第一章
立花瑠璃は目を覚ますと、なぜか自室ではない場所に居た。
天井が見慣れぬ木の梁で、壁には剥がれかけた絵本の切り抜きが貼られている。整理整頓されたたくさんの本棚に囲まれ、レトロな調度品がこの部屋の主は男の子であることを示していた。
「ど、どこ…?」
瑠璃は戸惑いを隠せずにそう呟いた。自分の肉声が、いつもと異なる低い男声に聞こえて、さらに動転した。
ベッドから飛び降り、鏡の前に駆け寄る。そこに写っていたのは、長身で無骨な顔立ちの、見知らぬ男子高校生の姿だった。
「きゃあっ!?」
瑠璃は悲鳴を上げて後ずさりした。鏡の中の少年も、同じように肉体から声が洩れる様子に、狼狽えた表情を浮かべていた。
「なに、これ...? 私、誰...?」
立花瑠璃は今にも暴れだしそうな、男子高校生の肉体にとらわれていた。
一体どういうことなのか、状況が理解できずパニックに陥っていく。
鏡に写る自分とは全く別人の姿に戸惑いを隠せない瑠璃だったが、この非常事態にも徐々に切り替えていく。
客観的に冷静になり、状況を整理し始める。
(これは一体夢なのか? でも夢オチにしては現実過ぎる。仮に夢でないとすれば、どういう理由で男子生徒の肉体に入り込んでしまったのか?)
瑠璃は部屋の中を見渡した。本棚に目を遣ると、タイトルから分かるスポーツ系や自然科学系の本が多数を占めていた。机の上の文房具や教科書も男子向けのものばかりだ。さらに気付くと、ベッド脇の上着から、男子校の制服が出ていた。
(間違いなく、この肉体の持ち主は男子生徒なんだ。でも一体どういう経緯で、私がここに...?)
瑠璃は頭を抱えてうなだれた。答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。そのうち、体内の生理的な変化に気がついた。
(お腹がすいてきた...男の子の体なんだからしょうがないか)
ベッドに腰掛けると、またしてもあり得ない事態に気づいてしまう。男性器がはっきりとそこにあり、瑠璃は思わず顔を赤らめた。
(や、やめろ!こんなの見ちゃダメ!)
そうは思っても、常に視界に入ってしまう。仕方なく瑠璃はその部分に視線を向けざるをえず...。
(う、うぅ...はずかしい。でも、私ってこうだったんだ)
目を伏せると、今度は男性の恰好で全身を見渡す。細く修された肢体に、思わず見惚れてしまった。
(かっこいいかも...)
戸惑いを少し覚えつつも、ある意味新鮮な体験ができていた。
しかし次の瞬間、非常事態が更に深刻化する。
ドアが勢いよく開かれ、おしどり夫婦の姿が現れた。
「じゅん、学校に遅れるよ。どうしたの?」
そう呼びかけられ、戸惑う間もなく瑠璃は男の子の名前がJunであることを知った。お父さんが溜息をついた。
「あれじゃまた遅刻だよ。いつも朝は大変なのにね」
母親がそっと部屋に入ると、瑠璃の気持ちはさらにこみ上げてくる。
(どうしよう...私、立花瑠璃。前までは女子高生だったのに、いつの間にかこの男の子の体に!?)
父母に怪しまれぬよう、とにかく無言を決め込んだ。しかしその口調がJunらしくなかったことから、両親は更に不審がった。
「どうかしたの?Jun」
(ってJunで呼んでる...私はこの子の体に乗っ取られちゃったみたいなんだ!)
戸惑いながらもなんとか朝食をすませ、制服に着替えた。Junの親から渡された財布やランドセルを受け取ると、どうにか家を出られた。
「いってらっしゃい!」
扉を締められると同時に、瑠璃は路上に放り出されてしまった。
(ど、どうしよう...私は立花瑠璃なのに、この子の体になっちゃって...!)