幕間-4
ラウルがまた、あの時のように闇に囚われた。
あの闇毒を吸い上げたら、聖なる鞭で傷ついた身体も綺麗になるだろう。
しかしそれはもう、叶わぬことだと思っていた。
俺は今、おそらく生と死の狭間にいる。限りなく死に近い狭間に。
少し離れたところに、黒いローブを纏い、フードを深く被ったジンブツが、鎖を持って立っている。鎖はずっと伝っていくと、俺の首輪に繋がっている。
ジンセイが終わるという事だなと悟ったところだ。
闇の種族は、生きる価値のない、排除される存在。俺はそれを受け入れようとしていた。
俺が一歩、鎖を持ったジンブツに近づけば、たちまち連れていかれる。『霊界』というところに逝くのだろうか。俺であるという意識が無くなり、何も感じなくなる気もする。
ヒトが死ぬ時、ヒトはどうなるのだろう。
あっちの世界へ逝く瞬間が、もう迫ってきていた。
が。
一歩踏み出そうとした足が上がらない。地面に溶接されたように動かない。
受け入れようとしたはずなのに、どこかそれを恐れている自分に気がつく。
俺は、死ぬ。死ぬしかない怪我を負ったんだ。
そう言い聞かせても、やはり動かない。
相反する思いが、己の心の臓を痛くする。思わず胸に手を当てる。
鼓動を感じた。……なんだって?
胸から手が離せなかった。どくん、どくんと、一定のリズムで鼓動が響く。ここにいてなぜ心の臓が動いているのか?
俺は……生きているのか?
前にいたはずのジンブツが消えた。周りが真っ暗になった。何も見えない。鼓動の音がとても大きく響く。くっと後ろから鎖を引っ張られたのか、宙吊りになる。首が締まって苦しくなるはずなのに、感じない。
手の力が抜けた。まさしく首吊り状態だ。死ぬ時はこういう感じなのかと妙に納得していた時、耳元で声がした。
『たす……けて』
澄んだ声。しかし、振り向こうにも首が吊られているので動けない。声も出ない。目だけ横に動かすしかなかった。
『聖水では……蒼き沼の……闇毒は……ダメだった』
声は段々と聞き覚えのあるものへと変わっていく。
『あの時のように……もう一度……闇を……吸い上げて……欲しい』
ぼんやりと、瑠璃色の光が目の前に現れた。
『我が主……貴方に救われた記憶……無いけれど……我は……思い出した。アーデルの血を引く……黒の一族……どうか……』
地の精霊は光を伸ばすと、俺の首元を包んだ。
『我が主を……火の国を……地界を……助けて……ください』
ぴしっ、とひび割れる音がした。首輪に亀裂が入ったようだ。瑠璃の光玉をじっと見つめながら、俺は声を出してみた。
「なんで……俺なんだ……」
カスカスだったが、とりあえず出た。
「なんで……死のうとしてる俺に言う?その一族なら……シェイドとキルスがいる。そいつらに頼めよ……」
ボロボロの身体で、意識も現実世界に無い俺に、生き返る術など無いし気力も無い。このまま吊り上げられてさよならだ。……たぶん。
『大切な……仲間を……失いたくない』
声が変わった。しかもそれは、目の前の精霊ではなく、背後から聞こえた。また後ろかよ、と少しうんざりする。今度は誰だ?なぜ死なせてくれない?
『だって……ボクを助けてくれた、大事なヒトだもん』
ボク、と言う、俺が助けたジンブツ……。
『シェイドさんがオーブを持ってきてくれた。それをシェキルさんがアルスに入れ込んだ。ボクも自分の力で傷を治した。ミスティアも、ウィージャ先生も、みんな……アルスの命を救いたかった。みんな、アルスを失いたくなかった。だから……』
精霊の光に照らされて、金髪の青年が、首輪を両手で掴んでいた。金色の眼差しは、俺の心の臓をどくんと大きく震わせた。
刹那、ばきん!と首輪が割れた。




