⑭ 少年愛物語
ユーリィが「家督を継いでほしい」と言った件については、ひとまず保留にしておいた。
──義弟と王女の婚約について。
父はユーリィが私生児だという理由で、王女との婚約は拒み続けている。そもそも他人のユーリィに家督を継がせること自体、異例なのだ。
それでも王家は辞退させないでいる。
認めたくなかったけど、やはりユーリィは、異母弟なのではないだろうか。
──そのユーリィを悩ませる婚約者候補。リゼッタ王女、十四歳。
銀髪碧眼の美しい、でも、少し変わった王女様だ。
物語が大好きで、ご自分でも創作されるそう。
とにかく、読み書きが大好きなお方なのだ。
……ユーリィのことを、おそらく物語の王子様とでも思っているのかしら。
恋文を書くのは微笑ましいし、まったく悪いことではない。
けれど、ユーリィが「これを読んでください」と私に差し出してきた手紙を、半ば仕方なく読んでみたところ──
「……これは、どういうことなの?」
その中身は、手紙というより物語だった。
綴られていたのは、きらびやかで耽美な少年愛の世界。
おそるべし、十四歳。……侮れないわね。
「誰がどう読んでも、これ……ヒューイ様とあなたの恋愛小説じゃない」
「感想を求められています。返事に書いてと」
「……まぁ」
「受けのモデルが僕なのは、明らかですよね? これが世に出たら、僕、生きていけません」
いや、さすがに世には出ないと思うけど。
……でも、出ないとも限らないか。
「姉上?」
「ねぇ……続きは?」
「面白いですか? それ」
「けっこう面白いわよ。義弟を陰湿に虐める義姉“ナタリアーヌ”って、たぶん私よね」
「はい。僕がユリウスで、ヒューイ様がヒューバートです」
薄幸の美少年ユリウスを愛するヒューバート公爵令息。
二人の口付けの現場を見かけて……嫉妬に狂うナタリアーヌ……
「……なにこれ」
「姉上は悪役令嬢だそうです」
「うっ……」
手紙を義弟に付き返した。
どうやら手紙のやり取りの中で、どんな物語を書いてるのかと尋ねた結果、延々とこのシリーズが送られてくるようになったらしい。
毎日十通を超える長編になるのも、納得だわ。
少年愛というジャンル、未知の世界だったけれど──続きを読んでみたいという気持ちは、否定できない。
「感想を返すのも、もう疲れました」
「これ、ヒューイ様が読んだら、すごく喜ぶんじゃないかしら?」
「……むしろ、王女殿下とヒューイ様はお似合いかと、思います」
確かに。
「姉上。家督のこと、真面目に考えてください」
家督を継ぐということは、私が侯爵になるということ。
その場合、婿を取ることになる。選ぶ側に立てるというのは、悪くないかもしれない。
「ねぇ、ポートマン卿って独身だったかしら?」
「いいえ。妻子持ちです」
「そう。……残念ね」
優良物件は、たいてい既に埋まっている。
でも、まだどこかに残っているかもしれない。少なくとも、ヒューイ様よりは、まともな男性が。
「いいわ、ユーリィ。お父様に相談してみましょう。王女様の手紙も添えて……念のために、ね」
そう言いながら、私は決めていた。
――義弟には、もっとふさわしい未来がある。
私が選んであげるわ。貴方の気持ちをちゃんと受け止めて、理解してくれる素敵な女性を。
さて。
人の手紙を勝手に読むなんて、褒められたことじゃない。けれど今回は特別。
王女様ご自身が、「なるべく多くの人に感想をもらいたいの」と手紙の中で求めている。
ならば、父が読んでも、罪悪感なんていらないはず。
"少年愛物語"と銘打たれた手紙は、王女様の瑞々しい筆致で妖艶に、そして少し残酷だった。
これが完結すれば、リゼッタ王女は世に出すかもしれない。
止めるつもりはないけれど――登場人物の名前だけは変えてほしい。切実に。
父は、数枚の便せんを読み終えるなり、額に手をあてて、深く深くため息をついた。
「……それで、ユーリィは婚約候補の話を白紙にして。ナタリアは家督を継ぎたいと、そういうことか」
「そうです、父上! お願いします!」
ユーリィは熱意を込めた声と共に、頭を下げた。
そんな義弟と、ますます不機嫌そうになる父。私は黙ってその間に立っていた。
「王女との婚約は最初から断るつもりだったが──困ったな、困った」
「大丈夫です。僕が上手く説明します」
義弟は軽く言ってのけるが、相手は王家だ。簡単にはいかないだろう。
「ナタリア」
「はい、お父様」
「家督を継ぐなら……お前は、侯爵家にふさわしい婿を取らねばならん」
「心得ております」
「……本当に、いいんだな?」
──お父様、しつこい。
「もちろんですわ」
父はしばらく黙って、椅子の背に深く寄りかかった。
やがて、ぽつりと言った。
「……それなら、いいだろう。お前たちの好きにするがいい」
「父上! ありがとうございます!」
ユーリィが弾かれたように顔を上げた。その喜ぶ顔を見て、思った。
――これでいい。
私は彼を救った。これでいいのだと。
正式に婚約が破棄されれば、次は、
私の未来の伴侶を選ぶ番――そう思うと、胸が高鳴った。
けれど、それからは、屋敷の中が、なぜだか、ざわついていた。
ポートマン卿は何度も屋敷に姿を見せ、父もユーリィを連れて頻繁に外出するようになった。
数日が経ち、王宮からの呼び出しが届いた。
ユーリィと王女の婚約の件と、私と公爵家との対立についての話し合い。
いよいよ、決着がつくのだと思った。
けれど、期待よりも不安が込み上げる。
未知の世界に足を踏み入れるような――そんな不安が押し寄せていた。
読んで頂いて有難うございました。




