23.ジニーの報告(ライオネル)
図書室でブリュノがジュリアに話しかけていたのを見て、
すぐにジニーに調べるように命じた。
結果は一週間後には報告されたが、
その内容についてはジュリアに言うのは止めた。
ジョルダリ国に、というよりも俺に関係するものだったからだ。
「ハルナジ伯爵家の嫡子と婚約している?」
「ええ、口約束ではありますが、もう両家で話し合いがされています」
「……ハルナジ伯爵を呼んでくれ」
「わかりました」
ハルナジ伯爵家はジョルダリ国と取引をしている伯爵だ。
正確に言えば、俺の協力者だった。
伯爵としか交流していないために、令嬢の婚約相手までは知らなかった。
急に呼び出されただろうに、ハルナジ伯爵はすぐに来た。
いつも通りの貴族らしい笑顔で。
「何かありましたか?もしや、ヨゼフが何か?」
「いや、ヨゼフは問題ない。すごく役に立ってくれている」
「それは良かったです」
ジュリアの屋敷で雇われている家令のヨゼフは、
元はハルナジ伯爵家で家令をしていたものだ。
もう高齢で引退するはずだったところをオクレール家に行ってもらっている。
前は週に一度の報告をさせていたが、
この国に来てからは毎朝ジュリアを迎えに行く際に、
ジニーがこっそり報告書を受け取っている。
そういうこともあって、ハルナジ伯爵家は失いたくない協力者だった。
「実は、伯爵の娘の婚約者なんだが」
「ブリュノですか?あぁ、そういえば学園で一緒の学年ですね。
ライオネル様とは教室が違うでしょうけど」
「いや、同じ教室だ」
「ええ?ライオネル様はB教室にいるはずでは?」
「ブリュノもB教室だ。
仮婚約の儀式に参加していたぞ」
「は?」
親にも報告がいかないとは聞いていたが、
本当に知らされないらしい。
婚約者がいる場合はC教室になるから、
俺とは違うと思って言わなかったんだろう。
まったく予想していないことを聞かされた伯爵は、
口を開けてぽかんとしているが無理もない。
「ブリュノは、婚約していることを内緒にして、
仮婚約している。
相手はイマルシェ伯爵家のアマンダだ」
「筆頭伯爵家のですか!?」
「ああ。そうだ」
「……なんということを」
事実だと理解したのか、伯爵はへなへなと座り込んでしまった。
「今のところ、学園とイマルシェ伯爵家に報告する気はない」
「え?」
「報告したらすぐに退学になるんだろう。
学園を卒業していないと婿にはなれなかったはずだな?」
「ええ、そうですが……」
「伯爵の娘はブリュノに惚れているんじゃないのか?」
「……はい。結婚できないとなれば、嫡子を降りるかもしれません」
報告書ではハルナジ伯爵令嬢のほうがブリュノに惚れこんでいるとあった。
裏切られているとしても、結婚したいと言うかもしれないと思って、
学園に報告する前に伯爵に確認したかった。
俺にとって伯爵はまだ必要な人材だ。
そのためなら、ブリュノの処遇なんかはどうでもいい。
「その判断は伯爵に任せるよ。
俺はその件に関しては目をつぶる」
「ありがとうございます!」
「ただ、婿入りした後は仕事には関わらせるな。
こちらの情報を他でしゃべられたら困る」
「それはもう、当然です。
もとから関わらせるつもりはありません」
「それならいい、何かあればまた連絡する」
「わかりました。失礼いたします」
なんとか気持ちを切り替えたのか、
伯爵はきっちりと礼をして部屋から出て行った。
「まさかハルナジ伯爵家とかかわりがあるとは思いませんでしたね」
「ああ、これでブリュノをつぶすわけにもいかなくなったな」
「アマンダ嬢のほうだけつぶしますか」
「そうだな。ブリュノを訴えられても困る。
卒業までには手を打っておこう。
……ジュリアが当主になった時に、
あれが筆頭伯爵家では苦労するだろうから」
「……ライオネル様、本当にあきらめていいのですか?
ジュリア様を連れて帰るわけにはいきませんか?」
「ジニー。俺はジュリアの邪魔はしたくないんだ」
「……では、予定通りに」
「ああ」
それから二か月が過ぎて、
ブリュノが再儀式に参加しようとしたことには呆れた。
だがアマンダとの仮婚約は解消されたし、他に仮婚約できる相手もいない。
このままおとなしく卒業してくれれば問題ないだろう。
ほっとしたのもつかの間、
オクレール侯爵が王都の屋敷に戻ってきた。
アンディという男の子を連れて。
ジュリアの異母弟らしいが、何を考えて屋敷に連れてきたのかわからない。
母親の方も受け入れたようで、アンディはそのまま住み続けている。
それからのジュリアは日に日にやつれていった。
十分に眠れていないのかもしれない。
そのため、食欲も気力も落ちているようだ。
心配しているうちに、ヨゼフからの報告で、
アンディにブローチが狙われたとあった。
ヨゼフはブローチを持ち歩くように助言したらしい。
ジュリアはヨゼフの助言通り持ち歩くことにしたのか、
学園に登校してきた時から、ずっと鞄を気にしている。
昼休憩でも持ち歩き、教室に置きっぱなしにすることはない。
それだけ大事にしているということなんだろうが、
大事なものを入れてますと他人に教えているようなものだ。
このままではアマンダに狙われてしまうだろうと、
大事なものが入っているのかと聞いてみた。
言われなくても俺が気がつくくらい、
不審な行動をしていると気がついてほしかったが、
ジュリアはいまいちわかっていないようだった。
これなら早めに話をしたほうがいいと決めた直後のことだった。
火事が起きて、校舎の外に避難した。
その少しの合間にブローチは盗まれてしまった。
それに気がついたジュリアが走り出したのを、
慌ててジニーと追いかける。
俺が追いついた時には、もう遅かった。
アマンダの胸にあのブローチがつけられていた。




