3.保護される
「商人とその娘か。王都を出てどこに行くつもりだ?」
「はい。娘は生まれつき目が見えず、話すこともできません。
このまま王都にいても苦労するだけなので、
引き取ってくれる農家に養子に出しにいきます」
「ほう……生まれつきの病気か。かわいそうに」
「ええ、ですが、引き取ってくれる先は子どもがいないそうで。
可愛がってもらえるところに預けるのが一番かと」
「それもそうだな。王都では苦労するだけだろうしな」
まずい……王都の外に連れていかれたら、もう家に帰れなくなる。
この人に誘拐だと伝えられたら。
でも、声が出ないし、目が見えない。
振り切って逃げることもできない。どうしたら……
話が終わって連れていかれそうになった時、少年のような声が止めてくれた。
「その子は娘じゃないと思うよ!」
「なに?」
「それ、カツラだと思う。
上着の下に着ている服も商人の子どもが着るものじゃなさそうだ」
「なんだと?」
さっきかぶせられたのはカツラだったのか。
誰かが引っ張ったのか、頭から何かが落ちた感じがした。
「金色の髪!?貴族の子か!」
「やべぇ」
「おい、こら!待て!」
私を誘拐しようとした男が逃げようとしたのか、突き飛ばされて倒れた。
痛かったけれど、声も出ない。
起き上がろうとしたら、その前に誰かに抱き起された。
「大丈夫?」
「……」
「もしかして、声を出せないようにされた?」
抱き起してくれたのはさっきの声の人のようだ。
コクンとうなずくと、質問の仕方を変えてくれた。
「当たってたらうなずいてね」
コクン
「君は貴族の子?」
コクン
「さらわれるところだった?」
コクン
「えっと、家は男爵家?」
……
「子爵家……伯爵家……嘘だろ。侯爵家?」
コクン
周りがざわついたのがわかった。
この国の侯爵家は貴族家の中の最高位。
その令嬢がさらわれたとなれば大変なことだ。
助かったのはいいけれど、お父様に叱られる。
お兄様に置いて行かれたせいなのに、私のせいだって怒られる。
それを考えたら身体の震えが止まらなかった。
目も開けられないのに、涙があふれてくる。
「あ……怖かったよね。もう大丈夫だよ」
……コクン
知らない人なのに、私のこと心配してくれてるんだ。
「震えてる……」
きゅっと抱きしめられ、声の主が同じように子どもなんだと気がつく。
小さい体で私を包もうと一生懸命抱きしめてくれている。
あったかい……。
こんな風に抱きしめられたのはいつぶりだろう。
記憶にないかもしれない。
しばらくそうしていると気持ちが落ち着いてきた。
身体の震えも止まって、目の痛みも少し薄れた気がする。
「これを持って」
何かを手に握らされたけれど、見えない。
硬い石のような何か?
だけど、手のひらからじんわりと何かが伝わってくるのがわかる。
「これはお守り。君にあげるよ」
フルフルと首を横に振る。
きっと大事なものだ。こんな簡単に人にあげちゃいけないもの。
だから断ろうとしたのに、優しく頭を撫でられた。
「遠慮はしなくていい。僕はもう行かなくちゃいけない。
だけど、このままにしていくのは心残りだから、お守りを受け取ってほしい。
この石は君を守ってくれるはずだ。ね?」
……コクン
もう行かなくちゃいけないんだ。
きっとここは王都から外に出るための門。
旅に出るのに、引き留めちゃいけない。
「おうちの人にとがめられたら、僕から預かっているって言ってよ。
大事なものだから、次に会うまで大事に君が持っていてほしい」
コクン
手が離されて、体温も逃げていく。
不安になったのがわかったのか、悲しそうな声が聞こえた。
「……ごめんね。ちゃんと家に帰れるように手配はしたから」
ありがとうの意味を込め、最後に深くうなずいた。
この少年はたまたまここにいただけなんだと思う。
旅に出る前に門番の検査を待っていただけ。
それなのに助けてくれただけじゃなく、落ち着くまでそばにいてくれた。
少年たちが去っていくのが音でわかる。
……いなくなってしまった。
渡されたお守りを握りしめると、また身体が温かくなってきた気がした。
さっきまで抱きしめられていたのと同じくらい。
それからすぐに騎士団の人たちに連れられ、治療を受ける。
目はすぐに見えるようになったけれど、のどは腫れていて、
しばらくは声を出さないほうがいいと注意された。
屋敷に帰れたのはもう夜になってからだった。
玄関先で騎士に説明を受けたお父様は真っ赤になって怒りだした。
「どうしてお前が外に出ているんだ!
ふらふらと遊び歩いて!恥ずかしいと思わないのか!」
「侯爵!?」
騎士が止めてくれたけれど、間に合わなかった。
頬をバシンと殴られ、真横に倒れる。
「なんてことをするんですか!」
「ふん!うるさい!誘拐されそうになっただなんて他で言うなよ!」
お父様はそれだけ言うと屋敷に入っていってしまった。
騎士が私を立ち上がらせてくれたけれど、叩かれたせいかふらふらして歩けない。
「ジュリア様!」
「大丈夫ですか!お部屋までお連れします!」
私が帰ったのに気がついたのかリーナが玄関先まで出てきてくれた。
なぜかベンも一緒に。
リーナでは私を抱き上げるのが難しいのか、ベンが抱き上げて運んでくれる。
騎士に手を振ると、何かあったらいつでも言いに来てと言い残して帰った。
私室に戻るとソファに座らされ、リーナが頬の治療をしてくれる。
腫れているのか熱を持っている気がする。
「申し訳ありませんでした!」
「…?」
大声で謝られ、見るとベンが土下座していた。