第4章-3
アルティアは、聖なる国ホーリア周辺に浮かぶ『浮島』に着地した。フレイとレントを降ろすと、翼の力を抜いた。全力疾走してきたので、付け根が痛い。
不意に、もふもふの胸元にフレイが顔を埋めてきた。ぎゅっと抱きしめられて、思わず身体がビクッと震える。
「……ありがとう。……ホントに……ありがとう」
フレイの身体も声も震えている。鼻を啜る音がした。アルティアは耳の力を抜いてゆっくり顔を下げ、彼女の背中を顎で摩った。
アルティアはフレイが炎に向かって何かを投げる瞬間からしか見ていないのだが、成し遂げるまでどれほどの恐怖と不安だったのかは、彼女の震えから何となく感じていた。
しばらくして、レントが戻ってきた。アルティアから降りた後、浮島を探索してくると行って離れていた。
「それなりにデカい浮島だからだろうな、集落の跡があった。そこで休もう」
フレイはゆっくり振り返ると、レントについて行こうとした。が、足元がおぼつかず、躓いて転びそうになったのを、アルティアが咄嗟に身体で支えた。キケンなニンムを成し遂げて緊張の糸が切れ、一気に疲労が押し寄せてきたのだろう。背中に乗せようにもそんな力も無さそうだ。ハヌスのように放り投げて……なんてことはできない。
すると、レントがフレイをひょいと抱き上げた。「オヒメサマダッコ」とかいうやつだ。街の子供たちがそんな言葉を使っていたっけな。レントのような背が高くてカッコイイ兄ちゃんに抱っこされたら、そりゃ照れるよな……と、アルティアはフレイを見つめながら思う。
「なに見惚れてんだ、置いて行くぞ」
レントはどこかつれない態度でさっさと集落跡へ行こうとした。アルティアは鼻を鳴らして顔をぶんぶん振ってから、レントの後を追った。
集落跡は意外と広かった。半壊した家はざっと数えても20くらいはある。ほとんどが木製なのだが、ひとつだけ石造りでやたらとデカい建物跡があったので、アルティアたちはそこで休むことにした。
その家は暖炉があり、朽ちた薪が隣に並んでいた。レントはまだ使えるかと試しに暖炉に薪を入れ、自分のマホーで火をつけた。煙が漏れ出ている様子もなく、だんだんポカポカしてきた。アルティアの身体を枕代わりにしていたフレイがもそもそと動いた。……ちょっとくすぐったい。
レントは何か使えそうなものを探しに行ってしまったので、アルティアはフレイを支えつつぼんやりとしていた。
暖炉の奏でる、薪が燃えていく音が心地よい。ウトウトしていると、急に身体が軽くなった。ハッと目を開けると、フレイが這いつくばって暖炉の方へ向かっているのが見えた。
炎を見つめる後ろ姿……どことなく聖なる国ホーリアの王イルムに似ているような気がした。ふとアルティアは急に気になりだした。
「……イルム様は無事なのかな」
独り言のように呟いてみる。ややあって、フレイはため息をついて天を仰いだ。
「王宮に行く前に会ったわ。怪我もなく無事……だと思う。彼と別れる際に、別の場所に移動したほうがいいって言ってきたから」
アルティアはそっか、と言いながら頭を下げて伏せのような姿勢をとった。隙間風の、不安を煽るような唸り声がじわじわと心を侵食していく。ホーリアは一体どうなってしまうのだろうか。内紛が治まる日は来るのだろうか。
「……どうすればイルムを助けられるかしら。国内の紛争も……外野がどうこうできる範疇じゃないのはわかっているけど、いつまでも傍観者でいてはいけない気もするのよね」
フレイはフレイで思い悩んでいた。しかしなぜ、フレイはイルム『さま』と呼ばないんだ?オサナナジミってやつか?聞いてみたかったが、睡魔が襲ってきて大きく欠伸をした。レントが戻ってくるまでは起きておかないと、何かあった時に……動けない……。
「……お疲れ様。ゆっくり休んでね」
ぐったりと脱力した幻獣のそばに戻って、フレイはそっともふもふの毛を愛撫した。王宮を飛び出し、この浮島にたどり着くまで、彼は光の速さで飛行した。グリフォリルが小柄な飛竜並みの音速で飛べることは稀なので驚いたが、その疲労は相当なもののようだった。
フレイはレントが戻ってくるまで、アルティアにもたれて暖炉の火を眺めていた。ゆらゆらと踊るそれは、庭園で見た聖なる炎によく似ている。……同じ『火』だからそりゃそうか。
水差しを投げ入れるまで本当に怖かったけれど、精霊の光がフレイに勇気を与えてくれた。精霊……レントを賢者に選んだということは、これからは賢者として各地を巡って行かねばならない。召喚士の巡礼と同じような感じだ。そうなると都長はどうするのだろう?副都長が昇格するのかしら?
そんなことを考えながら、いつの間にかフレイは眠りに落ちていた。
松明が見える。都を守る、あの松明だ。
その炎は、美しい橙色だった。もう黒と紫の禍々しいものではない。きっと瘴気も晴れているはずねと、フレイは安堵する。
……レイ……フレイ。
どこからか呼び声がした。目の前の炎からではなく、違うところから聞こえたような気がして周囲を見渡すも、何も見えない。
「どこ?私を呼んだのは、誰?」
すると、また、フレイ、と呼ぶ声がした。立ち上がり目を凝らして闇を見る。
……ここ、ここ。……したを……みて。
「下……?」
視線を下げると、地面がぼんやりと淡い水色に光っていた。アグニスの聖水を守っていた竜かと一瞬思ったのだが、否と思い直す。
この声は、あの竜ではない。
「……誰?」
もう一度問いかけると、淡い光が強い光に変わった。閃光を放ち、思わず目を固くつぶった。ややあって、ゆっくり片目を開けてみると、レントの精霊のような光の玉が浮いていた。光は青白く、中央の玉は美しく深い青色だった。青色ということは、水の精霊だろうか?
……わが、ぬしを、たすけて。
まさか精霊から救いを求められるとは。フレイは驚きのあまり言葉を詰まらせた。
ぬ、ぬし?あなたを宿す賢者のこと……よね?誰なのかしら……?
フレイが困惑していると、光玉は徐々に高度を下げ、やがて地に着いた。しゃがんで玉の様子を窺っていると、突然地面から手が飛び出てきた。
「ひゃあ!」
フレイは腰を抜かしてしまった。手は光玉をむんずと掴むと、地に引っ込もうとした。それをなぜか無意識に掴みにいって、一緒に引き込まれた。
「えっ!!」
海に飛び込んだ時のようなばしゃん!という音。泡がフレイの顔を撫でていった。腕を掴む自分の手を放すのがとても怖かった。放してしまうとはぐれてしまう。よくわからないところに置いていかれたくない!
けれども、掴まれた光玉は解放しないといけない気がした。フレイは主不明の手を掴んでいる自分の手に力を込めた。ジュワッと焼けるような音と共に、その手は力を失い光玉を放した。それをフレイは反対の手で捕獲した。
ほんのり温かい精霊の玉は、フレイの脳裏にあるジンブツ映し出した。そのヒトは身体を鎖で縛りつけられていて、凍結していた。見開いたままの双眸は赤かった。
「ラウル!?」
その姿は、とても腕っ節のいい射手とは言えないほど魔物のような顔つきだったが、明るいベージュの髪のヒトは、フレイの知るところで彼しかいない。
しかしなぜ、こんな姿になっているのかしら?夢だから?ううん、この空間は確かに夢だけど、目の前のラウルは現実のような気がするわ。
たすけて……。
手の中で声がした。精霊は、ラウルが闇毒に侵され自我を失い、大地を、世界を壊滅させようとしていると伝えてきた。地界を離れている間にそんな大変なことになっていたなんて、とフレイは戦慄を覚える。
縛られて氷漬けにされていたのは、彼の暴走を止めるための苦肉の策。水の結界で封印し、それを氷河召喚士が凍らせたという。
そうなのね、と聞いていたが、凍死していないのか心配になった。すると精霊は、彼はコア族であるから生きていると述べたのだった。
「レントと同じ種族だったの……」
ラウルが自身のことを話しているところを見たことも聞いたこともなかった。意外にもコア族は身近に存在しているのだなと耽る。
「助けてと言われても、私に何ができるかしら?」
封印した状態でどうやってラウルの闇毒を解毒させようか。フレイにはそんな術を持っていない。その昔、ヒトビトの心に潜む闇を吸い出し己の糧としていた魔族がいたと思い出す。その種の『闇を吸い出す力』で解毒できそうな気がしたが、彼らはもう絶滅していてその術は叶わない。
アグニスの水を……飲ませれば……。
「え……?」
またあの庭園に戻るのかと思うと血の気がさーっと引いた。今のホーリアへはもう戻れない。殲滅派に姿を見られているから、次出会えば拘束どころかその場で殺されるかもしれない。フレイは自然と首を横に振っていた。
「ホーリアに戻るのは……ダメ。殺されちゃう」
恐怖を思い出して涙が溢れ出る。震える手に収まっていた精霊が、ふわっと1回点滅した。
ポセイルに……ある。同じ聖水を……湛えている……水瓶が。
そこは、水の国ウォーティスの首都で、地界を囲む海の底に存在する街だ。港町ポルテニエから潜水艇で行くことができる。
フレイは一瞬面食らったが、黙って頷いた。
……ポルテニエに急がねば。
「ポルテニエに向かうわね」
突然何を言い出したかとフレイを見たが、彼女は眠ったままだった。はっきりとした寝言に、レントは怪訝な顔になる。枕にされているアルティアも、顔を上げて彼女を覗き込んだ。
「なんだ?ポルテニエになんかあんのか?」
アルティアは尻尾を1回ばさっと振った。毛先がフレイに当たると、竜騎士は伸ばしていた足をビクつかせた。が、起きる様子がない。相当疲れていたのだろうか。爆睡にもほどがある。
「おい、起きろ。また寝坊してっぞ」
レントはしゃがんでフレイの肩を揺さぶった。「んー」と言いながら目を擦り、ゆっくりとオレンジ色の眼を覗かせた。
「よう、お寝坊さん。ポルテニエに行くって?」
「……え?なに、私、何か言ってたの?」
「はっきりと『ポルテニエに向かう』って」
フレイはしばしぼんやりとレントを見つめていたが、次第に覚醒し、目を見開き、あ!と叫んだ。
「そう!レント!ラウルが!」
「……は?」
お前は一体どんな夢を見ていたんだ……。レントは慌てふためくフレイを落ち着かせ、何を見、聞いたのか説明させた。
「……なんだよ、ポセイルにも聖水あったのかよ。そっちの方が楽だったじゃねえか」
「知らなかったから仕方ないじゃない」
「そりゃそうだけどよ……」
「イルムの無事も確認できたんだから、いいじゃない」
あっけらかんと言い放つフレイに、なんだかモヤっとする。レントは頭を掻いた。
「んじゃ、次はポセイルか?俺は一旦都に帰って、松明の様子を見たいところだが……」
ふと、レントは大事なことを思い出す。ここまでアルティアで逃げてきたのだが、もう一体飛べるやつがいたはずだ。
「お前、シーナは大丈夫なのか?」
彼女の相棒の飛竜シーナは、イルムがいた村にレントたちを降ろしたのを最後に姿を見ていない。どこかで待機しているとは思うが、この浮島はそれなりにホーリアから離れている。指笛の音も届かないだろう。
フレイは黙ってゆっくり立ち上がると、埃を軽く払って歩きだした。石造りの家を出て、集落の中央らしきところまで行くと、空に向かって指笛を吹いた。
ぴゅぃー、と、アルティアが耳を後ろに倒して縮こまるほどによく響いた。しばしの静寂、からの、低い重みのある音が聞こえてきた。飛竜は浮島の上空を旋回しながら降りてきた。……マジかよ、とレントは自然と声を漏らした。
しかし、着陸すると半壊の家が全壊しそうだ。シーナもそれを懸念しているのか、なかなか着地してこなかった。長い尾を伸ばし、フレイの手の届くところまで下ろすと、彼女はそれを伝って、いとも簡単に騎乗した。レントは口をぽかんと開けて見上げるしかなかった。
「私はポルテニエに行くわ。護衛ありがとう!」
「え……おう……ってちょい待て!」
フレイの声はよく聞こえたが、レントの声は彼女に届かなかったらしい。シーナが代わりに短く鳴いて、飛んで行ってしまった。羽ばたく音が消え、集落を撫でる風の音が虚しくレントの耳に届く。
「……ああもう!」
レントは思わず石壁にグーパンチをお見舞いした。ガン!と意外と軽い音がし、そして壊れた。これにはアルティアも「ひぇ」と身震いした。
「……ったくよぉ、置いていかなくてもいいだろうが」
レントは大きくため息をついた。アルティアはそっと起き上がると、全身を震わせて塵を落とした。翼を広げて軽く羽ばたくと、羽が数本抜け落ちた。これはいつものことだから特に気にしていない。
「で、モントレアに戻ります?レントさん……」
何となくかしこまって話しかけてみると、キッと睨まれた。……シャクに触ったか?
「……敬語はやめてくれ。俺に合わん」
「あ、ハイ……スンマセン」
「……都までいいか?」
「もちろん。オマカセを」
互いにぎくしゃくしていたが、アルティアはレントを乗せてモントレアへ向かった。
都の上空……もとい、火の国ファイストの上空は、瘴気が薄まっていっているらしく、暗闇を脱しようとしていた。息苦しさもあまり感じられずに飛行し、やがて都を守る松明の前にアルティアは着地した。
「レント様、お帰りなさい!」
都の民たちが幻獣を囲み、歓声を上げた。アルティアから降りると、民は静まり返る。松明を一瞥して、再び彼らに向きなおった。
「松明の炎は、竜騎士フレイのおかげで元に戻った。瘴気はやがて晴れるだろう。もう大丈夫だ」
歓声が再び沸き起こる。レントの背後で幻獣が鼻を鳴らした。喜びも束の間、ヒトビトは口々に恐れを訴えてきた。
最近、地震が頻発している、と。
建物が倒壊するほどではないにせよ、毎日のように数秒揺れては落ち着きを繰り返しているらしい。そんな話を聞いていた時、地面が少し揺れた。歓声から悲鳴に変わり、騒然となった。
これもあいつのせいか、とレントは冷静だった。揺れが収まったタイミングで、レントは民を落ち着かせてからアルティアを呼んだ。
「悪いがもう少し付き合ってくんねぇか」
「おう。どこへ行けばいい?」
レントは言葉に詰まった。共鳴の力を使えば一発だろうが、今のあいつに対して使うのは危険過ぎると己の核が警鐘を鳴らしていた。内に宿る精霊もまた、控えよと警告した。
「……この地震はラウルの仕業だ。夢で見たあいつは封印されていたってフレイが言ってたが……どこなのかがわかんねぇんだよな」
「んー……なんか探る方法ねーのかな」
ひとりと1頭は、うーんと同時に呟いた。腹を括って共鳴してみるしかないかと思った矢先、正門方向から門番に連れられて誰かがやってきた。薄汚れたチュニックとズボン、ボサボサの髪。レントの核が騒ついた。
「マクト……!?」
マクト……マクトゥーモはレントを見るなりその場でくずおれた。その眼からは大粒の涙が溢れていった。
「ああ!レント!!よかった……知ってるヒトがいて……!」
「お前……ひとりか?ヴォンテはどうした?」
マクトは常にヴォンテと共に行動していた。いや、させられていたと言う方が正しいか。賢者になれなかった後も、ヴォンテはマクトを手下のように扱っていた……ように見えていたからだ。
「あいつは……死んだ。」
「な……」
「おっかねぇ闇の魔導士の魔法で、一瞬にして木っ端微塵になった」
「……お前は無事だったんだな」
「エルビーナが生かして連れてこいって魔導士に言ったんだと。で、ついて行ったら……酷い有り様で……」
マクトはエルビーナが魔導士に内臓を潰されて鍾乳洞に縛り付けられていた事、自分も魔導士に挑んで気を失った事、気がついた時にはエルビーナの姿はなく矢が1本残っており、近くでラウルが封印されていた事を話した。
「ラウルはテラ・クレベスの穴の底に封印されていた。この地震は封印を破ろうとしている波動だろうな。そろそろやばいんじゃないかと……」
「……あいつを葬るしかないか」
レントがそう言うと、マクトは目を見開いた。
「地の賢者を屠れば確かに地震も収まるだろうけど……ラウル相手に敵うか?逆に死ぬぞ?」
「おい、俺は死ぬつもりはねぇ。勝手に殺すな」
「核の破壊以外の手を使うって考えは無いのか?」
マクトのこの一言で、レントはハッとした。フレイがポルテニエへ飛んで行った理由は?アグニスの聖水を手に入れ、ラウルに飲ませるんじゃなかったか?ただ、飲ませるには取り押さえておかないといけないが……とにもかくにも、屠る以外の方法は、あったな。
「……聖水」
「え?」
「アグニスの聖水を、ラウルに飲ませる。そうすればあいつの闇毒は消える……らしい」
「核を破壊するか闇を抜くか、の、抜く方法にそんな手あったか……?」
「聞いたことねぇ。だが、フレイがそう聞いたって。ラウルの精霊から」
それが夢の中であろうが、精霊の言葉は偽りのないものはずだ。マクトは訝しむも、精霊様の言うことなら本当なんだろうな、と呟いた。
「でもさ、ラウルの闇堕ちは過去にもあったろ?あの時は誰が助けたんだ?」
地の国アーステラの大干魃のことだ。ダーラム以外の街や村が壊滅し、いよいよ国が滅びようかと恐れていた時、大地の崩壊が突然止まり事態は収まった。
あの時ラウルは死んだんだとレントは勝手に思っていたが、数年後に彼の姿を見た時は霊体かと驚いた記憶が蘇ってきた。
「ラウルも覚えてないって言ってた気がする。聖水飲まされたのか?いや、でもあの時はこの手段を知るコア族は誰もいなかったはずだ。てことは……」
「闇毒を抜き取ったジンブツがいた、ってことだ」
「マクト、そりゃあ……」
ありえねぇだろ、闇を抜き取れる種族なんかいねぇんだから、と口から出かかったが、マクトの眼を見ていると、心の奥底から何かが湧き出てきた。マクトもまた、何か思い出したらしく、目が見開かれていった。
「そうだ、あいつだ……!俺が見たおっかねぇ魔導士は、闇を取り込む力を持っていた……!ずっと引っかかっていたんだ!闇を抜き取れる種族は滅びたはずなのに、どういうわけか最近その力を目の当たりにした記憶があって。夢でも見たっけか?と思っていたが、違う……現実に見たんだ!」
マクトは興奮して立ち上がると、ズボンの埃を取り払った。そして、足早に松明の前まで行くと、胸元で手を組んでやや俯き、祈りを捧げ始めた。
「聖なる炎の神よ、地を司るコア族の、地の賢者を救うべく、火を司るコア族に力を与えたまえ」
レントとアルティアは唖然としながらも、その様子をじっと見守った。ややあって、松明の炎がぼわっと弾けた。アルティアが声を漏らしたので、首元を撫でた。
祈りを終えたマクトは、すっと立ち上がってレントたちを見た。
「レント、俺はラウルを助けたい。だから、あの魔導士を探して力を借りようと思う」
「……は!?お前、正気か?」
「それはやめとけ!」
レントと同時にアルティアは全力で止めた。マクトは「幻獣が喋った!」と驚いていたが、アルティアは捲し立てた。
「あいつは魔力も生命力も、全部ぜーんぶ奪っていくヤベェやつだ。あんたを生かしたかもしんねぇけどよ、次はねーぞ!あいつは絶対に、オレたちの味方になりゃしねぇ!」
あまりの威勢に、コア族たちは思わず一歩退いた。
「ふーいんされてる状態で聖水を飲ませる方法がまだマシだろ、どー考えても!なんであんたたちは一つと決めたらほかを忘れんだよ!」
レントは闇を抜く術が無ければ屠るしかないと考え、マクトは闇を抜く術を持つジンブツを思い出した途端にそのヒトを頼ろうと考えた。一瞬聖水の話が出たのに、ふたりともフレイの話を受け入れていないのかやっぱり信じていないのか、その術をすぐに忘れていることにアルティアは怒っていた。
「マクトだっけ?あんた、オレがこんだけ言ってもあいつを探すって言うなら、オレは意地でも止めてやる。どんな手を使ってでもな!」
アルティアは耳を後ろに絞って頭を下げ、いつでもブレスが吐けるように力を溜めた。さすがにこれにはふたりとも慌てて幻獣をなだめるしかなかった。
「あ、わ、わかったわかった!魔導士を探すのはやめる!だから、お、落ち着いてくれ……」
「ここでブレスは勘弁してくれ!都が壊れる!」
レントの説得がイマイチずれている気がしたが、アルティアは唸るのをやめて頭を上げた。ふん、とそっぽを向いて厩舎に帰ってやろうとしたら、レントが待ってくれと幻獣の肩に触れた。怒っている証拠に耳を後ろに倒したままキッと睨むと、都長は少し怯えた。
「……すまなかった。その……ラウルも気掛かりだが、フレイの護衛をしたほうがいいかと……思うから……ポルテニエまで……連れてってくれ……ませんか?」
アルティアは偉そうに頭をうんと上げてレントを見下ろしてみた。都の長が丁寧な言葉を使って請う光景に、ちょっぴり優越感を覚えた。
「ラウルの場所はマクトのおかげでわかったから、そこへ行くのは後でもいい。だから……」
「……わーったよ。連れてってやる。ポルテニエだったな。乗れよ」
渋々前脚を少し浮かせると、レントはそこに足をかけて騎乗した。
「マクトは療養所に行って、闇毒の影響が無いかルーシェに診てもらえ」
「ルーシェがいるのか!心強いな、ここは……。ありがとう、行ってくる!」
「くれぐれも先走ってラウルの封印を解くんじゃねぇぞ。聖水を持って帰ってくるまで、都から出るな。いいな?」
マクトはこくりと頷いた。アルティアは黙って翼を広げ、空へと駆けた。




