表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄から始まる私と義弟との戦い  作者: ミカン♬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/33

⑤ 父が認めた婚約破棄

 父の部屋でヒューイ様に婚約破棄を言い渡されたと報告したら、案の定、顔が曇った。


「私が義弟を虐めている、『高慢で嫌な女』だからだそうです」


 自嘲気味にそう言うと、父は私じゃなく執事に向かって、ひとこと。


「ユーリィを呼べ」


 そう言って、椅子に深く腰を下ろした。


「全くお前は、可愛げが無いから……」


 いつもそうだ。この時だけは、泣きたくなる。

 私の心を──脆いガラス細工みたいに、父はいとも簡単に割ってしまう。



 私もソファに座って待つ。

 メイドが用意した紅茶の湯気に、ローズの香りがふわっと混じっていて──思わず手が止まった。


 ……この香り、嫌いだ。


 庭園のバラの匂いは、私に嫌な記憶を植え付けてくれた。


 そっとカップを置く。静まり返る部屋に、父と私の沈黙だけが落ちていた。



 ほどなくして、義弟が息を切らしながら扉を開けた。


「お待たせして申し訳ございません」


 そして、すぐ父の問いが飛んだ。


「お前は、ナタリアに虐待されているのか?」


「いいえ。そんな事実はありません」


「じゃあ、なぜナタリアは婚約破棄されたんだ?」


「僕も立ち会いました。彼はアニタという女性に懸想していて、理由を姉上に押し付けたかっただけです」


(え……)と、私は思わず視線を向けた。

 思っていたことが同じ。でも、まさかこの子が、こんな風に堂々と口にしてくれるなんて。


 しかも、続けてこう言った。


「幼い頃、姉上は僕を厳しく指導してくれました。それを、母やメイドたちが誤解したんです」


「叩かれていたと聞いたが?」


「僕が、姉上と手を繋ぎたがったからです。もう子どもじゃないと、手を払われただけで、それを見た人が騒いだだけです」


「勘違いか……」


 父が顎に手を当てて黙り込む。


「僕を本宅に戻してください。別邸にいるから、余計な誤解が生まれるんです」


「ナタリア、お前はどう思う?」


「私は最初から、義弟を虐めたことなど、ないと申しております」


 私は静かに答えた。けれど、ユーリィが本邸に戻ってくると思うと、なにか胸がざわざわして落ち着かなかった。


「そうか……」


 父はばつの悪そうな顔をした。そのとき、ユーリィがふいに口を開いた。


「父上……それに、ヒューイ様は……男色家、かもしれません」


「はっ⁉」


 私と父の声が、まったく同じ高さで重なった。


「僕の面倒を見てやるって、よく言ってました。以前から、彼の好意は異常だと感じていました」


 ユーリィは視線を伏せて、少し恥ずかしそうに言った。


 父は、一瞬で魂を抜かれたみたいな顔になった。……たぶん、私も似たような顔をしていたと思う。


 天使みたいに美しい義弟。男女問わず誰でも魅了される。

 ……夢中になるのも、わかる。


 実際、我が侯爵家のなかで、ユーリィに心を奪われていないのなんて、私だけだろう。

 彼を別宅にやったのは、私のせいだと思ってるメイドたちからは、恨まれている。


「……むむぅ」

 と、父は低く唸った。

「これは……破棄せねばならんな……」


「お父様。破棄を言い出したのはヒューイ様のほうです。その時もアニタさんを隣に侍らせていました」


「……分かった。あとは任せろ。お前たちは、下がれ」


 父に言われて、私は立ち上がる。ユーリィも一礼し、私たちは並んで部屋を出た。


 廊下に出たところで、彼がふいに声を潜めた。


「姉上、本当に……ヒューイ様との婚約が、なくなってもいいのですね?」


「当然よ。なにも困ることはないわ」


 ──まあ、多少はある。

 婚約破棄された令嬢に、次の縁談が簡単に来るとは思えない。


 でも、愛人のいる夫との冷えた生活なんて、まっぴらごめんだ。


「姉上、僕は…」


 ユーリィがなにか言いかけた、その時──


「ユーリィ!」


 義母の声が響いた。


「あなた、なにかやらかしたの? 侯爵を怒らせてないでしょうね?」


 ユーリィの腕を掴んで、問いただす。


「母さん。僕からは何も言えない。父上に聞いて」


 そう言って彼は、義母の手を振り払った。そして私にだけ向けて、笑った。


「では、姉上。また本邸で一緒に過ごせるのが楽しみです」


 そう言って、彼は別邸へ戻っていった。


 義母が不安そうな顔で立ち尽くしている。


「心配ありませんわ。私の婚約が、破棄になりそうなだけです」


 そう伝えたとき、義母は「あ……」と小さく声を漏らし、さらに青ざめた。


 その姿はどこか高貴で、もと没落した男爵令嬢とは思えない優雅な佇まいだった。


 ユーリィは私生児だ。彼の父親について、私は知らない。だけどきっと、義弟に似た美しい人だろう。


 そんなことも、父は一切説明してくれない。私など、関係ないという顔で。



読んで頂いて有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ