表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/33

③ 彼女が去って(ヒューイ視点)

 ナタリアが庭園を出ていったあと、私たち三人は、しばらく黙ったままだった。


「……クソ婚約、か」


 あんなふうに言われるとは思っていなかった。


「侯爵令嬢の言葉とは思えませんわね」


 アニタが笑う。いつもの含みのある笑い方。

 少しだけ苛立ちが走った。


 彼女は幼馴染だ。恋人ではない。

 ナタリアを牽制するためだけに、傍に置いていた。



 高慢で、意地が悪くて、上から目線。

 それが、私の婚約者、ナタリアだった。



「……婚約は、間違いなく破棄ですね?」

 無垢な顔で、ユーリィが訊いてくる。


「ああ。君のことは私が守る。心配しなくていい」


「僕は……何も、悪くないですよね?」


「ええ。あなたは被害者よ。かわいそうに」


 アニタの言葉に、ユーリィがふっと笑う。

 その下唇が赤いのは、きつく噛んでいたせいだろうか。


「あ、ありがとうございます……僕、帰らなきゃ。姉上が怒ってますから」


「虐められたら、すぐに公爵家に来なさい。私は、いつでも匿うよ」


「……はい。本当に、ありがとうございます。ヒューイ様には、感謝しかございません」


 そう言って、ユーリィは小走りに庭園を去っていった。

 ──その背中に、何だろう……小さな違和感。

 


「大丈夫かしら。送ってあげればよかったのに……」


 アニタが優しい声で言う。だが私は知っている。

 彼女はユーリィを傍に置きたがっていた。私の代わりとして。二人目の“恋人”として。


 可憐で、はかなげな姿のアニタ。

 ピンクブロンドの髪に透き通るような肌。

 でも、その実、欲深い――それが、私の幼馴染だ。

 


 最初、ナタリアの悪い噂を、私に持ち込んだのも、アニタだった。


「彼女、義弟を虐待してるらしいわ。侯爵家でも手を焼いて、ユーリィ様を別宅に移したんですって」


 その時の私は、まだ疑っていた。

 婚約なんて簡単に破れないし、噂だけじゃ証拠にならない。


 でも、侯爵邸に行ったあの日。私は見てしまった。


「立場を弁えなさい!」


 ナタリアが、ユーリィの手を叩く瞬間を。

 メイドたちは目を伏せていた。


「姉上、どうしてそんなに僕を……」


「あなたは、血のつながらない義弟なの。しつこい子は嫌いよ」


 あの光景が、すべてだった。


 嫌悪して、私はナタリアと距離を置いた。

 父に訴えても、まともに取り合ってはくれなかった。


「虐待の事実はない、とのことだ」


 それでも、私は信じなかった。


 学園に入ってからも、私はナタリアに冷たくした。

 ユーリィが入学すると噂はさらに加速し、周囲の視線もナタリアに冷たくなった。


 私は、彼女が憎かった。


「ナタリアから婚約を破棄してくれないかな」


 私がそう言うと、アニタは笑って答えた。


「だったら私を恋人にしたらいいわ。誤解させて、向こうから破棄させるのよ」


「君には婚約者がいるだろう」


「彼にはちゃんと話しておくわよ。誤解されないように。公爵令息に協力するだけ、ってね」


 馬鹿げてる、と思った。けれど。


 婚約を破棄できるなら……そう思ってアニタに恋人のフリをさせた。



「私達の仲を嫉妬して、嫌がらせをしてくるの……」

「ユーリィ様がお気の毒で」


 そんな言葉、アニタがナタリアの悪い噂を流せば、まるで真実のように定着する。

 

 誰も真実になんて興味はない。ただ、人の不幸が好きなだけだ。


 それでも、婚約はなかなか破棄されなかった。

 ナタリアに優しくした記憶なんてない。


 けれど、彼女は文句ひとつ言わなかった。

 なぜなら私は、ナタリアの初恋。深く愛されているから。


 可哀そうな令嬢だ。決して私に愛されることはないのに。


 でももう、十分だと思った。

 彼女の悪評は広まったし、アニタが私の恋人だという誤解も、いつまでも放ってはおけない。


 なので今日、この庭園で決着をつけるつもりだった。


 ──結果が、「クソ婚約」だ。


 ……結局、彼女も同じことを思っていたのだ。


 ナタリアの義弟への仕打ちは、学園中が知っている。

 証言してくれる者もいるだろう。ユーリィも、きっと。


 ガートナー侯爵家と争うことになっても、構わない。


 私は、負けない。


 ユーリィを守るためなら、どんな手でも使ってやる。


 


読んで頂いて有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ