㉚ 収集癖
家に戻り、療養することになった。
毎日、主治医が傷を診て包帯を替える。
「お顔に傷がつかなくてよかったですわ」
侍女たちは悲しそうに、それでも丁寧に世話をしてくれる。
後遺症もなく、傷は順調に癒えていった。
ユーリィは日に何度も様子を見に来る。
「愛されていますね」
侍女たちに言われると、悪い気はしなかった。
三大公爵家の老人たちは、今回の件でみんな手を引くだろう。
数日後、クラバット作りを再開していると、ユーリィが来た。
「休憩して、お茶でもどうですか?」
「そうね」
道具を片付けると、彼は首を傾げた。
「前のと違うんですね、作り直しですか?」
「そうなの、完成したのだけど。針で指を突いて、血の染みがあったから」
「捨てたんですか?」
「いいえ、残してあるわ」
彼はそれが欲しいと言い出した。
「ダメよ。綺麗なのを作るから、待っていて」
けれどユーリィは、侍女にそれを取り寄せさせ、
「姉上の努力の結晶です。僕の宝物です」
と、さっさと持ち帰ってしまった。
「あら、お茶はいいのかしら? 汚れてるのに宝物だなんて」
年配の侍女が笑う。
「坊ちゃまは、お嬢様の物なら何でも集めてますから。包帯だって――」
「包帯?」
「あっ、失言です」
私はお茶を置き、急いで彼の部屋へ向かった。
返事も待たず扉を開けると、彼がクローゼットを閉めたところだった。
「ユーリィ!」
「姉上? な、何です?」
「包帯はどこ?」
「……え?」
クローゼットに近づくと、彼が立ちはだかる。
「どきなさい!」
押しのけて開けると、箱が積まれていた。
一番上を取ると、彼が慌てて言う。
「それは、さっきのクラバットを入れてあります!」
箱を次々開けると、絵本や花の栞、玩具に人形、プレゼントや包み紙……私があげたものばかり……
いや、幼い頃のカチューシャ、私の靴や靴下まであった。
「……まさか、下着は?」
「僕はそんな恥知らずではありません!」
そして、見つけた。捨てたはずの包帯。きれいに折り畳まれている。
「これは捨てなさい!」
「嫌です。僕への戒めなんです」
「髪も洗ってなかったのよ。不潔な匂いがするわ、それが嫌なの」
「姉上が不潔なはずありません。いい香りがします」
──完璧だと思っていた義弟に、思わぬ落とし穴だった。
「ねぇ、屑籠のゴミは拾わないで」
「これは、捨てる前のものです。ゴミではありません」
「捨てないなら婚約は解消よ!」
彼は口をつぐみ、考え込む。
ゴミと婚約を天秤にかけている――呆れて、しばし声も出なかった。
「解消ね。分かったわ、ゴミを一生大事にしてなさい」
扉に向かうと、
「待って! 分かりました、捨てます」
「それ、渡しなさい」
彼が包帯を手渡す。まだ消毒液の匂いが残っていた。
「あの日を思い返すたび……自分を殴りたくなります」
心が削れたのは、ユーリィも同じ。
私を抱えて宮殿を走った彼の気持ちを、想像するだけで胸が痛む。
「戒めなんて、馬鹿ね。私とこれ、どっちが大事?」
「もちろん、ナタリアです。貴方は僕の最愛です」
「嘘、ついてない?」
そう言って、私はそっと彼を抱きしめた。
ユーリィは私を強く抱き返し、肩に顔を埋める。
「本当に……心から、愛しています」
「私もよ」
私は、義弟の背をポンポンと軽く叩いた。
「ユーリィ、包帯の代わりに、あの日つけていた髪飾りをあげるわ。二度と使わないって決めたの。貴方のクローゼットにしまっておいて」
「本当に? じゃぁ、僕達の嫌な思い出を、箱に閉じ込めておきます」
嬉しそうな義弟。こんな収集癖があったなんて。
私の知らない義弟の一面を、また一つ見つけた。
*
部屋に戻り、髪飾りを手渡すと、ユーリィはそれを宝物のように、丁寧にハンカチに包んだ。
彼の笑顔を見て、――最初から髪飾りが欲しかったのかしら、なんて思う。
まさかね。
「貴方には、いい思い出を、たくさん残してほしいわ」
「この髪飾りを見るたび、あの日を思い出します。それと今日、姉上が僕を抱きしめ、愛をくれた瞬間を」
「愛なんて、あげたかしら?」
「うーん、まだ『愛してる』の一言は、もらってませんけど」
「それを言ったら、きっと私の負けだもの。でも愛してるわよ──“弟”として」
ユーリィは少し不満そうな顔をしたが、直ぐに反撃してくる。
「では、僕が“弟”でなくなった時、貴方の負けを認めて下さいね」
「そんな日が、くるかしら?」
「もちろん……きますよ?」
義弟の悪戯っぽい目に、未来の自分を重ねる。
バージンロードをウェディングドレス姿で歩む。
そのとき、素直に誓えるだろうか――愛を。
答えは、彼の成長と一緒に、まだ遠い先に預けておく。
読んで頂いて有難うございました。




