㉒ ユーリィ視点 姉上が可愛い
婚約式のこと、ナタリアと父の三人で相談していた。
冬季試験が終われば長期休暇。その間に準備して、新年会と合わせて婚約式を挙げる。
……やっと、ここまで来た。
婚姻まで、まだ先だけど。不測の事態が起きるかもしれない。気を抜かないようにしなくては。
婚約は、ゴールじゃない。
僕にとっては、ただの始まりだ。
ナタリアの中で、僕はまだ義弟のままだから。
今日、不安要素のひとり――シャロンに話しかけられた。
「ねぇ、ナタリアと婚約って、本当にあなたが望んだの?」
馴れ馴れしい声だった。
僕は少しだけ笑って答える。
「ええ。僕はナタリアに夢中なんです。そんな噂、広めてもらえると助かりますね」
「う、嘘よね? どうしてナタリアなんかを、好きなの?」
彼女が、誰よりも優れたナタリアに嫉妬していることは知っていた。
それでも、姉上を友達だと信じさせて、裏切ったことだけは、許せない。
「これ以上、僕を怒らせたら、潰すよ?」
そう言うと顔を歪めて、シャロンは離れて行った。
……まぁ、姉上はきっともう、あんな羽虫に、かまいもしないだろうけど。
……それにしても、最近の姉上が可愛い。
何かこっそり企んでいるようだけど、何をしたところで僕にとっては、ご褒美でしかないのに。
何か仕掛けようとして、でも空回ってる。
その姿があまりにも可愛すぎて目が離せない。
僕に優しくしようとして、うまくできなくて落ち込む姿なんて……抱きしめたくなるくらい。
だから、あえて冷たく接してみる。
不安げな顔をして、僕を見てくれるから。
姉上は臆病で、真面目で、そして誰よりも高潔だ。
ずっと、義弟の僕を愛することを怖がっていた。
でも、もう僕は義弟じゃない。婚約者になった。
……それでも、もう少しだけ。
「姉上」って呼んであげよう。僕だけが、そう呼べるから。
それにしても、いったい、姉上は僕を――どうしたいの?
『……怖いわ。守ってね、ユーリィ。それに、貴方こそ気をつけて。もし貴方に何かあったら……私…』
なんて。
今日、僕に言った。甘えるなんて、初めてだったから。思わず、息が止まった。
……効いたよ。けっこう。
僕を倒すつもり? それとも、落とす気?
「負けてあげてもいいけど、貴方を手離す気は、ないから」
僕の青い血が、そう言わせる。
こんな気持ちを知られたら、嫌われてしまうかな?
だから、今はまだ隠しておく。
ゆっくりでいい。
ナタリアに、僕の素顔を知ってもらえるように。時間をかけて。
その時がきたら言ってほしい、僕を「好き」だって。
「愛してる」って言ってくれたら、僕は喜んで降参するよ。
そんな幸福に浸る、少しの時間も邪魔してくれる。
ああ、また君か。ヒューイ。
密貞からの報告で知った。
公爵家に動きがあった。
アニタ──彼女と、また連絡を取っているって。
王女との婚約が話題にのぼっているのに。
その裏でアニタと繋がる理由なんて、一つしかない。
「……僕を、負かしたいんだよね? ヒューイ」
わかってたよ。
学園でも、君の目障りな視線はずっと僕に向いていた。
黙っていればいいのに。
これ以上堕ちなくて済むのに。
君は──無駄にプライドが高いから。
最初は、僕に親切だったよね。
いつからこんなふうに歪んだ?
……まあ、僕も人のこと言えないか。
君の誤解を、僕は最大限に利用した。
だって、君がナタリアと婚約なんて。
そんなの、許せるわけない。
君はナタリアを、全く愛してなかった。大切にしなかった。
あんなに美しくて、優しくて、孤独な人を、君は、アニタなんか使って傷つけた。
何度も、繰り返し。
だから僕も、容赦しなかった。
ヒューイ、君の狙いはわかってる。
僕の秘密を、世間に、王にさらそうとしているんだよね?
「……甘いよ」
王家だって、君の行動は見てるのに。
一言でも、誰かに漏らした瞬間、君は終わる。
それがわかってない。ほんと、哀れだ。
最後くらい、僕の期待を裏切ってくれればよかったのに。
でも、現実はもっと下劣だった。
報告によれば──
ヒューイはアニタに手紙を渡して、
それを、大衆紙を発行する商会に持ち込ませようとしている。
アニタだって、悪いことだと気づいてるはずだ。
「……同情の余地もないな」
商会にしても、出どころもわからない王家の秘密なんて、危なすぎて紙面には載せない。
それはヒューイだって理解しているだろう。
けど──密告の中身は、別だ。
秘密を目にした誰かが、ぽろっと口にすれば、
それがまた別の誰かの耳に入り、
面白おかしく脚色されて、あっという間に広がっていく。
まるで、焚きつけた火種が、風に乗って燃え広がるみたいに。
ヒューイ、君も、そう考えたんだよね?
僕だけじゃなく、ナタリアも苦しめたいの?
──許さないよ。
僕は密偵に指示を出して、
あとは、静かに結果を待つだけにした。
読んで頂いて有難うございました。




