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第6章-4

 気配がして、シェラはうっすらと瞼を開けた。横たわったままうーんと身体を伸ばす。ふう、と一息ついて、ゆっくり起き上がった。


「おはよう、シェラ。調子はどう?」


 小さなポットに水を入れ、簡易コンロに置いて火をかけたところだった。ヘイレンの一連の動作をぼんやりと眺めていて、彼はすっかり()()()()()()()なぁと感慨に耽っていた。


 あまりにもぼーっとしていたらしく、ヘイレンの手が伸びてきて、シェラの額を覆った。そこで我に返る。


「熱は無さそうだけど、まだなんか、ぼんやりしてるよね」

「あ……うん。ごめん、ちょっと……ヘイレンに見惚れてた」

「えっ、なんで?」


 青年は少し紅潮した。額から手を離すと、照れを隠すように簡易コンロのそばに戻っていった。シェラはふふっ、と笑う。


「いや、出会った頃はもっと幼い感じだったのにねって。立派なおとなになって、より頼れる存在になって。僕より周りの状況を把握できているし、気も効くし」


 ええ?そんなことないよ……、とヘイレンは謙遜する。


「シェラみたいに完璧じゃないよ?……でも、ボクもなんか、昔よりは周りが見えるようになった気はしてる。魔法も安定して使えるし、倒れなくなったし」


 けれども怖いものは怖いままだよ、とヘイレンは苦笑した。シェラも完璧は言い過ぎだよと苦笑いした。話している間、なかなか目を合わそうとしないヘイレンに、シェラは少しもどかしくなった。


 ポットが鳴いてお湯ができたことを知らせると、ヘイレンは木箱から陶器でてきたコップと急須と小さな筒と匙を取り出した。筒の蓋を開け、匙を使って慣れた手つきで茶葉を急須に入れる。お湯を注いで急須の蓋を閉めた。


「……緑茶の作り方、誰から教わったの?」

「フレイが教えてくれた。これ飲むと心が落ち着く気がするんだよね」


 すごくわかる、とシェラは黙って2度ほど頷いた。少しして、ヘイレンは急須を手に取り少し回し、それからコップに注いだ。茶葉の香りが鼻をくすぐり、思わずため息を漏らす。


 ヘイレンお手製の緑茶は、苦味と甘みのバランスが最高だった。彼の言う通り、心がとても落ち着く。


「おいしい」

「よかった」


 ヘイレンは微笑みながら、やっと目を合わせてくれた。






「アルスはもう帰っちゃったんだね」


 緑茶をおかわりし、フレイが作ってくれたおにぎりをおほばりながら、シェラは自分が寝ている間にアルスが浮島を発ったことを知った。


「うん。あ、それとね、みんなでシーナに乗ってホーリアヘ近づいてみよう、ってことになったよ」

「そっか。……あの光、まだ国を覆ったままだったら入れなさそうだよね。イルム様もだけど、民も大丈夫なんだろうか?」

「……みんな無事だといいけど」

「うん。……ところでさ、アルスってここにいられたんだね。国から離れてるけど、聖なる力は強いよね」

「あ、そう言えば。でも、苦しそうな感じじゃなかったなぁ」

「ラウルがかつてアルスにあげたお守りはもう無いし、別のお守りか何か身につけてたのかな?」

「シェイドさんから借りたバングルがあったからよ」


 自分で握ったおにぎりを片手に、フレイが会話に入ってきた。


「シーナの背中の角につけたはずなんだけど無くなってたわ。アルスが持っていったと思うけど」

「そうなんだ。シェイドって……ヴィルヘルにでも行ったの?」

「ええ、まあ。少しね」


 フレイは簡単に経緯を話した。それを聞いたヘイレンが「シェイドさんって良いヒトだね」と呟いた。シェイドといえば、アルスが瀕死の状態だった頃にオーブを届けてくれたのだが、あの傷はその後治ったのかとシェラはひとり心配した。


「シェイドは普通にしてたの?あのヒト、僕がダーラムの近くで出会った時、深傷を負っていたから……」

「私が見た感じは普通っていうか、痛そうな顔なんか全然してなかったわ。傷らしいものがあったらアルスも気づいて言ってるだろうし。治ってたんじゃない?」

「そっか、ならよかった」

「あ、あのオーブ、自分の血で生成するみたいなの。私見ちゃった」


 え、とシェラとヘイレンが同時に声を出した。もしかしてシェイドは自ら傷をつけて、あの重いオーブを作っていたのか!?しかしながら、己の血だと他の種族に与えれば拒絶反応が起きるだろう。あるいはショック死するかもしれない。これは同族間でないと扱えない代物だ。


 アルスはともかく、ヴァルゴスは大丈夫だったのだろうか。闇の種族としては同じだからきっと大丈夫……と信じたい。


「……そのオーブで、私、助かったの。アルスが作ったオーブで。バルドの力に囚われちゃって」

「え、それって身体は……!?」


 時間差でショック死しないか急に不安になる。シェラは思わずフレイの両肩を掴んでしまった。当然驚かれて「きゃっ」と小さく悲鳴を上げられた。


「あ、ごめん……」

「ううん、いいのよ……。身体は平気。私も受け入れられちゃったことにびっくりしたわ。これも……血筋……あ、いや、体質なのかしら……」


 フレイは慌てて言い換えたが、シェラは特に言及してこなかった。ヘイレンが首を少し傾げていたが、まあ大丈夫ならいいのか……と安堵した様子だった。






 朝食後、ヘイレンはシェラ、レント、フレイと一緒に簡易テントの片付けを手伝った。ポセイルの騎士たちにお礼を述べて、シーナに騎乗する。最後にフレイが乗ると、飛竜は準備がてら翼を広げて一回羽ばたいた。


 聖なる光で満たされ真っ白だった空は、色を取り戻していた。この様子だとホーリアヘ着地できるかもしれない、とフレイは少し期待した。


 バルドとの死闘から数日が経っていた。普通のヒトなら事切れているだろうが、イルムは半竜族だ。負傷していてもきっとまだ息はある。甘い考えかもしれないけど、そう信じていないと心がもたない。フレイはよし、と小さく呟いて、シーナに命じた。


「ホーリアヘ向かって。降りられそうなら王宮の前にお願い」


 シーナは短く鳴くと、大きく羽ばたいて離陸した。浮島はあっという間に小さくなって、どこだかわからなくなった。


 四半刻(約15分)も経たないうちに、薄いヴェールに包まれた聖なる国がぼんやりと姿を現した。ヴェールの手前でしばし旋回する。レントがシーナの背上でほわりと光玉を出した。ヘイレンは何だろうと釘付けになる。


「……いけそうだ。王宮の庭園に直接向かっちまえってよ。シーナの尻尾を伝って降りよう」

「わかった。シーナ、お願い」


 (あるじ)の命で、飛竜は前進した。ヴェールを通った直後、ヘイレンは海に潜ったような感覚に陥り、思わず息を止めてしまった。後ろにいたシェラが両肩を優しく掴んで摩ってくれた。


「大丈夫、ゆっくり、深呼吸」


 シェラの呼吸に合わせて、ヘイレンは息を吐いて吸ってを繰り返した。この空気に馴染んできた頃には、飛竜は王宮の庭園の上空に留まっていた。ゆっくり降りて、王宮内へと繋がる扉の前に立つフレイとレントに追いつくと、イルムの側近と思しきヒトビトが立っていた。着ているチュニックがボロボロになっている。ヘイレンは身震いした。


「皆さん……ご無事です?」


 フレイが心配そうに様子を窺うと、側近のひとりが代表して頷いた。


「このような姿をお許しください。実を言うと、皆様をお待ちしておりました。イルム様は我々で救出し、現在は療養室にてご静養なさっています。フレイ様がお見えになられたら案内せよとの事です」

「王はご無事で!?」

「はい。ご自身の怪我を治癒するためにかなりの魔力をお使いになったようですが……」


 よかった……!とフレイも含め皆ほっと胸を撫で下ろした。


 側近の案内で療養室に入ると、主治医がひとりイルムの様子を診ていた。クーデターで王宮は占拠されていたが、幸いにも住み込みで支えるヒトビトには危害はなかったそうだ。……イルムの側近を除いて。


「私たちはイルム様を救うべく『殲滅派』に対抗しました。しかし、圧倒的に相手側の数が多かったので、この有様です」


 殴られたり蹴られたりなど酷い仕打ちを受け、手足を縛られて応接室に放り込まれた。意識が朦朧とする中、側近たちはもがいていたが、やがて眩い光が彼らを包んだという。


「死んだと思いました。しかしその光は、私たちの傷を癒やし、縄を消しました。どれくらい光に包まれていたのかわかりません。部屋や皆が見えるようになった時には、『殲滅派』の気配は無くなっていました」


 応接室を出て、イルムを探し、地下牢獄で見つけたその姿は痛ましいものだったが、傷痕は無く、静かに眠っていたらしい。しかも、愛猫ニールも王の胸の上で眠っていたというのだ。


「イルム様が持てる力を全て使って、『殲滅派』を文字通り殲滅させたのでしょうか……」


 フレイは敵対したホーリアの民がイルムの命によって永久追放されたことを側近たちに伝えた。少しざわついたが、ややあって「そうでしたか」と小さく息を吐いた。


「とにもかくにも、事は収束した……と言っても過言ではないですよね。あとはイルム……様がお目覚めになられたら……」

「私なら……大丈夫だ」


 か細い声が入ってきて、皆一斉にベッドに注目した。思わずフレイはそばに駆け寄った。傷ひとつない美しく端正な顔。臙脂色の眼は、フレイに向けられていた。


「あぁ……イルム……!」


 掛け布団の上に置かれていた王の手を両手で握ると、一気に涙が溢れ出た。その様子を、ヘイレンたちは暖かく見守っていた。






 しばらくはそっとしておこう、ということで、ヘイレンたちは療養室を後にして王宮を出ようとしていた。ロビーまで戻ってきた時、一匹の猫がど真ん中で香箱座りをしていた。


「あ、ニール様だ。なんでこんな目立つようなところに?」


 見上げる猫に、レントはしゃがんでみた。すると猫は、すっと立って腿に飛び乗ってきた。身体を擦り寄せ、撫でろと要求してくる。レントはニールを抱えて立ち上がって振り返ると、召喚士と付きビトはぽかんとしていた。


「……かわいい」


 ヘイレンの顔が綻ぶ。ニールはキッとヘイレンを睨むように凝視した。しばらく見つめ合うひとりと一匹。


『……あんた、ヒトじゃにゃいね』

「えっ!しゃべった……!」


 しかもヘイレンを「ヒトではない」と言い切ってしまった。シェラは二重の驚きのあまり声を失う。

 ニールはそんな絶句するシェラに視線を移して、頭から足元までじっと観察した。


『……上位召喚士さま、か。魔力も充分だし、この方なら大丈夫にゃ』


 ひとつ欠伸をして、ヘイレンに視線を戻す。


『あんたも魔力はありそうだけど、むやみやたらに使わんほうが身の為にゃ』

「え……それは……どうして……ですか?」


 ヘイレンは自然と猫に向かって敬語になる。ニールは声を落として警告した。


『あんたのその力、数百年前に滅びた幻獣のものにゃ。それが今の時代に存在するのはありえにゃいはずにゃ。魔力に敏感な魔族が、その力を得ようと狩りにくる。だから気をつけるにゃ』


 今度はヘイレンが絶句する。ヘイレンが滅びた幻獣テンバであると見抜いたこの猫、ただの猫じゃない。何を知っているのか。何を感じているのか。シェラは興味が湧くと同時に怖くなった。


「……あの、ニール……さま。失礼を承知で申し上げますが、私やヘイレンの力を見抜くなんて、あなたは何者なんです?」


 ニールはまたシェラを見る。ややあって、猫は前脚で自分の顔を毛繕いし始めた。……マイペースだな、と抱きながらレントは思っていた。


()()ただの猫にゃ。今後もその扱いでいてくれるにゃら、本当の事を話そうかにゃ」


 ニールはニヤリと犬歯を見せた。喋っている時点で『ただの』とは言い難いが、ヒトビトの前ではしっかりと『王の愛猫』なのだなと察したシェラは、黙って頷いた。


 ロビーのど真ん中から壁際へ移動したところで、ニールは降ろせとレントに言った。都長にそっと降ろされると、猫は伸びをして、座って、少し顔をまた毛繕いした。その様子を男3にんがかがんで見守る。


『……僕は本当は半竜族。猫はいわゆる仮の姿。僕自身の命を守るためでもあるけど、イルムのそばにいて、いつでも守れるように猫ににゃった』


 かなりのひそひそ声だった。3にんは声をあげて驚きそうになるのを必死に堪えるていで頷いた。


『今回のクーデターでははぐれてしまったけど、イルムを見つけて治癒の力を注いだにゃ。……危にゃかった』


「あのとんでもねぇ光は、ニール様が出してたのか」とレントの呟きに、猫はぶるるっ、と身体を震わせた。


『ニール、でいいにゃ。……誰も寄せ付けにゃい、かつ、イルムの傷を治し生命力を取り戻す。イルムの魔力と僕の魔力が合わさって、つよーい聖なる光を放った、って感じかにゃ』


 ニールはそう言うと、後ろ脚で首元をカリカリ掻いた。王の胸元で眠っていたのはそういうことだったのか、と3にんは納得した。


「あの……なんで、猫なんです?」


 素朴な、けれども一番気になっていた点を聞くヘイレンに、シェラもそうそれと気持ち前のめりになる。ニールは顔を上げた。にゃに聞いてんだコイツ、という顔をしているようにレントは見えていた。


『……だって、猫ってかわいいでしょ?僕の大好きな生き物だったし、どうせ変わるなら猫がいいにゃーって』


 特に深い理由はにゃいよ、とニールは欠伸をした。


『イルムが元気になって民の前に立つことができれば、国ももう大丈夫にゃ。民が安心した時が、国の混乱が治った時にゃ』


 猫はうんうんと頷いた後、踵を返した。ロビーのど真ん中まで戻ると、3にんを出入口まで先導した。


『フレイはしばらく滞在するんでないかにゃ。地界に帰るならグリフォリルを手配してにゃ』

「ん、じゃあ、帰るか。俺は都へ戻る。お前たちは?」

「ダーラムに戻ろうかな。……ラウルのことも気になるし、ヴァルゴス様も心配だし」

「ああ、ラウルな……」


 レントは意味深長に呟く。ヘイレンは少し嫌な予感を覚えた。地界を離れている間に何かあったのだろう。闇毒を抜かれて正気に戻ったとは思うが、それで済んでいない気がする。


「レントはラウルのことで何か知ってるの?」


 シェラがなんとなく問いかけた。都長は一呼吸置いてから言葉を濁すように「いいや」と返した。


「俺も都を離れてだいぶ経ってるからな。マクトにでも聞いてみるわ。ああ、そいつは俺と同じ種の男でな、都にいるんだ」


 そんな話をしながら、3にんは王宮の外に出た。振り返ってニールに挨拶をして、グリフォリルの厩舎へと向かった。






 レントを見送ってから、ヘイレンとシェラはおとなふたりが乗れる体格のグリフォリルを借りて聖なる国を発った。アルティアとはまた違った乗り心地で、このコも乗りやすかった。


 分厚い雲に突っ込む前に、グリフォリルは降下をやめて旋回し始めた。雲の中とその先の地界の状態を把握しようとしているようだった。その間に、ヘイレンはシェラに声をかけた。


「エクセレビスに行きたいんだけど、いい?ダーラムに戻ってからでいいから」

「……ウィンシス城じゃなくて?」


 シェラはロキアと面会したいのかと思ったのでそう聞いたのだが、ヘイレンは首を横に振った。


「ガロさん、ラウルのことで何か知ってるかなぁと思って。アルスが闇毒を抜き取った後、ガロさんが連れて行ったし」

「それならダーラムの牢屋に収監されてるはずだけど?」

「あ、そうか。でも、ガロさんの気配がそっちじゃないんだよね……」

「……気配感じられる範囲広すぎない?」

「今やっと感じたところだよ」


 いや、それでも広いって……とシェラは苦笑した。ヘイレンはそもそも幻獣だったし、相手が半獣だから感じられているのか?とシェラはヘイレンの背中を見つめる。


「……もしかして、この雲の下、エクセレビスだったりする?」

「……そうかもしれない?だから感じ取れたのかな」

「なるほどね……。じゃあ、エクセレビスへ行こう。僕もラウルの件知りたいし」


 シェラはグリフォリルに行き先を変更するようヘイレンに伝えた。ヘイレンは幻獣の肩に手を当てて思念を送ると、ひと鳴きして降下を始めた。


 分厚い雲の中は雪と雨が入り混じった嵐だった。しっかり掴まったところで、グリフォリルは翼をたたんで急降下した。一気に雲を突き抜けると、色のない雪景色が広がっていた。


「さっむ!」


 暖かい素材の服を着ていても凍ってしまいそうなほどだった。強風でエクセレビスに着地できないとグリフォリルがヘイレンに知らせてきた。


「お、降りられそうなば、ばしょを……ざがじで!」


 酷く震えながらヘイレンは叫んだ。そうやってどうにか降りた場所は、雨風が凌げる場所のあるライファス遺跡だった。


 グリフォリルはふたりを乗せたまま、急いで石造の塔の中へ飛び込んだ。シェラは半凍結しているヘイレンを引っ張り降ろすと、紺のローブを脱いで羽織らせた。ふと、隅に焚き火の跡を見つけた。シェラはフィリアを召喚させると、跡に向けて光魔法を放ってもらった。


 焚き火の跡は優しく火を灯した。塔の外は真っ白で何も見えない。フィリアは普段よりずっと小さい、通常の鷲のサイズで止まり木に留まっていた。シェラの杖を変化(へんげ)させたものだ。ヘイレンはまだ歯をカタカタいわせていた。


「ざぶぐないの?」


 自分が凍えているのにヒトの心配をしてくるヘイレンに、シェラはふふっと笑った。


「寒いけど、ここは吹雪いてないから大丈夫。一応氷属性の魔導士だしね」

「あ……ぞっが……っくしゅん!!」


 盛大なくしゃみに、伏せをして休んでいたグリフォリルが驚いて顔を上げた。フィリアが止まり木からキィ、と鳴いた。シェラは自分の腕にフィリアを留まらせると、ヘイレンにわたした。ヘイレンはフィリアを優しく抱きしめた。少しずつ震えが小さくなっていった。


 フィリアはヘイレンを見ず、彼のポーチを注視していた。携帯食料を入れて持ち歩いてもらっているが、それを求めているのだろうか。ヘイレンはまだ動けなさそうだったので、シェラが断りを入れて代わりにポーチを開けてみた。すると、白い光が奥底を照らしていた。


「なに……これ?」


 取り出してみたそれは、聖石(ホーリーストーン)だった。しかも、アルスが身につけていたものじゃないか!


「あ……!すっかり忘れてた……」


 聞くと、数年前アルスが行方不明になった後、ラウルから受け取ったものだという。いつかアルスが戻ってきたらわたすように、とヘイレンは託されていたのだが、ポーチにしまいっぱなしだったという。


「随分と大事にしまわれていたんだな……。いろいろあったから仕方ないか……」


 シェラはやれやれとため息をついた。役目を果たせていない自分に落ち込むヘイレンを、フィリアが暖かな光を彼に注いで慰める。


「まあ、次会った時にわたせばいいから、もう少しポーチに入れておくね。僕もなるべく覚えておくよ」

「うん……」


 シェラが聖石をポーチに戻した時、互いの腹の虫が鳴いた。その流れで携帯食料を取り出すと、ヘイレンと分け合い、ゆっくり味わった。グリフォリルには、シェラのポーチに入っていた小さな砂糖の塊を与えた。


「なんかその氷砂糖、可愛い形をしているね」

「うん。都では『金平糖』って呼ばれてて、こどもたちに人気のお菓子なんだ。グリフォリルたちもこれが好物なんだけど、たくさんあげちゃうとお腹を壊してしまうから、適量ね」


 グリフォリルは、シェラの手のひらから一粒ずつ啄んで、じっくり味わっていた。






 結局、ふたりは塔で一夜を明かした。夜明け頃、ヘイレンはいつも通りに目を覚ました。昨日までの轟音は止んでいる。嵐は峠を越えたのだろうか。


 焚き火は消されていて、シェラは隣にいるはずなのだが姿がわからない。もう少し明るくなれば見えるかな。そんなことを思いながら、ヘイレンは身体を起こしてぼんやりと塔の出入口を眺めていた。


 それにしても、あの寒さはさすがに凍りそうな勢いだった。シェラのローブとフィリアのおかげで凍死は免れた。今もローブを羽織らせてもらっているが、シェラは何もかけずに眠っていて、それこそ風邪を引かないか心配になる。


 そろりとローブを取ってみる。……それほど寒さを感じない。慣れた?いやいや。止まり木で目を閉じてじっとしているフィリアがいるから、この空間は暖まっているんだよね。


 少し外の様子が気になった。できるだけ音を立てないようにしながら、出入口へ向かった。壁に手をついて顔だけ出すような格好で窺う。冷たい風で頬がピリッと痺れる。雪は止んでいた。


 ガロの気配を感じ取ってみると、エクセレビスから移動していなさそうだった。しかし、どうにも胸騒ぎがする。ヘイレンは、早く朝になれと無駄に祈っていた。


「おはよう、ヘイレン。ちゃんと寝れた?」


 少ししてシェラが起きてきた。うーんと伸びをし、身体を軽く動かしている。パキッとたまに音がしている……。


「石畳の上での雑魚寝はやっぱりしんどいな……。身体が痛いや」

「……大丈夫?」

「うん。ありがとう。外の様子はどうだった?」

「嵐は止んだみたい。雪も降ってないし。あ、でも風が少し残ってるかな」


 シェラも出入口から顔だけ覗かせる。大きく息を吸って、吐いた。


「……朝の森の香り、いいよね。すごく好きなんだ、この香り」


 と言いながら、シェラは塔から出て行った。数歩進んで天を仰ぐ。またうーんと伸びをしていると、風がふわっと吹いた。束ねていない亜麻色の長い髪がなびく。ヘイレンはドキッとした。


 どうしてシェラは、こんなにも美しいのだろうか。


 ヘイレンの鼓動がどんどん速くなっていく。息が詰まりそうになる。


「天気は大丈夫そうだね。軽く食べてから出発しよう……か……?」


 振り返って微笑んだ召喚士の姿に、ヘイレンはなぜか目眩がした。あ!とシェラが叫ぶ。後ろに倒れかけたところへ、グリフォリルが身体で支えた。


「ヘイレン!?どうしたの……」


 頬が紅潮している。さっきまでそんなことなかったのに。やはり昨日の寒さで発熱したのだろうか?それにしても急過ぎるが……と考えながらも、シェラはヘイレンの首、額に手を当てた。


「……んん?そんな熱く感じないな……。僕の感覚が鈍ってる?」


 首を傾げながら、シェラはヘイレンをグリフォリルから預かろうとした。途端、ハッと我に返り、慌てて起き上がった。金色の眼がなぜか少し潤んでいる。


「え、えええエクセレビスに、い、行こう」


 シェラの目が点になった。ヘイレンの心中を知ってか知らずか、グリフォリルがギィギィと笑うように鳴いた。


 日が姿を現し始めた頃、フィリアを召喚獣の世界に戻し、軽く身支度を整えて、ヘイレンからローブを返してもらい、それから塔を後にした。エクセレビスに着くまで、ヘイレンは一言も発しなかった。シェラも特に話をすることはなかったが、ただ、ずっと速い鼓動をグリフォリルの背を伝って感じていたので、シェラは心配だった。


 エクセレビスに到着し、グリフォリルを愛でて厩舎へ戻した時、半獣の騎士に声をかけられた。


「ガロさん!おはようございます」

「おはようございます、ヘイレン殿、シェラ殿。到着早々恐れ入りますが、お伝えしなければならないことがありまして」

「ラウルのこと……ですか?」


 ヘイレンの問いに、ガロは少し驚いていた。


「……はい。場所を変えましょう。こちらへ」


 ガロは踵を返して歩き始めた。ふたりは心して後を追った。

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