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アシアスと伯爵達が肥料と苗を説明しながら配り終えた後、今度はルイナが食料をバックから出した。
「こちらも大魔法使い様から託されてきた物です。野菜やお肉、果物の他に、すぐに食べられるお食事です。沢山ありますので、皆さんに配ってください」
敷物の上に沢山の食料が並べられ、おぉ!と歓声が上がる。
苗を植えるのは明日からになった。畑の土を作るにはそれなりに準備や時間が必要なのだが、この肥料を土に混ぜればすぐに苗を植えてもいいという事だった。
農業に詳しい彼等は本当だろうかと首を傾げるが、そこは「大魔法使い様の魔法」で納得する。
「今日はたくさん食べて、明日に備えてゆっくり休んでくれ」
そう皆に声を掛けたアシアスは、荷物を積んだ馬車を最後まで見送った。
誰も居なくなりジルト伯爵達と屋敷に戻り、すぐに王宮へ帰る旨を伝えた。
「そんな・・・夕食をご一緒できればと思っていたのですが」
バレッドが残念そうにしながらも引き留めてきた。
彼の後ろには妻のエイヴァと娘のアイラもすがる様に見つめてくるが、ルイナが一歩前に出て誰もが見惚れる様な笑みを浮かべた。
「お心遣い感謝いたします。ですが、明日はリウム伯爵領へと肥料と苗を届けなければいけないのです。大魔法使い様が私達に協力してくださることを、一日でも早く皆様にお伝えしたいのです。どうかご理解いただきたいですわ」
健康体になったルイナは、ファラトゥールが認めるほどの美少女。
そんな彼女がニッコリ微笑むのだ。伯爵夫妻と子息は顔を赤らめ頷くも、娘であるアイラは不満そうな表情をしながらも熱い眼差しでアシアスを見ていた。
転移魔法陣で王宮に戻ってきた二人は、ホッとしたようにソファーに座った。
「取り敢えずは一つ終わったな。明日はリウム伯爵だ。ファーラ様に報告と明日の準備をしないとな」
疲れた様にお茶を飲むアシアスに、ルイナはキッと目を吊り上げた。
「お兄様、ジルト伯爵令嬢にはお気を付けください」
「え?えっと・・・アイラ、嬢・・だっけ?」
ファーラにしか興味がないアシアスは、礼儀程度くらいしか名前を憶えていない。しかも既に容姿も朧気だ。
「何を呑気な事を!あの令嬢、お兄様に色目を使ってましたわ!」
「え?そうだった?全然気づかなかったけど・・・・」
「お兄様はとても美しいんですのよ!健康体になり身体も鍛えて、誰もが目を奪われるほど素敵になりました!ジルト伯爵令嬢なんて、転移直後からお兄様から目を離しませんでしたわ!お兄様はファーラ様のものなのに!!」
「え?ル、ルイナ、何を・・・・」
「お兄様はファーラ様に好意を持っていますよね?私もファーラ様がお義姉様になってくだされば、これほど幸せな事はありません!!」
ルイナにぐいぐい押され、思わず仰け反るアシアス。
ベッドの住人だった頃は唯、儚く気弱なイメージだったが、健康体になったとたん兎に角、行動的で強引で意外にも気が強かった。
最近ではアシアスが押され気味で、今の様にあたふたするようなことを言ってくるのだ。
「お兄様、リウム伯爵家にも令嬢がいたはずです。これまで迫られていませんでしたか?」
「ないない!どちらかと言えば避けられてたと思う。ほら、がりがりに痩せていたし顔色も悪かったからね」
リウム伯爵にはそこそこ通っていたが、子息からはどこか見下された様に言葉の端端に棘があり、令嬢からも毛嫌いされていた。
「伯爵は良い方なんだけどなぁ・・・・夫人が見栄っ張りでね、子供達は彼女に大いに影響を受けている感じだ。正直、彼等とはあまり付き合いたくないね」
彼等に明日会うのが苦痛だというアシアスにルイナは、自信満々に言い切った。
「お兄様、大丈夫です。明日はきっと彼等はお兄様を見下す事はありませんから」
「え?」
「反対に、ジルト伯爵令嬢みたいに、いえ、それ以上に媚びて来るでしょう」
「まさか、天地がひっくり返ってもそれは無いよ」
と笑うアシアスだったが、翌日リウム伯爵を訪れると、これまでと違った眼差しを向けてくる令嬢。
それに対し、警戒心丸出しのルイナがアシアスを守る様にそばを離れないその状況に困惑するのだった。




