序章
蒼き沼を覗いてはならない。
蒼き沼から上がる煙を吸ってはならない。
蒼き沼の水に触れてはならない。
さもなくば核が侵され、己を見失う。
やがて核に秘められた力を通じて、あらゆるものが侵されてゆくだろう。
蒼き沼には怨念が溶け込んでいる。
しかし、ヒトとして生きることを諦めたものならば、その沼の水は命の水となるやも知れぬ。
この沼の闇は、深い。
その沼の淵に、ワタシは立っていた。
たくさんの煙を肺に溜め込み、身体に染み渡っている。もう救いようのない状態だ。
ワタシは『ヒトバシラ』となる。ある魔導士を蘇らせるための材料となる。ワタシは死を望んでいた。この身に、己の運命に、うんざりしていた。
ヒトは、用無しとなればすぐに捨てる。ワタシもそうやって、数々の街や村から捨てられてきた。なぜ、生命を簡単に捨てられるのだろうか。魔力が無ければただの石ころなのか?
力を失ったのは、お前たちがワタシを奴隷のようにこき使うからだろう。それを当たり前だと言わんばかりに。捨てられては次の集落を、生きる場所を求めて放浪する。道中で力を回復させるも、新たな場所でまた、枯渇するまで使われる。
コア族というものは、そういう運命なのだろうか。
ワタシだけが、そういう目に遭っているのだろうか。
……悔しい。悲しい。ワタシだって幸せに生きたかった。自由に、気ままに、ヒトを好きになりたかった。ヒトを愛したかった。
しかし周りはそれを許さなかった。
どうして、どうしてなのか……。
「……許さない。何もかもが、闇に侵されて滅びてしまえばいい。苦痛をたっぷりと味わって、そして死していけばいい。……ワタシを酷くひどく虐げた報いを受けるがいい!」
ワタシはありったけの魔力を手に集め、沼にかざした。沼の水が一瞬光ると、おとながすっぽりと入るくらいの大きな水玉が浮かび上がった。それはゆっくりとワタシに近づくと、ワタシを飲み込んだ。
水玉の中で、じわじわと侵蝕されていく感覚が、なぜか心地よい。
沼の水は、闇毒だ。これに浸されたものは、この闇を抜かれるか核を壊さない限り、この世界の資源を、ヒトを、滅ぼしてゆく。
時間をかけて、ゆっくりと。
本来なら、そう。
しかし、ワタシは『ヒトバシラ』。ワタシの核が壊れる時、今は亡き魔導士が蘇る。気が済むまでヒトビトを屍にしてから、自らの核を破壊する。
……しばし待たれよ、バルドラーシュ。
あなたの願いは、必ず叶えるから。