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第1章-2

 夜、皆が寝静まった頃、『聖なる炎』が変化した。


 ぼん、と低い音を立てて、オレンジ色だった炎が紫色になり、さらに黒色を混じらせて不気味に燃え始めた。それから四半刻(約15分)も経たぬうちに、都長の屋敷内で異変が起きた。


「レント様!!」


 側近の悲鳴が屋敷内に響き渡った。都長のレントが突然喀血し、倒れたという。痙攣し、滝のような汗をかいた。すぐに療養所から医師ルーシェが助手のメルナと共に駆けつけたのだが、レントの周りは凄まじい光景だったそうだ。


 夜が明けるまで、ルーシェたちは休みなく看病した。その甲斐あって、レントの喀血と痙攣は止まった。が、呼吸は浅く荒く、高熱が続いていて、時折弱々しく唸り声を上げている。


「……という状況なの。外傷は無い。血を吐いたから内臓に何かあったのかと調べたけれど異常無し。だから、投薬治療ができなくてお手上げなのよ」


 普段気の強いルーシェは、弱音は吐かないヒトなのだが、ベッドに横たわるレントを見つめる彼女の表情は非常に疲弊し、不安気だった。


「炎の変化と何か関係がありそうですね。レントは火属性の魔法が使える。火の魔導士たちにも異変が起きているかもしれない」

「……あの炎ね。確かにそうかも。あんな色……闇の種族が何かしたのかしら」


 よくない事が起きると、決まって『闇の種族の仕業ではないか』と考える傾向にあるのが、地界の民だ。レジェーラント大陸の4つ国、地・水・火・風の国は、互いに親交的で争うことはない。魔物の属性でもある『闇』が、この民にとって最大の敵であり、脅威である。


 魔物は確かにヒトビトを喰らう敵ではあるが、ヴァルゴスやアルスのように、自分達と何ら変わらないジンセイを送っている闇の種族だっている。彼らをも一緒くたにして『闇は敵だ』と豪語するヒトが多くいることに、シェラは憂いていた。


 ヘイレンがそっとレントのそばに座り、額付近に手をかざした。白く淡い光が額に当たり浸透していったが、直後、手を引っ込めた。光はふつりと消え、レントの苦し気な表情が見えた。


「ヘイレン?」


 シェラは様子を窺った。ヘイレンは引っ込めた手のひらを見つめ、それからレントを見た。


「反発されたような……魔法を拒否されたような……なんか、弾かれた」

「な……」


 癒しの力を受け入れないとはどういうことなのか。シェラも自然とレントを見つめる。眉間に皺を寄せ、辛そうだ。発汗も酷く、脱水を防ぐために点滴を打っているが、減りが早い。ルーシェは新しい点滴袋を取りに黙って部屋を出て行った。


 レントの身に何が起きているのか。『聖なる炎』の変色はやはり闇の種族が関わっているのだろうか。炎をじっと見つめたところで何もわからない。都の住民は大丈夫なのだろうか。


 ……都自体、瘴気に侵されていたら。


 そんな考えに至った瞬間、シェラは戦慄を覚えた。咄嗟に手を広げて氷の塊を作った。それを球体にしてヘイレンのポーチに勝手に突っ込んだ。何事かと彼はポーチに目を向けた。


「これをヘイレンの聖なる力で包んでくれる?で、そのままポーチから出さずに入れておいて欲しい。それだけでこの周囲は瘴気から守れるから」


 ヘイレンは黙って頷くと、ポーチに手を入れて少しの間目を閉じた。ポーチの口が、ほんのり光った。ポーチを起点に空気の波が広がっていった。


「……今、瘴気が払われてった?」

「そうだね……。ひとまず療養所を守る分でもう一つ同じものを作ろうか」


 シェラは新たに氷の球体を素早く作ってヘイレンにわたすと、すぐに光で包んだ。淡い光の玉となったそれを、部屋に備え付けられている空のランタンに入れ込んだ。


「……んん」


 レントが唸った。ふたりは同時に彼を見た。ゆっくり瞼を開けると、朱色の眼は赤茶色にくすんでいた。瘴気のせいか炎のせいか。万が一闇に囚われていたら、手を出してくるかもしれない。シェラは自然と腰に差してる杖に手を伸ばしていた。


「……レントさん」


 ヘイレンが優しく名前を呼ぶと、目だけ動かしてこちらを見た。ひとつ瞬きをして、息を吐いた。


「……ヘイレン……シェラ……?俺は……」

「屋敷で血を吐いて倒れたみたいです。ルーシェ先生が仰ってました」


 そうか、と呟く声はひ弱だった。襲うような気力も無さそうなので、シェラは杖から手を離した。


「……炎が……変わっちまってるだろ?色が……」


 ヘイレンは黙って頷いた。レントは聖なる炎の変化を知っていたようだ。屋敷から見えるのだろうか。


「あれ……闇の種族が関係しているんでしょうか?」

「いや、あれは……」


 レントが咳き込んだ。シェラは咄嗟に上半身を起こした。ヘイレンはそばにあったタオルをわさっと掴むと、レントの口元に持っていった。直後、吐血した。


「ヘイレン、先生を」


 代わりにタオルを持つと、ヘイレンはその場から離れて急いで部屋を出ていった。その間も、レントの咳は続いていた。


 ややあって、咳は一旦落ち着いた。肩で息をしている。かなり危険な状況だ。シェラは少しレントを抱きしめ、全身に氷の魔法を巡らせて彼の熱を抑えた。


「すまねぇな、シェラ。こんなに身体が熱くなったの……いつぶりだろうな」

「貧血気味だろうから、僕にもたれちゃって。そのほうがこの魔法も効くから」


 そう言うと、レントは「冷てぇー気持ちいい」と言いながら瞼を閉じた。強張っていた身体から力が抜け、ふう、と一息ついて微睡んだ。


 ある程度熱が下がったら寝かせないとな、と思っていると、扉の向こうからバタバタと忙しなく足音が聞こえてきた。勢いよく扉が開くと、点滴袋を持ったルーシェとヘイレンが駆け込んできた。


 ルーシェは手際良く点滴袋を取り替えると、ランタンを一瞥した。


「これね、あなたが言ってたの。中庭の出入口付近のテーブルの上に置いてきてくれるかしら。花瓶が置いてあるから、すぐに見つけられるはずよ」

「わかりました、置いてきます」


 ヘイレンはランタンをそっと持って足早に出て行った。シェラはルーシェが来るまでの、レントの様子を報告した。彼女は何度か小さく頷いていた。


「熱は……下がってきてるわね。もう少しそのままでいられる?」

「大丈夫です」


 じゃあよろしく、と医師は短く言った。ふと、窓に目をやると、そっと近づき、カーテンをゆっくり少し開けた。まだ昼頃なのに、外はまるで夜と勘違いしてしまいそうなほど暗かった。ルーシェはカーテンを閉じると、胸を軽く押さえた。


「なんだろう……すごくモヤモヤする。何が炎を変えたのか……入院患者は口々に『闇の種族の仕業じゃないか?』って聞いてくるし、私も聞きたいくらいよ。でも……」


 一旦言葉を切る。レントの寝息が小さく部屋に響く。


「闇の種族なのかと私も思ったけれど……でもやっぱり、本当に彼らの仕業とは思えないのよね……根拠は無いけれど」


 レントも闇の種族ではない、というニュアンスだったなとシェラは回顧していた。闇の種でなければ何なのか。……火の魔導士か?それとも魔物か?


 沈黙が降りたところへ、扉の開く音がし、ヘイレンが戻ってきた。ランタンはしっかり療養所を守ったらしい。すれ違うヒトたちが揃って「楽になった」と口にしたそうだ。


「ありがとう、ふたりとも。その……瘴気を払う光玉を、モントレア全体に置ければいいのだけれど」


 それはそうだとシェラも思う。が、瘴気の根源があの炎である。ヘイレンの魔法で包んでもらったとしても、氷では分が悪い。シェラはそっとレントをベッドに寝かせながらそう伝えた。ルーシェもそうなのね、と少し残念がった。


 球体が氷以外であれば何とかなると思います、とヘイレンが助け舟を出した。彼がそんなこと言うとは、とルーシェはやや驚いていたが、少し考えて、頷いた。


「そうよ……私が球体を作ればいいのよ。火と喧嘩しない属性だし。レントが心配になってて忘れていたわ」


 そう言うと、おもむろに白衣を脱いでベッドに放り投げた。ヘイレンもシェラも一瞬鼓動が早くなったが、お構いなしにルーシェは軽く背伸びをすると、両手を2回ぶんぶんと振って、それから拳を作って前に突き出した。


 目を閉じて魔力を拳に集中させる。黄色の光がほわりと現れた。ゆっくり拳を解いて広げると、黄色く光る球が左右一つずつ現れた。それは大きくなると、2つに分裂した。ルーシェの手のひらから少し離れると、更に2つずつ分裂し、8個の光玉が生まれた。


「す、すごい……」


 ヘイレンは口を半開きにしたまま見入っていた。シェラも、彼女が魔法を使うのは初めて見たので、興味深く手元を凝視していた。


「ヘイレン、これをあなたの力で包んでちょうだい」


 ヘイレンはハッとして手をかざした。白い光が彼の手から放たれると、光玉を1つずつ包んでいった。ヘイレンがポーチを開けると、玉はゆっくり移動し収まっていった。ポーチはぱんぱんに丸くなったが、重みは感じていない様子だった。


「あとはそれを入れておく物がいるわよね……。メルナに頼んでおくから、受付で待っててくれる?」


 ヘイレンとシェラは黙って頷いた。






 8つの光玉は、都と少し離れた焔大社(ほむらたいしゃ)を瘴気から守れるように設置された。ヒトビトは安堵していたが、松明の炎が元の色に戻らない限り不安は拭えないだろう。


 都じゅうを走り回り、松明の前で一息つきつつ炎を眺める。禍々しい色のそれは、不気味に静かに燃えている。瘴気を守る物を身に付けていても、悪寒が走って思わず両肩を抱く。


「シェラ、大丈夫?」


 ヘイレンが様子を窺ってくる。シェラは大丈夫だよと微笑んだ。


「この色が、当たり前だけど見慣れないからね……嫌なモノを見てる感じがして身震いしちゃう」

「そうだよね……。このまま放っておけないし、かと言ってどこから調べていけばいいのやらだし……」


 ふたりは片手を顎にあてて考え込んだ。仕草がそっくりなのは、ヘイレンがずっとシェラに同行していたせいか。


「レント……んん、うん?」


 不意にシェラが呟く。ヘイレンは顔を上げた。ピクッとシェラの右肩が動いた。右手に着けているガントレットを左手で軽く押さえると、シェラは目を閉じた。


 何かを感じ取っている……ヘイレンはそれが何かを知っていた。彼の右腕は、かつて竜騎士だった頃の相棒の飛竜ディアンのもので、その飛竜は『コア・ドラゴン』である。


 (かく)を持つ種『コア族』は、その(コア)がヒトでいう心の臓である。ディアンは黒曜石(オブシディアン)の核を持っているが、身体は数年前に失われている。ある死闘を経て、シェラの右肩に黒曜石が埋め込まれて以降、ディアンは右腕の姿でシェラと共に生き続けている。普段はヒトの腕だが、シェラがディアンの力を解放することで、竜の腕へと変化(へんげ)する。


 コア族は(かく)が破壊されない限り生き続けるとされていて、世界各地に存在するらしいが、ヘイレンが知っているコア族は、ディアンとルーシェだけだ。……そう、あの医師もコア族である。


「ん、やっぱりそう……かも、なんだね」


 (はた)から見ると独り言を呟いている感じだが、シェラの脳内にはディアンの声が響いている。意思疎通をしている間、少しばかり頭痛を伴うが、これもすっかり慣れっこだ。


「レントが倒れたのは、彼が火属性の魔力を宿していて、かつコア族だから、炎を通じて悪いモノを取り込んでしまった可能性がある……みたい」


 ディアンがそう思念を送ってきたそうだ。……右腕だけのコア・ドラゴン、恐るべし。ヘイレンは目が点になっていた。


「悪いモノって瘴気かな?」

「んー何だろ、それかもしれないし違う何かかもしれない。今のところ体調が悪くなったヒトがレントだけなのはまだ救いかもね」


 そうだね、とヘイレンはこくこくと頷きながらも、レントもコア族だったんだ……と内心驚きっぱなしだった。


「でも……結局この炎を元に戻す手がかりがないんだよね……どうしたものか」


 シェラはため息をついた。


 松明の前にしばらく佇んでいたが、仕方なく一旦レントの病室へ戻ろうと踵を返した時、南に伸びる『正門通り』からだれかがこちらへ走ってくるのが見えた。紺のシャツとズボン、その上に紺のコートを纏った、明るいベージュの髪を持つ弓の名手……。


「ラウル?」


 シェラたちの手前で減速し、足を止めて見上げると、途端に顔がこわばった。


「……これはマズいことになってるな。にしては瘴気を感じないが、何か置いた?」

「ルーシェ先生が作った光玉にヘイレンの聖魔法を加えたものを8つ、都と焔大社を守るように置いてきたところだよ」


 シェラがそう答えると、ラウルはなるほどなと納得した。


「しかしこのままの炎では、いずれ守護玉も効かなくなる。瘴気は燃えながら出続けているからね。魔力のないヒトから倒れていくぞ」

「え、じゃあ、瘴気を払うには松明の炎を消すしかないの?」


 ヘイレンの不安を込めた問いにラウルは頷いた。消せば火の加護を受けられなくなり、魔物が寄ってきてしまう。地の国アーステラの首都ダーラムのように、高い壁で囲まれていないため、都を守る役目は松明に灯されている『聖なる炎』なのだ。


「簡単に消せるものでもないし、消したとしても灯すのがまた大変だし。いくつもの許可を得てホーリアから持ってこないといけない。一日二日で灯せるものじゃないんだよね」


 ラウルはため息をついて炎を一瞥する。それは不気味に黒と紫色に燃えている。


「……そう、それに今は」


 ラウルは視線をふたりに移した。瑠璃色の眼のはずなのに、妙に黒っぽく見えたのは、シェラの気のせいだろうか。


「灯した火という火すべてが、瘴気の煙を出す状態にあるんだ」

「なんだって……!」


 聖なる炎だけではないことに、ふたりは驚愕した。どういうこと?とヘイレンがすかさずラウルに問う。


紅玉(ルビー)(かく)に持つコア族が、どうやら闇毒に侵されたっぽいんだ。名はエルビーナ。彼女は火の精霊を宿す『火の賢者』でもあるんだが……」


 ラウルはなぜか言葉を止めた。ヘイレンが首を傾げる。この後を言うべきかどうか、迷っているように見えたシェラは、そっと促してみた。


「誰彼かまわず言いふらすつもりはないよ。その……エルビーナ様がどうかしたの?」


 ラウルは「えっ」と短く漏らした。様、を付けられたことに驚いたようだ。ラウルは首を振った。


「賢者とは言え、言い方悪いけど様をつけるほどエルビーナは偉くないよ。むしろ彼女は……虐げられていた側だ。彼女は街や村を転々としていて、その先々で結構な扱いを受けていたらしい。私もヒト伝てに聞いたまでなんで、詳しくは知らないけど……」

「なんで賢者でもあろうお方がそんな状況に……」


 シェラはわからなかった。精霊を宿す『賢者』は、召喚士のように各地を巡り、必要とあらば力を使ってヒトビトを助ける。彼らは精霊の導きで動いているとされている。その点では召喚士の巡礼より少し制限があるというか。彼らと連携をとることも稀にあるが、シェラはまだ経験がなかった。


「彼女は……()()()()()()()()()()()()なんだ。同じく紅玉を核に持つコア族は存在するし、別のヒトが賢者となるはずだった。しかし精霊は彼女を選んだ。周りは当然反発したが、精霊は反発に屈しなかった。そこから歪んでいったのではと、私は思うが……」


 周りは、エルビーナが自分に精霊が宿るように細工でもしたのではないか、と噂まで立てられた。賢者候補だったヒトとそのヒトを支持するモノたちは、罵声を浴びせたり、魔法で衣服を燃やしたり、果ては住まいを壊したりして、彼女を集落から追放した。


 さすがにそれは酷くない?とヘイレンは眉間に皺を寄せた。シェラも心がズキっと傷んだ。ラウルも俯く。


「……確かにやってることは酷いと思うが、かと言って彼女を擁護するのも難しいんだよね。彼らは彼女を擁護したヒトにも手を出して……追放したんだ。火を司るコア族は、気性が悪いんだよな。……レントを除いて」


 精霊がエルビーナを選んだことで起きた悲劇の果てが、自らが闇毒に侵され、全ての『火』をも毒に変え、ヒトビトを苦しめる状況に陥らせた、という事だろうとラウルは話した。


「だれかが闇毒を盛ったのかな?」


 ヘイレンの呟きに、シェラは顔を上げた。


「エルビーナ様の状況下からして、自らの意思で闇毒を飲んだんじゃないかって、僕は思った」

「え……」


 ヘイレンは一瞬信じたくないという表情を浮かべたが、ややあって「そうなのかな」と俯いた。


「エルビーナ様が精霊を自分に仕向けたかどうかは今は置いといて、その後周りから虐げられ続けてきたのなら、自暴自棄になったり世の中を恨む気持ちを抱いたりしてもおかしくない」

「確かにね。彼女を殺したいまでに恨むようなヒトがいたら、とっくにやられてそうだもんな」


 3にんはため息をついた。


「エルビーナ様の闇毒を解毒するにはどうすればいいんだろう?」


 シェラがそう言うと、ラウルは目を見開いた。


「まさか……彼女を助ける気?」

「……なんでそんな言い方するの?」


 シェラが言う前にヘイレンが発した。シェラは制するように右手を彼の前に出した。軽く、ヘイレンの胸元が当たったが、それ以上進まなかった。その間にラウルは半歩下がっていた。


「火がこんなことになってて、それを元に戻すためにはエルビーナさんを闇毒から助けないと、みんな死んじゃうよ!?」

「それは確かにそう。だけど、さっきも言ったが、彼女を助けるようなことをすると……」

「じゃあこのままみんな死んでいっていいの?」


 ラウルは何も言えなくなり、そっと閉口した。虐げられる側になることを恐れているラウルに対し、ヘイレンはそれをも覚悟で闇毒から助けるべきだと主張した。シェラもヘイレンの考えに同意した。


「自分たちが虐げられるより、世界が瘴気で滅亡の危機に陥っていくのを放っておくほうが、よっぽど罪だと思うけどな」


 このシェラの一言に、ラウルはハッとした。途端、瑠璃色の眼を取り戻した……ように見えた。やはりシェラの気のせいかもしれないが。


「……すまない、自分の立場しか考えていなかった。冷静になって考えるとそうだよな」


 ラウルは額に手を当ててやや俯きつつ謝った。ヘイレンはため息をついて自分を落ち着かせた。ふたりの様子を見て、シェラはほんの少しホッとした。


「で……その、闇毒を取る方法だが……」


 ラウルは一呼吸置いた。固唾を呑んで見守る。


「エルビーナの核を壊すか、もしくは闇を抜くか。その2択だ」

「核を……壊す……」


 ヘイレンは身震いした。つまりは屠って助ける(結局は助からない)という、最悪の結末だ。とするともう一つの方法で助けなければならないが、闇を抜くとはどういうことかと頭をひねるも、それはすぐに思い立った。


「ああ、アルス……あのヒトは『闇を吸収する』黒魔術が使えたよね。もしかしてそれ?」


 シェラはラウルを見た。彼もまたシェラを見た。一瞬、冷たい風が吹き、みんなの髪をさらっと撫でていった。


「……だと思う。正直なところ、その方法で助けられたコア族はいないからなんとも言えない。そもそも『黒の一族』が生存してること自体、ほぼ知られていないからね……」

「……そうか、知ってるのは僕たちだけか」

「ああ。アルスと関わったことのあるジンブツ……しかも、その黒魔術を見たり受けたりしたことのあるヒトだけ」


 アルスも自身が『黒の一族』であることを数年前まで隠していた。シェラは彼との付き合いは長いほうだが、ヘイレンが『時空の裂け目』からやってきた後に知ったので、わりと長い間隠されてきたことになる。


「私はエルビーナの正確な居場所を探る。なのでシェラたちは、アルスに事情を説明して連れてきて欲しい。ダーラムのヒールガーデンで落ち合おう」

「わかった……と言いたいところだけど……ラウル、大丈夫?」


 シェラはやはり気になったので様子を伺った。ラウルは何が?という顔をしている。


「ヘイレンに怒られるまで、ラウルの眼が変だったなって。いつもより黒く見えたから、闇に囚われてないかと思って。僕の気のせいだったらごめん」


 話している間はいつもと変わらない彼だったが、エルビーナを助けるだの擁護するだのの話になった時、なぜあんな言い方をしたのか、ラウルらしくない様子にシェラは心配していた。


「……どうだろうね。ちょっと変かもしれない。炎を元に戻して瘴気を消す事が最優先だと、今ならわかってるのにな……。少なからず彼女の闇毒の影響は受けているかもしれない。また変になってたら構わず言って」

「別行動を取っている時に変なことになったら止めようがないから、一緒に行動しよう?エルビーナ様の行方は、アルスと合流してからでもいいんじゃない?一刻を争う事態ではあるけど、僕は……ラウルも危ない気がする」


 視線を感じて、シェラはヘイレンを一瞥した。どうかしたのかと首を傾げると、ヘイレンは口を開いた。


「なんで、ラウルまで闇毒の影響を受けてるかもしれないの?」


 一瞬どういうことか理解できなかった。ややあって、シェラはもう一度ラウルを見た。


「……もしかして、話してない?ラウル自身のこと」

「ん?……ああ、そうかもしれない。ただの弓使いって認識のままだよね、きっと」

「凄腕の弓隊隊長……って認識だよ?」


 やんわりと訂正するヘイレンに、ラウルは苦笑する。


「話す機会も無かった気はするけど、じゃあここで。私もコア族なんだよ」


 刹那、ヘイレンは固まった。シェラは「呼吸して」と言いながら軽く背中を叩いて促した。


「コア族は己の核を共鳴させられる。そうすることで、誰がどこにいてどういう状況かを少しだけ把握できる。エルビーナの居場所を探るのに(コア)の力を使うのだが……その際に相手の状態を少し受けてしまうんだ」

「だから……闇毒の影響を……なんだ」


 ヘイレンは納得した。ということは、共鳴し続けたらラウルも闇毒に侵されちゃうのではないかと心配した。ラウルはそれはそうだね、と頷いた。


「極力共鳴の時間を短くして、闇毒を取り込まないようにしないと。でないと……私の場合、大地を割ってしまうかもしれない」


 ラウルは地属性の力を宿している。彼が闇毒に侵されると、大地は酷い干魃(かんばつ)に見舞われ、地割れが起き、陥没や崩落なども起こるだろう。


 そういえば何年前だったか、大干魃があったな……とシェラは思い出したが、今はそれどころではない。すぐに頭の隅に追いやった。


「そうなると、建物を根っこから壊してしまうから、ヒトも住めなくなってしまう。二次災害は避けないとね。何にせよ、コア族が毒されたら、地界は大変なことになる。……さて、そろそろ行こうか、アルスのもとへ」


 随分と立ち話をしてしまった。しかしラウルのおかげで原因がわかった。シェラは厩舎へと走り、アルティアを呼び出した。


「ラウルも一緒か!オレの身体は3にんも乗せるスペースねぇぞ。どーすんだ?」

「門の外でガロが待っている。ここに来る時も彼の背を借りたからね」

「お、じゃあオレはシェラとヘイレンを乗せる、でいいんだな」


 アルティアは大きく頭を上げ下げした。もふもふの毛が綺麗だな、とラウルは自然と彼の首を撫でると、幻獣は気持ちよさそうに目を閉じて動きを止めた。


「場所は樹海だったか」

「そうだね。でも今から行くと日が暮れるし、夜の樹海は危険すぎる。一旦ダーラムか、ポルテニエで一晩過ごすほうがいいかも。……ポルテニエは遠いか」

「いや、ガロなら大丈夫。弓隊イチのタフな半獣だからね。港町に着いたら一杯奢ってやったらいいさ」


 ラウルは微笑する。瑠璃色の眼は、すっかり美しさを取り戻していた。

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