㉖ 再びの登城
ユーリィ。
……キス、なんて。
悪い事しないって言ったのに!
今頃きっと、自室で、私のことを笑っているわね。
彼は今夜、ぬいぐるみを使って、私を怒らせに来た。
なぜかユーリィに対してだけ、私の怒りの沸点は低い。
くやしい!
またしても、義弟の策略にまんまと引っかかった。
「あああああ……! 可愛い女とか、無理すぎる……! やってられない!」
ムリしても、義弟に揶揄われて喜ばせるだけだわ。
今更だけど、ユーリィが未来の夫? 全然、想像できない。
彼は家族で、義弟なのよ。
私はずっと彼を拒んできた。
家族だけど血のつながらない他人、そんな複雑な感情で。
じゃあ、今の私は、ユーリィをどうしたいの?
なんで、私だけこんなに、取り残されてる気がするの?
あの子ばっかり満足そうで、私はただただ、悔しくて。
一矢報いたい。困らせて、泣かせたい。
あの小悪魔を……
* * *
翌朝。義弟は、いつも通りの顔で食卓に現れた。何事もなかったように、穏やかな表情で。
ヨーグルトを食べ終え、スプーンを静かに置いたあと、彼は私を見て言った。
「姉上。プレゼントは、クラバットが欲しいです」
「わかったわ。じゃあ、いつものお店でクラバットと留め具を選んで──」
「いいえ」
言葉をさえぎられた。
「僕、姉上のスカーフを、僕用に仕立ててほしいんです。姉上の手で。それを、婚約式で身につけたい」
……出た。また面倒な事を言い出したわ……
私、裁縫だけは苦手なのよ。針も鋏も、先の尖ったものってなんか……怖いの。
「きっと不出来な仕上がりになるわよ? 最高級の品を準備してあげるから」
「不出来でも構いません。僕が欲しいのは、姉上の真心なんです」
ちょっとーーやめて。
父と義母の前でそういうの言わないで。ほんと恥ずかしいから。
「私、お手伝いしましょうか?」
義母が優しく申し出てくれるけど──
「母さん、余計なことはしないで。僕、ちゃんと伝えましたよね? ナタリアの真心が欲しいのです」
……低い声で、偉そうに……
義弟、王族オーラなんか、ここで出さなくていいから。
「……分かったわよ。期待しないで待ってなさい。後悔しても知らないから」
一応、お店にクラバットは発注しておこう。備えあれば、なんとやらだわ。
朝食が終わったあと、義弟は父と並んで執務室へと消えていった。
ふと、屋敷の中に、いつもと違う空気が流れているのを感じる。
……こういうときって、だいたい、何かある。
* * *
裁縫が得意な侍女に習って、クラバットの制作に取り掛かった。
お気に入りのスカーフの中から、義弟に似合いそうな色を選ぶ。
「これは如何でしょうか? お嬢様の瞳の色です」
侍女が指したのは綺麗な赤。
「うん、赤が良いわね。こっちの臙脂色にしようかしら」
「きっと、お似合いだと思いますわ」
「では……始めましょうか。義弟の為に、真心こめて」
婚約式に向けて、私だって準備に忙しいのに。我儘なヤツ。
義母の趣味は刺繡だ。
お願いすれば、きっと素敵に仕上げてくれたのに……
何度も針で指を刺しながら、私はクラバットつくりに集中した。
* * *
それから数日が経って、また登城の命が下った。
今更、なんのつもりかしら。
その日、久しぶりにユーリィが私の部屋を訪ねてきた。
ずっと忙しそうだった彼の顔には、疲れが出ている。
椅子を勧めると、すぐに本題に入った。
「ちょっと、問題が起きています」
「……王家絡み?」
「ええ。アンダーソン老公が動き出しました。三大公爵家の老公達にも働きかけたようです」
元は四大公爵、引退した老人たちは仲が良い。
「爵位をはく奪されたでしょう? 王家への叛意で」
「納得していないようで。裁判も辞さないつもりだとか」
無理もない。理由は曖昧、孫は幽閉。納得できるはずもない。
「老害は引っ込んでればいいのに。自分で自分の首を絞めるだけだ」
「ちょっと、ユーリィ。最近、王族オーラが傲慢に出すぎよ。言葉を選びなさい」
「だって、彼らは僕たちの婚約を邪魔しようとしてるんです!」
「邪魔? ……どういう意味?」
ユーリィは「ふっ」と短く息を吐くと、語り出した。
「姉上の婚約者、僕の出自が問題にされてます。私生児じゃ相応しくないと。だから三大老公は、自分たちの身内から婿を出したいらしいです」
「まぁ……それで?」
「それと、アンダーソン家は、叛意なんてなかったって証明したいみたいです。孫のヒューイが独断で動いただけだと。だから、この一件の詳細を知りたがっているんです」
名誉の回復。それが、アンダーソン老公の望み。
「僕は、出自のことを公にしても構わないと思ってます」
「それはちょっと、ダメなんじゃ……」
「いいえ! どんな手を使っても、潰します」
そう言ったユーリィの声は、揺るぎない。
やる気だ。義弟は。
読んで頂いて有難うございました。




