」


 そんなことで、あんなにも蔑まれるのかと、ナタリアへの怒りが募った。


 だから、ナタリアを陰で嘲るアニタを、私は止めなかった。



 ……そして、婚約を破棄したあの日。


 僅かな違和感があった。


 ユーリィの目が、輝いていた。

 まるで、待ちに待った瞬間を喜ぶように。

 一刻も早く、家に帰りたい、そんなそぶりさえ見せていた。


 そして、今日。


 彼は言ったのだ。


『僕のナタリア』と。


 さらに、『僕が彼女を慕いすぎたから、別宅に移されたんです』とも。


 ──そうか。


 私が婚約を破棄するのを、最初から彼は待っていたのか。


 私の好意を、踏みにじって。

 優しさを、裏切って。


 許せるはずがない。


 だがこのままでは、婚約破棄の責任は私が負うことになる。

 そうなれば、世間体も、家名も、傷つく。


 ユーリィの言う通りだとしたら、確かにナタリアは何も悪くないのだから。



 ……待てよ。


 簡単じゃないか。


 婚約破棄を取り消せばいい。

「誤解だった。感情的になった」とでも謝って、ナタリアと和解するんだ。


 ナタリアは強がっているだけだ。

 ずっと耐えて、私が振り向くのを、待っていたに違いない。


 ナタリアを、ユーリィの目の前で奪ってやる。

 彼女を取り戻し、彼の届かぬ場所に置いてやる。


 さて、どんな顔を見せるだろうな──ユーリィ。


 *


「ナタリアを、婚約者として認めるつもり?」


 アニタの問いに、溜息が漏れた。


「仕方ないだろ。王家に睨まれるなんて御免だ。……それに、そもそも君の間違った情報が原因だったんだ。ユーリィは虐めなんて受けてなかったじゃないか」


「でも、確かな情報だったのよ? 侯爵夫人が、ナタリアをすごく警戒してるって」


「逆だよ。ユーリィがナタリアに手を出さないように、警戒していたんだ」


 言い返すと、アニタは小さく舌打ちして、爪を噛んだ。


「あんな黒豹みたいな女の、どこがいいのかしら。いつも澄ました顔してて、高慢で、どんなに叩かれても顔色ひとつ変えない。心臓が鋼でできてるんじゃないの?」


「……それが、公爵夫人としてふさわしい、貴族令嬢ってやつだ」


 口に出してから、自分でも少し皮肉だと思った。


 アニタは唇を尖らせる。

「ユーリィ様と、親しくなれると思ってたのに」


 それが彼女の本音なのだろう。


 私も、少し……いや、かなり残念だった。


 ユーリィを引き取って、一緒に暮らしたかった。兄弟のように、親しく。

 でももう、それも叶わない。


「それから、アニタ。君とはもう、恋人のフリは終わりだ。距離を取ってもらえると助かる」


「ええ……作戦、失敗だったものね」


 長い付き合いだった。妹のように思っていた。

 アニタがいなければ、私はナタリアと良い関係を築けたかもしれない──


 いや、違う。


「……彼がいたな」


 ユーリィ。


 すべてをかき乱した、小賢しい義弟。


 今度こそ、邪魔はさせない。

 ナタリアも、家の名誉も、未来も──全部、取り戻す。



読んで頂いて有難うございました。

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