003 氷魔法
お父さんとお母さんの衝撃の魔法を見た夜は、興奮で全然眠れなかった。
両親が魔法を使えるって事は、私にもその才能があるって事じゃない?
時代が何時頃なのかとか、もうどうでも良くなっちゃった。
異世界なんだから仮に幕末だとしても、後に明治維新や大正デモクラシーが起こるかどうかも分からないし。
そもそも、前世の私はそれ程頭が良かった訳じゃないから現代知識チートなんて使えないし、時代が何時とかあんまり関係無かった。
しかし生まれたばかりの頃描いた、幼少期から剣を極めてチートする野望は絶たれたと言っていいね。
だって、いくら剣を極めても飛ぶ斬撃とかあったら絶対勝てないじゃん。
あんなの反則だよ。
だから私は、剣と魔法……もとい刀と魔法を極めて魔法剣士になろうと思います。
とりあえず、まずは魔法から練習してみよう。
両手を天井に向けて。
魔法でろ~、魔法でろ~。
……出ないね。
呪文詠唱とかいるのかな?
お母さんは発動する時『修復』って言ってたけど、あれは呪文じゃないと思う。
日常で使う言葉だけで発動したら大変な事になっちゃうもの。
つまりほぼ無詠唱で魔法使ってたんだから、詠唱じゃなくて別の方法で発動すると思うんだけど……。
そういえば魔法が出る前にお母さんの手が紫色に光ってた。
お父さんが刀を振る前にも、刀が光ってた。
あれって魔力とかじゃないのかな?
ラノベではどうしてたっけ?
確か、体内にある魔力を感じるとこから始めてた気がする。
私は静かに目を閉じ、体を自然体に保つ……と言っても赤ちゃんだから常に自然体なんだけど。
そして、下腹の丹田に少し力を入れて深く呼吸する。
剣道をしていた時の、体内の気を感じる修練だ。
漫画やラノベみたいに爆発するような気を使える訳じゃなく、体の隅々まで気を張って自分のイメージした通りに体を動かすためのイメージトレーニングみたいなものでしかない。
でも、この世界ではきっとすごい力を感じられるんじゃないかな?
赤ちゃんの体であまり無理な事は出来ないけど、丹田呼吸法ぐらいは問題無いでしょ。
深く、ゆっくりと息を吸い、吸う時の倍ぐらいの時間で吐く。
徐々に体の各部の感覚を細かく感じられるようになっていき、前世では感じられなかった何か強い力の波動に触れた気がした。
私はそれを、血液の循環と同じようにイメージして、体の中を移動させてみる。
暫くイメージと呼吸に集中していると、少しだけ体の中をその力がうねるように動いた。
やった!
……と、思ったところで意識が闇の中に沈んだ。
次に目覚めると、もう夜になっていた。
あれ?何時の間にか寝ちゃってた?
と言うより、意識を失ってたのかな?
さすがに赤ちゃんの体では、まだ無理っぽいのかも。
でも、さっきちょっと動いたし、少しずつやっていけば慣れるんじゃないかな?
夜泣きしてお母さんを起こすのも悪いし、ちょっと疲れてる方が眠れると思うから、もう一回やってみよう。
私は再び丹田呼吸法で体内の力を感じる練習を始める。
今度は、さっきより早く簡単に力を感じる事が出来た。
でも、動かすのが大変なんだよね。
イメージ力が足りないのかな?
いや、ひょっとして血液の流れとは違うのかも知れない。
魔力って、別次元の器官を通っていて血管とは違うところを流れているってラノベに書いてあった。
そんな空想上の知識が役に立つのか分からないけど、ちょっとそんなイメージでやってみよう。
体の中の力を動かすイメージを少し変えてみると、今度はさっきよりスムーズに動く。
予想どおり!
……と思ったところで、再び私の意識は闇に沈んだ。
次に起きたら、もう朝。
さすがにお腹すいたので、赤ちゃんっぽく泣いてお母さんにおっぱいの催促をしてみる。
「おぎゃ~!」
「はいはい、今あげますよ~」
母乳に吸い付いて充電っ!
お腹がいっぱいになったところで、昨日の続きだ。
でも、すぐに意識が暗転しちゃって中々捗らないなぁ。
一気に体内全部の力を動かしてるから、赤ちゃんの体じゃ耐えきれないのかな?
今度はちょっとイメージを変えて、指先の力だけ動かしてみよっと。
力を感じる感覚は掴めてきたので、今回は更に簡単に感じられた。
指先にある力がぐるぐると回るイメージをしてみると、何となく指先で力が回っている感じがする。
出来た……っぽい。
しかも、今回は意識が飛ぶような事も無い。
いきなり全身の力を使うのはダメなのだという事を学んだので、教訓を心に刻み、地道に練習を続ける事にした。
どうせ赤ちゃんは暇なのだ。
そんな練習を1週間続けた。
ふむふむ、かなり力を思い通りに動かせるようになったぞ。
さて、ここからが問題だよね。
どうやって魔法として発動するんだろう?
その先もやっぱりイメージ力が大事なのかな?
私は右手の魔力を人差し指の先に集める。
基本はやっぱり炎系魔法?
でも木造の家の中でやるのは怖いし安全性も考えて、ちょっと暑いから氷を出してみよう。
魔力が氷に変わるイメージで具現化する。
ピキッと言う音がして、指先に直径2mmぐらいの氷の塊が出来た……が、一瞬で溶けるように消えてしまった。
出来たっ、氷系魔法!……でも、しょぼい!
一応魔法使えたことだし、良しとしときますか。
それにしても、右手分の力でやっと2mmって小さすぎでしょ。
赤ちゃんの力じゃそんなものなのかなぁ?
最近気温が上がって来てるし、氷作れたら嬉しかったんだけど。
漫画や小説みたいには上手くいかないみたいだ。
それから更に1週間。
とにかく首が座ったばかりの赤ちゃんである私は暇なので、ひたすら魔法の練習。
ちょっとずつ氷を作る為の力を強くしていき、腕全体の力を使って直径15mm程の氷を作れるようになっていた。
ちっさ!氷、ちっさ!
これが赤ちゃんの限界かしら?
暑いので、作った氷は額に乗せて涼む。
氷は暑さで直ぐに溶けてしまうので、次々に作っていたら、何時の間にか布団がびちゃびちゃになっていた。
お母さんに怒られるかな?と思ったけど、赤ちゃんがやった事だと思う訳ないよね。
「へぷちっ!」
あ、やばい。
このままだと風邪ひいちゃう。
でも、寝返りすらうてない私にはここから逃げる術が無い。
しょうがない、助けを呼ぼう。
「おぎゃあ~!」
さぁ、マイマザー、カモン!
……あれ?
何故かお母さんが来ない。
ひょっとして、トイレとか?
いくら待っても来ない。
どうしよう……。
魔法で乾かすしかないか。
でも火を家の中で使うのは怖いので、温風を作る事にしよう。
イメージはドライヤー。
右手に魔力を集めてドライヤー、ドライヤー。
すると、右手から風が出始める。
よし!これで右手を布団に向けて……と、そこで私の意識は闇に沈んで行った。
「な、なんでこんなに濡れてるのかしら?撫子の寝汗?」
お母さんの声で目が覚める。
「へぷちっ!」
あ、これはダメだ。
完全に風邪引いちゃった。