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第3章-2

 立っているのも限界を超え、くずおれたところへ、間一髪のところで誰かが支えてくれた。


 支えてくれているモノは、ひんやりとしていて、獣の肌触りだった。そこへ別の誰かの足音が聞こえてきた。


「シェイド!これを……」


 それは、オーブを託した相手だった。シェイドはゆっくり顔を上げると、シェラが瓶を片手に寄り添っていた。なんとか片手を上げて瓶に触れる。口元に持っていき、ゆっくり含んだ。


 エーテルが喉を潤すと、シェイドの身体は暖かくなっていった。血の巡りを感じ、痛みを感じた。咄嗟に脇腹を抑えたが、既にそこに手があった。手は患部を凍らせて止血させた。


「体温を下げてしまうけど、ちょっと我慢してください」


 シェイドは見上げるシェラの空色の眼を見つめた。憂いを帯びているが、とても美しくて吸い込まれそうだ。


「エーテルもう1本あるけど、飲んでおきます?」

「……どうして」

「え?」


 闇の種族を相手に、なぜそこまでしてくれるのか。


 周りから排除される存在なのに。


 だから正直なところ、放っておいたらいいのに。


 無意識に口をついて出ていた。召喚士は目を丸くして口をパクパクさせている。言葉を探しているのだろうか。ややあって「それは」と言って、一呼吸おいた。


「まず、怪我をしているヒトを放ってはおけない。そこに種族は関係ない。排除される存在は闇の種族ではなくて、魔物。魔物は心を失い、僕たちヒトビトの命を脅かす存在。だから、己を守るために戦う」

「我が一族も、ヒトビトの命を脅かす存在だろう?数年前、聖なる国ホーリアを滅ぼしかけたのは、『黒の一族』だ。同じ種族が、今ここにいる。アルスもそう。私たちの種族は滅びたとされているからずっと隠れてきたが、バレるのも時間の問題だろう。少なくとも、あなたには知られている」

「……僕は『黒の一族』全員がそうだとは思っていません。アルスは頼れるヒトだし、あなただって……オーブを届けてくれましたし。『黒の一族』が滅びていなかった、生き残りがいる、と知られたとして、それで命が脅かされるのであれば、僕があなたたちを守ります」


 今度はシェイドが目を丸くした。この召喚士、正義感は一丁前にあるようだ。だが、そのような覚悟は周りを敵にするだけだ。


「それはやめておけ。あなたの身のためだ。何のために生かされているのかもわからないのに、そんなヒトを守る必要はない」


 シェイドは語気を強めて言い放つと、ゆっくり立ちあがろうとした。が、シェラに止められる。痛みが走るのを堪えつつ、彼を睨みつけた。


「もう私に構うな」

「これ、誰にやられたの?」

「あなたには関係ない」

「ハヌス様じゃないですよね?」

「……誰だそれは?」

「アルスを殺しかけたジンブツです。……ホーリアの王族です」


 ハヌス。……覚えておこう。


「……さあね、ヒトか魔物か覚えていない。ジンブツの名は簡単に吐かない方がいいぞ。あなたが話した事で、私はアルスの仇を取る相手がわかってしまったらね」

「あ……」


 途端に青ざめる召喚士に、「冗談だ、屠りには行かない」と嗤った。


「魔力も戻ってきたし、これくらいの傷は自分で治せる。だから、もう……関わるな」


 ようやくシェラが力を抜いたので、シェイドは立ち上がった。地にしっかりと立つと、黒い靄を纏わせた。そして、しゃがんだまま呆然とするシェラを見下ろした。


「……エーテルをありがとう。……アルスを頼む」


 靄はシェイドを包み込み、そして消えた。


 ……シェラはしばらく立ち上がれなかった。


 空になった瓶が手からこぼれると、水色の狐の前脚にこつんと当たった。エールはそれを咥えると、シェラに近寄った。瓶を置いて、腕に擦り寄った。主人の腕は少しびくついたが、そっとエールの首元を撫でた。


 何かを抜き取られたような感覚。この感覚は……ああ、以前アルスに心の闇を吸い取られた時と同じだ。シェイドが去り際に、シェラに溜まっていた心の深淵に潜む闇を吸い取っていったようだった。


「キュゥ……」


 エールの甘えた声に、シェラは自然と笑顔が綻んだ。しばらくエールを愛撫して、それから瓶を取って立ち上がった。エールはシェラの腕、背と軽やかに登って、左肩に留まった。もふもふの尾をふわりと首にかけると、ひんやりとして思わず震えた。


「さむっ……。早く戻ろう。オーブ、間に合ったかな」

 シェラはヒールガーデンへ急いで戻った。






「アルス、なんとかなったよ……たぶん」


 ガーデンに戻ると、ヘイレンがロビーでシェラを待っていた。オーブはアルスを蘇生させたそうだ。傷はミスティアとヘイレンの力でほぼ無くしたが、意識は戻っていないという。


「オーブがアルスの血となって巡っていけば目も覚ますだろう、ってウィージャ先生が言ってた」

「そっか……。間に合ったんだね……。でもまだ安心できないな、目が覚めるまでは」


 そうだね、とヘイレンも頷く。ふたりはそんな話をしつつ、施設内のカフェに入って一息ついた。


 足取りはしっかりしていたが、ふたりとも疲れ切っていたので、シェラはエーテル入りの紅茶を注文した。届けられた紅茶は香りが良く、一口含めばほのかに甘い。「美味しい!」と絶賛するヘイレンの顔色が徐々に良くなっていく。シェラはその様子を見て安堵した。


 しばらくのんびりと過ごしていたが、夕方頃になってロビーがざわつき始めた。あるヒトが情報誌を握ってちょっとばかり騒いでいる。無意識に聞き耳を立てる。


「厄災の再来だ!みんなぁー用心しろー!」


 何という煽りだろうか。ヒトビトが集まって、情報誌を覗き込んでいる。「大変!」「嫌だ」「怖い」「次はもうダメだ」などといった単語が飛び交う。


「厄災の再来ってどういうこと?」


 ヘイレンが至極真っ当な疑問をシェラに投げかける。対する召喚士は思い当たる節があるのか、まさか、と小声でつぶやいた。


 シェラもヒトだかりに混じりに行くと、彼に気づいたヒトたちは引き下がって道を開けた。情報誌を握っていたヒトは「あ、シェラード様」と少し落ち着きを取り戻した。


 シェラは情報誌を読ませてもらった。ややあって、シェラの心の深淵から、黒い塊が心の臓を覆うような不安感を抱いた。


「あの、シェラード様。ポルテニエはどうなってしまうんですかね……」


 情報誌を持っていたヒトが尋ねてくる。シェラはそのヒトに誌を返しながら唸った。


「厄災の再来になるかどうかは、調べてみないとわかりません。知らせるのはいいですが、あまり不安を煽るような言い方は控えていただけますか?」

「そ……それは……すみません……」


 シェラは周りを見渡した。皆から不安や恐怖の眼差しを受ける。


「ひとまず解散しましょう。大厄災が本当に起きるかは誰にもわかりませんが……備えておくことは大事だと思いますので、できることをやっていってください」


 何ができるのか、という疑問は当然出てくるだろうが、この時は誰もシェラに聞こうとせず、そろそろと去っていった。


 カフェに戻ってヘイレンと合流し、会計を済ませると、足早にポルテニエへと向かった。陽はすっかり沈み、辺りは闇に包まれかけていたが、街道の灯りがふたりを港町へと導いていた。


 そして、町の外門が見えた時、ふたりは足を止めた。

足元に視線を落とすと、大地が水分を失ってひび割れていた。寒期に干魃が起きるなど聞いたことがないが、これは即ち『厄災』のサインであると、シェラは勘づいていた。


「ラウル!」


 シェラは叫んだ。突然の大声にヘイレンはびくついた。召喚士は杖を取り出して槍に変化(へんげ)させると、ヘイレンに指示した。


「壁を作って。破片が飛んでくるかも」


 ヘイレンは構えると、素早くふたりを覆うように壁を出現させる。すっかり安定して魔法を出せるようになり、倒れることもなくなった。身のこなしも良い。シェラとの修行が身を結んでいる。


 壁を作って3呼吸もしないうちに、本当に破片が飛んできた。カツン、コツンと軽い音が響く。ヘイレンの杖を握る手にも力が入る。


 シェラは一歩出て、槍を薙ぎ払った。氷の刃が放たれる。そのうちのいくつかが割れると、矢が飛んできた。矢は壁に当たった。その刹那、シェラは踏み込んだ。


 低い姿勢で一気に進むと、槍を引き、左手を突き出して魔法を放った。氷の壁を作りつつ、同時に光属性の光線を出す。黒い影がシェラの魔法を避けるように上に飛んだのを目で追うと、今度は槍を持つ右手を突き出し、氷を放った。ラウルの放った矢が当たった瞬間、それは彼を掴むように広がった。避けられなかったラウルは、そのまま地に叩きつけられ、氷で固められた。


 唸るラウルに近づくと、彼の眼は瑠璃色を失い、漆黒のそれになっていた。闇毒が、完全に彼を侵してしまっている。足元の地面が、じわじわと干上がっていく。


 ヘイレンも彼に近づき、同じように見ている。金色の眼は、今の事態を信じたくないと訴えているように、シェラには見えた。


「あの時の大干魃は、ラウルが元凶だったのかな?」


 シェラの問う声も、氷のごとく冷え切っている。ヘイレンはシェラの異様なオーラに戦慄を覚えた。


 ラウルは魔物のように「うう」とか「ああ」とか叫びながら氷を割ろうと必死になっているが、びくともしない。見ていてだんだんいたたまれなくなってきたヘイレンは、このままどうするの?と目で訴える。


「核を壊すか闇を抜くか。あるいは……エルビーナの件が解決するまで地中に封印するか、かな」

「封印?」

「ラウルの核をこの身体から取り出して、コア族の棲む森の大地の奥深くへ埋める。闇毒に浸されてるから、湖の底に埋めたほうがいいかもしれないな」


 シェラは表情を変えず、視線もラウルに向けたまま話す。ヘイレンはごくりと唾を飲み込んだ。


「核を取り出すと、ラウルの身体は……」


 そこまで言って、やめた。シェラが杖に戻してラウルにかざすと、水色の光を放った。氷に固められたまま、びくんと痙攣する。


 ラウルの悲痛の叫びが、ヘイレンの耳を酷く痛める。聞いていられなくなって、見ていられなくなって、両手で耳を塞ぎ、くるりと背を向けた。


 アルスがいれば、ラウルの闇を抜くことができたはずなのに、彼もまた、生死を彷徨っている。姿を消したシェイドは?近くにまだいたら、ラウルを助けて欲しい。そうどこかで願いながら、シェラはラウルの核を探っていった。


 シェラもこんなことはしたくなかった。この水色の光は、ラウルの体内を傷つけ、核をあぶり出すセンサーのような役割だ。仲間を傷つけている状況に、心にヒビが入る。壊れてしまわないよう、無理やり自分の都合の良いように考え続ける。


 これが、今できるラウルへの救済措置だ、と。


 ラウルの唸りがふっと消える。瞳孔が開かれた漆黒の眼がカッとシェラに向けられた刹那、地面がどん!と底が抜けるように揺れた。


 足を取られてふらつくのと、ラウルを固めていた氷が粉砕するのとが同時だった。体勢を瞬時に立て直すも、ラウルがシェラの右側に突っ込んだ。瞬間、脇腹が熱くなり、シェラはくずおれた。


 左手で必死に氷を這わせてラウルを捕まえようとしたが届かなかった。ラウルが着地すると、そこから大地が波打つように盛り上がり、シェラとヘイレンに襲いかかった。波の頂点でふたりは宙を舞う。シェラはエールを召喚した。氷狐は即座にヘイレンを抱えると、シェラのもとへ飛んで戻る。主を反対側に抱えると、干からびた大地に静かに着地した。


「シェラ!」


 再びくずおれるシェラを支えたが、彼の脇腹には深々と岩の刃が刺さっていた。シェラはそれを握って引き抜こうとしたが、肉を抉るような痛みでできなかった。返しが付いているかもしれない。


 ヘイレンの手が重なると、淡い光が痛みを少し取ってくれた。これなら耐えられるか。刃を握る手に力を込めて、意を決して引き抜きかけた。が、ヘイレンの手がそれを止めた。


「ダメ!抜いたら死ぬ!」

「でも、抜かないと動けな……!」


 刃が突然粉砕した。シェラの脇腹を抉り、肉片が飛び散った。シェラは叫びを上げることなく、ヘイレンに身体を預けた。


「なっ……!」


 ヘイレンは意識を飛ばしたシェラを支えると、脇腹を押さえて癒しの力を集中させた。赤黒い血がドクドクと流れていく。数年前のヘイレンなら、パニックになって何もできなかったかもしれない。


「し……死ぬな、シェラ!」


 ヘイレンは更に力を込める。眩い光がふたりを包む。エールが光を伴って消えた。……まずい。


 足音が近づいてきた。ヘイレンは念じた。光の壁がじわっと現れると、足音が消えた。ヘイレンは顔を上げた。そこにはコア族の弓の名手が佇んでいた。その眼はやはり、漆黒。あの美しい瑠璃色はどこにもない。


「ラウル……やめて。目を覚まして!」


 何を言えば今のラウルに効くのか全くわからないが、無駄だと思ってもそう叫ぶしかなかった。しかし、その言葉にラウルは一瞬、目を固く閉じた。


「っつ……」


 ラウルは額を押さえて俯いた。ほんの少しだけ、ラウルの心に響いたのだろうか。


「ラウル!自分を……自我を……失わないで!」


 『自我』という単語に、ラウルは反応して顔を上げた。頭痛がするのか、眉間に皺を寄せている。ややあって、ラウルは口を開いた。


「エルビーナを……葬る」

「え……待って、それは」

「死こそエルビーナの願い。だから私は……屠る」


 ラウルはヘイレンに背を向けた。


「エルビーナはどこに?僕も一緒に……」

「シェラを見捨てるのか?」

「見捨てるって……こんなことしたのはラウルじゃないか!それを言うなら手伝ってよ!シェラを助けてよ!」


 ヘイレンは怒りをぶちまけた。ラウルは振り返らず立ち止まったままだった。と、シェラの身体がぴくっと反応した。


「シェラ!?」


 視線を落とすと、シェラは空色の眼を覗かせていた。その間に、ラウルは姿を消した。気配が無くなったと気づき、ヘイレンは顔を上げた。


「あ……そんな……」

「……行っちゃったね」


 シェラの手が、患部を治療するヘイレンの手に重なった。死にかけで体温が低いのか寒さのせいなのか、それはとても冷たかった。


 傷は小さくなっていっていたが、まだ流血は止まっていない。シェラは止血するからと言って、ヘイレンの手を一瞬どかした。膜のように患部を氷で覆って血を止めたのを見て、ヘイレンは再び手を当てて魔力を注いだ。


「治癒の力……凄く強くなったよね。長く使えるようになってるし。でも……これはさすがに倒れちゃうかな」


 シェラは申し訳なさそうに話す。ヘイレンは首を横に振った。


「傷を治すことが僕の役目だから。倒れる前にふさがると思うよ。だから、大丈夫」

「……頼もしいな。ありがとう」


 シェラの力がふっと抜けた。ヘイレンは彼を抱きしめた。氷の膜のせいで体温が下がっていたが、鼓動はしっかり聞こえていた。








 この情報誌は、いつだったかに起きた大干魃の(わざわい)を思い起こさせた。


 レントは情報誌をテーブルに向けて放り投げると、ひとつ大きなため息をついた。


 ルーシェや助手のメルナの看病の甲斐あって、レントの(コア)はヒビを消して綺麗に修復された。体力や筋力を戻すため、まだ屋敷には帰れていない。療養所の窓からの眺めは、殺風景過ぎた。


 毒された聖なる炎は相変わらず瘴気を吐き続けていて、都の民にもいよいよ影響が出始めていた。まず老ニンが不調を訴え、次に幼いこどもたちが「咳が止まらない」と親に泣きつく。療養所は混沌としていた。


 そんな中でのこの情報誌。水の国ウォーティスの港町ポルテニエに面した海が、沖まで干上がってしまったそうだ。海岸はカラカラに乾いてヒビが割れ、町中の地面も地割れが起きたり陥没したりと被害が出ている。地の国アーステラで起こった大干魃とよく似ていることから、情報誌にも『厄災の再来か』と締めくくられていた。


「……あいつ、どこにいやがる」


 元凶はわかっている。が、核を通じて探ることはできない。あいつの核は闇毒に侵されている。それを受け取ることになってしまうとどうなるか。


 腕を組んでしばらくううむと唸っていると、「レント」と呼ぶ声がした。振り返ると、フレイが寄ってくるところだった。おう、と軽い返事をする。


 フレイは浮かない顔をしていた。そういや自分の生まれ故郷や親について調べに行ってたっけか。何かわかってショックを受けているのか、それとも……?


「なんかあったか?」

「……ホーリアで内紛が起きていること、レントは誰かから聞いてますか?」


 相変わらず敬語で話してくるのが、レントにはむず痒かったが、黙って一つ頷いた。


「ルーシェから聞いた。勃発寸前で抑えられてたってその時は聞いてたけど、ついに起こっちまったのか」


 ええ、と返すフレイの声はかなり沈んでいる。まさか現場を見てしまったのか?そう伺う前に彼女から話してきた。


「イルム……王は闇の種族を擁護していると、闇の種殲滅派が勝手に決めつけて暴動を起こしてて……。王宮の守護隊と衝突していたのを見たわ。王は王宮から逃れて無事だけど、騎士たちは……全滅したらしい」


 思った以上に酷い状態だった。レントも言葉を失う。フレイとやりとりをした騎士たちも、彼女の出国まで護衛したのち、戦場に合流したそうだ。全滅したと知らせを聞いたのは、フレイが都に戻る途中にすれ違った別の竜騎士からだった。


「ペンダント、イルムに届いてるといいけど」


 騎士のひとりに、イルムに渡すようにと託したものらしい。『フレイが来た』と知らせるためのものだったとか。胸元を軽く抑えて俯くフレイの頬を、涙が伝っていった。


 レントは思わず抱擁した。突然のことにフレイは「えっ」と驚いていたが、次第にさめざめと泣き出した。


 しばらくして、レントは抱擁を解いた。フレイは涙の跡を拭い、ふうとため息をつく。修行時代も悔し涙を流した後は、そうやって気持ちを切り替えてたよな、とレントは物思いに耽っていた。


「あースッキリした。……ありがとう、レント」


 ぼーっと彼女を見つめていたので、呼ばれてハッとした。


「あ、いや……落ち着いたならよかったが」

「何を慌てているんです?」


 見惚れていたなんて言えるかよ……。レントはつい後頭部を軽く掻きむしった。フレイもまた、「先輩の前で泣いちゃった」と頬を赤らめていた。






「で、これからどうすんだ?調べるに調べられねえし、聖なる炎も全然解決してねぇし、都の民たちにも影響が出てきだしてるしで、ちとヤバいかもしれねぇ。手伝ってくれるか?」

「もちろんです!……でもあの、炎についてもう少し調べたいことがあって」

「松明の前の広場は、濃度の高い瘴気が溜まってしまってる。四半刻(約15分)もいたら死神が迎えに来るぞ」


 用心しておきます、とフレイは一瞬微笑んだが、レントは不安になった。ひとりであんなところに行かせたらダメだ。紅玉(ルビー)の精がそう警鐘を鳴らした。


 ……精?


 レントは振り返った。何も無いところを向いたことに、フレイは首を傾げた。


「レント?何か感じました?」


 その返事は無く、レントは黙ってフレイに向きを戻す。


「俺も一緒に行く。ひとりは危険だ」

「え!でも……」

「別に外出禁止にはなってない。むしろ、動いたほうがいいからな」


 フレイは口を半開きにして驚いていたが、レントがいると心強いかも、と言って、同伴を了承した。


 瘴気を払う外出用のランタンを持って、ふたりは療養所を出た。薄暗いせいか、一段と冷え込んでいる気がする。自然と速足になる。


 そして、松明の前まで来た。赤と紫に染まり、静かに瘴気の煙を昇らせている。ランタンは周りの瘴気を払ってくれてはいるが、あまり長居しないほうがよさそうだ。


 フレイは松明のゆらめく炎をじっと見つめていたが、見上げたまま目を閉じた。集中し、何かを感じ取ろうとしているのだろう。レントは黙って様子を見守った。


 目を閉じると、炎の残像がぼんやりと映った。フレイは念で炎に呼びかけた。


 私は……私の血筋は、聖なる国ホーリアの王族なの?そして私は……半竜族なの?


 ホーリアに炎を浄化させる(すべ)があるのね?けれども今は内紛が起きて近づけないの。


 私に浄化する力があればいいのだけれど、どうしたらいいのかしら……。


 フレイは返事を待ってみた。10呼吸程したところで、ゆらめく炎がぼんやりと現れた。


『……アグ……の……水瓶……ホーリ……炎の大元に……かけ……』


 うまく聞き取れなかったものの、炎は返してくれた。ただ、フレイの質問に対してではなさそうだったが、おそらく浄化させる術を教えてくれたのだろうと思った。


 フレイはそっと目を開け、松明を見つめ直した。禍々しさは変わっていない。が……。


「お前……何したんだ?」


 レントの問いにハッと振り返る。フレイが目を閉じてしばし、炎が突然ぼんっと音を立てて元の色に戻ったという。しかし、それはすぐにまた変わってしまったそうだ。


「何って……あっ」


 フレイは口元を押さえた。口外しないようにと里長に咎められているけど、レントなら……いいかな。


 都長はじとっとした目でフレイを見ている。押さえた手を降ろして、覚悟を決めて口を開いた。


「……炎の声を聞いていました。この炎を浄化させる術を教えてくれました。断片的にしか聞き取れなかったですが……」


 レントは少しばかり固まっていた。周囲を警戒しているようにも見えた。空気が張り詰める。


「フレイ、悪いが屋敷に一緒に来い」

「え、療養所には戻らないんですか?」

「筋トレなり何なりは屋敷でもできる。後でルーシェに言っておく」


 レントの態度の変化にフレイは戸惑ったが、これにより、彼はおそらく半竜族のことを知っているのだろうと、彼女は察した。

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