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第6章-2

 無事、港町ポルテニエに戻ってきた。


 フレイは先に降りて、アスール王と数名の側近を扶助した。全員がシーナから降りたのを確認すると、フレイは相棒に合図をした。シーナはゆっくりひとつ瞬きをしてから、どこかへ飛び立った。


「シーナ殿はどちらへ?」


 港へ向かって歩きながらアスール王が問うてきた。


「飛竜の待機場所は飛竜の自由なんです。(あるじ)の合図が届く範囲にはいるのですが、どこへ行ったかは私もわかりません」


 意外な答えだったのか、王はやや驚き、そしてくすりと笑った。つられてフレイも微笑する。


「今は……そうですね、自由時間、といったところでしょうか。シーナの任務は終わりましたから」

「安全飛行で港町まで送ってくださり感謝しますとお伝えください。……ああ、そうそう、シーナ殿に好き嫌いはございますか?」

「好き嫌い……ですか?」


 ええ、と王は頷く。


「我々は水界に住まう民。海の恵みをありがたく頂戴しているのですが、飛竜は海産物を食すのでしょうか?シーナ殿にもお礼をさせていただきたいのです」

「えええ!?そんな、それは……」

「……そういったことは禁じられているのでしょうか?竜騎士の掟なるものは存じておりません故、ダメなものはダメと仰ってくだされば……」

「ああ……ええと……」


 フレイはかなり焦っていた。護衛の報酬は竜騎士が受け取ることが基本なのだが、相棒の分まで報酬があることはまずない。掟にそんな禁止事項あったかしらと、記憶を必死に掘り起こそうとするが、教本に書いてはいなかったような気もしていた。


「……たぶん、禁じられてはいないと……思いますが……シーナに海産物を与えたことがないので好きかどうかは……」


 だんだんと声を萎ませながらフレイは返した。すると王は「そうですか」とまた笑った。


「あの、お気持ちだけ頂戴します。たぶんですが……火属性なので、海産物は苦手かもしれません」

「……ああ、なるほど。火と水は相容れない関係ですからね……。では、フレイ殿の報酬に上乗せしましょう。シーナ殿の好物をそれで買ってあげてください」


 そう言われて、フレイは返す言葉を失くしてしまった。そのまま一行はポセイル行きの船着場に着いた。王は側近のひとりに軽く合図をすると、側近が下げていたポーチから紙包が出てきた。


「護衛の報酬です。無事に対話だけで済みましたが、イルムの安否はまだ……」


 王は空を見上げた。フレイも側近も見上げる。空は澄んだ青色にうっすらと雲が伸びている。浮島がぽつぽつと見えるが、聖なる国は全く見えない。


 フレイはそっと王に視線を移した。思念を空へ飛ばしているような気がして、固唾を呑んで見守る。


「……イルムの生命力が掴めませんが、代わりに竜の力を感じました。もしかしたら、究極の力を使って己を治癒しようとしているかもしれません」


 どんな力なのだろうと興味がわくが、続く王の言葉でそれも流れていってしまう。


「それと……どうやら新たな混乱が生じてしまっているようです」

「混乱……ハヌスがまさか(めい)を無視して?」

「いえ、彼とその(しもべ)ではないですね。……とても強い、闇の魔力を感じました」

「闇?ホーリアに闇の種族なんか降りたら消失するのでは?」


 そこまで言って、数年前に起きた、太古の魔導士がホーリアを壊滅状態にした事件を思い出した。血の気が引く。


「4、5年前になりますでしょうか。あの時のような……けれども少し違うような」


 王もその事件は知っている。何なら地界の民ならば皆知っているくらいの出来事だ。……ホーリアへは、レントとポセイルの騎士が半数向かっているはずだ。


「アスール様、私、行ってきます。加勢に入ります」


 王はふっと前を向いた。動かぬ藤色の眼と橙色の眼が見つめ合うも、王は頷かなかった。


「お気持ちはわかります。が、敵う相手ではありません。貴方のお力は、シーナ殿も合わせてお強いとは思いますが……私は近づかないほうが良いと思います」

「レントたちと力を合わせても……敵いませんか?」


 フレイは食い下がる。王はしばし固まった。瞬きも忘れている。目が乾かないか少し不安になる。


「……シーナの背上からの加勢なら、いざという時の逃げも容易です。私は……ホーリアを守りたい」


 フレイの気持ちを汲み取った王は、ようやく瞬きをした。


「意思がお強い……ですね。できれば私は行ってほしくないのですが、貴方に命ずる資格はありませんので……行かれるなら、どうかくれぐれもお気をつけて。無茶はいけませんよ、決して」


 最後の一言は語気を強められた。感じ取った力は相当なものなのだろう。フレイは力強く頷いた。


「せっかく用意してくださったお包ですが、ホーリアの混乱が治った後、ご報告を兼ねてポセイルにお伺いしても?」


 今受け取ったところで正直困るからお伺いを立ててみる。王は表情を緩めて頷いた。


「無事にポセイルへ帰還されることを願っております」


 フレイはアスール王に最敬礼をし、船着場を後にした。






 港町を出る前、神殿を横切ろうと足を進めていたが、そこにがたいの良い男が樹海の方向を見つめながら佇んでいた。


「アルス?」


 フレイに呼ばれた男は振り返ると、おう、と返事をした。


「シェラたちを見なかったか?起きたらいなかったんだが」

「あら……。それならたぶん、ホーリアかも。私もさっきまで行ってたんだけど、シェラとは一緒じゃなかったの」

「……ホーリアか」


 アルスは何かを諦めるかのようにため息をついた。


「……あのさ、ひとつお願いしてもいい?」


 フレイはホーリアで起きていることをアルスに話した。彼は黙って聞いてくれていたが、どこか興味がなさそうというか、少し気怠そうにしていた。断られちゃうかなと予想しながらも話を終えると、アルスは少し時間を置いてから口を開いた。


「お前、本気か?」

「え?」

「今ホーリアへ向かうのはやめておけ」

「どうして……?」


 フレイが不機嫌な顔になる。アルスはため息をつく。


「アスール王が感じた魔力は、おそらくバルドのものだ」

「……誰、バルドって?」

「まだ会ったことなかったか。バルドは霊体を2体召喚させた闇の老魔導士。バカ強くて歯が立たねぇ。樹海でやりあったが、やっぱり逃げられてたか」

「みんなで力を合わせてもダメ?」


 フレイの強い意志の眼差しをバシバシと向けられ、アルスは唖然とする。フレイって、こんな意地っ張りだったか?


「悪いが俺は無理だぞ。そもそもホーリアって場所が最悪だ」

「シーナの上でも?」

「お前なぁ……」


 どうしても行きたい、連れて行きたいらしい。アルスは眉間を押さえて唸った。


「……私が女だからみんなダメって言うのかな。そんなの……関係ないのに」


 フレイはそっぽを向いて街並みを眺めた。こどもが走り回っている。おとなは立ち話をしていたり、海産物を売っていたりしている。吹く風は少し磯の香りを運んでくる。


「誰がそんなこと言ったんだ?」


 アルスはフレイに投げかけた。彼女は微動だにしない。……拗ねてんのか?


「騎士に男も女も関係ねぇだろ。確かに女の騎士は少ないし、悪いが力も男に勝るほどあるとは俺は思わねぇ。でも、女の騎士だって戦えるならそこに飛び込む権利っつーか……そういうのはある。けどな……」


 アルスは慰めているのか貶しているのか、わからなくなっていた。つい口をついて出てしまったが、構わず続ける。


「俺は……フレイがバルドに力を奪われるんじゃねぇか、って思ってる。あいつ、強い魔力に異様な執着心を持ってるからな」


 力と聞いて、フレイはようやく振り返った。その眼は慄いていた。対してアルスはきょとんとする。


「アルスは……」


 私が宿す力を見抜いているの?と言いかけたが、やめた。アルスは首を少し傾けた。


「何だよ……」

「ううん、何でもない」

「……力」

「え?」

「フレイが持ってるその力……過去に感じたことがある。別のジンブツでな」


 フレイは目を丸くした。やはり見抜かれていたのか。思わず一歩退いてしまう。アルスは腕組みをしてじっとこちらを見据えている。正直怖い。


「……まぁ、な。奪われねぇように用心棒立てときゃいいんだろうけどな、ホーリアに行くなら」


 それなら、とフレイはつい口走ってしまい、慌てて手で口を塞いだ。一度断られた相手にまたお願いするなんて、どこまでしつこいのよ!と自己嫌悪に陥る。


 しかしもう声に出してしまった。フレイは手を下ろしてため息をついた。ややあって、アルスにもう一度お願いした。


「一緒に来て。私はホーリアを、イルムを助けたいの。バルドがいるなら……倒せない相手なら、せめて追い払えたら。……その手助けをして欲しいの。お願い」


 フレイは頭を下げた。図々しく感じて『用心棒になってくれ』とは言えなかった。アルスのため息が小さく聞こえた。


「……お前の相棒に乗せてもらえるなら」


 パッと顔を上げた。相変わらず無愛想だが、その立ち姿がとても頼もしく見えた。


「ありがとう!すぐにシーナを呼ぶわ!」


 嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった感情が混ざり合い、フレイを包んでいた薄靄(うすもや)が弾け消えた。アルスはシーナが着地できる広い場所まで走っていくフレイを見て、少しだけ口角を上げた。








 闇の靄を纏いし魔導士が、ホーリアの大広場に降臨していた。こんな光景はあり得ない。闇の種族はホーリアに近づくだけで焼け、地を踏めば消失するはずなのだ。それなのにコイツは……2つの霊体と共に目の前にいた。


「何で消失してねーの?闇の種族なのに」


 背後でアルティアが呟く。レントはメイスを構えて魔力を貯めていた。その横で槍を構えたシェラが話す。


「あいつが……バルドが聖属性に耐性を持っている。今、ホーリアの地の聖なる力が弱まっている。そんなところじゃないかな」

「なるほどな……。前にもこーゆーのあったって聞いたけど、その時のヤツよりあっとーてきにヤバイよな?まっこー勝負したらオレ、生き残れる気がしねぇ」

「アルはヘイレンのバリアで守られてるから大丈夫だよ。最悪はふたりで地界へ逃げてもらうから」

「マジ?」

「ええ?」


 アルティアに騎乗していたヘイレンも声を上げた。シェラは振り返った。青年の目が、聞いてないけど!と訴えてくる。


「狙いはボクでしょ?ボクが地界へ逃げたら、地界が危なくならない?」

「そうなる前に僕とレントでバルドをなんとかするんだよ」

「なんとかなるの?」


 ヘイレンの不安は、シェラの不安でもある。再びバルドの方を向く。数年前、ヘイレンに吹っ飛ばされたはずの腕は再生されている。アルスが真っ二つにしたはずの身体は、何も変わっていない。全て己の魔力と生命力で戻したのだろう……か?


 と、バルドが両手を広げた。緊張が走る。レントが叫んだ。


「来るぞ!」


 シェラはエールを召喚した。バルドが目を光らせたのと、氷の壁ができたのとが同時だった。皆目を逸らすなり瞑るなりして、赤い光の拘束を免れた。


 バルドは闇の波動を放った。大地が少し震える。アルティアは四肢で踏ん張り、体勢を低くした。ヘイレンは氷の壁を強化すべく魔法を放った。壁が青白い光を纏うと、闇の波動が取り払われた。バルドの姿を認めた瞬間、レントが突っ込んでいった。


 バルドが振るう杖の技を巧みに避け、炎を纏わせたメイスを突いたり薙ぎ払ったりした。バルドもその攻撃をかわすが、背後からシェラの光魔法が手足を拘束しかけてくる。その魔法を霊体が消し去る。


「くっ……!」


 シェラに飛びつかんばかりに迫ってきたのは、霊体と化したライアだった。本物の彼女ならば大いに受け止めていたが、エールの『あれはニセモノ!』という言葉がシェラの心を支えていた。シェラはかざしていた左手を一度引っ込めて魔力を溜め、霊体をそれで受け止めるフリをして、放った。氷の塊が、ライアを吹っ飛ばした。


 入れ替わりでもう一体の霊体が巨大な戦斧(せんぷ)を振り回してきた。咄嗟に槍で受け止めるも、力の差があり過ぎた。思いの外吹っ飛ばされると、相手の魔法が追い討ちをかけてきた。両手を前に突き出して氷の壁を作ろうとしたが、その力を飲み込んでシェラを大広場近くの壁にめり込ませた。壁は粉砕し、その先の建物に叩きつけられた。


 あまりの衝撃に言葉を失い、骨が折れる音がし、吐血した。建物が瓦礫と化してシェラに降りかかったが、それをフィリアがかぶった。意識が朦朧とする中、シェラは這いつくばって、立ち上がりたかった。が、身体が微動だにしない。


『シェラ』


 音もなくふわりとライアが現れた。仰向けに返され、上半身を抱き上げられた。激痛が走るも声が出ず、代わりに鮮血が口から吐かれる。咳き込んで、落ちついたところで、頬を撫でられた。


 その姿は霊体のような青白い光は無く、ローブを纏った神官長のそれだった。これもまやかしか、と目を凝らすが、もう判別がつかなくなっていた。


『……生きて』


 ライアはシェラの胸に手を当てると、淡い光を注ぎ始めた。


『あの男が生み出した私の霊体、もう魔物属性だから。あれはもう、私じゃないから。躊躇なく殺して』


 ……ならば、今、僕の目に映る君は何なんだ?シェラは思念を……共鳴の力を飛ばした。コア族特有の力のはずだが、シェラは会得していた。しかしそれは、ライアにのみ届く限定的なものだ。これが届けば、そして彼女が返してきたら……目の前のライアは()()である。


 じっと見つめられる。シェラもそうしたかったが、意識が限界だった。瞼が重い。視界が真っ暗になった時、身体がじんわりと暖かくなった。


『私は、貴方を、連れて逝きたくない』


 その声は美しくて、懐かしくて、そばでよく聞いていたものだった。それが、脳内に響き渡った。シェラは自然と瞼を開けていた。耳から聞こえたものではない。共鳴の力で聞いた、ライアの声だった。


「あぁ……」


 ようやく声が出せた。目の前にいるジンブツは、間違いなくライアだった。自然と涙が溢れ出る。


『私は貴方の魔法で、あの魔物から解放された。ずっと縛られていた。それを貴方が壊してくれた。あの一瞬がなければ、私の魂は……私を保っていられなかった』


 彼女の口は動いていない。見つめ合いながら、共鳴してくれている。


『貴方を治癒する力が、この姿を得られたのは、貴方が着けているそれ』


 ライアは一瞬胸から手を離すと、シェラの左耳をさらっと触った。そこには、ライアがシェラの誕生日に贈ってくれた耳飾りが付いている。砂粒程の黄玉(トパーズ)が埋め込まれていた。


 ライア……僕は……君のそばにいたいんだ。


 シェラは本音を言った。ライアが死んだと知った後、ディアンも右腕も失い、何もかもを失った。生きる気力も、目的も、希望も無くなった。だから追いかけようとした。


 けれど。


 ライアは再び胸に手を当てた。身体の痛みが徐々に引いてきている気がした。


『貴方は今、この世界を生きている。シェラ、私は……形を変えて、貴方のそばにいる。貴方の命が、寿命が尽きるまで。だから……』


 ライアの唇が、シェラのそれに触れた。


 鼓動を感じた。


 血の巡りを感じた。


 ライアの光の力を感じた。


 唇が離れると、ライアは笑った。


『……生きて。貴方自身を守って……貴方が大切にしているヒトたちと……生きて』


 光が弱まった。ライアはシェラを横たわらせた。


『バルドを葬ったら、私の魂を霊界へもう一度送ってくれる?その時が来るまで、私は私の死んだ場所で待ってるから。この魂は、魔物にはならない。決して、ね。黄玉の加護が……あるから……』


 ライアが消え始めた。行かないで!と叫ぶも、彼女は微笑みながら、ついに消えてしまった。






「……ら……シェラ!」


 シェラはぼんやりとしていた。ヘイレンが何度も名を呼んでいた。ひとつ瞬きをしたら、ヘイレンの声が一瞬止まった。


「シェラ?聞こえる!?」


 金色の美しい眼が覗いてくる。シェラはだんだん覚醒してきた。確か僕は吹っ飛ばされて、建物にぶつかって、降ってきた瓦礫からフィリアが守ってくれて……。


 シェラはヘイレンに支えてもらいながら、辺りを見回した。瓦礫がない。テントか何かの中だろうか。木箱がいくつか並んでいて、騎士が数名休んでいる。


 ……ここはホーリアじゃない!ならば、どこ?


「ここは浮島の簡易テントの中だよ。この浮島で、アスール王様とハヌスが対話したらしいけど……」


 簡易にしては随分と広いなと思いながら、もう一度周囲を見渡した。


「……な……んで、ここに?ホーリアは……バルドは?」

「フレイがボクたちを拾ってくれた。ホーリアは……わからない。真っ白な光で覆われてしまって見えなくなってる。バルドは……あいつの魔力の気配は無くなってるけど、死んだのか逃げられたのかわからない」

「そう……。ホーリアを覆った光って、王宮を覆っていたものかな?」

「うん。レントさんが言ってた」


 シェラはそうかと呟いて、ずっと支えてくれているのも悪いと思って自力でしっかりと身体を起こした。身体の痛みはない。どこかわからないが折れていた骨も元通りになっているようだった。


「おう、目が覚めたか」


 レントがフレイと一緒に様子を見にきた。レントの姿を見て、シェラは目を見開いた。


「レント……その怪我……」


 腹部が包帯に覆われていた。ほんのりと血が滲んでいる。腕や足にも包帯が巻かれていて、かなり痛々しい姿だった。


「腹が一番堪えたな。ヤツの魔法が貫通してったからな……。あいつ、やべぇどころじゃねえな」

 ニヤリと笑うも、少し引き攣っている。

「そんな状態で動いて大丈夫なの?」

「さっきまでぶっ倒れてたヤツに言われたかぁねぇな」

「うっ……」

「まあな……まだ痛ぇが動けるから大丈夫だ。てか、シェラは無傷か?あんなに吹っ飛ばされて壁ぶっ壊してったのに」

「ああ……それは……えっと……」


 シェラは言いあぐねた。身体を治癒してくれたのは確かにライアだと確信しているが、周りは怪訝な顔をするだろう。あの霊体が治癒したのか?治癒ではなく毒などを注がれているのではないか?


 ……また囚われているのか?


「……ライアが救ってくれた……って言っても信じられないよ……ね……」

「あの霊体が、か?」

「霊体じゃないんだ。あれに縛られていた魂を、僕の魔法で解放したらしいんだ……」


 シェラはライアが話してくれたことを恐るおそる皆に伝えた。最後まで黙って聞いてくれた。話し終えた途端、シェラは目眩を起こした。またヘイレンに支えられる。身体が熱い。


「魔力が弱ってんな。もうしばらく休んどけ。その間にエーテル調達しとくから」


 レントはフレイに目配せをした。竜騎士は黙って小さく頷くと、ポセイルの騎士たちのもとへ走っていった。その間に、ヘイレンはシェラをそっと寝かせて、薄布をかけていた。


 しばらくして、小瓶に入ったエーテルを騎士からわけてもらい、シェラは少し回復したのだが、今日は皆ここで一晩明かすことになった。






 簡易テントから出て、ヘイレンはぼんやりと外を眺めていた。夜闇は、浮島を孤立させていた。何も見えないのだが、一点をじっと凝らして見つめていると、小さな浮島がある……ように見える。


 眠れる気がしなかった。様々な不安がヘイレンの心を侵食してくる。ホーリア全体はどうなったのか。イルム王は無事なのか。バルドが潜んでいたらどうしよう。


「眠れねぇか」


 振り返ると、レントが両手に筒状の物を持ってやってきていた。隣に立つと、それを片方ヘイレンによこした。


「……これは?」

「ん、中身は緑茶だ。飲めそうか?」

「うん。ありがとう。いただきます」


 お礼を言って、筒に口をつけた。熱過ぎず、けれども冷め切っていないちょうどいい温かさだった。茶の苦味に混ざる、ほのかな甘味を感じて、ヘイレンはホッと一息ついた。


「レントさん」


 ヘイレンは夜闇を眺めながら言った。


「シェラが話してたライアさんのこと、ボクは本当だと信じたい。でも、そういうことってあるのかな?」


 御魂が魔物化した霊体から抜け出て、魂本来の姿でシェラを助けた。この世界ではありえなくはない。そうやって良き御魂を救い出す(すべ)もある。主に召喚士が会得している術だと、レントはヘイレンに教えた。


「じゃあ、シェラはその術を使ったのかな」

「どうだろうな。咄嗟に放った魔法が、結果的にライアの魂を解き放ったような言い方だったからな。死んだ場所に魂が戻った、か……。カルヴァ神殿だな」

「光の国ルクシアの神殿、だったよね」


 ああ、とレントは頷いた。どんな国なんだろう、と呟くヘイレンの横で緑茶を口に含む。先ほどまでの死闘を忘れさせてくれそうな旨味が身体を満たす。


 一瞬、風が吹いた。フレイの相棒シーナが着地した。この浮島の周囲のパトロールを終えて帰ってきたところだった。フレイの後ろには、アルスが乗っている。降りればおそらく消失してしまうだろうから、彼はずっと飛竜の上だ。


「あら、起きてたの」

「おう。眠れねぇヘイレンの相手してた」


 かく言うレントも眠れなかったのだが。


「周りは異常なし。ホーリアは相変わらず。でも……イルムは大丈夫……たぶん」

「そうか。あの光が落ち着いたら、国へ行くだろ?」

「ええ。イルムの無事を、国の無事をこの目で見たいから。でも……」

「……またシーナに乗せてくれねぇか?俺もイルム様の安否を確認したい」


 レントは小さく頭を下げると、フレイは快く了承した。この一連を聞いていたヘイレンは「ボクも行きたい」と言った。


 フレイは振り返った。シーナの背上で、突起部分にうまく挟まって眠っているアルスに目をやった。確かにな、とレントはため息をつく。アイツを連れて行くは即ち殺してしまう。


「もし帰るって言ったら、ボクたちが乗っていたアルティアに、アルスを乗せて帰ってもらうとかどうだろう?」


 ヘイレンの提案に、竜騎士たちはなるほどと頷く。まあアルスも行くって言ってきたら一緒に行けばいいか、とレントは思った。


 明日様子を見て、無理そうだったら一旦地界に戻る。そうレントが言うと、ヘイレンは黙って頷いた。

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