金色のルーツ
作品形式:小説
ジャンル:ファンタジー
文字数 :21700字
あらすじ:ある日、のほほん女神のミラノに指令が下る。
それは、前代未聞の大仕事だった。
祝福の国。
輝きの地。
光の世界。
呼び方は様々あるが、そのどれもがきっと正しいのだろう。
アスカルディア神領。
神々の住む土地の、正統な名称である。
世界の中心に位置する巨大樹ユグドラシル。
その無骨な幹は、数多の巨蛇ヨルムンガンドが絡まり合いながら天に昇ろうとしているようだった。
アスカルディアもまた例外ではなく、世界樹とも呼ばれるそれを中心に据えている。
大地は世界樹の根を支えるように――否、根に抱かれるように広がっていた。
泉の水は何処からか湧き出し、大地の端から静かに溢れ落ちる。
水は間もなく白糸の滝となり、大地の下で漂う雲海の中へ消えていく。
森と水を背負う大地は、降り注ぐ陽の光を浴びて艶やかに煌めいていた。
喉を晒して見上げてみれば、星々のように輝くユグドラシルの樹冠を、吸い込まれそうなほどの蒼穹が縁取っている。
しかし、風光明媚なそれらに負けじと対抗する異物があった。
神々が卓越した技術と黄金のみで積み上げた、建造物の数々である。
巨大な三角錐が密集した中心部の刺々しさは、さながら針葉樹林のようだった。
ユグドラシルの根元に栄える神々の都は、光の有無によって金色と黒の二相に別れやすい。
見上げる角度を少し変えるだけで、幾度も色を変化させる気まぐれな百面相ばかり。
中でも目を引くのは、他の追随を許さぬ高さを誇る主神の居住塔、ヴァルハレイユ宮殿だ。
ユグドラシルの樹冠の隙間から漏れ入った光の柱が、今日も宮殿を斑模様に染め上げている。
自然と黄金建造物の融合と調和。
それこそがアスカルディア神領の真骨頂である。
けれども、それはあくまで中心部の話。
虹の橋を横目に通り過ぎ、波立つ世界樹の根をくぐり、滝の傍を超えてみる。
すると、景色はその姿をがらりと変える。
眩く刺々しい建造物は姿を消し、山々と湖が連なる物寂しい一面が顕になるのだ。
根がつくる陰は広範囲に渡り、中心部に比べるとやや肌寒い。
神々の建造物に取って代わるつもりだろうか。
薄緑の針葉樹林が大地を席巻しようと顔を覗かせていた。
その奥で、うっすら雪化粧を施した山々が優雅に佇んでいる。
遠くであればあるほど色素は失われ、やがて真白な霧に溶け込んでいく。
今日は少し風があるらしい。
揺れる湖畔は光の筋を反射させ、放つ輝きは黄金の建造物や虹の橋に勝るとも劣らない。
おかげで、日陰が多いにも関わらず、周辺一帯はほど良い明るさを保っている。
早起きの薄霜は、今朝も飽きずに大地の上に横たわるそうだ。
指で愛でると、きっと瑞々しい雫を贈ってくれるだろう。
そんな辺境の地に、一柱の女神が住んでいた。
木の柱と壁に茅葺き屋根をのせただけのみすぼらしい一軒家。
内装も簡素で、木製の棚や寝具しか見受けられない。
アスカルディア中心部とは似ても似つかぬ居住レベルの空間に、女性の声が膨らんだ。
「お椀は洗いました。料理で使った道具も洗いました。あとは……あー! ペチの実を煮っぱなし!」
若く美しい女神は、肩まで伸びた白銀の髪を跳ねさせた。
生成色のドレープをはためかせながら、慌てた様子で家を飛び出る。
ずれ落ちそうになった赤縁の眼鏡を定位置に整えつつ、おそるおそる鍋の蓋を持ち上げて。
「あーあ」
女神は心底悲しそうにため息をついた。
ニ片の銀と交換してきたペチの実が、見る影もなく液状に溶けてしまっていたからだ。
せっかく事細かく段取りを立てたというのに、その段取りに翻弄されてしまうとは。
「おかずが減っちゃった」
幼い顔立ちと、庇護欲をかきたてる小柄で華奢な体型。
とても女神とは思えぬ、今にも泣き出してしまいそうな情けない表情。
名を、ミラノという。
「あ、風だ」
興奮して火照った頬に、ひんやりした朝風が心地よい。
新鮮な空気を薄い胸いっぱい吸い込むと、緑の匂いが鼻孔の奥をくすぐった。
「今日も良いことあったらいいな」
女神ミラノが辺境の地にいる理由は、なにも悪事を働いて追放されたわけでも、中心部の神々に馴染めず距離を取ったわけでもない。
通常、神々というのは主神の住むヴァルハレイユ宮殿から近い場所に住みたがるものだが、彼女の価値観は少しだけ違っていた。
ミラノには欲しいものがある。
それが、いま目の前に広がっている景色だ。
はるか遠くまで見渡せる良好な視界と、自身の鼓動が聞こえるほどの静寂。
この環境は彼女にとってとても大切で、アスカルディア中心部にいては決して手に入らない。
「うん、いい感じ」
女神ミラノは静寂の中で想像に耽ることが好きだった。
それが、小さく他愛のないものであっても、誰とも共有できない無価値のものであっても、物語を紡ぐことが大好きだった。
故に、切り取られた視界や、手垢のついた雑音の中での生活は耐え難いものだったのである。
ただでさえ現実と想像の狭間に置かれているというのに、わざわざ限られた空間を選ぶ理由があるだろうか。
「いけない! 遅れちゃう!」
冷えた風に心を許し過ぎたらしい。
家の中に飛び込むと、籠から衣服一式を掴み上げた。
生成色のドレープを脱ぎ捨て、似た色の衣をまとう。
黒のタイツを履き終えるまでに、二度ほど転倒しかけた。
頭のてっぺんにアカデミックキャップをちょこんと乗せると、星のアクセサリが彼女の頭上でふよふよと弾む。
「行ってきます!」
自分しか住んでいない家に向かって声をかけ、黄色のパンプスに足を滑らせたのだった。
◇
静かな滝の傍を超え、波打つ世界樹の根をくぐり抜け、虹の橋を横目に通り過ぎる。
脚にほど良い疲労を感じる頃、見飽きた光景が姿を現した。
黄金の針山、アスカルディア神領の中心部である。
きらびやかな造形は目眩を覚えるほどだし、もはや感嘆のため息しか出ないのだが。
「うーん……やっぱり落ち着かない」
ここにいては、見えぬ景色を視ることも、聞こえぬ音を聴くことも難しそうだ。
悔しさに似た感情はどこから来るのか。
まるで、生涯見渡す範囲を一方的に決めつけられてしまったような感覚。
やはり、ミラノには辺境の地が性に合っているらしい。
「良かった。間に合いそう」
世界一巨大な建造物はと問われれば、神々は口を揃えてヴァルハレイユ宮殿と答えるだろう。
では、続く二番目はと聞かれたら。
これについても、神々は口を揃えてこう答えるだろう。
アスカルディア・アカデミーと。
「うわ……」
案の定、入口の門付近は生徒たちで溢れかえっていた。
アスカルディア全土から次々登園する生徒たちに、受付の処理速度が追いついていない。
「ちょっと遅れただけなのに」
完全に詰まってしまった長蛇の列。
その最後尾に並びながら、ミラノは肩を落とした。
教室に辿り着けるのは、授業開始時刻ぎりぎりになりそうだ。
アスカルディア・アカデミーとは、神々や天使らが知識や技術、その他有形無形の情報を習得するための学び舎である。
開講学部は数十に渡り、神学部、法学部、法力学部、万象学部、魂魄学部、種族学部、建造学部など、神領繁栄の維持と発展に関するものが基礎となっている。
中でも自衛部隊への所属を目指せる法力学部、英雄の魂魄を選定する仕事に就ける魂魄学部あたりは常時人気で競争率も高い。
最近では主神が推すラグナロク研究部やホムンクルス研究部が増設され、そちらもじわじわと人気を集め始めている。
逆に最も不人気の学部というのが――
「ええっと……あったあった、創造学部。今日は下層の38-12階か」
門の上で浮遊する、緑色の法力掲示板。
ルーン文字で刻まれた本日の日程表を確認した後、いまだ遠くにある入口に思いを馳せる。
門をくぐることができたのは、パンプスに通した足が痛み始めた頃だった。
両端に並んだ全十六解ある白い法力陣。
そのうち、十二番目の紋が刻まれた光の柱に入り、まぶたを閉じる。
「38-12、セット」
唱えると、ミラノの体は瞬く間もなく建造物の三十八階に転送された。
生徒と雑音でごった返していた入口とは打って変わり、三十八階の廊下は耳鳴りがするほど静かだった。
それもそのはず。
創造学部は神々の間で全く人気がなく、生徒数はミラノを除けばたった三柱しかいない。
他の学部は将来役立つ知識や技術が確実に得られるとされている。
しかし、創造力は何の役にも立たぬ趣味の一環と考えられていることが原因だ。
他学部の神々からそう言われる度、ミラノは「想像力は未来を広げるんです。創造力は未来を豊かにするんです」と伝えるのだが、返ってくる言葉はだいたい「ほら、やっぱり趣味だ」だった。
「おはようございます」
ミラノが教室に入ると、先客がいた。
黄金の椅子に腰かけていたのは、黒髪を腰まで伸ばした少女。
黒ドレスに身を包み、黒のタイツに黒の靴を履いた、夜のような女神だった。
ミラノの声を聞くなり、気だるそうな顔を上げる。
「あら、ミラノ。遅刻ぎりぎりなんて珍しいわね」
「焦りましたよ。でも、パンプスで走ったら大怪我するかもしれませんし」
「そうね。足首を負傷るくらいなら、正々堂々遅刻したほうが自分のためだわ」
そう告げた黒髪少女の右足首は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「アニマさんの足、なかなか治りませんね」
アニマと呼ばれた少女が、肩を上げて小さく笑う。
「昨日の夜も足を挫いたの。これで全治は延長決定でしょうね。予想した医師の悔しそうな顔が目に浮かぶわ」
「アニマさんって、しっかりしてそうでしてないですよね」
「真正面から言われると絞め殺したくなるわね」
アニマが血管の浮き出た拳を掲げると、ミラノは両手を上げて距離を取った。
「あれ? そういえば、ラジオネさんとマンガラさんは?」
「ラジオネは欠席日数が多すぎて退学。マンガラは法力学部に転部したわよ」
「ええっ!?」
あまりの衝撃に、ミラノはつい立ち上がってしまった。
数少ない同士を失ったと知り、みるみる生気が萎んでいく。
「じゃ、じゃあ、創造学部はアニマさんと私の二柱だけですか?」
「ラック先生も入れれば三柱ね」
「はぁぁぁぁ……」
デスクに突っ伏すミラノ。
キャップの星アクセサリが物悲しく揺れる。
「そんなことより、ミラノ」
「はい?」
「あなた、他の学部の神と一緒にいるときも、妄想垂れ流しでトークしてるらしいわね」
「え? まあ、普通にですけど」
「小馬鹿にされてるわよ。そんな世界や設定はあり得ないって。そんな現象があってたまるかって」
「想像には、あり得ない世界や現象があったっていいと思います」
「これはあくまで噂だけど……最近、とうとう主神の耳にも入ったらしいわよ」
「ええっ!?」
ミラノの耳が一瞬で赤く染まり、間髪入れず顔全体へ広がっていく。
「どうして!?」
「さあ。誰かがチクったんでしょ。ちなみに私じゃないから」
再びデスクに溶けるミラノ。
「変なやつって思われちゃいましたよね?」
「変なのは事実だし、変な奴っていうのは結構みんな知ってるから、何も問題ないんじゃないかしら?」
「そっかあ。それなら良かっ……ええ?」
ミラノが物申そうとしたタイミングで、教師が入室した。
「よし、みんな席についてるな」
丸顔に笑顔。
垂れた眉と目尻に、蓄えられた顎髭と、見るからに優しそうな男神だった。
教卓に陣取ると、デスク上に法力陣を刻み込む。
「まずは前回のテスト結果を返しておこう。答案羊皮紙にも書いたが、俺からも一言だけ伝えておくよ」
教卓上で輝いた法力陣はやがてふたつに分裂し、それぞれがミラノとアニマのデスク上に移動した。
ニ柱の女神は転記された羊皮紙の答案を眺め、教師からのコメントを探す。
アニマがコメントを見つけた素振りを見せたところで、男神の教師ラック先生は口を開いた。
「まずはアニマの物語だが……素晴らしかったぞ」
「良かったぁ」
ほっと胸をなで下ろすアニマ。
「今回の作品に対して言うことはあまりない。日々の出来事が詳細に書かれていて、新しく発生するイベントもその延長線上のものだ。十分あり得る話ということで、修正点は特にないだろう」
「ありがとうございます」
デスク上の法力陣から実物の羊皮紙が出現し、アニマはそれを静かに受け取った。
「さて、続いてミラノだが……」
ラックが視線を移すと、ミラノの表情は既に絶望に塗れていた。
「もうコメントは……読んだみたいだな」
「……はい」
気まずそうに問う男神に対し、妖精の寝息のような声で返すミラノ。
あまりの痛々しさに話を続けることすら躊躇したラックだったが。
「まあ、その、なんだ。とりあえずは及第点としておこうか」
「どこがダメだったんでしょうか」
「そうだな。いつも言っているが、ミラノの想像は突飛すぎる。誰も予想しないような事柄ばかりが起こるんだ。これでは誰もついていけない」
「でも、でも、想像するのは自由ですし……誰も想像しないなら、それって素敵なことじゃ――」
「事実とかけ離れた設定は物語でも何でもない。もっと事実に寄せないと。それに……」
「それに?」
「この物語は不謹慎すぎる。上にばれたら一大事だぞ」
「……すみません」
教師に罪悪感を覚えさせるほどの落ち込み具合に、アニマが吹き出しそうになる。
魂魄を扱うヴァルキリーがこの場所にいたら、漏れ出たミラノの魂がきっと見えていただろう。
「ま、まあ分かればよろしい。では、本日の講義を始めよう」
燃え尽き、消え入りそうに力なく座るミラノ。
講義中、彼女が心ここにあらずだったのは言うまでもない。
当然、心配そうにチラ見するアニマの視線に気づけるはずもなかった。
◇
講義を終えて帰路につく頃、世界は黄昏色に染め上げられていた。
朱色の塗料をかぶった世界は、優しい温もりを感じさせると同時に、一日の終末をささやく侘しさも兼ね備える。
「ラック先生、私にだけちょっと厳しくないかなぁ」
視線を明後日の方角に投げると、普段は何よりも美しい虹の橋が、夕焼けに染められて彩度を落としていた。
「あなたも落ち込んでるの? 暗い顔してると、せっかくの美人が台無しよ?」
両手の指で矩形をつくり、橋と周辺の景色を切り取る。
ふと、その視界を白い綿毛が通り過ぎた。
慌てて矩形を解放し、彼方に消える綿毛を見送る。
しばらくして、ミラノは微笑んだ。
「おや? あなたは妖精さんではありませんか?」
女神が細い腕を掲げた先――紅の空間には誰もいない。
「やっぱり。いくら隠しても鱗粉でバレバレですよ」
女神の脚が動き始め、ゆっくりトコトコ歩き出す。
「そんなに慌ててどうしたの♪ 大事な泉が枯れたのね♪」
女神の衣をふわりと揺らし、小さなお顔を覗き込む。
「フムフムなるほどロキ様が? ラグナロク起こす主犯格?」
首を傾げて不審がる。
眉間にシワ寄せ訝しむ。
「巫女の予言はほぼほぼ当たる♪ 変身能力駆使して化かし、世界の秩序を混沌へ?」
たいそう驚き仰け反る女神、銀髪ふわりと後を追う。
「まごうことなき一大事♪ 今すぐ主神に報告を♪」
衣を踊らせ羽ばたかせ、器用にくるりと一回転。
気づけば波打つ根子の下、薄暗い空に変わってる。
「昏き終末やってきた♪ 運命の日がやってきた♪」
足早に急ぐ一柱。闇を駆け抜け一直線。
「でもでも待って、救世主? それは誰なの何処の方? ……え、人間が!?」
再び仰け反る女神の声が――軽やかなリズムを刻んでいた脚とともにぴたりと止まる。
「人間……」
人間。
人間とは?
「どんな生き物なんだろう。見た目は似てるみたいだけど……いつかお話ししてみたいな」
華麗な足取りを止め、素直に歩き始めて間もなく、あっと声を漏らして顎を跳ねさせる。
「ロキ様をラグナロクの主犯格に設定しちゃったから不謹慎だったんだ」
ひとしきり反省し終える頃には居住地にたどり着いていた。
そこそこ楽しく幸せではあるけれど、何かが足りず退屈な日々。
刺激的な日常なんて望むことも忘れかけていたが――しかし、今日は少しだけ違っていた。
「あれ?」
扉の傍らで、小さなつむじ風が体を揺らしながらミラノの帰りを待っていた。
地面の草を回転させながら、退屈そうに時間を潰している。
「こんな時間に音風なんて珍しい」
ミラノが呟くと、気配に気づいたつむじ風が草を放り投げて近づいてきた。
「ほら、おいで」
細く白い指先で、そっと風に触れる。
すると、流麗なそれは女神の指に抱きついた。
そのまま腕を伝い、首筋をくすぐって小さな耳の近くを舞う。
直後、聞き慣れぬ男神の声がミラノの鼓膜を震わせた。
『女神ミラノは明日の朝、ヴァルハレイユ宮殿に出頭せよ。これは我が主直々の命である』
送り主の声をミラノの鼓膜に届け終えると、風は朱色の大気へ霧散した。
「え……主の命!? なんで私なんかに!?」
慌てた様子で反射的に周囲を見渡すが、当然誰もいない。
「えぇ……正装ってアカデミーの服でいいのかな」
せっかく楽しい想像を味わって立ち直りかけていた心に、再び暗雲がまとわり付いてくる。
「っていうか私、何かしたかなぁ」
◇
その日は快晴でも大雨でもなく、かといって曇天でもない微妙で絶妙な天気だった。
急遽、主神に呼び出しを受けた女神ミラノは、昨晩こう考えた。
「もし明日の天気が晴れなら良い呼び出し。もし雨なら悪い呼び出し」
しかし、早朝の空は晴れ間も見えるが、分厚い雲も見られる。
遠くでは天気雨が降っているような気配さえ見受けられる。
「どっちだろう……」
ミラノは二択にした自分を呪いつつ、女神の衣に腕を通した。
「衣にタイツに眼鏡、準備万端です。あとはパンプスを履けば……キャップいるかな?」
しばし迷った結果、念のため持参ことにした。
黄色のパンプスに足を滑らせ、再び迷った挙げ句にキャップをかぶる。
「行ってきます!」
誰も居ない家に挨拶すると、早足に扉をくぐった。
いつものように滝の傍を超え、波打つ世界樹の根をくぐり抜け、虹の橋を横目に通り過ぎる。
目をつぶっていても辿り着けるというのは言い過ぎだろうか。
ミラノはアスカルディア神領の中心部に到着した。
しかし、ここから先は全くの未経験。
目指すは世界一の建造物だ。
目的地の上半身は数刻前から見えているのだが、巨大過ぎるせいか、どれだけ歩いても近づいている感覚がない。
だが、鼓動の乱れは早足だけが原因ではあるまい。
「ヴァルハレイユ宮殿……」
神の王。
世界の頂点が座する塔。
「なんで……私が……」
見慣れた道の、歩き慣れない道を進んでいく。
しばらくすると道が開け、巨大な建造物がようやく足元を見せた。
同時に、大きな扉が目に入る。
その高さたるや、ミラノを縦に十数柱重ねても足りないほどである。
「ええっと……これ、どうやって入るのかしら」
見上げるだけで首を痛めそうな入口に、元々虚弱な女神は軽いめまいを覚えた。
「おーい!」
立ち尽くしていると、遠くで男神の声が聞こえた。
とりあえず駆け寄ってみると、男神が傍らにある普通サイズの扉を指差す。
「あっちは巨人用の扉だぞ。ここは初めてか?」
「あ、はい。ミラノといいます。昨晩、声風で出頭を命ぜられまして」
「ああ、創造学部の」
そう言うと、男神は右手をミラノの顔に近づけた。
「女神ミラノで間違いないな。通っていいぞ」
「ありがとうございます」
「入ったら法力陣で1-99-99-1に合わせろ。お前が転送されるまでルートを解除しておく」
「分かりました」
扉を進むと、中はだだっ広いだけで何もなかった。
中央で緑色の法力陣が仄暗く輝いているだけだ。
「1-99-99-1、セット」
直後、ミラノの体は消失し、次に気づいたときには景色が一変していた。
真正面に仰々しい扉があるが、やはりそれ以外は何もない。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
ここから先は、謁見の間。
この扉を隔てた先に、我らの王がいる。
その全知全能により、森羅万象を創造した存在がいる。
ミラノは扉の前で立ち止まった。
「あ、あの! 女神ミラノです! ただいま出頭いたしました!」
声に答えるように、扉がゆっくりと開いた。
そこは、床以外の壁が認識できぬほどだだっ広い部屋だった。
生物の存在もなく、豪華絢爛な装飾品も見当たらない。
ただ、数十歩先の正面に、矩形の黒い箱があるだけだ。
サイズは先程見た巨人用の扉と同じくらいだろうか。
『近づくがよい』
黒箱から発せられた声質と音域は、何とも判別し難い中性的なものだった。
何をされたわけでも、何かがあったわけでもないのに、ミラノの喉がみるみる乾いていく。
「……はい」
真っ直ぐ歩くだけだというのに、定期的にふらついてしまう。
『そこで止まれ』
黒箱の指示を受けて、女神はその場で硬直した。
生ぬるい汗が全身から吹き出してくる。
『女神ミラノだな?』
「は、はい」
『さっそく本題に入るが……お前には人間界に行ってもらう」
「……はい?」
主のあまりにも突飛な発言に、ミラノの思考回路は一瞬でショートした。
問答をいくつか予想はしていたのだが、そのどれもが当てはまりそうにない。
「どういう意味でしょうか」
『ふむ。当然だな』
黒箱が数瞬だけ煌めいた。
ミラノが気圧される間に、箱正面の黒色がわずかに透ける。
しかし、変化は半端に終わり、結局箱の中を判別することは叶わなかった。
「少しは話しやすくなったか。さて」
黒箱は軽く咳払いをした。
「それでは順を追って説明しよう。ラグナロクについては知っているだろう?」
「はい」
ラグナロク。
それは、巫女ヴォルヴァが予言した『神々の死と滅亡の運命』である。
神々はこのラグナロクから免れることはできず、必ず世界の終末――つまり滅亡を迎えるという。
予言を耳にした主神は、運命を回避する方法を探し始めた。
だが、発見した回避策はことごとく予言を下回ったのだった。
万策尽きた主神は絶望した。
これが、ミラノが授業で習った全容である。
「でも、ラグナロクはまだまだ遠い未来の話ですよね?」
「そうだ。しかし、いつの時代であっても我々が消えるなど断じてあってはならないのだ」
確かにそのとおりだ、とミラノは思った。
もし我ら神々がいなくなってしまったら。
生物の魂の流れが滞留してしまい、新たな生命の誕生を見る機会は永遠に失われてしまうだろう。
全世界から神の祝福が消え失せ、憎悪と呪詛にあふれた時を刻み続けることだろう。
光の大地は滅び、闇と絶望に侵された世界が未来永劫続くのだ。
「主のお考えになられた回避策ですら予言を上回ることはできませんでした。我々に何ができるか……」
「私は閃いたのだ。私で足りぬなら、私の創造力を超える者に助けを求めればいい」
「そんな!」
ミラノは気絶しそうなほど仰天した。
神族であれば誰もがミラノと同じ反応をしただろう。
「主より創造力のある者など存在しません!」
断言した直後、黒箱の向こうから小さな笑みが漏れたのを、ミラノは聞き逃さなかった。
「いるのだよ。とある世界に住む、とある種だけが、私を超えるかもしれない可能性を秘めている」
ミラノの鼓動は今にも破裂してしまいそうだった。
絶対の存在だと思っていた者、信じて疑わなかった者が、いま自らの口でそれを覆したからだ。
この事実を、現実を、いったいどれだけの神が信じるだろうか。どれほどの神が受け入れられるだろうか。
「その種とは、まさか……」
「ああ、人間だ」
ミラノの全身を、落雷のような衝撃が走った。
主を超える者が存在するらしい。
それだけでも失神してしまいそうだというのに、その存在が神族ですらないのか、と。
人間。
我々に似た姿をしているとアカデミーで学んだことはある。
ヴァルキリーの館を見学した際、実際に人間の魂が選定されているのを見たこともある。
しかし、生きている彼らを見たことも、彼らと会話したことも、若い女神には経験がなかった。
否、このアスカルディアに住むほとんどの者が触れ合った経験など持ち合わせていないだろう。
人間との接触に関しては、天使のほうが遥かに多いはずだ。
「創造力の高い英雄を探してくるのですね?」
「いいや、特定の者というわけではない。人間という種の全てが、私を超える可能性を秘めているのだ」
「そんな……」
その後も主神は言葉を続けていたが、ミラノの耳には入っていなかった。
ようやく落ち着きを取り戻したときには、話のテーマは次のステージに進んでいた。
「聞いているか?」
「あ、す、すみません!」
「つまりだ。彼ら人間もまた、滅びの道をひた進んでいる。その余りある創造力を完全に有効活用できてはいないというわけだ」
「あの、それで……私はいったい何をすればいいのでしょうか」
すでに若い女神の脳は疲弊しきっていた。
想像を超えた情報を次々に受けて、神経が千切れる寸前だった。
だから、彼女が結論を急いでしまったのは無理のないことだった。
「ここに呼ばれた理由は何でしょうか」
「ああ、話がだいぶ逸れてしまったな」
黒箱が楽しそうに笑った。
そして、さも当然のように、何気ない世間話のように、淡々と言い放った。
「要は、女神ミラノ。お前は人間界に行って彼らの創造力を刮目し、我ら神々の世界と人間の世界、ふたつの世界を救う導き手となるのだ」
しばしの静寂。
そして。
「え…………ええええええええっ!?」
謁見の間に、若い女神の絶叫が響き渡った。
◇
謁見の間を後にしたミラノは、そこから百六十階ほど下層の休憩広場で休ませてもらうことにした。
フロアの端に置かれた黄金の椅子に腰かけ、口を開けたまま燃え尽きている。
目を凝らせば、漏れ出た魂くらい見えるのではなかろうか。
主に謁見できた実感はいまだ薄く、甘い痺れが思考回路にまとわりつく。
凄まじい疲労感に指一本動かせない状態だが、今はそれどころではない。
ラグナロクの回避と、人間世界の救世。
そのような大役を、なぜ自分のようなイチ女神が任されているのか。
特殊訓練を受けたエリートでもなく、運命に選ばれた特別な存在でもない。
ほんの少しだけ妄想が好きな未熟者の自分が、である。
「主の命は絶対……うふふふふ……」
ミラノの意思に反して、謎の笑い声が口から漏れる。
直後、謁見の間で絶叫した自分を思い出した。
思い出したくない場面が、脳裏で自動再生を始める。
「ど、どうして私なんかにそのような大役を!?」
「ふむ。お前は特別だからな。というか、少し……いや、かなりおかしい」
「えっ」
不安げな女神を見て、黒箱が笑う。
「本来、我らは完全なる状態で生まれるため、創造の余地などほとんど持ち合わせていないはず。しかし、ミラノよ。お前はものすごく不完全で不安定だ」
「えぇ……」
女神の口からたいそう不満そうな声が漏れる。
「私、そんなに酷いでしょうか」
「ああ、それはもう。何故かは分からないが」
「全知全能の主にも、分からないことがあるのですね」
主の御前にも関わらず、女神は頬を膨らませた。
思わず口調も強くなる。
「でも、それならしっかりした方を採用したほうが良いのでは?」
「いや、不完全だからこそ、この任務はお前にしかできないのだ」
断言する黒箱。
「創造とは余地だ。こと創造力において、女神ミラノを超える神など存在しないだろう」
「そ、そんなこと……」
にやけ顔を浮かべるミラノに、黒箱から小さなため息が漏れる。
「そういうとこだぞ」
「はっ、しまった。今のは罠だったのですね」
「違うが……まあいい」
何かを諦めたのか。
本件に関して、黒箱はそれ以上話を飛躍させなかった。
「それより、一柱では心細いだろう? 仲間を連れていくといい」
黒箱の正面に、可愛らしい顔が浮かび上がった。
赤いツインテールと瞳をした、ミラノと年代の近そうな少女だった。
頭上の小さな王冠が、落下しそうなほど傾いている。
「彼女は?」
「名をクレアという。フレシア家の出身で……いや、フレア家だったか。王位継承権第13位の……待て、113位だったかも……のアイドルだ。……うん? いや、アイドルを目指していただけだったか?」
「確定事項は名前だけですね」
「彼女は謀略に優れ、かの電脳調律王デウス・エクス・マキナから機械技術の指南を受けたこともあると聞いている」
「それは心強いですね。謀略も機械技術も、私には持ち合わせていないものばかりです」
「言伝で聞いただけだ。詳細は本人に確認しておくといい」
「デウス様はいらっしゃらないのですか? デウス様こそ創造に執着されるはずですが」
「彼が興味を示すのは生まれた物語そのものだけだ。物語さえ楽しめれば、その糸がどうほつれようと絡まろうと気にしない。我々や人間がどうなろうと一切関知しない。彼の望む『面白いだけの物語』には、きっと私の求める希望は含まれていないだろう」
「そうですか……大きすぎるプレッシャーに押し潰されてしまいそうですが、精いっぱい頑張ります」
「人間世界への転移は通常通りユグドラシルから行え。魂魄コンパスはクレアが持っている」
「……はい」
「頼んだぞ」
ミラノはゆっくりと深呼吸した。
自分に最初から拒否権はない。
受け入れるしかないのだから、当然ふたつ返事で任務を引き受ける。
しかし、本当にこれで良いのだろうか。
創造の余地が重要らしいが、自分はまだアカデミー創造学部の生徒である。
教員であるラック先生や、授業成績の良いアニマに任せるべきではなかろうか。
そもそも、創造に関しては様々な分野で大成している神々が大勢いる。
そのような状況で、どうして自分が選ばれたのか。
疑問は複数あったが、ミラノが発した質問は一点だけだった。
踵を返し、再び黒箱に向き直る。
「最後にひとつ、よろしいでしょうか。人間を創造したのは主だというのに、どうして人間に頼るのですか?」
黒箱から自嘲気味の笑みが響く。
「河原の石を積み上げられる者は、積み上げられぬ者よりも創造力に欠ける。きっと、そういうことなのだろう」
「人間にはできないことが多いからこそ、創造力が私たちより豊かであると?」
「彼らは創造力をひとつひとつ現実に変えて一界の王となった。そうやって、生まれながらにして完全体であるはずの我らに最も近い存在にまで上りつめたのだ。皮肉なものだよ。もし彼らが我らを追い越せば、我らは二度と彼らに追いつけはしない」
◇
「もしかして、女神ミラノ様ですか?」
休憩広場で呆けていたミラノに、話しかける影があった。
「え? ええ」
ミラノが姿勢を正すと、傍らに可愛らしい少女が立っていた。
ツインテールにまとめられた赤い髪と、星を宿した赤い瞳。
まとう赤いドレスには、白のフリルが全体的にまぶしてある。
胸元の赤いリボンは、実った胸に負けじと必死に自己主張していた。
(あ、黒い箱に映し出されてた顔)
赤を基調としたコーディネートは、彼女の華やかな顔立ちをいっそう引き立たせていた。
頭に乗った小さな王冠よりも、手に握りしめられている赤いスピーカーが気になる。
「あなたは、たしか……」
「私、クレアっていいます」
「今度一緒に人間の世界に行く?」
「はい。よろしくお願いしますね、お姉さま」
ミラノは内心ほっとしていた。
突如として主神より言い渡された、難易度マックスの重大任務。
不安しかない状況の中、せめてパートナーくらいは素晴らしくあって欲しいと願っていたのだ。
どうやら、女神の願いは届いたらしい。
「こちらこそよろしくね」
返答と並行して、会話が続きそうな話題を探す。
せっかく向こうから話しかけてくれたのだ。
この機会に少しでも仲良くなっておきたい。
どうせ、次に会うのは人間世界に転移する日になるだろうから。
必死に思考を回転させ、主神との会話を思い出す。
『名をクレアという。フレシア家の出身で……いや、フレア家だったか。王位継承権第13位の……待て、113位だったかも……のアイドルだ。……うん? いや、アイドルを目指していただけだったか?』
確実な情報は名前のみという事実を思い出し、誰にも知られることなく心が折れる。
「えっと……ずっと気になってるんだけど、そのスピーカーって何に使うものなのかしら」
絞り出したネタは、親睦を深めるようなものではなかった。
「誰かを応援するのかなー……なんて」
「これですか? これはデウス様に作ってもらったものなんです」
赤髪の少女クレアは特段気にする様子も見せず、さらりと答えてみせた。
「元々は角笛だったらしいんですけど、デザインが可愛くなかったので外見だけ加工してもらっちゃいました」
「角笛?」
「はい。もし人間世界での活動が上手くいかず、ラグナロクまでに間に合わないと思ったら、出力全開でこれを吹けって言われてます。フルパワーなら人間世界からでもアスカルディア全土に声が届くらしいですよ。全然意味分かってないですけど」
「終末の到来を知らせる役目ってこと? とてつもなく重要なものなんじゃないの?」
「なんかそんな感じらしいです。そんなことより、人間世界に行くの楽しみですね」
興奮気味の相棒が発した言葉を聞いて、ミラノは自身の役割を思い出し辟易した。
「向こうでは電脳式のゲームが流行ってるそうですよ」
「……そう」
クレアの任務はどうやら二つあるらしい。
ひとつは、ミラノを人間世界に無事転移させる役目。
そして、もうひとつは――こちらが本命なのだろうが――ミラノが任務を失敗した際、狼煙を上げて主神に報告する役目だ。
(主は彼女が謀略に優れていると言っていた。もしかしたら私のパートナーというより、私が任務をちゃんと遂行できているか観察する見張り役なのでは?)
警戒レベルを上げたミラノだったが、その判断はすぐに揺らぐことになる。
「あなたは楽しそうでいいわね」
「お姉さまは楽しみじゃないんですか?」
「何もなければ楽しめたんだろうけど、つらいイベントが山盛りありそうで……」
「それは、つらい出来事に当たってから考えればいいんですよ。まずは、何事も楽しむのが一番です」
「そういうわけには……」
「さっき、このスピーカーをデウス様に加工してもらったって言ったじゃないですか。これだって、持ち物を可愛くして楽しみたいっていう考えのために、デウス様をめちゃくちゃ説得したんですから」
「自分で加工するという発想には至らなかったわけね」
「私、努力しないための努力は怠らないようにしてるんです」
クレアがドヤ顔で胸を張る。
「お母様の遺言なんです。努力しても無駄よ。無駄無駄無駄無駄って」
「そんなにいっぱい言ったのね」
「まあ、まだ生きてるんですけど」
「遺言とは」
「これ以上格好いい言葉は思いつけないだろうから、これを遺言にしてって頼まれたもので」
(この子に見張り役なんて無理っぽいわね)
まだ数回言葉を交わしただけだが、目の前の少女には裏表があるようには思えない。
信用できる者が傍にいるというのは、それだけで精神安定剤になるものだ。
「ふふっ」
吹き出しそうになる女神に、クレアが落ち込む。
「私、何か変なこと言いました?」
そんな様子を見て、ミラノはまたくすりと笑った。
「きっと、私を見ていた主もこんな気持ちだったのね」
「え?」
「何でもないわ。ありがとうね、クレア」
女神に優しく微笑まれて、クレアは顔を真っ赤に染めた。
耳まで火照った自分の反応に、クレア自身が理解できずにいる。
挙動不審な少女を見て、ミラノが首を傾げる。
「どうしたの?」
「か、可愛い……あ、いえ、何でもないです」
少女が一瞬ヨダレを垂らし、目にも留まらぬ速さで拭ったように見えたのは幻だろうか。
「それじゃあ、クレア。また転移日に会いましょうね」
「ふぁい、お姉さま……」
ふやけた表情とふらついた足取りで法力陣に向かうクレア。
その赤い靴が陣に入ったところで、ミラノがはっと顔を上げた。
「あ、待って」
「1-1-1-1、セット」
「クレア、待って!」
「はい?」
クレアが起動した陣の上で振り返ると、ミラノは少しだけ声を張った。
「あなたってアイドルなの?」
「え? 私は――」
言いかけたところで、クレアの肉体は入口に転送されてしまった。
用事が済んだ者は、速やかにヴァルハレイユ宮殿から立ち去らなければならない。
授業で習った注意事項どおりであれば、今頃は門番に追い出されていることだろう。
「……まあ、いつでも聞けるし」
ミラノもクレアに続き、法力陣の上に乗った。
「何事も楽しむのが一番、か」
その後は、どのようにして家まで帰ったのかまったく覚えていない。
記憶がないことから、だい好きな妄想すらせず黙々と歩いたのだろう。
家に着いてからも、夕食を作ろうが湯浴みをしようが、常に頭の中がふわついたような、濁ったような感覚に苛まれた。
そしてそれは、寝床に入っても変わらなかった。
しかし。
「人間……」
全知全能。
万物創世。
その主神をして敵わぬと言わしめる彼らの創造力は如何ほどだろうか。
今ある世界を、ミラノはとても素敵だと感じている。
存在している全ての生物を、ミラノは愛おしいと感じている。
人間たちは、それらを凌駕する世界を創造できるのだろうか。
考え始めると、膨張していた不安や恐怖は期待で埋め尽くされていった。
「見たこともない世界……想像したこともない世界!」
女神はたまらず寝床を抜け、家を飛び出した。
完全に日が落ちた世界。
視界に映るものは何もない。
暗闇の世界は、果たして闇の女王ヘルが支配する世界だろうか。
いや、きっと違う。
これは夜空だ。
頭の中で、一筋の白い線を描いてみる。
「ほら、流れ星」
続いて白点を散りばめる。
「満天の星空は、見慣れることはあっても見飽きることはないわ」
さらに、似たような線をキャンバスいっぱいに刻んでみる。
「今日は大雨かぁ」
困った表情を浮かべた直後、満面の笑みを浮かべる。
「でも、雨の日だって素敵なことはたくさんあるもの」
大地を描き、湖を描く。
雨がやむと、やがて魚が姿を現し、湖の近くに森が広がった。
おや、あれはドワーフ族だろうか。
小さな体で大きな斧を振り回し、丸太と切り株を増やしていく。
切り株に座ったのは耳の長いエルフ族だ。
一息ついていると、目の前を数匹の妖精がお喋りしながら通り過ぎていく。
遅れてやってきた妖精に、エルフが手を差し出した。
妖精は人差し指に腰かけ、恥ずかしげにお礼を言っている。
やがて彼らは楽器と酒を持ち寄り、湖畔で宴を始めてしまった。
肉を喰らい、酒を豪快に飲み干していく屈強なドワーフ族。
果実を片手に微笑むエルフたち。
舞い散る花弁とともに踊る妖精たち。
「世界は物語でできている」
とある女神が描いたキャンバスを見て、『彼ら』はどう思うだろうか。
「早く見てみたいな! 人間が創造した世界!」
若い女神は夜中まで描き続けた。
◇
その日、女神ミラノは日の出よりも前に目覚めていた。
家中を綺麗に掃除し、ゴミ捨てと整理整頓を徹底する。
異世界へ着ていく服はどうしたものか。
選んだのは、女神の衣に女神のタイツ、赤い眼鏡にアカデミックキャップ。
「やっぱり着慣れた服が一番よね」
忙しなく動き回る度に銀髪は跳ね、生成色の衣が弾む。
無意識に心躍っているらしいが、一向に気づく気配はない。
黄色のパンプスに足を通すと、改めて家の中を見つめた。
『我ら神々の世界と、人間の世界を救うための導き手となる』
主神より授かった大役。
きっとすぐには帰ってこられないだろう。
神々と人間たちの運命は、ミラノの肩にかかっているのだ。
失敗は許されない。
そんな状況下にも関わらず、女神の瞳は期待と希望で満ち満ちていた。
「しばらく留守にするけど、ちゃんと良い子で待っててね!」
清々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで。
「行ってきます!」
震える声を声量でかき消した。
滝の傍を超え、波打つ世界樹の根をくぐり抜け、虹の橋を横目に通り過ぎる。
見飽きた通り道や風景はどこに行ってしまったのだろうか。
急に愛おしくなった大地を踏みしめながら、一歩一歩味わうように進んでいく。
「向こうに転移したら、こっちのこと故郷って呼ぶようになるんだなぁ」
極力ゆっくり歩いたつもりだったが、気づけばもう集合場所が見えてしまった。
世界樹ユグドラシル。
世界の中心にあって、その根を全ての世界に伸ばす存在。
巨大な幹の元には三つの影があった。
ひとつは、魂を運ぶ乙女ヴァルキリー。
羽根を生やした冠をかぶり、蒼と銀の甲冑に身を包んだ半神だ。
彼女の役目は、異世界へ転移する者の肉体と魂をユグドラシルに溶け込ませること。
大樹は体内に入った存在を受け入れ、根を伝って異世界まで運んでくれるのである。
もうひとつの影は、アスカルディア・アカデミー創造学部の教員を務める男神ラック。
丸顔に笑顔。
垂れた眉と目尻に、蓄えられた顎髭と、見るからに優しそうな神である。
担当講義を調整し、生徒ミラノを見送るためにやってきた。
そして最後の影は、赤髪のパートナー、クレア。
前回と同じく全身赤色まみれの彼女。
頭には小さな王冠が、その手には赤いスピーカーがしっかり握られていた。
それら三つの影に、銀髪の女神も合流する。
「皆さん早いですね。これでも夜明け前に出てきたんですけど」
「私はお姉さまより少し早く着いただけですよ」
申し訳なさそうな女神に、赤髪の少女が答える。
「明け方まで眠れなかったのに、そこから寝ちゃったので寝坊しかけました」
「やっぱりあなたも?」
「はい。さすがにドキドキしっ放しでしたね」
ミラノとクレアは顔を見合わせ吹き出した。
仲良さそうに振る舞う少女たちを見て、男神ラックが力なく微笑む。
「すまない。本当は盛大に見送ってやりたいんだが、一応極秘裏の任務なものでな」
教員の言葉に、首を振るミラノ。
「構いません。むしろこのほうが緊張せずに済みますから」
「そうか。ありがとう」
ヴァルキリーが甲冑を鳴らしながらユグドラシルに近づき、右手で幹を撫でる。
「クレア、魂魄コンパスは持ってるわね?」
クレアが懐から白く輝く双三角柱錐を取り出す。
魂魄コンパスとは、ユグドラシルから他世界に転移する際、転移先の世界の方位を示すための道具である。
双三角柱錐の中には、転移先の世界に住む生物の魂魄が封入されている。
ユグドラシルはその魂魄に反応し、転送すべき世界を判断しているのだ。
「ここに」
「よろしい。では、ミラノ様と手を繋ぎ、何があっても絶対に離さないで」
「わかりました」
ミラノが差し出した手を、クレアがしっかり握る。
「楽しみね、クレア」
女神の意外な言葉に、クレアは一瞬呆けた表情を浮かべた。
しかし、それもつかの間。
星の瞳を輝かせ、笑顔に変える。
「そうですよ。せっかく行くんですから」
互いに頷くミラノとクレア。
ラックは小さく笑い、ミラノに歩み寄った。
「少しだけいいかな」
そう言って、宙にルーン文字を刻み始める。
「ミラノ、主から伝言を預かっている。『楽しんでおいで』だそうだ」
主神から言葉を贈られるなど冥利に尽きるはずだが、ミラノは引きつった笑みを浮かべただけだった。
「あれだけプレッシャー与えておきながら……」
「ははっ、そうだな」
どんより淀む教え子の反応に、ラックは吹き出しそうになった。
「無事に帰ってきたら、思う存分文句を言うといい。それと、俺からもひとつだけ……」
ラックがルーン文字を刻み終えると、何もない空間に亀裂が走った。
狭間からじりじりと出現したのは、ミラノの背丈の半分近くもある巨大な本だった。
緑色のカバーの上から、革製のベルトが三本頑丈に巻かれている。
ラックは本を手に取ると、ミラノに背負わせて固定した。
「今日をもって、女神ミラノはアスカルディア・アカデミー創造学部を卒業とする」
「えっ」
突然の出来事に、ミラノはしばらく硬直した。
その後、背後の本とラックの顔を交互に見やる。
「この本は? どういうことですか?」
教え子の戸惑う姿を見て、ラックは少しだけ寂しそうに笑った。
「その本の中身はまだ何もない。全ての頁が白紙だ。これからきみが素敵な物語に出逢う度、その文字の羅列が真っ白な頁に刻まれていくだろう」
「素敵な物語……」
「そして、その本の頁が全て埋まったとき、きみはこの世界に戻ってくるんだ。神々の世界と人間の世界、ふたつの世界を救うほどの創造力を身につけて」
もしクレアが手を握りしめていなかったら。
もし生徒と教師しかいなかったら。
ミラノは感極まって抱きついていたかもしれない。
「きみの創造力が素晴らしいことには気づいていた。だが、この作戦を主に聞かされていたから、きみを特別扱いすることができなかったんだ。正直なところ、きみの物語を読むといつも心躍らされていたよ」
「先生……」
思わぬ言葉に、ミラノの瞳が潤む。
「本当に、お世話になりました」
男神は首を振ると、讃えるように両手を広げた。
「今日からは『物語の女神』と名乗るといい。そして、どうか世界を救ってくれ」
「は……はい! 私、頑張ります! 素敵な物語、たっくさん見てきますから!」
ヴァルキリーが言葉を紡ぐと、ミラノとクレアの肉体はユグドラシルの幹へ吸い寄せられ、そのまま吸い込まれていった。
女神と少女の姿が消え、大樹の幹は何事もなかったように佇んでいる。
見送った男神に、ヴァルキリーが歩み寄った。
「あの子たち、大丈夫でしょうか。世界を救うには、いささか純粋すぎる気がします」
「だから良いのさ。『気づく』ためには、心の皮を全て引き剥がさなくてはならない」
「心の皮?」
「剥き出しの感性だけが、真の想像と創造に気づくことができる。純粋であるなら、それだけで素質は充分だ」
「……はあ」
眉をひそめるヴァルキリーに、ラックは空を見上げるよう視線で促した。
「祈ろう。彼女たちが素敵な物語に出逢えるように」
◇
ユグドラシルの根の中は、異様な光景をしていた。
例えるなら、雷光蠢く洞窟の中を、視界だけが凄まじい速度で進んでいるような状態だ。
これだけ猛スピードで進んでいれば負荷が尋常でないはずだが、ミラノたちにそんな様子は見られない。
しっとり落ち着いた髪や衣服から、負荷どころか風すら起こっていないらしい。
「世界樹の中ってこうなってるのね」
「お姉さまも初めてだったんですか?」
「異世界に行く神なんて一握りだもの」
目まぐるしく変化する視界は、ときにカーブし、ときに上昇し、そして下降する。
生命体には決して出せぬ速度で、目的地に誘われる。
「そういえば聞きそびれてたんだけど」
「はい?」
「あなたってアイドルなの?」
「私は――」
赤髪の少女が言いかけたところで、握っていた魂魄コンパスが赤く点滅していることに気づく。
「あ、やば」
「え、どうしたの?」
クレアの呟きに、ミラノが寒気を覚える。
「異常事態?」
「いえ、ただコンパスのエネルギーが残り少ないっていうだけ、みたいな」
「それって異常事態じゃない!?」
にへらっと笑うクレアに、ミラノが絶叫する。
「それがなかったら、ちゃんと人間界に行けないんでしょ!?」
「大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと、ちゃんと予備エネルギーを持ってきてますから」
クレアはコンパスを持った手で、胸元から茶色に濁った棒状のものを取り出した。
「なに、それ」
「オクラを知らないんですか? あー、痒かった」
「オクラって、たしか人間界の植物よね?」
「昔、デウス様が宙間旅行されたときにお土産で貰ってたんです」
よく剥き出しのまま懐に入れていられたなとも思ったが、それより関心を惹く事項があった。
「オクラってそんな色だったかしら……」
「実はですね、この魂魄コンパスのエネルギー源は有機物なんです。つまり、発酵したものを入れてあげる必要があるんですね」
「腐ったものをよく懐に……」
「じゃあ、行きますよー?」
クレアが魂魄コンパスと腐敗オクラを接触させ、そのまましばらく時間が過ぎる。
動かないクレアに、ミラノが眉をひそめた。
「それ、触れさせるだけでエネルギーが移動してるの?」
女神の問いに、赤髪の少女から返答はない。
「ねえ、大丈夫なのよね?」
「……どうしよう、お姉さま。エネルギーの充填方法が分からないです」
「ええええっ!?」
泣きべそをかくクレアを見て、ミラノも泣きたくなってきた。
『間もなく人間界に到着。間もなく人間界に到着』
突然、魂魄コンパスからメッセージが流れ始めた。
『転移先座標アドレスを、転移先世界の名称にて連絡……目的地は、時間軸を含む五次元世界の、宇宙構造内の、ラニアケア超銀河団の、乙女座超銀河団の、おとめ座銀河団の、天の川銀河の、オリオン腕の、太陽系第三惑星の、地球の、日本の、東京、に到着予定』
「エネルギーが足りなかったらどうなっちゃうの!?」
「人間界にはちゃんと行けます! ただ……」
「ただ!?」
『なお、エネルギーが不足しているため、ブレーキ機能は発動しません』
「あ、あなた! どうにかできないの!?」
「落ち着いてください、お姉さま! まずはこのスピーカーを出力全開にして、主に助けを求めましょう!」
「あなたこそ落ち着いて!」
『到着します』
「きゃああああっ!」
「いやああああっ!」
◇
「うーん……」
ミラノが目覚めると、視界は縦半分に分断されていた。
左側はごちゃついた見慣れぬ景色。
右側は灰色一色に塗りつぶされた何か。
その理由が、自分が地面に横たわっているからだと気づくまで、しばらく時間を要してしまった。
「頭いたい……」
鈍痛が走った頭頂部に触れてみる。
「たんこぶ……」
どうやら頭を強打したらしい。
上体を起こして周囲を見やる。
灰色一色の硬い地面と、散乱する灰色の破片。
細い裏路地にいるようだが、どうしてこんなところで横たわっていたのか思い出せない。
「私は女神ミラノ。人間世界にやってきて……あれ? どうして人間世界に?」
視線を滑らせると、赤い髪の少女が気持ちよさそうに眠っていた。
整った顔だが、口の端から涎を垂らしている。
「この子はクレア……そう、クレア」
なんだろう。
よく分からないが、意識を失う寸前、この子にイラッとしたことだけは覚えている。
クレアの頭頂部にも、ミラノと同じたんこぶができていた。
華奢な肩を揺さぶると、少女が機嫌悪そうに起き上がる。
「あれぇ? お姉さま?」
「あなたって、クレアよね?」
「寝ぼけてるんですか?」
「私、頭を打ったみたい。どうして人間界に来たのか思い出せなくて」
「ええ? それって記憶喪失ってやつじゃ……」
「あなたは大丈夫なの?」
「私は全然平気ですよ。アイドルで間違いないです」
「そう……」
ミラノは赤縁の眼鏡を外し、目頭を揉んでみた。
「私たちは何しに来たのかしら」
「決まってるじゃないですか。人間世界を楽しむためですよ」
クレアの自信満々な回答に、ミラノの頭がずきりと痛む。
「そうだったかしら。何か大切なことを忘れてる気がして……」
ふと、クレアが何かを握りしめていることに気づく。
それは双三角柱錐のかたちをしていた。
強い衝撃にでも遭ったのだろうか。
全体的にひび割れていて、今にも崩れ落ちそうだ。
「クレア、それは?」
「さあ。人間世界のオモチャか何かですかね?」
クレアが様々な角度で観察していると、ひびが次第に細かく走り始める。
間もなく、それは跡形もなく風化してしまった。
あっけらかんとしているクレアを見て、ミラノが少しだけ安堵する。
「大事なものだった気がしたけど……気のせいみたいね」
「そうそう。お姉さまは何事も深刻に考えすぎなんですよ」
立ち上がり、改めて周囲を見渡す。
「あれは?」
少し離れた場所に、巨大な本が落ちていた。
緑色のカバーをしたそれを見て、ミラノがこめかみ付近に手を当てる。
「本……物語……物語の女神……うっ、頭が」
俯くミラノを横目に、クレアは本を持ち上げてみた。
「あ、これ、背負えるようになってますね。お姉さまの私物なんじゃないですか?」
「私の……?」
クレアに促されるまま背負ってみると、大きな本はミラノの背中に見事フィットした。
「やっぱりお姉さまの物だったみたいですね」
「そう、なのね」
直後、ミラノとクレアの腹の虫が同時に鳴った。
顔を見合わせ苦笑いする。
「クレア、まずは情報収集と拠点探しをしましょうか」
頷くクレアとともに、裏路地から大通りに出る。
「うわ、人間がいっぱい!」
大通りは行き交う人々で溢れかえっていた。
髪型も服装も千差万別。
老若男女がそれぞれの表情に喜怒哀楽をのせて通り過ぎていく。
「お姉さま、あそこで食べ物らしきものが売られてますよ!」
飲食店を見つけたクレアがはしゃいだ。
裾を引っ張られるミラノ。
しかし、その視線は大通りのど真ん中を見つめたまま離れようとしなかった。
「あそこに……何かある」
「え?」
クレアが視線を辿ると、道の真ん中に一冊の本が落ちていた。
「落とし物ですかね? それともポイ捨て? そんなことより食べ物を……って、お姉さま!?」
ミラノはクレアの手を振り払い、人混みをかき分けて道の中央に駆け寄った。
視線を落とし、凝視する。
その本に表紙絵や柄はない。
第一印象はとても地味だった。
「あなたは物語? どこかの誰かが書いたもの?」
地面に落ちているにも関わらず、真白な表紙は綺麗なまま手垢すらついていない。
大勢の人々はその本に目もくれず、落ちていることにさえ気づかない。
「いつからそこにいるの?」
行き交う誰かの靴先が、本に当たった。
本はミラノから少し離れた位置まで滑って止まる。
しかし、やはり誰もその本を見ようとしないし、そもそも気づかない。
大通りの只中にありながら、まるで世界の片隅にぽつんと忘れ去られているようだ。
「物語……」
ミラノは再び歩み寄り、静かに本を拾い上げた。
この物語は、きっとまだ作り手しか目を通していないのだろう。
純潔の表紙をそっと開け、至純の産物を目の当たりにする。
直後。
「あ……」
風が舞った。
女神の銀髪が膨らみを帯び、次に激しくたなびいた。
生成色の衣もそれに倣い、風を受けて歓喜の舞いを披露する。
光が溢れた。
女神の瞳は虹色に照らされ、保持していたはずの彩りを目まぐるしく変化させていた。
輝きは見る者の瞳孔を独占し、読む者の心を釘付けにしていく。
文字は紡がれ文章となり、文章が紡がれ物語となる。
それは甘くて、ほろ苦く、刺激的で。
それは激烈で、闇深くて、神々しくて。
それは絶望に塗れ、歓喜に溢れていて。
あり得ないはずなのに、確かにそこに存在していて――。
『なにもの』にも縛られない、自由そのもの。
いや、自由という意義すら存在しないもの。
空白すら許されぬ舞台に創造された、人間の想い。
「ああ……これが人間の……」
そう。
そうだ。
私は――
私はあなたたちに出逢うために――
了