12.困ったお出迎え
ライオネル様が留学してきてから二週間。
最初はどうなるかと思ったが、アマンダ様の件が広まったおかげで、
ライオネル様に安易に近づこうとする令嬢はいなかった。
ただ、見目麗しい隣国の王子様にあこがれるものが多いのか、
ライオネル様が登校する時間に人だかりができるようになった。
一緒に登校している者としては見世物になっているようで落ち着かないが、
声はかけられないけれどせめて見るだけでもという気持ちはわからないでもない。
最初は三学年だけだったのが、少しずつ人が増え、
今では学園の令嬢の半数はいるのではないかと思う。
「毎日こうでは嫌になるな」
「学園から注意させる?そうしたら少しは減ると思うんだけど」
「いや、そこまでじゃない。
だが、このままだと帰りの時間も待ち伏せされるようになりそうだ」
「んーそうね。帰りの時間をずらしましょうか。
図書室で調べ物をしてから帰りましょう?」
「あぁ、それがよさそうだ」
第二王子なのだから人に見られるのに慣れているだろうと思っていたが、
ライオネル様は第一王子の兄に気をつかい、社交をしてこなかったという。
そのため、自分の容姿についても気にしたことはなく、
他国にきて令嬢に囲まれることになるとは思っていなかったとか。
おそらくジョルダリ国でも社交するようになれば同じ状況になると思う。
下手に目立ってしまうと王位争いに巻き込まれるかもしれないと、
帰国した後も社交する予定は今のところないらしい。
成人している第一王子にもライオネル様にも婚約者がいないというのは、
他の貴族家も様子見しているのだろう。
ライオネル様は兄のヴィクトル王子と仲がいいそうで、
王弟として国王を支えるつもりなんだとか。
婚約者も兄が結婚するまで決めないと公言している。
仮婚約を調べに留学してきたのも事実だけど、
王位争いには加わらないという意思表示も兼ねているそうだ。
話を聞いただけでも兄弟仲はよさそうなのに、
それでも周りが勝手に王位争いを始めてしまいそうなくらい、
貴族家の力が強いということなんだろう。
授業が終わった後、少し落ち着いてからライオネル様と図書室に向かう。
授業中は自習に使う人が多いが、授業後の図書室は人が少ない。
わざわざ残ってまで勉強するのは文官を目指す一部の者くらい。
勉強している令息たちの邪魔にならないように、奥の席にライオネル様と並んで座る。
「政略結婚を辞めさせたいのは兄上のためでもあるんだ」
「そうなの?」
「王位争いと同時に令嬢たちの間で王妃争いも起きている。
貴族家の力が強すぎて、王族の意見が通りにくいんだ。
このままでは傀儡のような王政になってしまうだろう」
「……そんなこと私が聞いてもいいの?」
「ジュリアは他の者に話さないだろう?」
「それはもちろん」
「だったら、ここでくらい気を抜かせてくれ。
向こうに帰っても本音で話せるものは少ないんだ」
「そう、なの……」
ジニーもいるし、ライオネル様なら仲間に囲まれているんだと思っていた。
アマンダ様に見せた冷酷な姿も知っているけれど、
普段はとても優しくて温かい人だと知っているから。
さみしそうなライオネル様に、話題を変えようとした。
「それで、何から調べようか」
「あぁ、仮婚約の制度がいつから始まったのか、
最初のころの問題点とかどうしたのかが書いてあるものはないだろうか」
「ちょっと待ってて。本を持ってくるわ」
仮婚約について一度調べたことがあったから、
置いてある場所は知っていた。
あの日、アマンダ様に札を取り換えられた後、
どうにかならないか調べたことがあった。
あの札は魔力が込められていて、精霊の力を借り、
お互いにふさわしいと思われる相手を選んでくれると。
たしかに不思議なものだと思う。
継ぐことができる嫡子と継がないもの、
その組み合わせなら誰とでも結婚できるわけではない。
例えば、侯爵家の私の相手は子爵家まで。
男爵家は許されない。
子爵家の令息であっても、母親が男爵家出身ならいい顔はされない。
そういう組み合わせになってもおかしくないのに、
どういうわけなのか身分としてもちょうどいい相手と組み合わされる。
私が仮婚約するはずだったブリュノ様も伯爵家。
伯爵家の中でも上位の貴族家。侯爵家に婿入りしてもおかしくない身分だ。
……まぁ、それは筆頭伯爵家のアマンダ様でも同じことだ。
調べた結果、もし何かの手違いがあって、
本来の相手ではない者と組み合わせてしまったとしたら。
それでも仮婚約は成立すると書かれていた。
札をアマンダ様に奪われたと訴えても、
もう成立しているから解消になることはないということらしい。
その理由は、精霊はそこまで見通して札を選ばせている、と書かれていた。
それならブリュノ様の運命の相手はアマンダ様で間違いないということだ。
それを知ったとき、調べなきゃよかったと後悔してしまった。
仮婚約の本は図書室の中でも奥まったところにある。
本棚に並んでいる仮婚約についての本の中から、
一番古そうな本を探す。
と、後ろから声がかけられた。
ライオネル様ではない男性の声で。
「あの王子様はどこに行ったんだ?」
「え?」
振り返ったら、そこにいたのはブリュノ様だった。
「今日は王子様と一緒じゃないのか?」
「ううん……席で待っていてもらってるだけ。
ライオネル様に何か用があるの?」
ライオネル様が登校してきた初日、
ブリュノ様はアマンダ様を追いかけて教室から出て行った。
その日はどちらも戻って来なかった。
次の日に登校してきたブリュノ様は、
アマンダ様に何を聞いたのかはわからないけれど、
ライオネル様を避けているように見えた。
それなのに授業後に追いかけてきて、話したいことでもあるのだろうか?
「いや、違うよ。ジュリアと話したくて」
「私と?」
ブリュノ様と話すのは初めてだというのに、
名前を呼び捨てされたことに少し驚いた。
誰とでも仲良く話すブリュノ様らしいといえばらしいが、
私の方が身分が上なことを考えるとちょっと失礼だとも思ってしまう。
「俺とアマンダの仮婚約がうまくいかなかったら、
その場合は再儀式になるでしょ?
そしたら俺の相手はジュリアになるんだし、興味あるよ」
「は?」




