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懐かしい写真はあった場所へと戻し、先程までの感情を覆い隠すように微笑みを浮かべ、「さて、話をしようか」とアシアスをソファーへ座るよう促した。
「この土地は元々私のものだ。五百と数十年前にここ一帯を当時支配していた皇帝から譲り受けた。契約書もありそれは魔法での縛りもある為、永久的なものである」
その事までは知らなかったアシアスは、驚いたように目を見開いた。
「私は一度死んでるからね、その間の事は歴史書などでしかわからないのだが。この国の初代国王が私の研究成果を盗もうとし、結界を解こうとしたが、結局は無駄な道を三本も作ってしまった事。これは間違いないか?」
人当たりの良い笑顔を浮かべ吐く言葉は、棘がいっぱいだ。
「王家所有の初代国王の手記にも書かれているので、間違いありません」
国王の手記とは言っても、単に日記である。初代国王はかなり自尊心が高く、魔法がなくとも便利な世の中になっていく事を嫌悪し、その所為で力をなくしていく魔法使いたちを見下していた。
彼の人生の目標は、大魔法使いファーラを超える事だったから、なおさら周りの魔法使いたちを情けなく思っていたのだろう。
だが結局は、彼もファーラを超える事は出来ず、無駄に三本の道を作る事で力を使いすぎ、魔力を失くしてしまった。
そして一縷の望みでもあった、ファーラの工房。
彼女が住んでいたであろう屋敷も何もそこには無く、荒れ地に不似合いな花々が咲き乱れていたのだという。
アシアスの話を聞き、当然だ・・・と、ファラトゥールは頷く。
自分が死んだ後の事もちゃんと考えて、そこら辺は抜かりなく魔法を展開していたのだから。
「私が死んだ後は、ココ以外は全て無になるよう魔法をかけていたからね。私が生み出した魔法を、何の努力もせず自分のものにしようという輩が出る事くらい、安易に想像できる。生きている時ですらそうだったのだから」
魔法使いだって、ずるい人間は沢山いる。もしかしたら魔力のない人間より多いかもしれない。
なんせ、権力欲の塊のような人間が多いから。
「それに初代バカ国王は、ここは私の土地だと認識していたはずだ。当時は、魔法契約が主流だったのだから」
その魔法使いも何を考えたのか、ファーラの土地であることを知っていながら、自分のものにした。所謂、略奪である。
確かに持ち主は死んでいないが、契約は契約だ。ましてや魔法による契約が成されている。
それに違反するような行為をすれば、とんだしっぺ返しが来ることもあり得るのだ。
「初代国王は、対外的には病死となっていますが、実際は発狂して死にました」
自分の思い描いた未来が全て敵わないとわかったとたん、彼はこの土地に居座る事を決めた。
そして、故郷を持たない人達を集め、国をつくってしまったのだ。
「あぁ、それは契約に違反したからペナルティが発動したのよ」
正当な契約の持ち主のものを不当に略奪した場合、契約内容にもよるが略奪した人間に対しペナルティが課せられる。
「私も調べてみたんだけど、この国の王は、短命よね」
「はい、長生きしても五十歳くらいまでです。そして皆、精神の病にかかり初代同様発狂死します」
ガルーラ王家では、呪いではないかと言われている。
「この土地を奪ったのは初代だけど、その血は受け継がれているし、この土地に生きてる。それが全て契約違反対象となるのよ」
「そう、なのですね。現国王は呪いなどあるはずがないと高を括っています。ですが恐らく一番怯えているのは国王でしょう」
今年で四十六歳になる、ガルーラ国王。呪いなど無いとは言うが、かなり焦っているらしい。
「手記を読んで思ったのは、初代はファーラ様にかなり執着しているなと感じました。だから、この土地に固執したのかもしれません」
「この土地自体には魔法はかけてないけど、元々ここは人が住めるような土地じゃなかったのよ。だから時の皇帝はタダでくれたんだから」
王都なのに廃れた感じがぬぐえないのは、元々がそう言う土地だったという事で、国自体が困窮している証拠だろう。
「このままじゃ、将来あなたが国王になった時、契約のペナルティが移るわよ」
そう言いながら、パチンと指を鳴らせば、目の前に温かいお茶とお菓子が現れる。
「今更だけど、お茶をどうぞ。あなたの人柄を確かめたくて、無礼な物言いをしてしまったわ。改めて謝罪するわ」
「いえ!謝罪は結構です!もとはと言えば、不法侵入した俺が悪いのですから」
魔方陣に興奮していた人物と思えないほど恐縮しきりのアシアスだが、視線はお菓子に注がれている。
そんな彼にクスリと笑い「遠慮なく食べていいわよ」と言えば、恐る恐るクッキーを口に運ぶ。
サクリ・・・サクリ・・・
ゆっくりと味わうように咀嚼するアシアス。
本人も気づいていないのか、静かに涙を流しながら、彼はお菓子を食べた。




