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2.八歳の誕生日

ジュリアが生まれたオクレール侯爵家は王都の中に屋敷がある。

領地は王都からそれほど離れていないため、

オクレール侯爵はほとんどの期間を王都で過ごしている。


この日はジュリアの八歳の誕生日だった。

だが、屋敷の中はいつもと変わることはない。

ジュリアの私室にお茶とお菓子を運んできた侍女のリーナがため息をついた。


「ジュリア様の八歳のお誕生日だというのに……」


「どうしたの?リーナ」


「いえ、ジュリア様のお誕生日なのにと思いまして」


おそらくリーナが言いたいのは、

どうしてジュリアの誕生日なのにお祝いしないのかということだろう。

普通なら令嬢の誕生日にはパーティーを開いて、

お友達になれそうな令嬢を招待するものだ。


だけどジュリアが生まれてから、一度もパーティーは開かれていない。

いや、ちょっと違う。

ジュリアのためのパーティーは開かれていないが、

兄のアンディの誕生日にはパーティーが開かれている。


ジュリアは誕生日のパーティーだけではなく、

お茶会などの社交も許されず、ずっと屋敷の中にいる。

家庭教師は雇われているし、専属の侍女もいる。

不自由はないのだが、両親がジュリアに無関心なのはよくわかっていた。


「仕方ないわ。私は家を継ぐわけじゃない娘だもの。

 大きくなったら他家に嫁いでいくのよ。

 家の利益にならないどころか、持参金まで必要なんだから」


「……ジュリア様」


八歳の子どもが言うことではないかもしれないけれど、

よくお父様に言われるから覚えてしまった。


男だったらアンディの補佐として役に立つかもしれないのに、

お前は役に立つどころか損しかしない。

せめてアンディの邪魔だけはしないようにおとなしくしておけ、と。


悲しそうな顔をするリーナには悪いけれど、

お茶とお菓子は美味しいし、それほど悪い誕生日ではないと思う。

お気に入りの本を開いて読もうとしたら、ドアがバンっと大きな音を立てて開いた。


「ジュリア、お前今日が誕生日なんだって?」


突然部屋に入ってきたのはお兄様だった。

普段はあまり話すこともないのに、どうしたんだろう。


お兄様はお父様に似た薄茶色の髪とお母様に似た青目だ。

両親に似た容姿と嫡子ということで大事に育てられたお兄様は、

何を言っても許されているからか少しでも否定されると暴れだす。


勉強ができないわけでもないのに勉強が嫌いで、

家庭教師が来ても一時間もたたずに窓から外に逃げ出してしまう。

本を投げて逃亡し、庭師に向かって木剣を振り回して戦いを挑み、

池の魚を素手で捕まえて芝生の上に放置したりする。


どうしてこんなに詳しく知っているのかと言うと、

家庭教師から愚痴られるからだ。

アンディ様は手に負えませんと。

それでも両親にとってはやんちゃだけど可愛い息子らしい。

家庭教師にわがまま言っても叱られることはない。


できればあまりお兄様とは関わりたくないと思ってしまう。

理不尽なことを言われて断っても、後で両親に怒られるのは私だ。

家を継ぐのはアンディなのだから言うことを聞きなさいと。


今日は何を企んでいるんだろう。

前回はカエルを捕まえに行こう、だった。

見るのも嫌なのに素手で捕まえろと言われ、だけど捕まえる前に逃げられてしまった。


あの時もすごく怒られたな……。


「お兄様。ええ、誕生日です」


おそるおそる答えると意外な答えが返ってきた。


「お祝いに何か買ってやろう」


「え?」


「誕生日なんだろう?贈り物をするものだ」


「あ、ありがとうございます」


いつも非常識なことしか言わないお兄様がまともなことを言っている。

そのことに驚いてると、ぐいっと手を引っ張られた。


「よし、行くぞ」


「え?どこに?」


「買い物に決まってるだろう」


「ええ?」


まさか今すぐ買いに連れていかれるとは思わなかった。

リーナが私を助けようとしたけれど、首をふってやめるように伝える。

お兄様を止めるようなことをしたら、リーナはクビになってしまう。


お兄様に引きずられそうになりながらついていくと、

馬車は出払っているようだった。


「どうしていつもの馬車がないんだ?」


「今日は旦那様と奥様が別々に出かけられているんです。

 馬車も護衛も出払っていますよ」


「そこにある馬車は?」


「これは使用人が用事があるときに使う馬車です」


「じゃあ、それでいい。用意しろ」


残っていた小さめの馬車は使用人用らしい。

侯爵家の紋章が入ってない馬車だけど、いいのかな。

しかも護衛も出払っているって言われたのに。


だけど、お兄様の侍従のベンもお兄様を止めることができない。

あきらめてお兄様とベンと一緒に馬車に乗り込む。

めったに屋敷から外に出ないため、窓から見える景色が楽しい。

わくわくしているとお兄様からどこに行きたいかと聞かれる。

買い物に行ったことなんてないのに、どこにと言われても。


「何が欲しいんだ?」


「えーっと。お兄様が選んでくださるなら何でも」


「そうか。ベン、何がいいと思う?」


「お誕生日のお祝いでしたら、小物や髪飾りはどうでしょうか」


「よし、それを買いに行こう」


「わかりました。ですが、一時間だけですよ。

 御者には一時間後に迎えに来るように言ってあります。

 護衛もいませんし、侯爵家の馬車でもないですからね。

 旦那様たちが帰って来られる前に戻りましょう」


「急げばいいんだろ」


ベンもこの外出はまずいと思っているようだ。

一時間だけです、と何度かお兄様にお願いしている。

早く戻って、お父様たちには内緒にしたいんだ。

私も怒られるのは嫌だから、早く帰りたい。


しばらくして馬車は止まった。

ベンの手を借りて降りると、お兄様は走って行ってしまう。

それに気がついたベンは走ってお兄様を追いかける。


「アンディ様、お待ちください!」


「急げって言ったのはお前だろう!ほら、早く!」


「お待ちください!お一人で行かれては危ないです!」


気がついたら、二人に置いて行かれてしまった。

私たちが乗ってきた馬車はもういない。

すぐに侯爵家に戻ってしまったらしい。


ぽつんと一人、お兄様たちが戻ってきてくれるのを期待して待つ。


ほんの数分もしなかったと思う。

急に後ろから抱きかかえられ、路地裏に連れていかれる。


「!!」


振り返ろうとしたら、何か水のようなものを顔にかけられた。

目に染みるのが痛くて、こすろうとしたら止められた。


「おっと、それは毒だからさわらないほうがいいぜ」


「毒!?」


「あぁ、声もどうにかしなきゃいけないか」


何をといいかけたら、口の中に飴のようなものを入れられた。

吐き出すよりも早く、どろっと溶け、口の中に甘にがい味が広がる。


「……っ!」


「暴れたら殴るぞ」


「……」


「よし、おとなしくしていれば問題ない。

 目が見えないのは一時的なものだ。

 声が出ないのもな。あとで治してやるから、素直についてこい」


これは……人さらいだ。

リーナが言っていた。貴族の子どもは高く売れるから気をつけるようにって。

言われたときは外に出ないから大丈夫だって思ってたのに。


目が痛くて開けられないし、のどが焼けるように熱い。

せき込んだが、声がかすれて出ない。


何か頭の上からかぶらされ、服の上からも羽織らされる。

立つように言われ、素直に立つと手を引かれて歩かされる。

どこに連れていかれるんだろう。


「……いいか、おとなしくしておけよ。

 騒ぐようならこの場で殺して逃げるからな」


低い声で言われ、怖くて震えが止まらない。

舌打ちが聞こえたけれど、震えはどうにもできない。


「次、前に出ろ!」


人さらいの男とは違う声が聞こえた。

手を引かれ、前に出る。


「商人とその娘か。王都を出てどこに行くつもりだ?」



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