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第1話 バブルの傷

小さな手作りのcafe つなぐ

第1話は昭和のバブルに翻弄ほんろうされたお爺さんのお話

安寧あんねいな老後を送る筈だったのに、ただ日々暮らせるだけのお金が有れば充分だったのに。


 裕二は父の訃報を聞いて、大手町にあるオフィスを飛び出し静岡県磐田市の実家へ急いで帰郷した。 父が入院しているのは聞いていたが、流行病の中、実家でさえ簡単に足を踏み入れられない日々が続いた。もちろん父のお見舞いなどできるはずもなく、最後に父の顔を見たのはいつだったかと思い出せないくらい前になっていた。


 家族だけの小さな葬式をあげ、やっと落ち着いて腰を下ろした。

「母さん そういえば、父さんが趣味でやっていたcafeはどうするの?」 

と何気なく聞いた。 

「もうお父さんがいないのだから店じまいするしかないでしょう。」


 

 裕二は実家の一階にある父がほぼ手作りで作ったcafeに足を踏み入れた。

そこには、父が一人で作り始めたcafe。

母はすぐに飽きるだろうとあえて何も言わずに好きにさせていたお店


 父、正夫は長年勤めた銀座にある百貨店を53歳で早期退職して、ここ静岡県磐田市の一軒家にcafeを作り始めた。元々ガレージとして利用していたので家族からの反対はなかったし、まさか本当にcafeを始めるなどと思っていなかった。それに、駅から徒歩12分の田舎の住宅街、利益もなく趣味でやり続けるのは無理と皆思っていた。


 父は、なんだかんだと約1年間 うだうだとcafe作りにいそしんでいた。ある日は、東京目黒通り沿いの中古家具店を探し周り、またある日は丸の内の大型書店で一日中、本を漁っていたりと、精力的に動き回っていた。そして、いつの間にかcafeがオープンしていた。

と言うより、父が自分の部屋の扉を開けたら、勝手に誰かが入ってきて、コーヒーを注文されてしまったという感覚だ。


 5、6年前のその日、帰省で帰ってきた裕二は、カウンターに入り父の手伝いをしていた。

70代後半くらいの白髪のおじいさんが無言で入ってきた。

父も あ、ここからはマスターと呼ぼう。

マスターはいらっしゃいませも言わず、目を合わせただけで、コーヒーを入れ始めた。

その白髪のおじいさんも、気にもせず空いている席に腰を下ろした。 

そして白髪の老人はボソボソとマスターに話しかけた。

「ねえ マスター銀行っていうのはやはり悪魔だね。 私は前に東京目黒の商店街で30坪ほどの八百屋をやっていたんだが、そろそろ商売に見切りをつけ田舎にでも引っ越そうかと考えていたんじゃよ

ところが、バブル真っ最中ということもあり、わずか30坪の土地が、4億円以上の価格。

これでは売りたくても売れんのじゃ。その時なお世話になっていた銀行さんがきてな、

この場所にビルを立てないかと提案されたんじゃ。その時示されたのが、地下1階、地上6階だてのビル 

地下1階から2階をテナントにして3、4階をマンションとして販売 5、6階を我々の自宅ということで、建設費用は約2億円5千万円だ。  

今後の収支方法としては、マンションの販売で一件3500万円を4件で1億4千万円 

残り1億円強を賃貸で貸し出すテナント料の収入月約80万円で毎月銀行には元金50万円に年利0、2%を乗せて、返済をしていくことになったんじゃよ。で、私の収入は月20万円位だな。年金も入るようになるし、十分やっていけるような気が起きてしまったワイ。    

だがな、建設中にバブルが弾けちまってな結局、マンションの販売価格は2500万円くらい。

テナントも足元を見られて、毎月支払う分の50万円ほどじゃ。いや、マンション部分の収支がだいぶ減ってしまったので、50万円では足らなくなってしまったワイ。仕方ないので足りない部分を少しでも埋めようと、わしも わしの妻も働きに出て生活費だけでもと思い頑張ったが、結局、手元には何も残らずビルを追い出されたよ。まあ銀行が持ってくる話など上手い話はないってつくづく思ったが後の祭りじゃなあははは」 

と悲しく笑い コーヒーをグビと飲み干すと、

「マスターありがとよ」 

っと言うと店をとぼとぼと出て行った。

私はじいさんの寂しげな後ろ姿を見て、

きっともう来ないかもしれないな となんとなく思ったことを思い出した。


父が手作りで作ったカフェ つなぐ は 心寒い人がくるお店 

マスターは無口で話をそっと聞いているだけなのに

皆、マスターに身の上話をして、「ありがとう」と言って帰っていく。

  

いつもいつも心寒い人が、ほんの小さな炎にあたりにくる店。 


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