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婚約破棄から始まる私と義弟との戦い  作者: ミカン♬


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29/33

㉙ 過去は変わらない

 気がついたら、ベッドに寝かされていて、ユーリィが泣きそうな顔で私を見ていた。


 頭がずきっと痛む。側頭部に裂傷、十針以上は縫ったらしい。


 もしあのとき、ユーリィが私を引き寄せなければ、燭台が頭部を直撃してもっと酷いことになっていた。


「……泣いてるの?」


「貴方に、こんな怪我をさせてしまって……」


 握った私の手に、彼は何度も口づけて、そして本当に泣いていた。


 悔しいけど、義弟は泣き顔まで美しい。

 小悪魔が流す涙は氷の粒だと思っていた。でも私の手に落ちるそれは、ちゃんと温かい。



 ──こんなふうに、泣かせたかったわけじゃないのに。


「勝った……とは言えないわね」


「なにと戦ってたの? こんなひどい怪我をして」


「あなたを、泣かせてやりたかったのよ」


「簡単だよ? 僕に『嫌い』って言えばいい。いくらでも泣くよ」


 ──なんだ、そんな簡単なことだったんだ。


 でも、やっぱり勝てない。

 嫌いだなんて、言えないもの。


 ユーリィは涙を拭こうともせず、私の手を握ったままだ。

 その視線がまっすぐすぎて、思わず目をそらす。


「……泣き虫ね。そんな顔、しないで」


 握られていた手を、そっと引き抜く。


「どんな顔?」


「全部自分のせいみたいな顔よ」


 彼は袖で涙を拭った。


「僕のせいだよ。だって、姉上を守れなかった」


「十分守ってくれたわ。この程度で済んだもの」


 そう告げた途端、ユーリィの顔に影が差す。


「あの姉妹、許さない。死ぬほど後悔させてやる」


「怖いこと言わないで。……あの後、どうなったかしら」


「王宮で事件を起こしたんだ。もうアンダーソン家は終わりだよ」


 また彼らは、私を憎むだろうか。

 頭の傷よりも、心が痛む。


「私は……どうすれば良かったのかしら」


「そんなこと考えないで。過去は変わらない」


「そうね」

 例え過去に戻れたとしても、私はヒューイとは復縁しない。絶対に。


「ヒューイが姉上を手放した。それで幸福が逃げていった。その幸福は、僕のもとに舞い込んだ」


「ユーリィは、幸せなのね」


「幸せだよ」


「……そう。なら、よかったわ」


 ユーリィはただ、穏やかな笑みを返した。

「だからアンダーソン家が憎む相手は僕だ。ナタリアじゃない」


「誰も、あなたを憎んだりしないわ」


 ──憎まれ役は、いつも私。

 そして、こんな私を愛してくれるのはただ一人、ユーリィだけだ。



 しばらくして、スエリル卿が医療室に来た。


「老公が……ナタリア様に謝罪したいと申していますが」


 今は、誰にも会いたくなかった。思った以上に、心が削られている。


「お断りして。……少し疲れたの」


「僕が話してくる」


「ええ、お願い。でも、ひどいことはしないでね?」


「……わかってます」


 二人が出ていくと、自然に息がこぼれた。


 義弟に任せれば大丈夫――そう思える安心感がある。


 医師に頭痛を訴えると、薬が出された。

 飲んで間もなく、私は深い眠りに沈んでいった。


 * * *


 目を開けると、薄暗い部屋の中で、ユーリィが椅子に腰掛けていた。頬杖をついたまま、眠そうにまぶたを伏せている。


「……ユーリィ?」


 かすれた声に、彼の目が開いた。私を見ると、安堵の色がさっと広がる。


「ナタリア……まだ痛みますか?」


「大丈夫よ、話し合いは終わったの?」


「ええ。……さっきまで父上もここにいたんですよ」


「そう……」



 眠っている間に、父が登城してアンダーソン家との話し合いも終わり、今は王太子殿下と話し合ってるらしい。


 アンダーソン老公は、事件を起こした姉妹を連れてきた責任を問われている。

 マリアンナは、婚約者と引き裂かれ、精神を壊していた。


「彼女は、医療施設に収容されると思います」

「そうね」

 ――私だって、一歩間違えれば命の危険があった。同情する余裕なんてない。



 私が眠っている間に、全部終わっていた。


「ありがとう、ユーリィ」

「……僕は、何も……。姉上、婚約のこと、僕を恨んでいますか?」


「急に、どうしたの?」

「ヒューイが婚約破棄を宣言した瞬間、今しかないと思って……僕は一人で突っ走りました。必死だったんです」


「私は……流されるだけなのは、悔しかったわ」


「『愛されるのは幸せ』――姉上がそう言ったんです。だから僕は、間違ってないって信じて……貴方を絶対に手放したくなかった」


 婚約のことを、義弟と正面から話すのは初めてだった。ずっと、互いに避けてきた気がする。


「間違ってないわ。私は、私の大切な人には愛されなかった。父にも、ヒューイにも、友達にも。だから……あなたが本当に私を愛してくれるなら、幸せよ」


 素直に言葉がこぼれた。


 ユーリィはかすかに微笑む。

「……姉上がそう言ってくれるなら……僕、自分を許せる気がします」


 私も、少しだけ心が軽くなった。


「私なんかの、どこがいいのかしら。ほんとうに……全然分からないわ」


「ナタリアのいいところ? 全部です。そしてそれは僕だけが知っていればいい」


 こういうセリフを義弟は照れもせず言ってくるから、返事に困る。



「お加減は如何ですか?」

 医者が尋ねてきて「かなり楽になりましたわ」と、私は答えた。


 けれど、奥に残る痛みが消えるには、きっとまだ時間がかかる。



読んで頂いて有難うございました。

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