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第4章-4

 港町ポルテニエから少し離れた海岸にシーナを着地させると、「またあとでね」と鼻筋を撫でて別れた。アグニスの水瓶があるポセイルへは、ポルテニエから出ている潜水艇でしか移動手段がない。


 水の国ウォーティスの首都でもあるそこは、『水界』と呼ばれる海底にある。大きな泡で覆われた海底都市は、地の国の首都ダーラムよりも大きい。


 フレイは着地する前から海岸が干上がっている状態を見ていたので、潜水艇も使えていないのでは?と懸念していた。漁船は打ち上がって傾いていて、漁師たちは小さな船を数ニンで沖まで運んで、どうにか漁を続けているようだった。


「ああ、やっぱりね……」


 潜水艇の船着場も、案の定干上がっていた。しかし船は1隻も見当たらない。全部ポセイルにいるのだろうか。他に方法はあるかと考えてみる。水の魔導士に長く潜れる魔法をかけてもらう?セイレーン族を探して懇願する?それとも……。


「うーん、ダメもとで魔導士に聞いてみるかなぁ」


 とは言っても、フレイに水の魔導士の知り合いはいない。ああ、召喚士ならレムレスがいたわ。でもあのヒトは今、火の国の最南端にある小さな村フラメアの復興に勤しんでいるはず。魔物の強襲で村は破壊され、住民も殆ど亡くなってしまったけれど、残されたヒトたちが村を復活させたいと言って、少しずつ蘇ろうとしている。そこに彼もサポートに加わっているのよね……。


 ……もう一度ホーリアから聖水を持ちださなければならないのかしら。


 途方に暮れていると、どうしたの?と声をかけられた。振り返ると、ふくよかな女性と、彼女の子供たちが立っていた。


「あ、フレイおねーちゃんだった!」


 子供たちが全く同じタイミングでそう叫び、フレイはちょっとびっくりした。容姿が瓜二つだが微妙に左右の眼の色が違うので、そこで見分けている。


「もしかして、潜水艇使いたかったの?」


 彼女は凛とした表情で問うてきた子は、左眼が濃いルーアだ。フレイは少し屈んで子供たちと視線を合わせた。


「そうなの。ポセイルに向かいたかったんだけど、この状態じゃ船も着かないよね……」

「沖まで出れば乗れるかも!なんか『きんきゅーていせんじょう』ってところを、パパたちが作ったんだって!」


 元気に教えてくれたのはルーエ。右眼が濃いのと、ルーアより活発だ。


「うちの夫に緊急停船場まで船を出してもらえるか聞いてあげるわ。うちへいらっしゃい」

「……え、いいんですか!?」


 困った時はお互い様よ、と子供たちの母エレナは笑顔を見せた。






「船に乗せるのはかまわねえけど、今日は無理だ」


 エレナの夫で漁師のフィエドは、申し訳なさそうに言った。沖は大しけらしく、小さな船では転覆してしまうおそれがあるという。そうですか、とフレイは落胆するも、いや待てよと漁師は、魚籠(びく)を修理していた手を止めた。


「おまえさん、飛竜で行けるんじゃねえか?」

「……あ、それは確かに。でも、飛竜の翼の風圧に耐えられるのでしょうか?」

「大しけでもぶっ壊れてないから、大丈夫だ!たぶんな!」


 がはは、とフィエドは豪快に笑う。浮島で騎乗したように、長い尾を下げてもらって停船場に降りる。それならいけるかもしれないと、フレイは小さく頷いた。


「でもな、行くならちと気をつけたほうがいい。波もそうなんだが、ここ最近でけぇ魔物がうろついててな……前もイカかタコかわかんねぇ魔物に港が襲われたんだが、その時は救世主がいたからなんとかなったんだ……」


 姿は見えないが、夜中に波の音に混じって呻き声が聞こえてくるらしい。港から沖まで結構離れているはずなのに、それが聞こえてくるとは何とも恐ろしく大きな魔物なのだろうか。


「レヴィアサンだったらまあ、海の神様の化身だし港を守ってくれてんのかなと思いたいところなんだがな。魔物だったら引き返しなよ?いくら腕っぷしの良い竜騎士でも、ひとりでは無理な相手かもしんねぇからな」


 フレイは浮島にレントを置いてきてしまったことを、今更ながらに後悔した。モントレアへ一緒に帰っていれば、そして一緒にここへ来ていれば。万が一魔物にでくわしても、レントという強い味方がいたのに。


「ここから北上していったら見えてくる。潜水艇が停まっていたらわかりやすいけどな……。ああ、船が無かった場合も引き返しなよ」


 フィエドの言葉に、わかりました、とフレイは頷いた。






 そうしてシーナと共に停船場へ向かったのだが、波に飲まれて降りるに降りられなかった。頑丈な造りなのか壊れてはいないし、魔物の気配も今のところない。そして潜水艇の姿はもちろん、ない。


「戻ろうか、シーナ」


 飛竜はポルテニエへ戻ろうとしたが、グルルと喉を鳴らしてフレイに知らせた。と、停船場の中央付近に、淡い光が現れていた。目を凝らしてみると、白い衣を纏った銀髪の女性が、自身を泡で包んで佇んでいた。魚のヒレのような耳を認めて、フレイは彼女がセイレーン族であると気づいた。


 シーナの鳴き声に反応し、セイレーン族は見上げた。ふわりと浮遊すると、飛竜と同じ高さまでやってきた。怯える相棒を、大丈夫よと宥める。


『迷える竜騎士……こんな荒れた海の上まで……貴方は何処へ向かいたいのでしょう?』


 美しい声が不思議と耳にしっかり届いてくる。フレイは声を張って返した。


「ポセイルに向かいたいの!アグニスの聖水が必要で……あのヒトを……闇毒に侵されたラウルを助けないと、地界が壊滅しちゃう!」


 すると、セイレーン族は片手を伸ばした。


『では私がお連れしましょう。申し訳ありませんが、飛竜は安全な場所で待っていただくようご指示ください』


 フレイはシーナに思念を送った。シーナか御意と喉を鳴らすと、フレイは背の上に立った。セイレーン族と少し距離があったので、ちょっとだけ飛竜の上で助走をつけて跳んだ。


 泡に触れたが壊れることはなく、するっと入った。セイレーン族の手を掴むと、彼女もしっかりと掴み返した。ぐいっと引き寄せられると、ゆっくりとシーナから離れていった。


 荒波に飲まれると、海の中へ引きずり込まれるように沈んだ。ごおー、ドボドボと凄い音がするも、泡は全く破れる気配はない。きっとこの泡は彼女の魔法だろう。


 やがて、音もおさまってきて、静かになった。互いにそっと手を離すと、セイレーン族は微笑した。その美しさに見惚れてしまう。


『アグニスの聖水は聖なる国ホーリアにもございますが、どうしてポセイルへ?』


 そう問われたので、フレイは聖なる国で起きていることを話した。セイレーン族はそうでしたか、と憂いた。


『大変な思いをされたのですね。貴方が無事でよかった』

「ホーリアの内紛もどうにかしたいところですけどね……。ラウルが宿す精霊様が助けを求めてきたので、こちらもなんとかしなくちゃと思いまして……」

『ラウル……地の賢者ですね。ポルテニエとその港に干魃を起こし、どこかへ行ってしまった、とニクセが仰っていました。ああ、ニクセはマーメイド族の長の妻で、私の親友です』


 このセイレーン族、やけに詳しい。まるで全てを見てきているかのように。


『ラウルが起こした干魃は、過去にもあったことをご存知ですか?地の国が滅びる寸前になってしまったのですが……』

「……はい。街のヒトたちが、火の国に避難してきたのを覚えています」


 フレイは当時、シノの里で走り回っていた。避難してくるヒトビトの仮住まいの場所を案内したり、カヤの作る料理を手伝ったり。不器用ながらも必死に取り組んでいた記憶だ。この頃はまだ竜騎士の修行を始めておらず、ラウルというジンブツも知らなかった。


『あの時もラウルは闇毒に侵されておりましたが、突然災は止まり、大地が元に戻っていったそうです。何が起こったのか、誰も知りません』


 そうだった、とフレイも思い出して頷く。あの厄災でたくさんの騎士や地の民が亡くなったが、実は元凶が何だったのかは知られていない。フレイでさえ、今の話でラウルだったのだと知った程だ。


『ラウルが元凶であったことは、近い将来知らされることになるでしょう。地の国の民は彼を恨み、封印を解くなとの声が上がるかもしれませんね』


 そんな中でフレイが封印を解いてしまったら……。アグニスの聖水を飲ませることができればいいのだが、それができずに暴走させてしまったら……。怒り、恨みの矛先がフレイにも確実に、くる。


 ……失敗したら、私も地界で生きていけない。


「私……大変なことをしようとしているかもしれないんですね」


 それでも引き返すつもりはない。聖水でラウルを救う。ホーリアでの危険な任務も、精霊の導きでうまくいったのだから、きっと大丈夫。


『まもなく着きます。門を開けてもらいましょう』


 ふたりを包んだ泡は、海底まで進み、大きな青い重厚そうな門の前でぱちんと弾け消えた。溺れるのではと恐れたが、普通に呼吸ができていた。


『水界は、道を外れない限り溺れることはありません。潜水艇は門の先の、都市の一角にある港まで行きますものね。門の前に立つことは滅多にないでしょう』


 ポセイルを訪れるのもいつ以来なのか覚えていない。初めてぐらいの感覚で、門に近づくと、ヒレを持つ半魚ジンの門番が立っていた。


「これはこれは!イスカ様、如何いたしました?」


 ようやくこのセイレーン族の名を知った。……イスカ、様。彼女は何者なのかしら?


『彼女をアグニスの水瓶まで案内したいの。門を開けてもらえないかしら?』


 門番はフレイを一瞥すると、かしこまりましたと一礼した。門を向き、槍を持つ手を上げると、門は青く光り、泡となって消えた!


「開けるって……こんな形もあるんだ……」


 ぽかんとしていると、門番に「さあどうぞ」と促された。先に進むイスカを慌てて追った。門があったところを通り過ぎると、ぼわんと泡が吹き出る音と同時に青い門が現れた。驚きすぎて言葉が出ない。


『ようこそポセイルへ。さあ、こちらへ。城下町を抜けて、マリス城の庭園に水瓶は安置されています。事情を話せば、道は開かれましょう』


 イスカに導かれるままに城下町を歩く。半魚ジンやマーメイド族、セイレーン族で溢れている。ポルテニエとの連絡船はあるものの、ここの住民は『ヒト』を見ることはあまりないらしい。すれ違いさまに目で追われるのが少し気まずいが、たまに「こんにちは」とか「ようこそ」とか声をかけてくれるヒトもいて、少しずつ緊張もほぐれていった。


 やがて、マリス城を囲む城壁の門に着いた。ポセイルの入口の門と同じ姿をしていた。門番はやはり半魚ジンだった。今度はフレイが事情を話す。門番は了承して門を消し開けた。


「直接庭園に行ける裏道がございますので、そちらをお通りください。国王様へは私が報告しておきます」


 フレイは丁寧にお礼を言うと、イスカと裏道を使って庭園に向かった。城の周りは珊瑚や海藻などで彩られ、小魚が見え隠れしていた。小さな花も多く植えられており、海底であると忘れてしまいそうな光景だった。


「うわぁ……綺麗」


 着いた庭園は、色とりどりの花が敷き詰められていた。その中央のガゼボの中に、水瓶が鎮座していた。目の前まで行くと、ホーリアと同じく竜の像が水瓶を守っていた。「おすわり」をしていて、水瓶を見下ろしているような姿だった。


 その竜の目が青く光った。途端、一瞬頭痛がした。反射的にこめかみを押さえると、徐々に『声』が聞こえてきた。


 今度は、何のためでしょう?


 フレイはハッとした。ホーリアの水瓶を守る竜の声だった。場所が変わっても、この竜の守るものは変わらないということか。


「ラウルを……闇毒に侵された地の賢者を救うためです。彼は今、暴走を止めるために封印されています。この聖水を飲ませれば解毒されると、地の精霊が仰っていました。ここにも聖水があると教えてくださいました」


 突然水瓶に向かって話し出したフレイだったが、イスカは驚く様子を見せず、じっとその行く末を見守っていた。


 聖水では……その賢者を救うことは叶いません。


「えっ……!?」


 ここまで来てまさか手段を消されるとは。どうしてですかと問いかけると、少しばかり間を置かれた。


 魔物が生み出す闇毒であれば、聖水で解毒可能です。しかし、賢者が取り込んだそれは、蒼き沼のものでしょう。コア族のみが取り込める、自死の為の毒。故に、(コア)を破壊するか闇毒を抜く黒魔術でなければなりません。


 フレイは、ラウルを屠るしか方法がないのだ、と絶望した。膝の力が抜けてくず折れると、自然と涙がこぼれ落ちた。


 そんな……どうして……ラウルは……こんなことを。


 イスカがフレイの肩に手を添えた。振り向くと、彼女はそっとフレイを抱きしめた。


「ラウルのことは、ほかのヒトに託したほうがよろしいかと。貴方には荷が重すぎます。親しいヒトに手をかけるなど、本来はあってはならないことでしょうから」


 誰がその役目を担うのか。レント?それとも……?


 もう考えるだけ心が辛くなると感じ、フレイは諦めた。イスカが抱擁を解いたので、涙を拭いてゆっくり立ち上がった。そして、竜を見ながらお礼を述べた。


「教えてくださりありがとうございました。私は……ホーリアヘ戻ります。……イルムを守るために」


 その前にレントと合流して、この件を報告したほうがいいか。そんなことを思いつつフレイは一礼した。






「案内ありがとうございました……イスカ様」


 門番を始め皆と同じ呼び方をすると、イスカはふふっと小さく笑った。


『様、は無しでよろしくてよ。貴方は私の友ジンでありたいから』

「え……で、でも、皆さんそう呼んでいらっしゃったから、王族関係なのかと……」

『……それはそう……ですね。でも、貴方はホーリア王をイルムと呼んでいらっしゃったでしょう?』

「あっ!」


 うっかりしていた。赤面するフレイに対し、イスカはまた小さく笑う。


『とても仲の良い関係で、イルム様も貴方にはかしこまった呼び方を控えさせた……そんな感じかしら?それが少し羨ましく感じて。だから、私もイスカと呼んでくださらない?』


 そうすることで、うんと距離を縮められる。イスカはそう願っていたのだった。フレイは戸惑ったが、セイレーン族の柔らかな笑顔を見ると、イスカと呼ばなきゃいけないという、変な使命感に駆られた。


 じゃあ私もフレイと呼んでくださいね、と少しぎこちない笑顔を作ると、イスカは「はい!」と笑顔を弾けさせた。


 用事が思わぬ形で済んでしまったので、ポルテニエに戻りたいとイスカに伝えると、もう少し付き合って欲しいと言われたので、フレイは首を傾げながら承諾した。


『ホーリアのことが心配です。貴方が見たもの、聞いたものを、アスール様にお伝え願えますか?もしかしたら、内紛を抑える手助けが出来るかもしれない』

「それは……私も含めて、外野が首を突っ込む事ではないのではと思います。仮にホーリアヘ騎士を派遣なさって、殲滅派を抑えたとしても、殲滅派はきっとまた湧いてくる。そうなると今度はポセイルが巻き込まれるかもしれません。私はそれが怖いのです」


 とは言うものの、ホーリア内で解決できるような状況ではなくなってきているのも事実だ。イルムは対話を希望しているが、相手はそのつもりが無さそうだと勝手に判断していた。


『それでも……王に、お話願いたいのです』


 食い下がるイスカに、フレイはまた戸惑う。そうこうしているうちに王宮に入り、王室の前に立っていた。


 フレイは不思議な感覚になった。王宮の出入口の扉は覚えているけれど、そこから廊下なり階段なり歩いた記憶がない。瞬間移動したかのように、いつの間にか王室の前にいたのだ。戸惑いから動揺へと心が移り変わる。


 心の準備もできぬまま、目の前の扉は静かに開き、フレイとイスカを招き入れた。レッドカーペットの伸びる先に、水の国ウォーティスの王アスールが立っていた。膝裏まで伸びた紺色の髪に端正な顔立ち、背丈も相まってどことなくイルムに雰囲気の似た王だった。


「お初にお目にかかります。火の国ファイストの、名はフレイと申します」


 最敬礼をして頭を上げた時、フレイは違和感を覚えた。藤色の双眸は一点を見つめたままで、フレイを見ていないように思えた。


「ようこそポセイルへ。……ほう、貴方は竜騎士ですね。赤褐色の飛竜を従えていらっしゃる」


 何も話していないのに見抜かれて、目を剥くしかなかった。これは失礼、と王は陳謝した。


「貴方が持つ魔力や『気』から、貴方がどんなジンブツかを把握してました。……私は世界が見えないので」


 違和感の原因がはっきりした。この王は盲目だったのだ。しかし、補助がいるわけでもなければ杖も持っていない。普段の生活はどうしているのだろうか。


「昔は見えていたんですよ。とある戦いで目を負傷してしまいまして。より近くで見ればその跡がわかります」


 近くまでどうぞ、と促されてしまったので、恐るおそる眼を見させてもらう。藤色の美しい眼に、うっすらと横線が両目に引かれていた。


 刹那、どくんと心の臓が大きく鳴った。単純に王の容姿に惚れた……というわけではなく、()()()を感じたのだ。


 そうか、貴方は……ホーリアの王族でしたか。しかしなぜ火の国なのかは問いません。貴方はこれからも、我々と同じ種族であることを隠し通してください。辛く苦しい時もあるかもしれませんが……。


 心に、脳内に響く、王の心の声。フレイはゆっくり瞬きをして、数歩下がった。


 3呼吸ほど置いて、アスールは口を開いた。


「さてフレイ殿、聖なる国で内紛が起きていると小耳に挟んだのですが、イルムはご無事なのでしょうか?貴方が知っていることを、私にも共有願えますか?」


 決して命令ではないニュアンスだったが、フレイは言わざるを得ないと思い、しっかりと伝えた。


「……私が伝えたことで、この国にも飛び火したら大変なことになるかと、危惧しております」

「慎重になる、不安になるのも当然ですよね。しかしながら、殲滅派の筆頭であるハヌスとは親しくしていたので、イルムに反旗を翻す行為をしたことに、私は驚いています」

「イルム……様も戸惑っておられました。ハヌス様は、地界で闇の種族を捕えて酷く痛めつけたとか……」


 ハヌスに「様」をつけて呼ぶのが嫌になる。大臣を更迭され罪ニンとして投獄されているから、かしこまった呼び方をしなくても許されそうだが、アスール王と親しい間柄と知るとそれも躊躇してしまう。


「私がハヌスと直接話し合ってみましょうか?イルム殿に殺意を抱いているかもしれないのなら、第三者が仲介したほうが良いと思うのです」

「それは……!アスール様が危険です!」


 つい「誰かが割って入るなら私がやるわ!」と言いそうになる。


「イルムとハヌスの両者をよく知るジンブツこそが、その役割を担えるのではと思ったのですが。もちろん単独では行きません、きちんと守りを固めて臨みますよ」


 ああ、完全に心を読まれているわ、とフレイは悟った。王に楯突こうなんて私……最低じゃない。


「……そこで、フレイ殿に、ここからホーリアまでの往復を護衛していただきたいのですが、どうでしょう?」


 王に気遣われたように感じたが、ややあってフレイは務めさせていただきますと了承した。


「ありがとう。善は急げです、後ほどポルテニエの神殿で再会しましょう。……イスカ、フレイ殿を」


 承知しました、とイスカは静かに述べると、フレイを連れて王室を後にした。


『ありがとうございました。アスール様、ここ数日心配なさっておりまして、イルム様との思念送りも途絶えていたそうです』


 半竜族同士だと思念送りが容易なのだなと、フレイはこっそり学ぶ。


 階段の手前で、ヒトがすっぽり入りそうな泡が、淡く光を放って浮遊していた。ポルテニエの神殿裏に繋がっているとイスカは言った。


『到着すれば、泡が弾けます。それまでは何も見えなくて退屈かもしれませんが……』


 王宮の出入口から王室までも、この泡にいつの間にか入っていたのだろうか?と思いつつ、フレイはイスカにお礼を述べた。


「いろいろとありがとうございました。アスール様はしっかりと護衛致します。……何があっても」

『無事に戻って来られることを、ここで祈っています』


 イスカの微笑みに、フレイは勇気をもらった気がした。同じように微笑んで、そっと泡に包まれに行った。


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