表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/32

第6章-1

 鉄格子を挟んで、王と罪ニンが向かい合っていた。


 互いに煤けたチュニックとズボン。しかし王のそれはボロボロだった。


 イルムの身体は血に(まみ)れていた。両手を掴まれたまま頭を垂れて、荒い呼吸を続けていた。


「……王の立場を退けば解放してやろう」


 立場が逆転しているかのような図だが、牢屋に入っているのはハヌスのほうだ。


 イルムは腹を括って『殲滅派』に立ち向かった。ハヌスと対話で事を静めたいと願うも、敵対した彼等は聞き入れてくれなかった。一瞬のうちに囚われると、側近たちと引き離され、ハヌスの前に差し出され、そして鞭を打たれた。


 王宮を占拠された時点で、失脚も当然だったか。イルムは唇を噛んだ。退けば代々引き継がれてきたホーリア王族の血が途絶えてしまう。いや、それよりも恐ろしいのは、闇の国ヴィルヘルへの戦争を必ず仕掛けるということだ。何せ彼らは『闇の種の殲滅を望む派』なのだから。


 髪を掴まれ、顔を上げられた。ハヌスは鉄格子を掴んでにんまりとした。


「それとも、王の立場はそのままにしてやるとして、私の駒になるかだ。クーデターは成功した。もう貴様はこの国を動かす力などない。国の民も、貴様を支持する者はいない」

「それは……どうでしょうか」

「何?」

「私は……確かにあなたがたに反乱を許してしまった。王宮も状況も地位も……全てあなたが優位に立っている。しかしその状況を良しとしない者は、あなたがたよりはるかに多い」

「貴様を支持する者が、私を支持する者より多いと豪語するか!その無様な姿で!」


 ハヌスは嘲笑った。首が折れそうになるほど強く髪を引っ張られる。歯を食いしばって耐え続ける。


「……開けろ。私を解放しろ」

「できません。あなたは……反逆の主であり、この混乱の元凶だ。大罪を犯してい……!」


 ハヌスが鉄格子の間から白いものを伸ばし、イルムの首を絞めた。王の目と口が開かれる。


「この牢屋は貴様の魔力で封じられている。貴様を殺せば封は解かれるよなぁ!ついでに王の座をも私のものにすれば……!いっそのことやってしまおうか!」

「や……め……」


 絶体絶命。イルムに抵抗の力は無いと思われた。


「なっ!」


 ハヌスの魔法が弾けた。イルムの首を締めていたそれが2つに分かれると、王の腕を抑えていた者たちに襲いかかった。(しもべ)たちは吹っ飛んで、周りの仲間になだれ込む。解放されたイルムだったが、くず折れてしまった。すかさず別の者が取り押さえようとして、見えない王の魔法で弾かれた。


「おのれ……!」


 ハヌスは数歩退いて手を突き出すと、魔力を溜めて放った。鉄格子に当たり、轟音を鳴らす。隙間を抜けた魔法がイルムを屠ろうとした。


「やめて!」


 イルムの一声で、ハヌスの魔法が消えた。しん、と静寂が降りる。罪ニンは唖然としていたが、やがてクツクツと笑いながら再び魔力を溜めた。


「魔法を消す力……それが尽きるまで何度でも放ってやる!貴様が果てるまで!」


 ハヌスが生み出す聖なる光は、どこか燻んでいる。心の闇に蝕まれた目の前の魔導士を救う術は、もはや極刑しかないのだろうか。


 そう考えていて、波動に気づくのが遅れた。鉄格子をすり抜けた光がイルムに当たると、両肩と鳩尾を貫いた。そのまま壁に貼り付けられた。衝撃で吐血する。


 その血が光に降りかかると、ふっと消えた。イルムは力無く地に落ちた。自ら動く気力もない。魔力もほとんどない。僕にまた両腕を掴まれると、無理やり立たされた。


「ハヌス様!」


 と、牢屋の出入口からヒトがひとり走り込んできた。手には真っ白な封筒。『殲滅派』宛の通達書だと言った。


 ハヌスはイルムを立たせたままにして封筒を受け取ると、素早く開けて書に目を通した。皆固唾を呑んで見守る。


「……アスール……だと。なぜ水の国王がこの事態を?……対話での解決を、か。……そういうわけだ、イルム。私をここから出せ」


 イルムはゆっくり顔を上げた。ハヌスの鋭い視線が痛かった。


「……わか……りました……。ですがひとつだけ……最後にひとつだけ……私の(めい)に……応じなさい」

「封を解け。話はそれからだ」

「私の命に、応じなければ、その封は……解けません」


 何だと!と僕が声を荒げると、イルムの腕を強く締め上げた。激痛が走るも、悲鳴を上げる気力すらない。ハヌスは「よせ」と僕を制した。


「……いいだろう。して、その命は?」

「……ハヌス……あなたをこの国からの永久追放を命じる。二度とこの地を踏まないでください」


 僕たちが騒ついた。この野郎!と王相手にも関わらず汚い口調で腕を更に締め上げた。バキッと嫌な音がして、ようやくイルムは小さく声を上げた。


「あなたを……この混乱の元凶を取り除く切り札です。これに応じなければ、あなたはこの牢で死んでいく。のちに裏切れば……更なる天罰が下ろう。あなたの野望を……ご自身の手で叶えたいのなら、この命を……うぁ!」


 風穴の空いた鳩尾に拳が一発入った。意識を保つ力が消えそうになる。吐血して、咳き込んだ。


「……やめろ。殺すなら私にさせろ」


 これだけ瀕死になっているのに、魔封じの力はちっとも弱まらない。半竜族の力は恐ろしい。が、それが羨ましい。彼らの血肉が欲しくなる気持ちをぐっと抑える。

 ()()を悟られてはならない。


 ハヌスは少しだけ考えた。この命を否と言えば、この先イルムを屠っても封は解かれぬままだ。ホーリアを捨てることにはなるが、自由の身になれる。答えは決まりきっていた。


「……仰せのままに、イルム様」


 ハヌスがそう言うと、鉄格子がぼんやりと光り出した。僕たちが茫然としながら見守っていると、やがてがちゃんと音がし、ゆっくり鉄格子の扉が開かれた。


 恐るおそる、一歩牢獄の外に出た。じわっと熱いものが身体を這ったが、それだけだった。


「……ハヌスに付くものたちも、同罪です。みな……去りなさい。二度と……ここには……」


 イルムは地に叩きつけられた。ぞろぞろと足音が出入口に集まっていく。髪を掴まれた。顔を上げられるも、イルムの焦点はぼんやりとしていてハヌスの顔がよく見えなかった。


「対話は本国では不可能だな。浮島で話をつけてこようかね。その前に……」


 ハヌスは僕がいなくなったのを確認すると、イルムをひっくり返して、上半身を抱き起こした。衝撃でイルムの口から血が溢れ出た。その血をハヌスは舐め、王の口を己の口で塞いだ。


「!!」


 とんでもない非行に、イルムの頭は真っ白になった。血をごくごくと飲まれる。やがて飲み干したのか、ハヌスは口を離した。


「本当は肉も喰らいたいところだったが、不老だけ頂いておこう。……美味だったぞ、イルムクオーレ」


 なぜか丁寧に地に寝かされた。不気味な笑い声が遠ざかっていく。イルムは仰向けのまま目を閉じて、大きく息を吐いた。









 ホーリア付近の浮島は、やや騒ついていた。


 通達書を託していた、アスール王の側近が戻ってきたのだが、血の気がなく憔悴していた。何があったのかと王が問うと、側近は3呼吸ほど置いてから話し出した。


「イルム王が……囚われておりました」

「なんですって!?」


 誰よりも早くフレイが叫んだ。落ち着け、とレントがすかさず肩を抱く。


「イルムのほうが行動が早かったですか。……で、その先は?」

「はい。……殲滅派に混じって窺っておりましたが、ハヌス殿は、この混乱を止めるならばイルム王の退位、もしくはハヌス殿の駒となるか、という条件を提示しておりました」

「ふむ。明らかに劣勢……そもそもクーデターが成功してしまった時点で、イルムは失脚しているはずだが……ハヌスはそうとは言わなかったのですね」


 元凶が獄中にいたからなのか、ハヌスの代わりの代表者を立てていなかったのか、イルムの口から『失脚』の言葉を言わせたかったのか。色々な憶測が浮かんでくる。フレイの身体が怒りと不安で震え出す。


「イルム王はどちらの答えにも応じなかったようで……少し魔法の放ち合いになりました。このあたりは周りもごちゃついて上手く聞き取れませんでしたが……この時イルム王は重傷を負ってしまった模様です。これ以上は危険と思い、通達書を近くの手下に手渡しました」


 それで一旦は落ち着いた……ように見えた。それからもうしばらく様子を窺っていたのだが、口頭での返事を受けて、ホーリアから逃げてきたらしい。


「浮島にて話し合おう、とのことです」

「……そうか。ありがとう、ご苦労さま。酷く疲れているでしょう、休んでください」


 側近は一礼し、退こうとして、ふらついた。別の側近たちに支えられて、簡易テントへと向かった。


「イルム……」


 フレイはホーリアヘ行きたくてしょうがなかった。しかし護衛を放棄してまで勝手な行動はできない。レントに身を預けると、自然と涙が溢れ出た。レントは黙ってフレイを優しく抱きしめた。


「……ハヌスは僕を連れてこちらに来ようとしていますね。準備をしましょう」


 アスール王は気配を感じ取ると、周りにそう呼びかけた。万が一戦闘になってしまった場合の準備を素早く行い、王を守る陣を組んだ。シーナは空気を読んだのか、邪魔にならない簡易テントの裏へゆっくり移動した。


「レント殿、フレイ殿と一緒にテントへ。おそらく彼らはあなたがたを覚えているかもしれませんから」


 あの時の侵入者だと騒がれると面倒だし迷惑をかけてしまう。フレイとレントは頷いて、テントへ駆け込んだ。簡易、という割には中は広々としている。水の国の魔導騎士たちの魔力で巨大化させたそうだ。


 何かあったらすぐに駆け出すぞ、王をお守りするのだ。騎士隊長であろうヒトがそう鼓舞し、皆腹を括った。全ての準備が整った時、ごぉ、と風がテントを少し揺らした。


「これはこれはアスールよ!まさかこんな形で会おうとは!」


 ハヌスの声が高らかに聞こえてきた。フレイはテントを出たかったが、ぐっと堪えた。無意識のうちにレントの腕を強く掴んでいたが、彼は何も言わなかった。


 闇の種族に拷問をかけ、聖なる国にクーデターを起こした。そして、イルム王をも傷つけた。完全なる闇堕ちじゃねぇか、とレントも静かに憤る。


 皆、アスール王とハヌスの対話に耳を傾けていて、テントの中は怖いくらいに静かだった。






 闇の種族の殲滅派という存在、その者たちが王宮に乗り込んでクーデターを成功させた、イルム王がハヌスと対面するも、王に深傷を負わせた……。


「……まったく、随分と派手にやりましたね、ハヌス」


 アスールはやれやれとため息をついた。ハヌスはどこか誇らしげに不敵な笑みを浮かべているようだが、その顔は見えない。


「罪ニンであったのにここにいるとは、まさかイルムを?」

「あの王を殺したところで、あの牢屋の封は解けないってね。『最後の命令』に従うことを誓うことが、封を解く鍵だった。自由を得られるのならばと仕方なく従った結果だ」

「イルムは放置ですか?」

「当たり前だ。あのまま死んでもらっても構わないからな」


 ハヌスにとってはそうかもしれないが、国と国民はどうするんだ、とアスールは思ったが、ハヌスが王に君臨されても混乱を再び招いてしまうだろうから、それは口に出さなかった。


 怒りを抑えるべく、大きくため息をつく。


「……で、その命は?二度と国の地を踏むな、とでも言われましたか」

「……よくわかったな」

「何せ『浮島で対話を』ですから。国内で行える状況ではないとの推測は容易です。あなたの代わりとなる者を立てている様子もありませんよね」


 ハヌスはしばし黙った。彼の僕が騒ついている。対してアスール陣営は冷静に様子を窺っているようだ。……そのまま構えていておくれ、とアスールは念じた。


「それで、あなたは解放された。普通ならあり得ないことですが、僕たちがクーデターを成功させた以上、あなたの望みを飲まざるを得ないですね」

「我々が国から出ていくことで混乱を静めた。極刑を決行できなかった王に対して、国民はどう思うかな?」


 ククク、とハヌスは嗤う。王に対する不満や批判は避けられないだろうが……。アスールは心を痛めた。


「闇の種族の殲滅に賛同する者は他にもいる。全ての国を回り、集い、決行する」


 ハヌスのオーラが歪みあるものへと変わった。察知したヒトビトが……彼の僕も含めて……一歩退いた。


「もう話す事などないな。ホーリアが今どうなっているか、楽しみに向かいたまえ!」


 高笑うハヌスに、皆唖然とするしかなかった。ハヌスは笑いながら踵を返すと、僕たちを先に浮島から発たせた。グリフォリルに跨ると、禍々しい空気と一緒に去っていった。






「闇の種族でもあんなやついねぇのに、最悪な野郎になっちまったな……」


 レントはつい吐き捨てるように言ってしまったが、周りは同意の頷きを繰り返していた。


 ハヌス一行が去って少ししてから、アスールはテントに待機していた皆を呼び出した。


「イルムを急いで助け出しましょう。当たり前ですが、深傷を負ったままでは死んでしまいます」


 レントはフレイを一瞥した。向かわせてくれと請うのかと思ったが、彼女は黙ってアスール王を見つめたままだった。……思念で会話してんのか?そうだとしたら、それずるくねぇか?とちょっとだけ羨む。


「騎士隊の半数はホーリアヘ。もしイルムの側近に出会えたら保護してください。私は……この状況ですが、一旦国へ戻らせてください。『ハヌスと対話』をした報告を、地界各国の王に共有せねばなりません」


 王は王の責務を果たす。そりゃそうだとレントは頷く。フレイの任務はあくまでも王の護衛。共に戻ることになるはずだった。


「……フレイ殿はイルムが心配であろう?」


 アスールは気配で居場所を突き止めフレイに向くと、彼女は少し俯いた。自分の任務とイルムの元へ行きたい気持ちとを天秤にかけているのだろう。それはアスールも感じ取っていたようだった。


「とても心配ではありますが……私は『アスール王の護衛』としてここにいます。地界にお戻りになるならば、共に戻ります。最後まで護衛することが私の使命ですから」


 レントは少し驚いてしまった。え、と声を漏らしてしまい、フレイがチラッとこちらを見た。アスールもおや、とやはり意外そうに呟いた。


「……では、引き続き護衛のほどよろしくお願い致します。護衛は待ち合わせたポルテニエまでで結構です。急いで戻りましょうか」

「承知しました。準備してきます」


 フレイは一礼すると、シーナの元へ走っていってしまった。置いていかれたレントは、去るタイミングを失って立ち尽くすしかなかった。


「……俺もフレイについて……いきますね」

「お待ちください、レント殿。その……貴方にはイルムをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「……え、あの……俺は地竜の騎士なので相棒不在なんですが……」

「通達書を託した側近が乗っていたグリフォリルをお使いください」

「……なるほど。承知しました。イルム王を救助し、速やかに療養所へお連れします」


 お願いします、とアスール王は一礼する。レントも慌てて礼をした。


 グリフォリルと合流し騎乗した時、レントはふとシーナを見た。彼女もこちらを見ていた。……すまねぇ、ここから先は別行動だ、フレイを頼む。そう思念を送ると、シーナはゆっくり瞬きをした。


 そして、皆一斉に浮島を発った。アスール王は半数の騎士とシーナを連れて、レントはもう半数の騎士の後方についてグリフォリルを飛ばした。








 1匹の猫が、地下牢へ続く階段をとぼとぼと降りていた。血の匂いがひどい。イルムの生命力が弱っている。急ぎたいが、石の階段は脚を滑らせる。慎重に降りないと危にゃい。


「……ニール?」


 ようやく階段を降りきり、横たわる王の頬をひと舐めすると、王はうっすらと目を開けた。ニールは喉をゴロゴロと鳴らした。


『……酷いにゃ。ハヌスはボクがやっつけてやるにゃ。シモベを使ってやりたい放題しよって……絶対に許さにゃい』


 ニールは尻尾を太くして左右に振った。


「……来て」


 イルムはニールを呼ぶと、胸元に座るよう指示した。どす黒い血が溜まっている。その上に乗るの?と猫は嫌な顔をした。


「力を貸して。僕の、竜の力を……」

『わかったにゃ。乗るからもう喋るにゃ』


 ニールは少し離れて、軽く毛繕いをしてから、そっとイルムに乗った。丸くなり、尻尾の先で鳩尾を触った。ん、とイルムが小さく唸ったが、その声も弱い。


 ニールの尻尾がぼんやりと光ると、やがて光はニールを、イルムの身体を包み込んだ。王と猫は少し見つめ合い、そして目を閉じた。


 光は更に広がっていき、地下牢、階段、その先の廊下と走り、王宮を包み込んだ。






 レントたちがホーリアの王宮前に着地した瞬間、王宮が眩しい光に内側から包まれていった。なんだなんだ?と当然ながら周りは騒つく。レントも唖然としていた。


 そっと近づいてみたが、触れると溶けてしまいそうなほどの熱を感じたので、レントは踵を返して騎士たちに伝えた。


「触れたら死んじまうかもしれねぇ。中に入るのは不可能だ」


 とは言うものの、イルム王の安否が確認できないのは非常に不安である。どこか抜け道は……と、レントは思い出した。グリフォリルをその場に置いて、いつか侵入したあの隠し通路の入口があった石碑のある場所へ向かった。しかし……。


「ダメか」


 光は隙間なく石碑をも包み込んでいた。レントは落胆しながら、けれどもこの光はイルム王のものではないかと思っていた。己を守るための壁であり攻撃魔法、あるいは己を治癒するための魔法?それにしては派手すぎないか?


「レント!」


 呼ばれて振り返ると、アルティアが着地していた。シェラはヘイレンを連れてレントの元へ走ってきた。


「どうなってるの、これ……」

「俺もわかんねぇ。着いた瞬間にこうなっちまった」

「イルム様は?」

「王宮の地下牢にいるらしい……」


 レントはこれまでの経緯を説明した。召喚士はふむと頷いた後、ふらりと光に近づこうとしたヘイレンの袖を掴んで止めた。


「光に触れないで。危ないから」

「でも!」


 ヘイレンがいつもより興奮しているように見える。レントは首を傾げた。


「なんだ?珍しく食い下がってんな」

「イルム様の生命力を感じ取ってるんだ。力が消えかかってるって言って……。さっきまで自分も眠っていたのに、突然飛び起きて……」

「オレもぜんりょくしっそーさせられたぞ。おかげで羽の付け根がいてぇ……」


 シェラもアルティアも、少し戸惑い気味だった。


「ヘイレン、この光の性質ってわかるか?」

「セイシツ……?」


 唐突なレントの問いに、皆きょとんとする。


「俺が近づいたら溶けそうなくらいに熱かったんだ。守りの壁なら、相手を寄せつけない為に攻撃性質を加えてるんだろうなって予想できるんだが……なんか違うような気もしててな……」

「と言うと?」

「お前が使える『癒しの力』に似た性質の光っぽいんだよ」


 癒しの力、とヘイレンは呟く。レントは頷いて続けた。


「周りを寄せつけない、かつ、己を死から遠ざける為……傷を癒す為の光じゃねぇかと」

「守りと治癒を同時に……!?」


 そう驚愕したのはシェラだった。俺の憶測だけどな、と付け加えておいたが、魔法事情に詳しいシェラなら勘付いたかもしれない。


 半竜族は、2種の魔法を同時に使える唯一の種族である。


「ってことで、周りを拒む強い光に触れたらダメだ、って意味、わかったか?」


 レントは諭すようにヘイレンに振った。金髪の青年は不安な顔のまま黙って頷いた。


「生命力を感じ取ってんなら、今どう変化しているのかもわかんじゃねーの?」


 アルティアが「おすわり」をして尋ねた。確かにそうだな、とレントも思う。ヘイレンは身体をイルム王のいる場所であろう方に向けて目を閉じた。


 静寂は、そう長くは続かなかった。突然大地が揺れたのだ。揺れは一瞬だったし建物が倒壊したり地割れが起きたりするほどではなかったが、ヘイレンの驚っぷりが凄かった。一回飛び跳ねて、シェラの腕にしがみついていた。……身体が震えている。背中を摩りながら「大丈夫だよ」とシェラが宥めていた。


「今度はなんだよ……あいつら戻ってこれねぇはずだぞ。別の派でもできたのか?」


 耳を澄ましていると、ヒトビトの叫び声が聞こえてきた。助けて!大変だ!なぜだ!?うわぁ!……など、混沌としている。


「光に触れた?だけではこんなこと起きなさそうだし……行ってみようか」


 シェラは杖を取り出して槍に変化(へんげ)させると、いつまでも引っ付いているヘイレンを鼓舞した。


「ほら、行くよ!怖いのはわかるし慣れろとは言わないけど、怯える時間短くしてくれる?」


 シェラの言い方にレントは少し違和感を覚えたが、ヘイレンが腕から離れて自分の顔をピシャっと叩いて切り替えたので、これ以上深くは考えなかった。


 そして騒動のあった場所へ皆で駆けつけたのだが、聖なる国ではありえない光景が広がっていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ