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終章

 風の国ヴェントルのウィンシス城。ガロに連れられて、ヘイレンとシェラは小部屋に通された。窓はなく、言い方は悪いが牢獄のような雰囲気だった。


 その部屋の奥にはもう一つ部屋があり、ガロはそこへと消えていった。雰囲気からして、あまり良い知らせではなさそうだ。シェラは覚悟していたが、ヘイレンが落ち着きを欠いていてそっちが気になり始めていた。


「ヘイレン、少し落ち着こうか」


 肩に手を置くと、ヘイレンの動きが止まった。手を離すとまた動き出しそうだ。


「ラウルはどうなったと思う?」


 酷な質問だと思いながらヘイレンに投げかけると、ゆっくりとこちらを向いた。


「……もう、処刑されちゃった、とか」


 まだ牢屋にいて、裁判の日を待っているのでは?という答えをどこか期待していたのに、直球が腹に直撃したような衝撃を覚えた。本当に球が当たったわけではないのに、鳩尾がキリっと痛くなった。


「……処刑された、と答えるなんて、なんかヘイレンらしくないな」


 う、とヘイレンは言葉を詰まらせたが、『ラウルは2つの罪で裁かれ、極刑の可能性は高いだろう』と以前シェラとアルスが話していたからだよ、と弁明した。それは確かに言ったな、とシェラは眉を顰める。


「……ラウルは『エルビーナさんを殺した』とはっきり証言しちゃったんじゃないかな。あのヒト、嘘つけなそうだし」

「……そもそも裁判をしたのかが怪しいな」


 ヘイレンは首を傾げる。ここに来るまで情報誌に目を通さなかったが、ヒトビトの話題はホーリアの内紛で持ちきりで、誰もポルテニエの大干魃やテラ・クレベスの陥没の話をしていなかった。


「みんなが知らない間に裁判したとか」

「それはないな。するなら情報誌の号外で知らせているはずだよ」

「そうなんだ……」


 ヘイレンは黙ってしまった。シェラもこれ以上は話さなかった。


 少しして、奥の部屋からガロが手のひらサイズの玉を持って出てきた。シェラはコア族が作り出す『記憶の玉』だとすぐに気づいた。


「……結論から申し上げますと、ヘイレンの仰る通り、ラウルはコア族の王により処刑されました」


 狭い部屋のせいか、会話は筒抜けだったようだ。ふたりは驚愕よりも落胆の気持ちが勝っていた。そうですか、とヘイレンは呟いた。


「こちらの『記憶の玉』をご覧いただければ、王自らの手で行った理由がわかります。ただ……見るに耐えない恐れがございますが……」


 なにせ処刑される瞬間をとらえているのだ。シェラは一つ大きくため息をついて、覚悟を決めた。ヘイレンも黙って頷いた。


 ガロはふたりの様子を交互に見てから、記憶の玉を光らせた。……ラウルは闇毒から解放された後も、心ここに在らずで、瑠璃色の眼は漆黒のそれになっていた。王らしきジンブツがラウルに話しかけ、様子を窺っていると、間髪を容れず処置を施した。


『この核は命の湖に沈める。水流で磨かれ、洗われた暁には、瑠璃色の輝きを取り戻すであろう。ラウルにはその地獄を生き、己を磨き直してもらう。それがコア族が課すラウルへの罰だ』


 王の言葉が、酷く心を締め付けた。ヘイレンは途中からシェラと背中合わせに向いて映像を観ていない。音だけでも結構酷かったが、シェラは最後までしっかり観た。


「……ガロの目の前でこれは……さすがに……」


 シェラはあまりのショックで語彙を失っていた。半獣の騎士も「立つことに必死でした」と静かに言った。


「でも、いずれラウルは復活するんだね。途中で砕けなければ……だけど」

「そうですね。ただ、我々と過ごした記憶は無いかもしれません。そうなるとまた、一から信頼関係を築き上げなければなりません」

「ロキアみたいに、面会はできないの?」


 シェラの後ろで怯えていたヘイレンが隣に移動してきた。面会することで、自分たちを忘れないでいてくれるのではと思ったようだった。


「ヘイレン、すごく言いづらいけど……核を抜き取られた時点で、ラウルの記憶は消えてると思う。身体はもう埋葬なりされただろうし」

「……そっか」

「ただ、『過ちを犯したことへの戒めとして、その記憶を残すこともできる』って王も仰っていたから、もしかしたら」

「ボクたちのことを覚えてくれてるかもしれない……よね?」


 食い入るヘイレンに少し引きかけたが、シェラはこくりと頷いた。


「でも、少しでも可能性があるなら……ラウルに会いたい。聞きたいこといっぱいあるもん」

「それは……わかるけど、命の湖には入れない……というか、そもそもどこにあるのか知られていないんだ」

「え?シェラも知らないの?」


 核を抜き取って封印する話をシェラがした時、その湖の名が出たので知っているのだとヘイレンは思い込んでいた。しかし召喚士はやや俯いて口を開く。


「名前は知っていても場所はわからない、コア族の故郷はコア族のみぞ知る。口外は禁忌。僕たちが尋ねても絶対に教えてくれない。……一族を守るために」


 コア族は特殊な一族だ。核が壊れない限り、彼らに『死』は訪れない。宿していた身体から抜き取られても、身体は腐敗してしまうが別の個体に移植すれば、その個体として生きていく。


 ほぼ不死身の一族と言っても過言ではない故に、核を入れ込めばコア族の生命力を得られるのではと考えるヒトが、彼らを滅する恐れがある。それを危惧して、コア族は故郷のこと、自身のことを自ら話さないのだ。


「ラウルに対して僕たちにできることは、彼の復活と、また戻ってくることを願うだけ。生きているうちに会えるといいけどね……」

「復活したとして、同じ姿なのかな?そうでないとラウルって気づけないかも」

「それはそうだね……。どうなんだろう?ガロは知ってる?」


 シェラは不意にガロに投げてしまった。半獣の騎士はううむ、と唸りながら腕を組んだ。


「……存じません。ですが、『ラウル』というコア族の核は瑠璃である、と確定しているような、その核は他のものと違い一つのみ存在するような言い方でしたので、眼の色を見れば判断できるかもしれません。ラウルの眼は瑠璃色……深く美しい青色です」

「ヘイレンなら姿よりも気配でわかるんじゃない?天空界からガロの気配を感じ取ったくらいだし」

「……あ、なるほど」

「……私の気配を、そんなところで?これは恐れ入りましたな」


 ガロがくくっと笑った。この騎士が笑うのは珍しい。ヘイレンも苦笑いをした。


「もし気配を感じたら、ガロさんにすぐお伝えしますね。きっと長いお付き合いだろうし……」

「ええ、ぜひとも。仰る通り、私が騎士隊に入隊した頃からの友ですから」


 それはいったい何年前の事か少し気になったが、シェラは黙って微笑みながら頷くばかりしていた。






 ガロと別れ、シェラとヘイレンは再びグリフォリルを借りてダーラムへと移動した。厩舎からヒールガーデンまで小走りで向かい、病室へ急いだ。相手はシェラの師であるヴァルゴスだ。


 部屋の前で息を整えていると、部屋の扉が突然開いた。驚いてシェラもヘイレンも小さく飛び上がった。


「ああ、ふたりともいたの。てか、おかえりなさい……かしら?」


 ミスティアがきょとんとした顔で首を少し傾げた。


「た、ただいま……」とヘイレンが丁寧に返す。シェラはまだ息を詰まらせていた。


「あ、あの、ヴァルゴス様の様子を見に来たんだけど、入っても大丈夫?」


 ヘイレンがシェラの代弁をすると、ミスティアはいいわよと頷いた。


「オーブを入れ込んで随分経つけど、じわじわと浸透していってる感じ。……まだ目覚めないけど、心拍数は安定してるし、諸々の数値も正常だしで、覚醒も近い気はしてるわ。……シェラ、大丈夫?」


 そんなに驚いたの?とミスティアは苦笑する。やっと落ち着いたシェラは、ごめんと小声で謝った。


「他のヒトを診に行ってくるけど、ヴァルゴス様がもし目覚めたら教えてちょうだいね」


 そう言ってミスティアは去っていった。ふたりは一息ついてからヴァルゴスのいる病室へ入った。


 ベッドを覗き込むと、呼吸器を付けた師が眠っていた。紺のローブ姿に見慣れているせいか、白い服を纏うヴァルゴスに違和感を覚えてしまう。シェラはそばにあった椅子に座ると、テーブルに置かれたカルテに目を通した。心拍数などの様々な数値がずらりと並んでいる。


「それがミスティアの言ってたスウチってやつ?」


 ヘイレンが上から覗き込んできた。


「うん。えっと、最初の数値が……わ、心拍数ほぼ無かったんだ……。それから……あ、ここから変わり始めてる。オーブを入れた日かな」

「ほぉー。で、この日から数値変わってないね」

「そうだね。って言っても変わらなくなったのは最近なんだな……」


 シェラがため息をついた時、呼吸器を繋ぐ機械が鳴った。ヴァルゴスの瞼が開き始めたのを見て、シェラは固まった。


「ミスティアに知らせるね」


 ヘイレンは通信機に手を伸ばした。シェラはヴァルゴスの肩にそっと触れた。濃い紫色の眼が空色の眼を捉えた時、部屋にミスティアが入ってきた。


 シェラの反対側からヴァルゴスを一瞥し、呼吸器を外した。掛け布団をめくって手首で脈を測る。


「……うん、大丈夫ね。やっと……ね」


 ひと季節ずっと昏睡状態だった師は、弟子をずっと見つめていた。シェラの手が震えている。涙が静かに頬を伝った。


「う……ヴァルゴス……様」


 震えた声で話しかけると、ヴァルゴスはゆっくり瞬き、口を開いた。


「……シェラ?ここは……?」

「ヒールガーデンです。ずっと……ヴァルゴス様を……うぅ……」


 シェラはヴァルゴスの肩付近に顔を埋めた。嗚咽が小さく漏れ出ている。ヴァルゴスの手がゆっくりと、シェラの頭を撫でた。


「そうか……私は……救われた……のか……」


 ヴァルゴスはヘイレンを見て、一瞬戸惑った顔をした。ヘイレンも少し緊張の面持ちだった。なにせふたりが最後に顔を合わせたのは、シェラがまだ普通召喚士の頃だったからだ。


「……ヘイレン、か?」

「……はい」

「見違えるほどに成長したな……。魔力のコントロールもできている……」

「あ、少し離れましょうか?」


 せっかく意識を取り戻したヴァルゴスを傷つけてしまうかも、とヘイレンは焦ったが、ヴァルゴスはいや、と呟いた。


「以前……と言っても数年前か……。あの頃は確かに刺激が強かったが、今は大丈夫だ。……もう大丈夫だ、と言い直しておく」


 魔力を身体から漏れ出てこないように制御できているということだった。ヘイレンはホッと安堵した。


 突っ伏していたシェラがゆっくり身体を起こした。目元を拭い、ふう、と一息つく。


「落ち着いたか?」

「……はい。失礼しました」

「いいや。それだけ何日も私は眠っていたのだろう。……心配をかけたな」


 ヴァルゴスは口角を少し上げた。


「しかし……私はどうやって……ここまで戻って来れたのだろうか……」


 シェラはヴァルゴスが行方不明になって1年以上経っていたことを話した。師は弟子の話を聞きつつ、自身の記憶を掘り起こそうとしていた。


「……私は……そうだ、ファイストにあった村……イフランが魔物の襲撃を受けて壊滅してしまったと聞いて……御魂送りの儀をしにそちらへ向かった……までは思い出したが……そこで何かあったのだな……」


 ヴァルゴスは眉間に皺を寄せて目を閉じた。


「今は無理ならさないでください……!」


 シェラの声がうわずる。ややあって、ヴァルゴスは目を閉じたまま「そうだな」と小さく頷いた。


「もう少し回復したら、記憶を辿ってみるかな……。ひとまず、私が目覚めたことをヴァロア様に報告しておいてくれ」

「承知しました……。どうかご自愛ください」

「……ありがとう、シェラ。それと……おめでとう。紺のローブ、似合ってるぞ」


 シェラはハッとした。上位召喚士になったことを報告する前に、纏っていたローブを見て先に祝われてしまった。


「あ……ありがとう……ございます……!」


 シェラの涙腺はしばらくの間、壊れたままだった。ヘイレンとミスティアは、彼が落ち着くまで見守っていた。




          * * *




 闇の国ヴィルヘルに、弟を乗せたグリフォリルが着地した。


「おかえり。無事でよかった」


 アルスは声の主にゆっくり歩み寄った。腕にはめていたバングルを外すと、目の前の兄にわたした。


「これが無かったら死んでた。……ありがとう」


 シェイドはアルスからバングルを受け取ると、さっと様子を見て、それから「おお」と声を漏らした。


「よく壊れなかったな、これ。ほら」


 とアルスに見せる。よく見てみると、細かなヒビがたくさん走っていた。血の気が引いた。


「ごめん……」

「そんな、謝らないで。立派に役目を果たした証拠だし、バングルはまだ持ってるから。気にしないの」


 アルスはシェイドを見上げた。微笑む兄に、なぜか鼓動が速くなる。


「フレイ殿は無事?ほかにも仲間いたのかな。みんな……」

「大丈夫だ。誰も死んでない」

「そっか、よかった。その……バルドって奴は?」

「ああ、そいつならアルティアの強烈な頭突きで吹っ飛ばしてホーリアの真下から追いやった。たぶん……屠ったんじゃねぇかな」


 アルティア?とシェイドはアルスの背後にいたグリフォリルに目をやった。幻獣は頭を上げて耳シェイドに向けて耳を立てた。馬の尻尾を左右にゆっくり揺らしている。


「……不思議な力を感じるね。ヒトの言葉、話せるでしょう?」

「なっ……んでわかったの!?」


 ただのグリフォリルのつもりでいたのにあっけなくバレて、アルティアは前脚を開いたり閉じたりしだした。アルスは一つため息をついてから、肘でアルティアの肩を突いてその『癖』をやめさせた。


「相手の特性を読み取る力が強ぇんだよ、シェイドは。だから、黙ってたって無駄だ」

「マジかー。まあバレてもいーんだけどさー……」


 前脚がうずうずしている。癖を必死に我慢しているのが伝わってくる。


「頭突きで聖なる力のヴェールに追いやるって、もの凄いスピードだったんだろうね。すごいや」


 シェイドは感心の眼差しでアルティアを見つめた。アルスはチラッと振り返ってみたが、褒められた幻獣は、「おすわり」をして頭を下げた。顔がほんのり赤くなっている……ように見えた。


「……で、アルスは地界にまた行くの?」


 シェイドは話題を変えてきた。兄に向き直って黙って頷くと、兄はそうか、と少し寂しそうに呟いた。衣食住には困ってないし、魔物には襲われるが対処できているしで、特に問題ないと伝えた時、アルスはふと思い出した。


「あ……そうだ、シェイドに言わなきゃなんねぇことがあったな」

「……?」


 首を少し傾げるシェイドに、アルスは少し躊躇った……というか、なぜか急に緊張してしまい、その先を言うまでに時間がかかってしまった。


「その……ぉ、オーブ……」

「……ああ」


 ピンときたようだったが、兄は閉口した。アルスは深呼吸を一つして、ようやく言葉を掴み取った。


「あのオーブ……シェイドが作ってくれたんだよな?あれが無かったら……俺は今、ここにいない。その……ありがとう」


 やっと、お礼が言えた。が、視線はシェイドのオッドアイに向けられなかった。『会話をする時は、きちんとヒトの目を見るように』と教えられてきた相手が目の前にいるのに、それができなかった。


「……あれね、キルスが作ったんだよ」

「……あいつが?」


「うん。一つ作って、もっと色の濃いものを作らなきゃと思っていた時に、魔物に血の匂いを嗅ぎつけられてね……。その時キルスが助けてくれたんだ」


 魔物にオーブを奪われることなく、自身も傷つけられはしなかったが、二つも濃いオーブを作る血と魔力を失ってしまった。事情を察したキルスは、自らの血でオーブを二つ素早く作ったらしい。


「それはもう早かったよ。で、ダーラムの門の近くまで運んでくれたけど、魔物の気配を感じて、退治してくるって消えてって……。私も流血したままダーラムに入るのは良くないなと思いつつも、アルスのことが心配で……」


 痛みに耐えながらあれこれ悩んでいると、シェラが駆けつけてくれて、オーブを運んでくれたらしい。アルスは全てを知って、申し訳なくなってきていた。


「地界は闇の種族にとって生きていける場所なんかほぼ無いと思ってた。今もその気持ちは変わらないけど、アルスはきちんと生きていける場所があり、仲間がいるから、きっと大丈夫……なのかな」


 シェイドに不安の(もや)がまとわりついている。


「キルスと衝突して国を出て行って……あの頃のキルスはおかしかった。何かに取り憑かれたかのようだった。追い打ちをかけるかのように、ヴァルストが……。いや、その事は置いといて……とにかくキルスは元に戻ったし、その……本音を言うと、帰ってきて欲しい。地界で遭う脅威はここには無いし」


 途中、少ししどろもどろになっていたが、シェイドの本音を聞いて、アルスはついに迷ってしまった。故郷に帰れば、ヴィルヘルも(絶対安全とは言えないが)確かに命を脅かされるものからは離れられる。しかし、慕ってくれているヴァナやシェラたちを思うと、今の居場所は故郷ではない気がしてくる。


「……少し、考えさせてくれ」


 そう返すのがやっとだった。シェイドは少し間を置いて、ゆっくり頷いた。


「すぐに答えが出るものじゃないだろうし、どうだろう、少しばかり家で過ごさない?2、3日でいいから。それでも答えは出ないだろうけど……」

「……なんかあったのか?」


 つい勘繰ってしまう。シェイドは首を横に振りながら「私がアルスと過ごしたいだけだよ」と微笑した。


「たまにはいーんじゃねーの?しばらくここで過ごして、また地界に降りて過ごして、そっから考えたら?」


 アルティアの提案通りにしてもいいな、とアルスは思った。軽く頷くと、アルティアは「じゃあ決まりな!」と言って踵を返した。


「オレはダーラムに戻るわ。オレん()、あっちだから」

「……ああ。世話になったな」


 幻獣は短く吠えて、そして飛び立っていった。




          * * *




 マクトが見せた記憶の玉の映像は、言葉を失うものだったが、『お父様』の迅速な判断はレントも頷くものだった。審判の日を待っていたら、ラウルは完全に魔物と化していた……それくらい、闇毒は彼の(コア)を侵していたと、映像でもよくわかった。


「ラウルの身体はその後、ダーラムからの要請でコア族が引き取って、冥沼(めいしょう)に沈められた、か……。まあ、毒の塊だもんな……」

「ああ……。あれはもう、ラウルじゃなかったな。……テラ・クレベスで封印されていた時から、俺は感じてたけどな……。なんとか助けてやりたかったが、何せ闇毒だからな……」


 共鳴して闇毒を移すような自殺行為はできねぇよな、とマクトとレントは互いに頷いた。


「ラウルの闇毒はすっかり無くなっていたんだが、あのおっかねぇ魔導士がやったのか?」

「……さあな。俺はテラ・クレベスに行ってねぇからわかんねぇ。シェラにでも聞いときゃよかったな」

「シェラ……?」

「ああ、俺の知り合いの召喚士だ。ラウルとも関わりのあるヤツ」

「召喚士……」


 マクトの表情が曇ったので、どうしたのかとレントは問うた。ややあって、マクトは覚悟を決めたかのように口を開いた。


「……1年半か2年かそのくらい前に、イフランが魔物の奇襲に遭ったんだ。村は壊滅、ヒトもほとんど喰われちまった。俺もそこにいて、魔物を退治していたんだが……ある魔導士が魔物を操ってたんだ」

「……ほう?」

「そいつは俺を奴隷として捕らえ、イフランの村長宅を占拠して居座り始めたんだが、その時に命じられてな。『火の国を周る召喚士に闇の種族の奴が(のち)に来る。そいつを捕えろ。この魔物の指示に従って動け』ってな」


 レントはこの『ある魔導士』とその魔物は、テラ・クレベスのギルドだろうなと勘づいていた。同時に、闇の種族の召喚士のジンブツも浮かんでいた。


「……ヴァルゴス様を捕えたのはお前だったのか?」

「……ああ。その召喚士はヴァルゴスっていうのか。体格が良くて、身のこなしが凄い召喚士だった。魔物がどんどん減らされていく中、俺は……俺……は……」


 急にマクトは口を噤んだ。ヴァルゴスを捕え、魔導士の前に差し出したのは覚えているのだが、差し出した時点で召喚士は火傷を負い、縄できつく縛られていたという。


 俺は、とマクトは全てを思い出したらしく、口元が震え出した。手も震えている。レントは睨みつけた。


「俺は……ヴァルゴス様に火を放ってた。怯んだところをさらに火で追い打ちをかけて、殴ったり蹴ったり……魔物がそのヒトを取り押さえると、みんなで縛り上げて……ああ……俺は……とんでもない罪を……」


 頭を抱えてマクトがくず折れた。魔物のように魔導士に操られていたとはいえ、ヴァルゴスを傷つけ拘束したその感覚が蘇ってきたのか、マクトは声を上げて泣きじゃくった。レントは黙って見下ろしていたが、やがてしゃがみ込むと、マクトの両肩を持って立ち上がらせた。


「……悪いけど、今ここで、俺はお前を拘束する」


 両手に力を込めると、マクトの身体を火の縄が拘束した。後ろ手にして手首を縛り、身体を縛った縄とを繋ぐように結びつけた。


「さて、行こうか。勾留地でもう一度、偽りなくさっきの話をするんだぞ。嘘ついたら極刑……だろうからな」

「……ああ。……レント、すまない……」

「それはヴァルゴス様に言わなきゃなんねぇ言葉だろ?謝る相手を間違えるな」


 マクトは俯き、静かに涙を流していた。レントは黙って罪ニンの肩を抱き、ゆっくり歩き始めた。




          * * *




「ああ、フレイ殿!ご無事で本当によかった……」


 水の国ウォーティスの首都ポセイルを訪れ、王アスールに謁見したフレイは、会うなりその言葉をかけられた。王はトコトコと寄ってきて、フレイの位置を把握すると、なんと抱擁したのだった。


 あまりにも突然でフレイは固まり、側近たちが騒ついた。抱擁が解かれるまで、少しばかり時間が経った。


「あの……ご心配をおかけし申し訳ありませんでした」


 ようやく解放されたフレイは、頬を赤く染めながら言葉を絞り出した。細身に見えた豪奢なローブの中は、見た目に反して筋骨隆々だ……と抱擁されてはっきりわかった。


「イルム様はご無事でした。魔力を使い果たしてはおりましたが、ご自身で怪我を治しており、数日休めば大丈夫だと仰っておりました」

「そうですか……。フレイ殿はお怪我などは?」

「私は何も。仲間が負傷してましたが、みんな無事です。イルム様の様子を一緒に見に来てくれたのですが、私の知らない間に帰ってしまったみたいで……」


 イルムにひとしきり泣きついた後、猫のニールが『しばらくフレイはここに残るんだろうにゃーと思って、レントたちには帰ってもらったにゃ』と知らせてくれた。この時フレイは、みんなに挨拶できなかったと悔やんだが、ニールは『それくらい気にしてにゃいでしょ』と笑っていた。


「シェラ殿はヘイレン殿とダーラムのヒールガーデンにいらっしゃるそうですよ。風ならぬ『海の便り』で聞きました」


 1年以上行方不明になっていた召喚士ヴァルゴスが瀕死の状態で保護された、という知らせは情報誌で読んだが、どうやらついさっき意識が戻ったらしい。誌よりも速い知らせに、フレイは内心驚いていたが、同時に安堵もしていた。


「……向かってもお邪魔になるだけのような気がするので、一旦里に帰ろうかなと思います。シーナも休ませてあげたいですし」

「それが良いでしょう。フレイ殿もお疲れが溜まっておりますでしょうし、ゆっくりお休みください」


 ありがとうございます、とフレイは最敬礼をした。






 ポルテニエで待機させていたシーナと合流し、フレイはシノの里へと戻った。門の前で降りて相棒をたっぷり愛撫していると、元気な声で名を呼ばれた。振り返ると、門を通って女性が駆け寄ってきた。


「おかえり!よかったー、無事に帰ってきて!」


 そう言われながらギュッと抱きしめられる。この女性……里長エンキの娘カヤは、フレイにとって姉のような存在。里を離れる時はいつも元気よく送り出してくれるのだが、今回ばかりは違った。今行かなくてもいいじゃない!と止められるほどだった。


「情報誌が速報だらけでさぁ、もう気が気じゃなかったのよね……。無事に帰ってきてくれたから本当によかった……」

「心配かけてごめんなさい」

「あんな状況だったけど……何か知れた?」

「……うん」


 フレイは頷くだけした。カヤも「そっか」と微笑するだけだった。


「……あたしはね、父上からそれとなく聞いてたの。だから、何かあった時に守れるように、あなたにはあたしのそばにいるようにって言ってたの。おとなになって、独り立ちできるようになるまではね……」

「そうだったの……。ありがとう、カヤ。ずっとそばにいてくれて」


 フレイが深く頭を下げると、カヤは頭上げなよ!と焦った。


「自分の事を知って、これから見え方が変わってくると思うけど、フレイの振る舞いはそのままでいなよ?変に意識すると危ないからね」

「……わかった。努力するわ」


 レントには話しているし、たぶんアルスにもバレているだろうけど、シーナを相棒に持つ炎の竜騎士であることには変わらない。どうしても多少は意識してしまうかもしれないが、私は私でいよう、とフレイはひっそりと自分に言い聞かせた。




          * * *




 清らかなる、命の湖。


 その底に、漆黒の瑠璃(ラピスラズリ)が沈んでいた。


 湖は水流を作り、(コア)を磨き始めた。


 核の中から、黒いものがぬるりと出てきた。


 それは時間(とき)と共に色を変え、やがて瑠璃(あお)くなった。


 それは時間と共に(うごめ)き、やがてヒトの形となった。


 そこへ、青く輝く光の玉が寄ってきた。


 光はヒトへ語りかける。


 地の賢者であった記憶を、私と共にその身体に宿そう。『唯一の核』ではあってはならない。核を、瑠璃を宿すコア族を、継承者を……残せ。


 ヒトは、ゆっくり瞼を開けた。


 美しい瑠璃色の眼は、再び世界を写し始めた。

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