幕間-3
フィエドにラウルの話をした後、シェラは部屋に戻り、ローブを手にして破れたところをじっと見つめていた。そうしながら、エールに念を送る。
怪我は大丈夫?フィリアも無事?
すると、ローブが淡い光を発しだした。ヘイレンも興味津々といった様子で見ている。淡い光は玉となり、小狐の姿へと変わり、ローブの上に鎮座した。水色と白の体毛に藍色の鬣、もふもふの尻尾をゆっくり揺らしている。
「……かわいい」
初めて見るエールの別の姿に、ヘイレンの頬が紅潮する。小狐は片耳を声に一瞬向けるも、視線は召喚士から外さない。
「……そっか、フィリアが……。でも、だいぶ良くなってきたんだね。よかった」
どうやらもう一体が衝撃を代わりに受けたようだった。エールたちの住む世界で、フィリアはエールよりも早くシェラを守りに行ったらしい。鷲の素早い動きに、エールも一目を置いていた。
「……ありがとう、フィリア。ゆっくり身体を休めて……え、明日の朝にはもう大丈夫だって?すごいな……」
エールを撫でながら、フィリアと思念で会話をしている。氷狐は気持ちよさそうに目を閉じている。ヘイレンはほっこりしていた。こんな平和な時間が、いつまでも続けばいいのに……。
「ヘイレンの癒しの力がすごく効いたみたいだよ。『ありがとう』って言ってた」
ぼーっとしていたので、呼ばれた瞬間小さく飛び上がった。シェラは一瞬きょとんとしたが、ふふっと笑った。
「あ……うん、よかった、早く回復できそうで」
ヘイレンが少し焦っていると、ご主人に撫でられていた氷狐がこちらに移動してきた。ぴょん、ぴょんと軽やかにシェラの手元から離れ、ヘイレンの腿に飛び乗ると、香箱を組んで尻尾を巻いた。顔を上げると、藍色の眼はヘイレンをじーっと見つめた。
「首元を撫でてあげて」
シェラはそっとローブをベッドに残してヘイレンの隣に座ると、撫で方を教えてくれた。エールには何度も抱えられたけど、思えばこうやって触れることは無かった。そっと触れると、優しすぎたのかエールは自らヘイレンの手に首を擦りつけた。
「わ……あったかい」
氷属性なのでひんやりしているのかと思い込んでいた。もう少し強めに撫でても平気だよ、とシェラに促されて、つい両手で首元から身体にかけて撫でてしまった。
巻いていた尻尾がふわっと立つと、ゆらゆら揺らしながら目を閉じて「キュウ」と鳴いた。ヘイレンはあまりにも愛おしい仕草に、「かわいいなぁ」を連呼していた。メロメロになっている金髪の青年の綻ぶ表情を見て、シェラもずっと笑顔になっていた。
* * *
テラ・クレベスにできた洞窟。静寂だったそこから、誰かの足音が聞こえてきた。
「……エルビーナが、いない……だと?」
縛りつけられていたはずの鍾乳洞は砕けて無くなっていた。代わりに矢が1本壁に刺さっていた。この矢にマクトゥーモは見覚えがあった。
「ラウル?……まさかエルビーナを?」
マクトゥーモは、闇の魔導士に連れられてこの洞窟に来た。
既に彼女は鍾乳洞に縛られていて、ぐったりとして動かなかった。魔導士から『私がエルビーナの内臓を破壊し拘束した』と聞かされた時は、頭に血が上った。無意識に短剣を取り出して、魔導士に飛びかかっていたが敵うはずもない。気がついた時には、魔導士もエルビーナも姿が無かった。自分が別の場所に放置されていたと気づくまでに少し時間を要した。
特に外傷は無く幸い内臓も無事だった。怒りの感情はどこかへ無くしていた。あの状態でもいいから、とにかくエルビーナを連れてここを脱出しよう。そう思って洞窟を彷徨った末のこの光景だ。
それにしても、ラウルはどこへいったのだろうか。エルビーナを連れて脱したのか?突っ立っていてもしょうがないので、マクトゥーモは出口を探し始める。微かに風を感じたほうへと進んでいくと、白く冷たそうな凍った湖に着いた。
強い魔力を感じる。封じの呪文が施されている。何だこれは?
マクトゥーモは気になったが、解呪の方法がわからなかった。すまんな、俺はこいつを解く術を持っていないんだ。そう何気なく心の中で呟いたその時。
「……っ!」
痛みが脳みそを震わせた。コア族特有の『共鳴』だ。マクトゥーモは危機感を覚えて湖から離れた。己の核が危険を知らせている。
しばらくじっとしていた。乱れた呼吸を整える頃には、頭痛も治っていた。
……エルビーナの闇毒を『共鳴』で全部取り込んだのか?そうなるとラウルも……瑠璃を壊さねばならない。
しかし、とマクトゥーモはふと疑問に思った。アーステラの大干魃もあいつが原因だったはず。あの時あいつは、あいつの核は破壊されなかった……。
なぜ?
まさか、闇毒を抜き取った者が?だが『共鳴』したコア族は誰もいない。あの力を使うと闇毒が移ると皆わかっているから。
毒を抜き取る技を持つ種族はとうの昔に滅びていると聞いていたが、もしかして滅びてなどいなかったのか?どこかでひっそりと生き残っているのか?
『黒の一族』が生き残っているのか、その種族の力を継承した別の種が存在するのか。いずれにせよあの力があれば、ラウルはまた死なずに済む。
マクトゥーモは立ち上がった。もう一度湖に近づき、淵で止まる。見上げれば夜明け前の空が彼を見下ろしていた。ざっと周囲を見て、どうにかよじ登れそうな壁を見つけた。よし。
ラウル、そこで大人しくしてろよ。
必ず助けてやるからな。




