桜花の契り 第一部「こずえの小説」(マンガ原作シナリオより)
※文中の「N」はナレーション、「M」はモノローグです。
プロローグ
4月初頭・花瓶の桜の花びらが落ちる。
小説を書きながら転寝をしているこずえ。
1.こずえの夢
病床の桜子(28)が眠っている。目を覚ます桜子。謙吉(30)の顔が見える。
桜子「謙吉さん・・・今私、小説を書いている夢を見たの、おかしいわね、とっくに小説家になる夢なんて諦めたのに・・・・・・でも、生まれ変わったら、今度は小説家になりたいわ」
2.こずえの部屋(朝)
目を覚ますこずえ。
窓の外を見るこずえ。
桜の木の枝に桜の精がいる。
テロップ
平成12年4月19日(水)
3.私立桜桃学園高校・文芸部の部室(夕方)
こずえ(高1)、部長の水木繁夫(高3)、副部長の米倉えりか(高2)他数人の部員が、ラフカディオ・ハーンの『約束』を読みあって、作品について話し合っている。
米倉「これって上田秋成の雨月物語にある話よね」
男A「だけどさあ、約束を守るために切腹までするかね」
水木「約束を守らないと怖いからね。『われわれは希望に従って約束し、怖気に従って約束を果たす』っていうからね」
男B「何ですかそれ?」
水木「ラ・ロシュフコーの箴言さ」
男B「ああ、あれね」
米倉「あれねって、わかってるの?」
男B「知ってるよ、それくらい。『われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない』ってやつでしょ」
水木「ところで今度の同人誌、装丁とか、見映えのするやつにしたいんだけど、誰か絵のうまい人いる?」
一同「・・・・・・」
水木「じゃ、あいつにたのむか・・・・・・それじゃ、今日の読書会は終わりにします。次回は、漱石の『こゝろ』です。それから今年の夏の合宿は『こゝろ』に因んで鎌倉・由比ヶ浜へ行きたいと思いますが、皆さんどうでしょうか?」
男A「海か・・・・・・」
米倉「いいわね」
一同「(異口同音に)異議なーし!」
4.美術部部室(同日5時半頃)
水木、米倉、こずえの三人が装画の依頼に来ている。
沼田真澄(高3)「表紙と挿絵ね・・・・・・今、コンクールに出す作品の仕上げで忙しいんだよね」
水木「そこをなんとか・・・・・・」
沼田「(こずえを見て)あれ、君どっかで会わなかったっけ?」
こずえ「えっ? いえ、初対面だと思います」
水木「きっとあれだよ。デジャビュってやつ・・・・・・」
沼田「高木さんていったっけ? 君がモデルになってくれたら表紙一枚くらいなら描いてもいいよ」
5.漫研の部室(同日)
水木、米倉、こずえの三人が挿絵の依頼に来ている。
水木「頼む、挿絵描いてよ。美術部の沼田は表紙描いてくれるんだけどさ」
米倉「お願いしますよ。小林さん」
小林静一(高三)「どうしようかな」
水木「髙木さんからも頼んでよ」
こずえ「お願いします」
小林「はい、やります!」
水木「えっ、いいの?」
米倉「・・・・・・(不機嫌そうな顔)」
水木、米倉、こずえの三人、去る。
漫研女子A「ねえ、さっきの高木って子にこれ貰ったんだけどさ。この種をまいて、大切に育てると、願い事が叶うんだって」
漫研女子B「ええ? それってなんかキモイ-」
漫研女子A「でも試してみる価値はあるでしょ」
漫研女子B「あの子の母親、元女優らしいよ、旦那が失踪したっていう・・・・・・」
漫研女子A「え、そうなの?」
漫研女子B「もしかしたら(自分の頭を指差して)ここいっちゃってんじゃない」
聞き耳を立てている小林。
6.沼田の部屋
スケッチブックを見ている沼田。
沼田「やっぱり、あの時の子だ」
スケッチブックの絵(桜の中のこずえ)
7.こずえ宅(同じ頃)
こずえ、漱石の『こゝろ』を読んでいる。
こずえ「恋は罪悪・・・・・・か」
テロップ
5月10日(水)
8.視聴覚室(夕方)
黒板に漱石の『それから』と『こゝろ』を比較した図。
こずえのノート
ストーリー・プロセス
『こゝろ』-「私」、「K」を呼ぶ。>「K」、「私」に「お嬢さん」を好きだと告白する。>「私」ライバル出現に動揺し、「K」をだしぬいて、奥さんに「お嬢さん」と結婚したい旨を打ち明ける。>「K」、奥さんに「私」と「お嬢さん」との結婚を知らされる。>「K」、遺書を残し自殺する。>「私」、「K」の自殺に動揺しながらも「遺書」の内容に安心する。>「私」と「お嬢さん」結婚。>「私(先生)」書生と出会う。>「先生」、「私(書生)」に過去を聞かれ、時期が来たら話すことを約束する。>「先生」、「私」に手紙を書く。>「私」、手紙により「先生」の自殺を知る。
『それから』-「代助」、「平岡」に「三千代」が好きであることを告白される。>「代助」、「平岡」と「三千代」との結婚の周旋をする。>「代助」、「平岡」、「三千代」夫婦と三年後に再会する。>「代助」自己実現のために「平岡」から「三千代」を奪い取る。
-結果-
『こゝろ』-道徳に反する方法で結婚を勝ち取ったが、良心の呵責に耐えかね自殺。
『それから』-義侠心により、友人に好きな女性を譲るが、自然の復讐により、譲った女性を倫理に反する方法で奪い取る。
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水木「ということで、自分だったら、この三角関係をどう解決するかな?」
男A「正々堂々と勝負し、負けたら諦める。」
女A「相手に決めて貰う」
男B「クローン人間をつくる」
数人笑う。
男C「重婚」
女A「それは、非合法じゃない」
男C「じゃあ、両者とも諦める」
水木「髙木さんはどう思う?」
こずえ「私は・・・・・・」
米倉が、こずえをにらむ。
こずえ「私の方を向いてくれるように祈るわ」
男A「祈っても駄目だったら?」
男B「呪う」
男A「馬鹿」
こずえ「そしたら諦めるしかないでしょうね」
水木「ま、色々意見は出たけど、そう簡単には解決しない難しい問題だということだね」
テロップ
7月24日(月)
9.横須賀線車内(昼)
水木、こずえの原稿を読んでいる。
米倉、それを冷視している。
他の部員は、ゲームをしたり、文庫本を読んだりしている。
10.こずえの小説『桜花の契り』
こずえ(N)「あれは、私が中三になる年の春休みでした。徹夜で小説を書いた朝、近所の公園のベンチで、転寝をしている時のことです」
テロップ
平成11年4月2日(金)
11.桜咲く井の頭公園(昼)
スケッチする人(沼田)。
スケッチブックには、桜の中のこずえが描かれている。
桜の木の下のベンチで転寝をしているこずえ。
ふと気付くと、目前に白い着物を着た少女が立っている。
謎の少女「あなたにこの種をあげる。大切に育てれば、あなたの望みが、きっと叶うわ」
いつの間にか消えた少女。
12.こずえ宅・居間(夕方)
こずえ、ももえ、謙吉が話をしている。
謙吉「幽霊? ふむ、もしかしたらそれは、桜の精かもしれないな」
こずえ「桜の精?」
謙吉「そうだ、今度の日曜日花見へ行こう。そこで話してあげよう。ももえも行くか?」
ももえ「私はアニメサークルの用事があるから・・・・・・」
13.桜咲く小金井公園・4月4日(日)
盲目のおじいさんが、盲導犬を連れて、ベンチに座っている。
謙吉「小泉さん、こんにちは」
小泉「やあ、こんにちは、お待ちしておりました」
謙吉「これは、孫のこずえです」
小泉「やあ、こんにちは」
こずえ「こんにちは。おじいさんのお友達ですか?」
小泉「ああ、戦友だよ。この両眼もあの戦争でやられたんだ」
謙吉「オレの親友の清作と同じ美術学校に通ってたんだ。才能あったのに、惜しいことをした」
小泉「命が助かっただけでも運がいい」
謙吉「人間爆弾として沖縄の海に散ってしまった」
小泉「こうして毎年、花見に来られるのも、一重に桜の精のおかげ、有難いことだ」
こずえ「え!」
小泉「ははは・・・・・・。驚くことはない。目は見えなくとも、桜はいくらでも楽しめるんだよ、お嬢ちゃん」
こずえ「はあ・・・・・・」
小泉「まず、この鼻で匂いを楽しむことができる。この耳で樹のざわめきを楽しむことができる。この手で樹の感触を楽しむことができる。そして、この心の目で桜の精を見ることができる」
こずえ「桜の精?」
小泉、うなづく。
こずえ、謙吉を見る。
謙吉「こずえも、見ただろう? 心の目で」
小泉「人に話しても信じてもらえんがね。たいていの人は自分に見えるもの以外は、信じたがらんからな」
こずえ「おじいちゃんも見たことあるの?」
謙吉「ああ、あれは、十ぐらいの歳の頃だった・・・・・・」
14.こずえ宅(夕方)
花見から謙吉とこずえ帰る。
こずえの母・葉子「お帰りなさい。お花見どうだった?」
こずえ「ねえ、お母さん、桜の精って信じる? 私、見たのよ」
葉子「御義父さん、またこずえに変なこと吹き込んだんですか! よして下さいよ、こずえにはちゃんと現実的に生きて欲しいんですから」
謙吉「何を信じようが、こずえの勝手だろう」
葉子「桜の精なんて、いる訳ないじゃない・・・・・・それより、ももえが、漫画の新人賞に、入選したそうよ」
ももえ「さっき電話があったの。夏の増刊号に掲載されるんですって」
謙吉「ほお! それは大したもんだ。でかしたぞ、ももえ」
こずえ「(静かに笑って)良かったね、おめでとう」
15.同・台所
夕飯の支度をする葉子。
16.同・居間
謙吉とこずえとももえが話している。
謙吉「こずえ、お前の夢はなんだ」
こずえ「小説家になること」
謙吉「ももえは新人賞に入選するくらいだから、漫画家かな」
ももえ「私は、桜川由衣のような声優になりたい」
謙吉「ほお、そうか。小説家にしろ、声優にしろ、絶対諦めるなよ。米塩の資に事欠かず、人生を安泰に過ごせたとしても、夢がなければ詰まらん。多少は苦労しても、それが自分の財産になっていく。
“艱難汝を玉にす”というだろう。
それから、あの種を大切に育てなさい。きっとこずえの夢を叶えてくれるからな」
こずえ「本当に叶うの?」
魔法のようにすぐ叶う訳ではない。自分で努力した分、運が好転していく。自分でやり遂げたという実感がなければ、望みが叶っても、何の満足感も得られんだろう。兎に角大切に育てなさい。約束できるかい?」
こずえ「うん、約束する」
17.同・食卓
夕食後、お茶を飲む謙吉。空になった湯呑を見て、
謙吉「誰だ、オレの御茶を飲んだのは? 」
葉子「さっき自分で飲んだじゃない」
謙吉「え、そうだったか? おかしいな」
葉子(M)「あらやだボケたのかしら」
じっと湯呑を見つめる謙吉。
訝しげなこずえとももえ。
18.謙吉の書斎(同夜)
謙吉、机に向かって、何か書こうとしている。
謙吉「小説か・・・・・・しばらく書いてなかったな」
ペンを握ったまま動かない謙吉。
謙吉「文字が書けん・・・・・・どうしたことだ・・・・・・全く文字が思いだせん」
19.同・書斎(深夜)
謙吉、寝ている。何かの気配がする。目を開けると、暗闇の中に誰かが立っている。それは、子供の時に会った謎の少女。
謙吉が少女を追う。
謙吉、庭の桜の木の下に倒れこむ。
20.桜が満開の並木道(こずえの夢)
ベンチに、こずえと謙吉。バスが来る。
死んだ筈のおばあさん(さゆり)が降りてくる。謙吉を手招きする。
バスに乗る謙吉。バスを見送るこずえ。
バスの中の謙吉とさゆり、いつのまにか、別人(前世の姿・謙一と百合子)になっている。桜吹雪が舞う。桜の精が現れて、こずえにほほえみかける。桜吹雪と共に消える。
21.こずえの部屋(早朝)
夢から覚めるこずえ。窓の外から母の葉子の声。
葉子「こずえ・・・・・・おじいちゃんが・・・・・・」
驚くこずえ。
こずえ(N)「おじいさんはその朝、庭の桜の木に見守られながら、八十年の生涯を閉じました」
22.謙吉の書斎(翌日)
こずえ、謙吉の机の上を見ている。
そこには、積み重ねられた日記と、謙吉の書きかけの原稿『桜花の契り』
こずえ「(原稿を手に取る)明治三十三年の春、茅ヶ崎の結核療養所『南湖院』の一室で、橘百合子は、花瓶の山桜を写生していた。傍には見舞に来た高木謙一がいた。筆を動かしながら百合子が・・・・・・」
23.鎌倉・由比ヶ浜(夕方)
浜辺のこずえと水木のことを不機嫌そうに見ている米倉。
水木「(未完の小説を読み終えて)幻想的な小説だね」
こずえ「祖父の未完の小説を元にして書きました」
水木「へぇ・・・」
こずえ「第二部はほとんど祖父の文章になる予定です。水木さん、輪廻転生ってあると思いますか?」
水木「輪廻転生ね・・・・・・ハーンの研究をする上で少しだけ調べたことがあるけど・・・ある学者が偏在転生観なんて説を唱えているんだ。つまり、転生を重ねることによって唯一の『私』が三世に渡って同時にいたるところに存在するという考えらしいんだけどね」
こずえ「・・・・・・」
水木「ありえないと思うでしょ。でも、あらゆる可能性を考えなきゃ答えなんてでやしない。でも、いくら考えても分からないことがある。分からないことを僕は信じることができない。勿論、信じるのは人の自由だけどね」
こずえ「現実を目の当たりにしても信じませんか?」
水木「人間の五官は容易に錯覚を起こすからね」
こずえ「私本当に桜の精を見たんですよ(と言って種を出す)ほら、これが望みを叶えてくれる種。水木先輩にあげる」
水木「・・・・・・」
こずえ「先輩、これで夢を、実現させてください。私も頑張ります。運命は、この種に託して・・・・・・」
水木「ああ・・・うん・・・(戸惑いながら、とりあえず頷く)」
24.こずえの部屋
テロップ『八月二日(水)』
机上に「輪廻転生」の本があり、こずえがメモをとっている。
こずえの母・葉子が入ってくる。
葉子「こずえ、ちょっと話があります」
25.病院へ向かうバスの中(武蔵関行き)
こずえ「私、病気じゃないのに・・・」
葉子「いいから診てもらいなさい。
そうやって自覚がないこと自体おかしいんだから」
こずえ「なんで本当のことを言ったのに病人扱いされるのよ」
葉子「なにが本当のことよ。桜の精なんている訳ないでしょ!」
こずえ、不機嫌な顔。
26.J内科病院・精神科診察室
精神科医師「桜の精を見た事があるそうですが、それは事実ですか?」
こずえ「はい」
医「他になにか変わった体験はありますか?」
こずえ「そういえば以前、夜に金縛りにあって、気がつくと妹が
私の首を絞めていたことがあります。多分、入眠時幻覚だと思います。
ナルコレプシーの人によくある症状だとか」
医「ほぉ、よく知ってますね」
こずえ「ええ、小説を書くために色々と勉強しているんです」
医「あなたの小説で、転寝をしている時に桜の精に会ったことになっていますが、
夢を見たのではないですか?」
こずえ「いいえ・・・だって夢だとしたら、種はどう説明したらいいんでしょう」
医「はぁ、では、やはりあなたは事実だと信じている訳ですね」
こずえ「はい・・・」
27.同・診察室
葉子「分裂病?!」
医「ええ、まあ、精神分裂病と言うのは、一説には、
脳内のドーパミン神経系が異常に働き過ぎるために起こると
考えられているんですが、まず、幻覚などの症状などは比較的、
薬でコントロールができます。
幻覚と言うのは薬物依存や睡眠障害によっても起こります。
また、我々の眼というのは、網膜に何が映っていようと、
それをどう感じるかは脳での情報処理によります。
従って思い込みが激しければ自己暗示により
存在しないはずのものが見えてしまうということもあります」
葉子「やはり入院させなければ駄目でしょうか?」
医「検査の結果が出次第、今後の治療方針を決めましょう」
※「精神分裂病」・・・・・・2002年8月に「統合失調症」に改名。
28.J病院・診察室(外来2回目)
テロップ『二日後------』
医「では、桜の精は実在しないと認めるんですね」
こずえ「はい、よく考えたら自分の思い違いだと気付きました」
医「そうですか・・・・・」
29.こずえ宅・応接間(八月七日、月曜日)
水木と米倉が見舞いに来訪。
米倉「良かったわね、入院しないで済んで。
もう部活には出られるんでしょう」
こずえ「はい、大丈夫です」
こずえの幻聴・米倉の声「水木さんは絶対に渡さないから」
こずえ「・・・・・・(不安げな顔)」
水木「髙木さんの作品、結構評判良かったよ」
こずえ「ええ!そうですか?」
水木「二学期からまた一緒に頑張ろう。
米倉「はいこれ(こずえに同人誌『桜桃』を渡す)」
30.こずえの部屋(夜中)
ベッドで同人誌を読むこずえ。
本を置いて消灯。目を閉じて考え込む。
こずえM「あの声はなんだったのかしら・・・・・・
確かに米倉先輩の声だったような」
声「あなたが望んだから聞こえたのよ」
こずえ「私が望んだ?」
声「彼女の気持ちを知りたいと望んだから」
こずえ、暗闇の中、目をこらして見ると、誰かがたっている。(桜の精)
こずえ「じゃあ、やっぱりあの種は・・・」
桜の精「あなたが種の力を信じているかぎり、恋も夢も、
あらゆる願いは、いつか必ず成就するわ」
こずえ「でも・・・私の望みが叶うことで誰かを傷つけてしまうかも・・・」
桜の精「それは、あなたの心次第よ」
桜の精、消える。
31.公園
テロップ『九月三日(日)』
こずえと水木、ブランコに座って話している。
水木「今、演劇部に頼まれて、『智恵子抄』のシナリオ書いてるんだけど、
完成したら読んでもらって意見を聞かしてくれないかな?」
こずえ「ええ、私の意見でお役に立つなら」
水木「ところで、もう幻覚の症状はなくなった?」
こずえ「先輩、私、この間また、桜の精に会ったんです」
水木「え・・・まだ幻覚見えるの?」
こずえ「幻覚じゃなくて、ほんとにいるんです」
水木「君、桜の精はいないって認めたんじゃなかったの?」
こずえ「嘘をついたんです、入院したくなかったから。
桜の精は絶対にいます。
だってあの種の力で人の心が読めるようになったんですよ」
水木「まさか・・・・・・」
こずえ「先輩、米倉先輩とつきあってるんでしょ」
水木「君、やっぱり入院したほうがいいんじゃないか?」
こずえの声(水木の頭の中で聞こえる)「私のことも好きなんでしょ?」
水木M「なんだ今の声は? まさかテレパシー?」
水木、立ち上がって、こずえを一瞥、恐ろしいものを見るような目。
水木「いや、きっと空耳だ」(立ち去ろうとする)
こずえ「先輩、シナリオの完成楽しみにしてます(にやける)」
水木、黙って歩き出す。
32.公園の外
まちぶせしていた米倉が水木を呼び止める。
米倉「先輩!」
水木、振り向く。
米倉「何故そう度々髙木さんに会いにいくんですか?」
水木「いいじゃん、誰と会ったって、別に君を嫌いになった訳じゃないんだし」
米倉「だって最近高木さんばかり気にかけてるみたいで・・・」
水木「そんな、考え過ぎだよ。彼女はまだ、精神が不安定だから、
誰かが支えてやらないと・・・」
米倉「髙木さんが好きなんですか?」
水木「誰に対しても平等に優しくするのが僕のモットーでね」
米倉「フェミニストのつもりなんですか?」
水木「かもね」
うつろな目の米倉。
水木「それじゃ」
立ち去る水木。立ちすくむ米倉。
33.学校屋上(放課後)
テロップ『九月四日』
こずえ、町並みを眺望している。
小林「高木さーん」
こずえ、振り向く。
小林「一人で何してんの?」
こずえ「・・・・・・」
小林「君っていつも一人だね。もっと積極的に人と話せばいいのに」
こずえ「小林さんみたいにですか?」
小林「え・・・・・・」
こずえ「何か用ですか?」
小林「あ・・・いや・・・今、新人賞に応募する漫画のネーム書いてんだけど、
ある程度できたら髙木さんに意見を聞こうと思ってるんだけど、いいかな?」
こずえ「ええ、別にかまいませんよ」
小林「そう、それじゃ、その時はよろしく」
小林、去る。こずえ、意味深な笑み。
34.小林宅(同・夜)
小林、机に向かって、ネームをきっている。
小林の回想・・・小林の母「静一、大学が駄目なら、ちゃんと就職しなさいよ、家計が苦しいのは分かってるでしょう」
小林の父「また、駄目だったよ。若い奴を優先的に採用しているみたいでな、俺みたいな年寄りは入る余地もねえ。なんでもかでもデジタル化で俺達職人はお払い箱さ」
35.小林宅(同・深夜)
うとうとしながら、ネームをきる小林。暗がりに白いものが見える。
桜の精のように見える。ふっと消える。
36.こずえ宅(夕方・雨)
テロップ『十月二十九日(日)』
同・洋間
沼田が、こずえの肖像画を描いている。
こずえ「ねぇ、沼田先輩、生まれ変わりってあると思います?」
生まれ変わりねぇ・・・・・・そんな形而上学的なこと考えたって、
どうせ分からないんだから、それよりも、どう生きるかを考えた方がいいんじゃない?」
こずえ「でも、どう生きたって、死んでそれで終わりなら意味ないじゃない」
沼田「意味が必要かな?
・・・・・・たとえ来世が有ったとしても、この人生は一度きりなんだし
今の夢は今叶えなきゃ、それこそ生きている甲斐がない。
生前報われない不運な画家が、死んでから世間に認められ、神のように崇められても、
なんの意味もない。
例えばゴッホなんて、貧乏で、弟のテオ以外には誰にも才能を認められず、
認められないが故に気が狂い、それでも努力して、独自の表現を編み出していった。
その後自殺して、神話が生まれ、その神話という共同幻想に洗脳された輩が、単なる
見栄のために馬鹿のような大金をはたいて、『ひまわり』を落札する。結局得をするのは、
拝金主義の画商だけだ」
こずえ「・・・・・・」
沼田、最後の一筆を終える。
沼田「ふー、やっと完成した」
『ピンポーン(ベルの音)』
葉子「こずえ、お客さん」
37.同・玄関
小林が立っている。
小林「やぁ!」
部屋に案内するこずえ。
38.同・洋間
小林が部屋に入ると、そこに沼田がいる。
沼田「あれ、小林どうしたの?」
小林「沼田こそ、どうしたんだよ」
沼田「いやね、髙木さんちの部屋を借りて、卒展の絵を描いてたんだけどね、
今、丁度完成したところなんだよ」
小林「あれ? もしかして、髙木さんがモデル?」
沼田「そう、本当は、ヌードを描きたかったんだけどね」
小林「え?!」
沼田「いや、冗談、冗談」
こずえ「お生憎様、私のこの黄金比に則した顔を描けるだけでも有り難いと思いなさい」
沼田「ゆーねぇ」
小林「・・・・・・」
沼田「ところで、小林は何しに来たの?」
小林「あ、そうだ・・・・・・これ(ネームを出す)」
こずえ「できたの?」
小林、こずえに渡す。
こずえ、パラパラめくる。
沼田「なんだい、それ?」
小林「髙木さんにネーム読んでもらって、参考のために意見を聞こうと思って・・・・・・」
沼田「出版社に持ち込むの?」
小林「まぁ、一応駄目元で持っていこうと思ってるけど」
沼田「そうだそうだ。あたってくだけろ!」
小林「くだけちゃ困るんだけどね・・・・・・ま、これからしばらくは、
バイトでもしながら描きつづけていくつもりだから」
こずえ「じゃ、後でゆっくり読ませてもらいます」
葉子「こずえ、またお客さんよ」
ももえ「お姉ちゃん、また男のお客さん? お姉ちゃんもスミにおけないわね」
こずえ「バカ!」
水木「やぁ、先客がいたのか」
小林「水木・・・」
沼田「お前もか・・・」
水木「いやね、演劇部のために書いたシナリオを読んでもらおうと思ってね」
沼田「ふーん、いつやるの?」
水木「年明けの発表会でやる予定だよ」
こずえ「私は小説家、沼田さんは画家、小林さんは漫画家、
それぞれの夢が叶うように、この種を蒔いて、お願いしましょう」
沼田「なんだい? なんかのおまじないかい?」
水木「なんか、はやっているみたいだけど、髙木さんの小説にも出てきたじゃん」
沼田「どうせ迷信だろ」
こずえ、沼田をにらむ、沼田、たじろぐ。
沼田「はいはい、つきあいますよ、形だけね」
種をとる沼田。
小林「素直じゃないなぁ」
沼田「小林、お前信じてるのかよ?」
テロップ『平成十三年二月------』
39.謙吉の畑
こずえと水木、沼田、小林が種を蒔いている。
作業が一段落して。
こずえ「さっ、これでよしっと・・・後は、自分の努力次第よ」
小林「よしっ、頑張ろう!」
沼田「(水木と顔を見合わせて)俺達なにやってんだろう」
小林「(二人を見て)あれ、どうしたの?」
テロップ『平成十四年十二月---二年後---』
40.新宿アルタ前
失踪していた幹夫が看板持ちのバイトをしながら、ふとアルタヴィジョンを見ると、
そこにももえが映る(歌っているももえ)
幹夫「ももえ・・・・・・」
41.こずえの部屋
こずえN「あれから幾星霜が流れ、また、桜の咲く季節になりました。
水木さんは現在、小さな劇団で演出をしています。
米倉さんもそこに在籍しています。沼田さんは美術教師をしています。
妹、ももえは、街でスカウトされ高木麻衣という芸名で歌手デビューしました。
小林さんは好きな漫画を描いています。
私は文筆家になりました。おじいさんの桜畑は守っていくつもりです。
約束を守るために」
エピローグ
こずえの原稿のUP。
落ちている桜の花びらが、風でとぶ。
第1部「こずえの小説」(完)
1998年6月より構想、
2000年1月2日~2001年1月7日執筆
2002年12月推敲