表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/24

第四章 第十九話「『死んだほうがマシ』な理由」

 2022年3月11日(金)――

 チケットを購入して二日が経っていた。陽子はその効果に正直半信半疑だった。でも本気で信じてしまうような不思議な感覚に陥っていた。それほどにあの老婆の笑顔が不敵で、異質で、それでいて優しかった。それにチケットの効果を信じることで、少しだけ心が救われているのも確かだった。

 放課後十六時半。杉ノ宮駅近くの線路沿いにあるカフェに、陽子、憂樹、そして愛那の三人の姿があった。友郎を除いたこの三人で、陽子は自分の内に秘めいていたモノを共有した。病気のこと、小藤町の駄菓子屋のこと、チケットのこと、そして、友郎にそのチケットを使うということ。


「――だめだよそんなこと……」

「陽子ちゃん何考えてんだよ……。そもそもそんなこと、友郎が許すわけないだろっ」

 二人ともチケットに関し半信半疑ではあるものの、友郎との記憶を消すことに難色を示し、反対をした。

「いいの。トモくんには私と違って、未来があるの」

「だけどっ――」

「――そのトモくんの未来、限りある大切な時間を、悲しみや傷を抱えたまま生きていって欲しくないの。『私』がトモくんの未来の足枷(あしかせ)になりたくないの……」

「っ……――」

 憂樹と愛那は言葉が出なかった。陽子は、「茉枝陽子」という一人の人間が、誰かの人生の負担になること自体を望んでいなかった。彼女の下した決断は、友郎に対する最大の思いやりであり、彼女にとってもまた最善の選択だったのだ。

「もし本当に私とトモくんの記憶が失くなったら、お互いの存在は伝えないでほしいの」

「そんな……」

「トモくん優しいから、罪悪感を感じちゃうかもしれない……。知らなくていいことは知らないままでいてほしいから」

「……でも……チケットのこと愛那たちに言っちゃってよかったの? 『掟』では他言はダメだって……」

「うん、二人には協力してもらわないといけないから、仕方ないの。それに私はもう先が短いから、『死んだほうがマシな状態』になってもかまわないの」

 陽子は寂しそうに笑ってみせた。二人は納得はせずとも、協力はしてくれそうで陽子は安心した。

 帰りの電車は上り方面のため比較的空いていて、陽子と愛那は並んで座る事ができた。

「新しいお家はどう? 愛那ん家はアパートになって、少し狭くなったなぁ」

「そうなんだね。うちはそんなに変わらないかな。一階になって、眺めが悪くなったくらいかな?」

 二人はお互いの近況報告をし合った。しかし、お互いの病気のこと、チケットのこと、友郎とのことなど核心に触れる話題を口にすることはなかった。

 電車は大きな橋に差し掛かり、土手が目に入るとチケットのことが脳裏をよぎった。陽子は静かに口を開いた。

「愛那ちゃん――」

「うん?」

「トモくんのこと、別に狙ってもいいからね?」

「――えっ……?」

「私に気を使わなくていいからねってこと」

「ちょっとやめてよっ。愛那別にもう――」

「いいの。もう気がないならないでいいし、あったとしても私に気を使わないでほしいの」

「――そ……んな……。うん……」

 愛那の返事に少しの間があった。

 車内のアナウンスが『小藤町』の到着を知らせ、車両がスピードを落とす。

「私、トモくんのこと忘れちゃうから、愛那ちゃんたちになにがあっても傷つかないし」

 また笑っておどけてみせた。愛那はなにも言うことができなかった。


 電車のドアが開き、愛那が降りる。

「4月から一緒の学校だね! ――……これからも親友でいてね!」

 ホームで見送りをしてくれる愛那に、陽子は笑顔で想いを伝えた。

 愛那はふと思った。何回陽子と学校に通う事ができるのだろう。あとどれくらい陽子と一緒にいられるのだろう――。発車ベルが鳴るまでの、たった2秒の間でこれまでの思い出が頭を駆け巡り、涙を堪えられることができなかった。

「――うんっ。こっちこそ……よろしくねっ」

 南からの暖かく優しい風が、愛那の濡れた頬を撫でてホームを抜ける。日が伸びてきて、春が近づいていることを知らせた。







「――それから私とトモくんは3日後の3月14日にデートをして、本当に記憶を失くしたの。だから私のことを覚えていなくて仕方がないの……」

 友郎はこの突拍子もない話が、やけに信じる事ができた。ここ数日の偏頭痛や妙な気分、心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚。その原因がわかったような気がして、不思議と腑に落ちていた。

 でも一つ気になる事があった。

「――じゃあ……どうして今、その、茉枝さんは俺のことを知ってるの……? 俺と一緒に記憶を失くしたんじゃ……」

 陽子は落ち着いていた。

「『掟』をね……破ったの……」

「あっ……」

「愛那ちゃんや芦沢くんにチケットについて話したことで、『他言してはいけない』という掟を破ったの。その代償はね、チケットを使()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだったの」

「……どういう……こと?」

「トモくんとのデートの翌日ね、私記憶が消えてなかったの。だからチケットなんてやっぱり嘘だったんだって思ったの。それでね、トモくんの連絡先を消してたから、私から連絡する事ができなくて一日中ずっと連絡を待ってたのね。でも夜になっても連絡来なくて。次の日学校が終わった後、トモくん家に行ってみたの」

「あっ……え、もしかして……」

「うん。ピンポン押したらトモくんのお母さんが出てきて、トモくんを呼んでもらったんだけどね、出てきたトモくんは、私のことを知らなかったの。すごく怪訝そうな表情で、他人行儀で……。私まるで不審者扱いされちゃったの」

「そうだ……。そういえば、うちの母親がよくわからないこと言ってたことがある……『ヨーコちゃんじゃないの?』、『ヨーコちゃんとは最近どうなの?』って……」

「……そうなんだ。私すごく恥ずかしくて、慌てちゃって……。でもそれよりも……その場で泣いてしまいそうなくらい悲しくなっちゃって。走って逃げちゃったの」

 友郎は、眠っていたモヤモヤが掘り起こされ、すぅーっと解消されていくのを感じていた。

「心のどこかでは、もしかして、って思って覚悟はしてたんだけど……。いざトモくんの目を見た時、私を見るその目を見た時……もうトモくんは、私の知ってる『トモくん』ではないんだって思って……ショックがあまりにも大き過ぎて……」

 話す彼女の声がうわずむ。

「――そんなことがほんとに……」

「それでわかったの。『死んだほうがマシ』な理由が。この先何度デートしようとも、相手は私のことを忘れてしまう。私は相手の記憶に残る事ができない……。でも私は忘れる事ができないの。こんなに辛いことはないよ……。お互いに、一緒に忘れられると思ってたんだもん……」


 陽子は時折鼻をすすって空を仰いでいた。大きめの咳払いが、泣きそうな声をごまかしているように聞こえた。

「それで、愛那ちゃんには嘘をついたの。『青木友郎なんて人、知らないよ?』ってね。デートの次の日に愛那ちゃんから予定通り連絡は来てたんだけど、一応効果を確かめるまでは返事はしなかったの。でも、まさかトモくんだけ記憶が消えてるなんて思わなくて……。愛那ちゃんに『狙っていいよ』なんて言った手前、今更やっぱり、なんて言えなかったの……。だから私はついこの間まで、記憶がないフリをしていたの」

「そう……なんだ……」

――きっと彼女は、本当のことを言っているのだろう……。

 こんなにも非現実的な話をされ続け、友郎は頭が混乱しそうになっていたが、彼女たちの真剣な眼差し、声色が、いかに辛い思いをしてきたかを物語っていて、信じ込むには十分すぎる状況だった。


「それから私たちは、それぞれの秘密を胸に抱えたまま……高校生になったの……――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ