①嫌われている
「ナタリア・ガートナー侯爵令嬢、貴方との婚約は破棄させてもらう」
そう宣言したのは、アンダーソン公爵令息――つまり、ヒューイ様だった。
その隣には、あのブリル子爵令嬢アニタがいて、満足そうな笑みを浮かべていた。
呼び出された時点で、なんとなく予想はしていた。
場所は、王立学園のローズが咲き誇る、秋の南庭。
人の気配がほとんどしない、静かな場所。
私は、そんなところで、ひっそりと“解放”されたらしい。
私の隣には友人の伯爵令嬢、シャロン。
少し後方に、義弟のユーリィ。
「理由をお聞きしても?」
できるだけ冷静に訊いたつもりだった。
「貴方の高慢な性格、私の妻には相応しくない」
ああ、やっぱり──と思った。
ユーリィが前に出そうになって、私は手で制した。
「立場を弁えなさい」
「しかし姉上――」
何か言いたげなユーリィに向かって、ヒューイ様が優しく言った。
「安心しろユーリィ。君の身の安全は保障してやるから」
「アンダーソン公爵令息様、きっと誤解されています!」
焦るような義弟の声。
「黙りなさい、ユーリィ」
「姉上……」
私の腕にそっと近づいた義弟の指先を、私は反射的にピシャリと叩いてしまった。
「す……すみません」
うつむくユーリィに、なんとも言えない気持ちになる。
「そういう所だ。貴方の義弟殿に対する仕打ちは聞き及んでいる」
つまり、彼らの中では、私は悪い義姉なのだ。
「それが破棄の理由なのですね。……承知いたしました。私も貴方にはいい加減ウンザリしていましたの」
「何だと!」
「喜んで破棄して差し上げますわ! こんなクソ婚約!」
自分の声が少し震えていた。
だけど、もうどうでもよかった。
「もう宜しいかしら? 父に報告しなければなりません。失礼致します」
そう告げて、急いで私はその場を離れる。
義弟が追いかけて来る気配はない。
「ナタリア、だからユーリィと仲良くした方が良いって、何度も言ったのに」
後ろをついて来るシャロンの声。
「仲が良くても悪くても、どっちでも悪く噂されるのよ。それが彼らのやり方。義弟はリゼッタ王女の婚約者候補なの、悪いうわさが立つと困るのよ」
私の説明にシャロンは黙った。
* * *
婚約して4年、ヒューイ様と“仲良く”なれた瞬間なんて、1秒もなかった。
最初から、私のことなんて見てなかった。
顔合わせの時も、彼は目を合わせてくれなかった。
悲しかった。
だって、私にとっては――初恋の人だったから。
ブロンドのさらさら髪、アーバン色の瞳。
まるで本の中の王子様。
対して私は、気の強そうな顔で、高慢に見える。
目は紅くてちょっと吊り上がっていて、口元は不機嫌そう。
笑えば、悪女っぽい。可愛いなんて、言われたことない。
でも――私は自分を不細工だとは思っていない。
陽に当たるとエメラルド色に輝く黒髪だって、ガートナー家の象徴、私の誇り。
ヒューイ様は、公爵家の嫡男。政略結婚。
父親同士の思惑で決まったことだって、ちゃんと理解してた。
でも、信じてた。
いつか、時間が解決してくれるって。
……そんな希望は、とっくに踏みにじられてたけど。
約束はいつもキャンセル。
誕生日だって、何もなかった。
気づけばもう、何ひとつ会話もなかった。
15歳になって、王都の学園に通いはじめたとき、私はほんの少しだけ期待した。
新しい場所なら、彼も少しは心を開いてくれるかもしれないって。
でも、彼が私を遠ざける理由は、この顔だけじゃなかった。
ヒューイ様には、愛する人がいた。
彼の遠縁のブリル子爵令嬢――アニタ。
いつも隣にいて、みんなからも恋人だと見なされていた。
「彼には恋人がいます。結婚なんて、無理です」
最初、父に訴えた。
だけど、返ってきた言葉はこれだった。
「アニタ嬢には婚約者がいる。ヒューイ殿とはただの幼馴染。お前が心配することはない」
信じられなかった。彼女に婚約者がいる? しかも4歳上の、ロジモンド子爵令息?
地味で真面目そうな、どこか印象の薄い人。
アニタは……ただの幼馴染?
そうやって片付けられて、私は何もできないまま、一年が過ぎた。
そんな中、義弟のユーリィが新入生として学園に入って来たのだ。
読んで頂いて有難うございました。