第二章
戸惑いを隠せない瑠璃だったが、まずはこの男子生徒Junの生活に馴染む必要があった。そうでなければ、両親をはじめ周りの人々を不審に思わせてしまう。
リュックを背負い、通学路を歩き出す。Junの家は住宅街の一角にあり、緑の多い環境だった。学校に向かう際の景色を楽しむのは、今の瑠璃にとって新鮮な体験になる。
(この景色、新しいなぁ。私の家からだと、もっと町中で人がごった返してた)
Junの目線からは、木々の緑と小鳥のさえずりが臨場感を持って体感できた。しかし一方で、安らぎを感じる間もなく、不安がまた頭をもたげる。
(でも、これからどうしよう...私、女の子なのにこんな男子生徒になっちゃって)
少し歩くと、通学路の途中で見覚えのある制服の生徒が集まっていた。Junの友人たちだろうか。一人が手を振ってきたので、無視するわけにもいかず、瑠璃は緊張しながらそこに加わった。
「おはよう、Jun。何か肌を括ってるぜ?具合でも悪いのか?」
予想外の馴れ馴れしい物言いに戸惑いつつ、瑠璃はなんとかJunらしい会話をこなしていく必要があった。
登校中の道すがら、Junの友人たちに同行することになった瑠璃。彼らの会話についていくのが精一杯で、一向に状況が理解できない。
「おい Jun、今日の放課後の予定は?」
「ひ、予定?」
ごまかそうとするも、すぐに追及された。
「お前、大丈夫か?何かあるのか??」
「い、いやなにもないよ。」
冷や汗をかきながら、なんとか会話を交わす。すると、仲間の一人が腕を掴んできた。
「あれだけ一緒に野球の練習をしてきたくせに、そんな風に誤魔化すなよ!」
「ちょっ、ひっ...!」
強い力で瑠璃の体は引き寄せられる。間近にJunの友人の表情が迫り、逃げ場を失った。
(こ、この人たち、Jun...つまり今の私の友達なんだろうけど、スポーツ仲間とかで、距離感がないんだろうな。でも、こんな風に身体を触られちゃ、すごく戸惑う...)
「一体どうしたんだ?ボーッとしてるぞ」
「ほ、本当に何でもないから!」
ふいに腕を振り解いて、瑠璃は小走りで逃げ出してしまった。後ろから呼び止められるが、そのまま見失うまで走り続ける。
やがてたどり着いたのは、制服から男子高だと分かる学校の校門だった。門を入ると、更に緊張感が高まってくる。
(ここが、Junの通う学校なのか...女子校とはまた違う雰囲気だわ)
瑠璃は校舎を仰ぎ見た。かつて経験したことのない環境に、少しずつ不安が大きくなっていく。
そんな折、上級生らしき生徒が瑠璃を見初めて、馴れ馴れしく声を掛けてきた。
「おっ、Junか?遅れすぎだろ。今日は朝からずっと呼び出し音痴だったぞ」
「え、えぇ!?」
すぐ近くにいる彼から、スマートフォンの着信履歴を見せられた。10件以上の未返信コールがJunあてにきていた。
「ちゃんと電話に出ろよ。担当教師からいろいろ言われっ...」
上級生の物言いは徐々にトーンダウンし、しげしげと瑠璃の様子を見守るようになった。
(ど、どうしよう...!なんていえば、)
瑠璃は焦りを隠せずにいた。