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第5章-1

 ヘイレンは厩舎の前で騎士たちと話をしていたガロを見つけ声をかけた。あの洞窟にエルビーナがいたかもしれない、早く助けに行こう、とまくし立てるように言ったが、半獣の騎士は首を縦には振らなかった。


「エルビーナ殿はもういない。ラウルが葬ったと自ら言っていた」

「……え?」






 ガロひとりで洞窟の奥に向かい、ラウルの姿を認めた時、彼は突っ伏していた。その少し先に、砕け散った鍾乳洞と矢が刺さっていた。それでガロは察した。


「まさか……」


 思わず声を漏らすガロに、ラウルが反応した。


「ガロ……か?」


 ラウルの手がぴくりと動く。いつでも駆け出せるようにガロは体勢を整える。


「……葬った」


 ゆっくり肘を曲げて、起きあがろうとする。身体が痙攣している。黒い(もや)が張り付いている。ぶちっ、みしっ、と嫌な音がする。


「エルの……願い……俺、が……」


 ガロは数歩下がって矢を番えた。四つん這いのまま、ラウルは顔を上げた。赤く染まる双眸にハッとした瞬間、ラウルが飛び込んできた。


 番えていた矢を咄嗟に放つ。それはラウルの左肩を貫くも、右手で掴んで思い切り引き抜いた。鮮血が派手に飛び散る。ガロは身を翻し、駆け出した。


 ラウルの雄叫びが洞窟に響くと、壁や地面から棘状の岩がドゴン、ドゴンと音を立ててガロを貫こうとした。かわしながら元来た道を駆け抜ける。馬体の臀部や後脚に何度か当たったが、ガロは走り続けた。


 そして、仲間のいるところへラウルを誘導し、封印した。






 ヘイレンはあまりのショックにふらついた。エルビーナは死を望んでいた。それをラウルが自らの手で叶えた……。本当にやってしまったんだ……。はたしてそれは正しかったのだろうか……?


「火が元に戻ったのは、エルビーナさんが亡くなったから……だったのでしょうか」

「……おそらくそうでしょう」


 ガロはヘイレンを支えながら静かに答えた。


「ラウルはどうなっちゃうんですか?封印して、それから……葬るの?」

「……方針としては、そうせざるを得ないでしょう。別のコア族が、自らの命を犠牲に闇毒を()()()()ことはしないでしょうから」


 抜き取る。ヘイレンは顔を上げた。ガロのたくましい上半身は、今は鎧を解いてインナーを着た姿だ。鏃のモチーフが付いた首飾りも相まって、一層勇ましく映る。


「どうかなさいましたか?」


 低めのどっしりとした声は、どことなく安心感を得る……のはボクだけだろうか。ヘイレンは自分の足でしっかり立つと、一息ついた。


「ボク、戻ってアルスの様子を見てきます」

「アルス……殿。確か闇の種族のものだとラウルから聞いたお方か」


 時々ラウルの雑談にその名は出てきたが、ガロはまだアルスに会ったことがなかった。ヘイレンはこくりと1回頷く。


「テラ・クレベスのギルドに襲われて死にかけてたんです。なんとか命は助けられたと思っているんですが……まだ目覚めなくて」

「クレベスのギルド……筆頭は聖なる国のハヌス大臣だった、というやつでしたか」

「ダイジン……?」

「王族に仕え、国の政治を担うモノたちをそう呼んでいます。政治というのは、国民を支え、国のルールを王族と共に協議し定める。ざっくりとそういった感じです」


 あまり難しく説明すると目を回しそうな事柄なので、ガロはかいつまんで説明した。ヘイレンはふむふむと何度か頷く。


「そんな偉いヒトがどうして酷いことをしたんだろう……」

「憶測に過ぎませんが、闇の種族の根絶を示唆していたのではと。聖なる国の民は、太古から魔物と闇の種族及びその国の滅亡を望み、幾たびも戦争をしてきたと歴史書にも記されています」

「そんな……。闇の種族は同じ闇といっても魔物とは別モノですよね?魔物はヒトビトを襲うから、命を守るために倒さなきゃって思うけど……。どうして闇の種族の滅亡を望んでいるの?」


 ガロに聞いても困らせるだけだとわかっていても、どうしても投げかけてしまう。ホーリアの民への困惑と憤りがごちゃ混ぜになって苦しくなる。


「闇はヒトビトを苦しませる、傷つける、そういった負の感情を生み出す災厄の源。その根絶は世界に平和をもたらす。そのためにホーリアが率先して闇を葬ろうとしてきた。……これもまた、歴史書からの引用ですが」


 ガロはこの世界の歴史、特に天空界について昔から興味があり、図書館で古書を読み漁っていたらしい。さらりと返ってきてヘイレンは目を丸くしながら敬服した。

 しかし、とガロは顎髭に手を当てた。


「闇はそうかもしれないが、闇の『種族』もはたしてそうなのか、という疑問はあります。その疑問を(いだ)くようになったのは、ヴァルゴス様に出会ってからですがね」


 シェラの師でもあるヴァルゴスは、それまで地界の民が抱いていた闇の種族に対する不信感や不安、恨みといった様々な『負の感情』を取り除いてきたのだという。自らの行動……召喚士としての責務を果たし、地道にヒトビトの信頼を得ることで、周りも意識が変化しつつあると感じている、とガロは言った。


 しかしながら、全てのヒトビトが変わることはない。どんなに説いても敵視するヒトはいる。喧嘩しないで仲良くしましょう、は通用しないのだ。


「とは言え、ヘイレン殿を襲った魔導士もまた闇の種族。永遠に解決しないのではないかと思うほどの難しい問題です。……申し訳ない、引き留めてしまいました」

「あ、いえ。いろいろお話くださりありがとうございました」


 ヘイレンは丁寧に頭を下げた。ガロも騎士の挨拶……武器を立てて敬礼……をした。






 ヒールガーデンに戻って、ヘイレンはアルスの病室を訪れた。点滴を打たれ、口元には大きな機械に繋がったマスクが付いている。一定間隔で音が鳴っているのは、心拍を測定している機械だ。


「アルスは相変わらずだよ。血の巡りは良くなってきてるけどね……」


 ウィージャは小さくため息をついた。疲労の色が見える。不眠不休で看病しているのではと心配になる。


「先生、大丈夫ですか?」

「ん?私?ああ、眠いけど、もう少し起きてないと」

「ボクに手伝えること、ありますか?」

「ヘイレン……頼もしくなったね」


 医師は微笑し、それから欠伸をした。


「そうだなぁ……思いつかないな。うーん……」

「……寝たほうがいいと思います」

「……そうね、言う通りにしようかな」


 睡魔で思考力も無くなっているウィージャは、何かあったら起こしてと言って、座っていたソファに横たわった。


 ヘイレンは小さな椅子を持ってきてアルスのそばに置いて座った。白い肌着に包まれ、静かに眠っている。普段は縛ってあるのでわからなかったが、アルスの黒髪は鎖骨付近まで伸びていた。顔色はマスクでよく見えない。胸元に目を移すと、ゆっくりと上下している。


 ヘイレンはそっとアルスの手を握って目を閉じた。


 ボクが持つ癒しの力は、どんな種族でも効く。


 ボクは、アルスを助けたい。助けるんだ。必ず。


 ヘイレンは念じながら、力を注ぎ続けた。……自身が倒れない程度に。


 大切な仲間を失いたくない。ボクを助けてくれた、ボクにとって大事なヒト。みんなにとっても大事なヒト。だからみんな、できることをアルスに注いでいる。


 闇の種族、なんて関係ない。アルスはアルスだ。


 それに……アルスにしかできないことがある。お願いだから、戻ってきて。


 ラウルを、助けて……。


 なんで俺なんだ……そうだよね、シェイドさんやキルスさんもいるよね。でもね、アルスでないとダメなんだ。そんな気がしてるんだ。うまく説明できないけど。


「アルス、()()()()()ラウルから闇毒を抜き取って。ラウルを救えるのは、アルスだけだから」


 そう呟いて、ヘイレンは首を傾げる。『前のように』って……ボクは『前』を詳しくは知らないはずなのに、あたかも見たことあるような言い方をしたのはなぜ?


 刹那、アルスの身体がビクッと反応した。大きな機械が警告めいた音を鳴らした。


「アルス!?え、先生!助けて!」


 パニックになって椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、ウィージャを叩き起こそうとした。が、既に医師は目覚めており、慌てふためくヘイレンを一瞬ぎゅっと抱きしめた。


「落ち着いて。大丈夫だから」


 抱擁を解くなりウィージャは機械の音を止め、マスクを外した。ややあって、アルスはうっすらと瞼を開けた。


「アルス!」


 ヘイレンは両膝をついてアルスの手を再び握った。


「アルス、聞こえてる?見えてる?ヘイレンの手、感じてる?」


 ウィージャはそっと問いかける。紫とワインレッドのオッドアイがウィージャを見て、それからヘイレンに移る。しばらく目を合わせていると、アルスは何かを話そうとした。


「……ぁ」


 表情が歪んだ。様子がおかしい、とウィージャは即刻アルスの首元に触れた。固唾を呑んで見守っていると、医師はうーんと唸った。


「まずいなこれは……。喉が……治っていない。下手に喋ると二度と声が出せなくなっちゃう」


 触れるだけで状態を的確に把握してしまえるウィージャの手……というか、そういう能力に長けているのだろうな、とヘイレンは冷静になって分析していた。


「ヘイレン、力を貸して欲しいんだけど、大丈夫?」

「……はい!」


 ウィージャの手が離れたので、ヘイレンはすかさずアルスの首元に手を置いた。淡い光が首を包むと、アルスの表情が緩んだ。


 しばらくして、ウィージャにそろそろ様子を見ようかと声がかかったので、ヘイレンは光を消して手を離した。再び医師の手がアルスの首元に触れ、目を閉じて確認する。


「……うん、良くなった。あとはアルスの治癒力でどうにかなるかと。喋ってもいいけど休み休みでね。大声はまだダメだよ。傷が開くかもしれないから」


 そう言ってウィージャはようやく微笑んだのを見て、ヘイレンも安堵のため息をついた。


「ちょっとここ任せていいかな?シェラの様子を見てくるよ。何かあったらそこの通信機で知らせて。ボタン押したら繋がるから」

「わかりました」


 ウィージャは小さく頷いてから部屋を出ていった。一瞬の静寂の後、お互いにふう、とため息をつく。


「……ラウルは、どうしてる」


 声は掠れていたが、ヘイレンにはしっかりと聞こえていた。現状を伝えると、アルスはそうかと呟いた。


「ラウルは過去にもこういうことを起こしたことがあるって本当なの?」

「……ヘイレンは、どこまで知っている?」

「えっ……と……地の国で大干魃が起きて、ダーラムだけが残った状態にまでなってしまったけど、ある日突然干魃が止んで、大地が蘇った……。ざっくり言ったけど、そういう話を聞いたよ」


 アルスはしばらく沈黙した。ヘイレンはアルスの言葉をずっと待ってみた。すぅ、と寝息のような音が聞こえてきても。……本気で寝てしまったかもしれなくても、辛抱強く待った。


 そうして半刻(約1時間)ほど経った。


「……なぜ、俺でなきゃ、ダメなのか。答え出たか?」


 まさかの質問に、ヘイレンは閉口する。そんなこと考えてなかった。アルスを現実世界に引き戻すために言った(念じた)けど、答えは出す必要ないかなと思っていた。手のひらにじわりと汗が滲み出る。


「言ったろ、俺じゃなくても、黒魔術の使い手はいるって。俺はもう、あの時死を覚悟……していた。受け入れていた。なのに……」

「ボクが生きる世界に引き戻した」

「ああ。……なぜだ?」

「それは、ボクにとって大切なヒトだから。ボクを助けてくれた恩ジンだから。ボクは、アルスを助けたかった。ラウルを助けて欲しい、は、その次の願いだった」


 念じた言葉をもう一度、今度はきちんと言葉にして伝えた。アルスは大きくため息をついた。嫌な空気になろうとしていて、胸がざわついた。


「……それが、答え、だな」

「……うん、そう。答え……になってるかな?」


 俺に聞くな、と静かに返してから、ややあってそうか、とまた呟き、少し間を置いた。


「もう何年前かは覚えてねぇが、地の国の、大干魃の元凶は、あいつだ。俺が、あいつの闇を喰った」


 アルスが故郷を離れ、地界に降り立って間もない頃だったという。時折休みながら、アルスはヘイレンに過去の話を始めた。




          * * *




 闇毒に侵されたラウルは、地の国の地面を揺らし、枯らし、植物を殺し、ヒトビトを苦しめていた。


 アルスは地界へ降り立ったものの、行くあてもなく彷徨っていた。小さな集落は崩壊、ヒトひとり会わない。酷い有り様に、地界とはこんなにも過酷なのかと愕然としていた。


 地盤沈下でできたものか元々なのかわからない地形を歩き続けていると、初めてヒトと出会った。近くの集落の住民で、もう住めないから避難するんだと震えながら言っていた。


「あんたも逃げなよ。もうこの世界は終わりだ」

「どういうことだ?」

「なんだ、あんた知らないのか?地の賢者が蒼き沼に落ちたんだ。それで、毒を喰らってこの有り様だ」

「……蒼き沼?」

「あんた、何も知らないのか?……この辺のもんじゃねぇのか?」


 ヒトは急に慄きだして後退った。


「と、とにかく、い、命が欲しけりゃ逃げるんだな!」


 足をもつれさせながらヒトはなぜか来た道を引き返していった。


 地の賢者、蒼き沼。さっぱりわからないまま途方に暮れていると、どこからか青い光玉が現れた。それはアルスをある場所へと誘った。そこは澱んだ空気、瘴気を吐き出す水溜まり……もとい、沼だった。


 これが蒼き沼ってやつか?とまじまじと観察していると、そばを漂っていた光玉が点滅した。直後、悍ましい魔力を感じて構えた。光玉はすっと引き寄せられて、その先の()()に溶け込んでいった。


 5馬身程離れた位置に佇んでいたのは、腰まで伸びた明るめのベージュの髪、煤けたシャツとズボンに紺色っぽいコートを羽織り、手には弓を持っていた。


 そいつと目が合った。双眸は赤色に染まっている。こいつが地の賢者で、大干魃の元凶だと直感した。


 手に持っていた矢を番え、弓をゆっくり引く。(やじり)はアルスの胸を狙っていた。


 矢が放たれる。反射的にそれを掴んだ。矢を掴んだ手から赤いものが滴る。それを見た相手は「ぐう」と唸りながら近くにあった石を持つなり矢に変えて素早く番え、放った。


 横跳びで避けたが、矢はアルスの左腕を掠めていった。掴んでいた矢を持ち直し、次々と飛んでくる矢を避けながら接近した。


 アルスが投げた矢と、ラウルが放った矢が宙でぶっかった瞬間、アルスは右手をかざして魔法を放った。黒い鎖を模したものはラウルの四肢と胴と首を縛り、きつく締め上げた。


「がぁあうぅああ!!」


 その叫びは獣のようだった。手に持っていた弓は、地に落ちる寸前に光って消えた。大の字にさせて宙に浮かせる。左手もかざして黒い鎖を()()()()()


「ぐうう!ぬうう!!」


 必死に動かそうとしているが、鎖は既にラウルの身体の内部をも拘束していた。左手をギュッと握ると、バキッ、ブチっと骨の折れる音や肉の切れる音が響いた。


「んあっ……」


 ラウルは目と口を開けた。もはや抵抗はできないと悟ったようだ。アルスは鎖を手繰り寄せ、ラウルの胸ぐらを掴んだ。赤い双眸は潤んでいる。アルスを見ているようで、見えていないようだった。


 鎖を通じて、アルスはラウルを蝕む『闇』の量を把握する。蒼き沼の毒は全身にまわり、ラウルの自我を失わせていた。この闇は深く、そして濃い。なぜ取り込んだのかは今は置いておこう。


 アルスは右眼を光らせた。ラウルはビクッと大きく痙攣し、そして硬直した。右手を彼の心の臓に当てると、力を込めた。がくん!と海老反りになる。


「ああああああああああ!」


 ラウルの悲鳴が耳に刺さるも、アルスは己の身体に流れてくる闇に浸った。恨み、悲しみ、自暴自棄……怒りの要素が無い。


 こいつ、自害しようとしていたのか?


 ……やがて真っ黒だった闇の色が薄まり、瑠璃色の光が見え隠れしだした。この光が何なのか、この時アルスはわかなかったが、この光を失った時こそが、こいつの『死』なのだろう、と何となく思っていた。


 闇を取り込めば、生命力を高め、受けた傷は癒えるものの、起きていられない程の苦痛を味わう羽目になる。矛盾した黒魔術だから極力使いたくないのだが、使わなければ自分が死ぬ。そんな状況下だと確信したから、使った。


 そして、すべての闇を取り込んだ時、ラウルはようやく脱力した。アルスは拘束を解いてラウルを担ぎ上げた。蒼き沼から離れ、瘴気の影響がない場所までひたすら歩いた。


 取り込んだ反動は非常に大きく、一歩踏み出すたびに激痛が全身を駆け巡っていた。歯を食いしばり、汗だくになりながら歩き続けていると、雨風が凌そうな洞窟が見えた。


 奥に何か潜んでいるかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。洞窟に入り、少しして広い空間に出た。壁には消えた松明がかけられている。本当に誰かの住処かもしれないも思いつつ、アルスは松明に火を灯した。暖かな光は、足元に寝藁があることを伝えた。ひとまずそこにラウルを横たわらせて、自分も横になった。


 どれくらい経ったのか、苦痛がやわらいだのでアルスはゆっくり起き上がった。ラウルは目覚めていない。さて、これからどうすればいいかと考え始めた時、ガサっと音がした。


 洞窟の出入口側から、ヒトが入ってきていた。ヒトというよりはどこか獣っぽい。半獣だろうか。言葉が通じるか不安になるも、それはすぐに消し飛んだ。


「あんたか、ラウルの闇を取ったのは」

「……こいつ、ラウルっていうのか」

「え、初対面なの?」

「……ああ」


 ほほう、と半獣らしきヒトは立派な顎髭をいじった。その手はゴツゴツとしていたが、ヒトのそれだった。


「その……勝手に入ってすまない」

「かまわんよ。大変だったでしょ?」


 半獣らしきヒトは被っていたフードを外した。折りたたまれていた大きな竜の耳がぼんと横に広がった。半獣ではなく、半竜族だった。


「耳だけはどうにもならんくてな。ここを出る時はフードをかぶっていないとバレちゃうんだよね。あ、半竜族と出会ったことは内緒にしといてね。狩られちゃうから」

「……言う相手がいねぇから、安心しろ」


 そっかそっかと半竜族は笑った。


「ところであんた……闇を抜き取る術を持っているってこたぁ『黒の一族』なのか?いや、まさかね……」


 なぜ抜き取ったとバレているのか。内心やや焦るも、その言い方が気になった。


「なんだその『黒の一族』って?」

「その昔、ヒトビトの心に潜む闇を抜き取って生命の糧としていた魔族がいたってね。その魔族をそう呼んでいた。もう滅びたと云われているけど」

「……滅びたのか」

「一説では天空界へ還ったともあるけど、地界の民はその説を信じず『滅びた』説を信じているよ。まあ、闇の種族は敵なる存在だからね」


 アルスは少し警戒したが、相手は攻撃するようなヒトではなさそうに思えた。なんなら相手も『狩られる側』だから、下手なことはできないか……?


「天空界へ還った説のほうが正しかったか。あんた、片眼が赤いよな。オッドアイであることが『黒の一族』の特徴なんだよ」


 松明の灯りはそう明るくないはずなのに、オッドアイであることを見抜いていた。アルスは驚愕し、より警戒した。


「そんな構えんで。何もしないから。口外もしないよ。約束する」


 半竜族は「よっこいしょ」と言いながら傍らに座ってあぐらをかいた。意外と小柄だったことに気づいたせいか、警戒心が緩んだ。


「んで、ラウルを救ってくれて、ありがとね。地の国が滅びたら、地界全体が滅びていくところだったよ。それにしてもすごいものを見たよ。枯れ果てて割れまくってた大地が、一気に元通りになっていってね。草花まで生えてきてみんな驚いていたよ」


 ラウルというジンブツはどれだけ影響力があるのかと、戦慄を覚えた。


「ラウルが元凶だと知っているヒトはそんなにいない。だからみんな混乱しちゃったんだけどね。あんたはどうやってラウルを見つけたの?」

「……青い光玉」

「ほう!精霊様が、あんたを!ええ、光を見たの!?」


 そんなに驚くほどなのか?と首を少し傾げながら、アルスは「ああ」と答えた。どうやらあの光は精霊で、それは普通見えるものではないらしい。驚くのも納得がいった。


「精霊様があんたに助けを求めたんやね。あんたの持つ力を見抜いとったんかな。いやはや何はともあれ、地界は息を吹き返した。あんたには感謝しなくちゃね……。あんた、って呼び方は失礼だな。名を教えてくれんか?」


 アルスは言い渋った。闇の種族と仲良くなるのは相手にとって良くない。厄を移してしまう。そう言って一度は断ったのだが、相手は食い下がってきた。


「厄なんざ気の持ちようでしょ。ここで知り合う前から僕は常に命を狙われる立場だし、今更厄なんて気にもしないよ」

「……あんた呼ばわりで気にするようなタチじゃねぇから」

「んむぅ……そうか」


 ようやく諦めてくれたところで、寝藁が小さく音を立てた。半竜族は四つん這いで近づいていって、ラウルのそばに座った。ラウルはゆっくり目を開けた。


「おはようラウル」


 半竜族が優しく声をかけると、ラウルの目が丸くなった。


「……え」

「僕の家。この兄ちゃんがあんたを助けたんだよ」


 ラウルは黙ってアルスに視線を移した。その眼は美しい瑠璃色だった。本来の色であると確認できたので、アルスはここを出ようと立ちかけた。


「どこ行くの?ラウル置いてかれても困るんだけど」


 確かにそうかと思う反面、アルスもどうすればいいのかわからなくて困惑していた。


「……ねえラウル、君はどうしたい?ていうか、これからどうする?家どこだっけ?」


 ラウルは起きあがろうとして、顔を歪めて力を抜いた。闇の鎖で縛り上げた際の、身体の内部を損傷させていたからだ。早々癒えるものではない。


 仰向けのまま、一点を見つめている。一度自我を失ったモノは魔物と同じだと認識していた。言葉は出ず、ヒトの言葉も理解できなくなっている、はずだった。


「……いえ……ない。帰る場所……ないよ」


 か細い声だったが、ちゃんと喋った。アルスの中の常識が崩れた瞬間だった。同時に、ラウルの状態に興味が湧いた。


「俺は……どうして?何が……あったんだっけ。俺は……何を……したんだ?」


 ラウルは混乱してる様子だった。アルスはラウルを侵していた闇毒と一緒に、彼の記憶もあらかた抜き取っていた。闇の記憶は、持っていても苦痛になる上に、同じ過ちを犯してしまうから。


「ああ……俺は……矢を放ったような……あなたに」


 ラウルは首を動かしアルスを見つめながら呟いた。


「どうして俺は……」

「闇の種族だからじゃねえか?突発的に攻撃するって普通だろ、戦士なら」


 そうなのか?とラウルは小さく呟く。


「そういうわけで、俺はここを出る。本能でまた矢を射られるのはごめんだからな。すまない、やっぱりこいつを置いていく」

「えっ……あっ」


 慌てふためく半竜族と、茫然とするラウルを背に、アルスはそそくさと洞窟を抜け出した。




          * * *




「アルスがラウルを助けたから、地の国も元に戻った……って事実を知っているヒトは、その半竜族だけだったんだ……」

「そいつが言いふらしてなければ、な。……この話を誰かにしたのは、ヘイレンが初めてだ」

「そうなの!?シェラも知らないんだ?」

「ああ。……この話はここだけにしてくれ。地界の民の記憶は、よくわからないまま終わった、でいい。闇の種族が絡んでる、と知られたら、俺がこの地で、生きていけない」


 そんな大袈裟なとヘイレンは言いかけたが、やめた。先ほどのアルスの話にもあったが、ヒトビトは闇の種族を嫌う傾向にある。いつかシェラが言っていたのを思い出したこともあって、口を閉じたのだった。


 話がひと段落した時、部屋が少しだけ揺れた。ヘイレンの鼓動が早くなる。小さくて一瞬だったが、とても嫌な予感がした。


「……破られるぞ」


 アルスが警鐘を鳴らした。


「鎖で縛って凍らせてるのに?」

「相手はコア族だろ。そんな状態でも、あいつは氷の中で生き続けてる。魔力を、封じていなかっただろ?」

「水の結界を張ったって……」

「その結界は、動きを止めただけだろ。魔封じを兼ねていないから、地震が起きてる」


 なんだって、とヘイレンは青ざめた。


「じっくりと、力を溜め込んで、一気に突破しようと、してるのが、いまっ……」


 アルスが突如咳き込んだ。寝返りをうって背を向けたので、ヘイレンは慌てて通信機に手を伸ばして助けを求めた。それから背中を摩って落ち着かせようとしたが、ごふっと変な音がして、それから枕元が赤く染まった。


「アルス!?」


 咄嗟に首元に手をやって、魔力を加えた。ウィージャが飛んできた頃には咳は落ち着いていたが、アルスの意識は遠のいてしまっていた。

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