29.どうして(アマンダ)
お父様が帰ってきたのは次の日の夜中だったらしい。
屋敷内がバタバタしていたけれど、眠かったからそのまま寝ていた。
朝、起きたらすぐに呼び出される。
まだ朝食も食べていないのにと思いながらお父様の執務室へと向かう。
「お父様、朝からどうしたの?」
「……」
「用事がないなら戻ってもいい?」
黙ったままのお父様に、用事がないなら朝食を食べに行こうかと、
戻っていいかと確認する。
その次の瞬間、頬に衝撃があった。
……え?
「お、お前は……いったい何を考えているんだ!」
いつも物静かなお父様が大声を出すのは初めてだった。
それに、頬がジンジン痛む……お父様に叩かれた?
お父様は私を叩いただけじゃなく、真っ赤な顔して怒鳴っている。
「なんてことをしてくれたんだ!」
「……痛いわ。どうしてこんな」
「お前が、お前が」
わなわなと震えだすお父様を止めたのは家令のモンテだった。
「旦那様、落ち着いてください。
理由を!まずは理由を聞いてみてください!」
「理由など!」
「ですが、お嬢様はどうして叱られているかもわかっていないようです!」
「あんな真似をしておきながらか!?」
「おそらく……」
二人にじっと見つめられ、後ろに後ずさる。
見つめるというよりも睨まれているに近い気がする。
どうして二人にそんな目で見られているの?
「……お父様、何かあったの?」
「……王宮から呼び出された。
お前がジョルダリの第二王子の宝石を盗んだと」
「え?ライオネル様の宝石なんて盗んでない!」
「私は第二王子から話を聞いたのだぞ。
第二王子が預けていたオクレール侯爵令嬢からお前が盗んだと」
「……それは」
ライオネル様からじゃなく、ジュリアからなら盗んだけれど。
すぐに返したんだし、もういいじゃない。
そう言いたかったが、お父様の話に口を挟める雰囲気じゃなかった。
「ジョルダリの守り石を奪うだなんて……なんてことを」
「守り石?ライオネル様は精霊石って」
「精霊石は原石のことだ。
王族の魔力が込められたものは守り石を言われる。
王族とその婚約者しか持てないものだ」
「王族と婚約者?」
じゃあ、どうしてそんなものをジュリアが持っているの?
やっぱりおかしいじゃない。
身分不相応な物で間違いなかったんだから、私を咎めるのは違うんじゃない?
「第二王子はオクレール侯爵令嬢に求婚しているそうだ」
「は?……そんなわけ」
「第二王子から聞いたと言っているだろう!」
ありえない。ジュリアはオクレール侯爵家の嫡子だから、
あの真面目な性格で侯爵家を放り出していくことなんて無理だ。
「お父様、大丈夫よ。ジュリアが求婚を受けるわけがないわ。
オクレール家の嫡子なのよ?」
「そんなことはどうでもいい。
もうすでにジョルダリの顧客の八割が離れた……」
「え?」
「謝罪がなければ、今後はジョルダリ国での取引を禁ずると」
「どうして?」
「お前が王家の物を盗むからだろう!」
「だって、すぐに返したのに!?」
「一度でも盗んだのなら、同じことだ!
平民なら即座に処刑されるような罪なんだぞ!?」
処刑?いや、平民ならって言った。
筆頭伯爵家の嫡子の私が罪に問われることはないはず。
「謝罪はしたわ……だから、大丈夫よ」
「大丈夫じゃないから呼ばれたんだろう……。
あの時、もっと厳しく叱っておくべきだった。
令嬢たちからいろんなものを奪ってたとわかった時に」
急に小さな声になって、座り込んだお父様に、
そこまで落ち込まなくてもと思う。
ジョルダリと取引ができなくなったとしても、
この国での取引だけでも十分にやっていけるのだから。
「伯爵家はロベルトに継がせることになった」
「は?」
「私はもう貴族ではない。元貴族だ。
お前は退学届けを出してきた」
「はぁ!?お父様、何を勝手に!」
「そうしなければ、お前は貴族籍をはく奪された上での牢獄行きだ!
どっちが良かったんだ!」
「貴族籍のはく奪?牢獄?そんな馬鹿な」
「どうしてそうも愚かなんだ。
成績がいいから、いつかまともになると思っていたのに……。
ロベルトの助言を最初から聞いていればよかった」
何が起きているの?
ちょっとジュリアが持っていた宝石を盗んだだけじゃない。
それにすぐに返したし、謝ったのに。
たったあれだけのことで、牢獄行きとか冗談じゃない。
なのに、お父様はもう貴族じゃないって言いだすし、
モンテまで暗い顔して涙をぬぐってる……冗談だよね?
「……明日にはここを出ていく。
大事な物だけ持ち出せる。早く用意しなさい。
ロベルトが領地の別邸なら住んでもいいと言ってくれた。
持ち出せる資産で平民として暮らすくらいはできるだろう」
「お父様……冗談よね?」
「冗談か……私もそうだったらどれだけ良かったかと」
静かににらみつけられて、誰かに助けを求めたくなる。
そうよ、お母様なら、私を助けてくれるはず。
「お父様、お母様を呼んでくるわ」
「マリアンヌはもういない。今朝、早くに屋敷から出て行った。
あいつは生家に帰るそうだが、アマンダは連れて行かないと言っていた。
お前は私と一緒に領地のすみで生きるしかない」
お母様が出て行った?私を置いて?
見捨てられたってこと?
「……嘘よ。お父様、ジュリアに連絡するわ。
きっとジュリアなら許してくれるはずよ。だって親友だもの」
「もう二度と第二王子にもオクレール侯爵令嬢にも近寄るなと、
それが処罰を軽くする条件だった」
「二度と近寄るな?」
あのジュリアなら私が神妙な顔をして謝れば許してくれる。
最近は怒ってばかりだけど、本当は気が弱くてお人好しなのはわかってる。
何度も謝られたら、処罰するなんてできないはずだ。
「お父様、私、今すぐ会いに行ってくる」
「だめだ。もう馬車は使わせない」
「どうして!?ジュリアに会えば」
「お前は親友でも友人でもないそうだ」
「そんなこと言っても大丈夫よ!ジュリアなんだから!」
「もう二度と関わりたくないと言っているそうだ」
「私が謝れば許してくれるはずよ!」
「お前のことは大嫌いだそうだ!
それはそうだろう。今までしてきた嫌がらせ、全部聞いた。
ここまで嫌われていて許してもらえるはずないだろう!」
大嫌い?あの気の弱いジュリアがそんなこと言ったの?
嘘だわ。人に嫌われるのが嫌で、顔色ばかり見ているようなジュリアが?
「今までお前の話を信じてきた私が馬鹿だったんだ。
あんなことがあって、親友になるだなんておかしいと思うべきだった。
オクレール侯爵令嬢とはもう二度と関わらせることはないと約束してきた」
「……お父様、本当に大丈夫よ。ジュリアがそんな処罰を望むわけないもの」
「もういい。話は終わった。
荷物の準備をする気がないなら、部屋にこもっておけ。
使用人にはもうアマンダの指示は聞かなくていいと言ってある。
連れていけ!」
「はいっ」
待機していたのか、侍女が数名入ってきて、私の両腕をつかむ。
「放しなさい!」
「いいから、連れて行っていい」
侍女たちはお父様の指示に従って、私を引きずっていく。
何を言っても聞かず、部屋に無理やり押し込まれる。
いつもはすぐに飛んでくるエレンも来ない。
窓を割っても、物を壊しても、ドアを壊そうとしても、
もう誰も来てはくれなかった。
叫び疲れて眠って、目を覚ました時には馬車の中にいた。
誰もいない馬車の中、ドアは開かない。
「開けなさい!馬車を止めて!」
いくら叫んでも馬車は止まらず、誰も聞いてくれない。
「ジュリアのところに行かせて!話せばわかってもらえるから!」
何度叫んでも、馬車は止まってはくれなかった。




