40.嫌いな令嬢
「どうして王族と高位貴族の令息が協力しあったのかというと、
どうしても婚約したくない相手がいるからだ」
「婚約したくない令嬢?」
「ああ。それも王命で婚約させられそうな相手。
全員でそれから逃げるために法案を通そうと手を組んだってわけ」
「そこまでして逃げたいのね……」
どんな令嬢なんだろう。アマンダ様が思い浮かんだけど……。
「できればジュリアには会わせたくないけれど、
ジョルダリに行けばどうしても会ってしまうだろうな。
まぁ、絶対に攻撃させないように守るけど」
「攻撃?」
「俺の婚約者なら誰であっても攻撃してくると思う。
そういうやつらだから」
やつら。そんな令嬢が複数いるなんて。
でも、王命って……ライオネル様のお父様が出すってこと?
「ねぇ、お父様に王命を出さないようにお願いすればいいんじゃないの?」
「俺と兄上のことだけだったら、それで済むんだけど、
ビオシュ公爵家とペリシエ侯爵家については難しいんだ。
これは王妃と第一王女、俺の妹が関わっているから」
「王女に?」
「ああ。ヴァイオレット様が産んだ第一王女マリリアナ。
父上はヴァイオレット様のことはどうでもいいらしいが、
娘はかわいいようで……嫁ぎ先を決めようとしたんだ。
その先がビオシュ公爵家とペリシエ侯爵家」
「それで王命なのね」
第一王女は年が離れていたはず。
まだ婚約を決めるような年齢じゃなかったと思うのに。
「ビオシュ公爵家は亡くなった先妻との間に令息が二人いる。
その長男のほうに嫁がせようとしているが、年齢は二十一。
ちなみにマリリアナは十一歳だ」
「それは……公爵家のほうも困るわよね」
まさか十歳も離れているとは。
それなら王命でも断りたいかもしれない。
「しかも話が出たのは王女が生まれた直後だ。
父上はビオシュ公爵家嫡子のアランか、
ペリシエ侯爵家嫡子カミーユのどちらかに降嫁させたいと言い出し、
そのどちらの家からも断られている」
「断ってもよかったの?」
「断ると言うよりかはうまく逃げたって感じかな。
公爵と侯爵を呼び出してどちらかに決めようとしたらしいけど、
王女が大きくなって嫌だと言い出したらどうしますか?
そうなってから婚約解消するのは難しいですよ?
せめて王女が学園に通うくらいまで成長してからでもいいのでは?
って二人から言われて引き下がったらしい」
「それはそうよね」
考えてみれば、王女のほうも迷惑だろう。
生まれてすぐに婚約者を決められているなんて。
思わず王女に同情したけれど、そうではなかった。
「この話のせいで、どちらの令息も婚約できないでいる。
マリリアナは二人を婚約者だと思い込み、
他の令嬢と交流させないようにしている」
「ええ?二人を?どちらかじゃないの?」
「どっちも自分のものだとでも思ってるんだろう。
王妃自体がわがままで手がつけられなくて、
同盟を結ぶからと無理に押し付けられたようだ。
マリリアナはその王妃にそっくりだ。俺や兄上の言うことは一切聞かない」
「えええ……」
ライオネル様の妹がそんな王女だとは思っていなかった。
兄弟仲はいいと言っていたけど、妹だけは別らしい。
「じゃあ、ライオネル様とお兄様の相手の令嬢は?」
「ビオシュ公爵家のルミリア。後妻の娘だ。
アランの異母妹になるんだが、仲は良くない。
あとはルブラン侯爵家のブランカ。
マリリアナもいれて、この三人の令嬢が問題児でね」
「問題児?」
「公爵夫人と侯爵夫人が王妃の取り巻きになっていて、
王妃と一緒になってわがまましたい放題なんだ。
当然、その娘たちも同じように好き勝手している。
まぁ、王妃には最低限の予算しか与えていないから、
それほど影響はないんだが、
マリリアナが父上におねだりするのが問題なんだ」
「娘に弱いって言ってたものね」
「だから、さすがに母上が怒って、
今は母上とエレーヌ様が国王代理として権限を持っている。
王妃は内政に関われないから、
父上さえいなければマリリアナのわがままが通ることはない。
父上は過労のため休養中ってことにして離宮に遠ざけた。
じゃないと、王命の書類とか勝手に作られそうだったんだ」
「それは大変な状況だわ……」
「法案は可決前の王命も認めないと条件をつけたから、
もうマリリアナが父上に何か書かせたとしても大丈夫。
今頃は怒り狂ってそうだけどな」
怒り狂うって。でも、そうよね。
結婚すると思ってた相手とできなくなったとしたら、
怒るわよね……ものすごく。
「そして、公爵家のルミリアと侯爵家のブランカ。
二人は兄上と俺、そして公爵家のアラン、侯爵家のカミーユ。
この四人のうちの誰かに嫁ぐつもりでいた」
「四人のうちの誰かって」
そんな誰でもいいような選び方。
「みんな王族の血だから銀髪に青目。容姿はさほど変わらない。
後は身分……誰が王太子になるかわからない状況だったからな。
きっと王太子の妃になりたかったんだろう。それが無理なら高位貴族の妻にって」
「色が一緒だとしても、誰でもいいなんて信じられないわ」
「ジュリアならそう言ってくれると思った。
だから、俺はジュリアがいいんだよ。
ね、俺たちが逃げ出したくなる気持ちもわかるだろう?」
「ええ、わかるわ」
いくら仲のいい兄弟、友人であっても、
その中の誰でもいいというような扱いかたはされたくないだろう。
「ここまで話せばわかると思うけど、
問題の三人は俺たちの誰かが婚約すれば、大騒ぎになる。
そして、婚約していない者に集中して群がるだろう」
「あぁ、だからライオネル様の婚約を発表する前に法案を?」
「そうだ。そして法案が可決した後、
すみやかに全員の婚約を発表する予定になっている」
「ええ??」
全員の婚約?ライオネル様だけでなく?
「みんな、婚約したい相手はいても、
王妃やマリリアナが邪魔をするからと隠していたんだ。
でも、法案が通って王命を出されることもなくなった」
「それで全員」
「……俺の卒業を待っていてくれたのは、
俺だけが婚約者が決まってなかったから。
俺に狙いが集中するのを心配して待っていてくれたんだ」
「だから、ライオネル様の婚約がきっかけになったのね」
ようやく納得した。
政略結婚をなくすためにこの国来たと言うわりには、
ライオネル様は婚約者もいない状態だった。
「本当に仮婚約の視察は言い訳だったのね」
「言い訳というか、俺はジョルダリで学園に通えなかったんだ」
「え?」




