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002 魔法

 それから数ヶ月が過ぎた。

 私の意識はまだ健在である。

 意外と前世の意識頑張ってるね。

 このまま頑張れ!

 でも、私の羞恥心は完全にぶち壊されました。

 自力ではトイレに行けないので、そのまましなければならないからである。

 初めはやってしまったという罪悪感と、得も言われぬ開放感が駆け巡って悶えたけど、徐々にそれにも慣れていき、このままではダメ人間になるなぁと思う今日この頃。

 いいんだもん。

 私、今は赤ちゃんだから動かないで垂れ流してていいんだもん。

 開き直って赤ちゃんライフを満喫中だもん。

 そしていずれは、転生チートで剣の道を極めてみようと思う。

 練習方法は覚えてるから、幼少期から鍛えれば日本一、いや世界一にだってなれる筈よ!

 今は動けないから、イメージトレーニングしか出来ないけどね。


 2ヶ月程過ぎたあたりから、周囲の物がハッキリと見えるようになって来た。

 どうやら、私が寝かされている場所は畳が敷いてある和室らしい。

 しかも結構古風な感じで、屏風なんかも置いてある。

 そして何と何と、私が転生した場所はどうやら日本!

 大人達が会話している声を聞くと、紛れもなく日本語だった。

 これは転生チートまっしぐらだね。

 ラノベでは、異世界に転生してしまって言語が理解出来なくて苦しむなんてお話もあったけど、運良く私は日本に生まれる事が出来たようだ。

 只、もの凄く気になる事が一点……。

 言い回しが古いというか、なんか時々、時代劇みたいな喋り方してるんだよね。

 そして、お父さんもお母さんも和装だし。

 書道家とか日本文学的なお仕事してる家族なのかな?

 それから、オムツが只の布みたいで吸収性が悪い。

 どんだけ田舎なの?

 経済的に不自由でも、オムツはちゃんと買ってよ。

 私のお尻が荒れたらどうしてくれるのよ?

 お嫁に行けなくなっちゃうでしょ。

 それからお父さん、私が寝てる側で刀の手入れするの止めて。

 凄く怖いから。

 銃刀法とかどうなってるの?

 あと、この部屋電気が無くて、夜は真っ暗なんだよね。

 まぁ私、赤ちゃんだからずっと寝てるだけだし、夜暗くても困らないけど。

 とにかくツッコミどころが多すぎる毎日なのに、まだ喋れないのであーうーって唸って抗議する事しか出来ない事がもどかしい。


 そして毎日が暇なので、これらの情報から現状を推測するのが今の私の遊び。

 両親は健在で、祖父母も離れて暮らしてはいるが健在らしい。

 あと、私には兄が一人いるらしい。

 まだ会った事ないけど。

 オムツも買えないくせに、両親は経済的には豊かであると思っているみたい。

 いや、実際に豊かだと仮定しましょう。

 とすると、最も懸念される答えが導き出される。


――時代が違うから、経済状況も違う?


 ……いやいやいやいや……まさかね。

 魂は時の流れに捕らわれない、なんてお話もあったっけ。

 生まれ変わったからと言って、必ずしも前世より時間軸が進んでいるとは限らないとか?

 過去への転生でチートってのも有りかな~とは思うけど、昔ってもの凄く不便だよね〜。

 トイレは汲み取り、風呂は薪で焚く。

 水道も無くて、水は井戸で汲まなきゃならない。

 現代の便利さに慣れきった私に、そんな生活耐えられるだろうか?

 オムツが布ってだけで、もう限界なんですけどぉ!

 あ、現代って言っても、今が現代か……ややこしい。

 私が前世で生きていた時代は未来になってしまったのかな?

 もう生まれ変わってしまったのだから、受け入れるしか無いんだけどね。

 転生って、神様みたいなのが現れて色々条件を聞いてくれるんじゃ無いんだね。

 特殊スキルとか欲しかったけど、それはラノベの中だけのお話かぁ。

 現実は厳しい。


 数ヶ月間の退屈な赤ちゃん生活が進み、私の首が座った頃、お母さんが私を抱いて部屋の外の縁側へ腰を下ろした。

 木で出来た塀に囲まれているので、我が家以外の様子が解らないけど、ビルのような高い建物は周囲に確認出来なかった。

 我が家だけじゃ、何時頃の時代か分からないね。

 平和そうだし、太平の江戸時代ってとこ?

 でもお父さん、髷結ってないし。

 それとも、維新は終わってるけど、田舎だから暮らしが貧しいとか?

 縁側から見える我が家の庭は、松の木が数本生えているだけの殺風景なものだが、それなりに広いと感じた。

 赤ちゃん視点だからかも知れないけど。

 その庭でお父さんが、真剣で素振りしていた。

 ほんと、銃刀法どうなってんの?

 まさか、私の予想通り過去に転生していて、廃刀令以前の時代だったりするの?


 私に気付いたお父さんが、にっこりと微笑んで私に向かって駆けだした。

 まず、抜き身の刀をしまえぇ!

 危ないじゃない!

 剣道やってたけど、真剣なんて触った事も無いんだから怖いよ!

 でも、親バカお父さんは私の忌避感を微塵も感じていないようで、抜き身の刀を持ったまま私にほおずりしようとする。


「お前様、刀危ないでしょう。撫子なでしこが怪我したらどうするんですか?」

「ご、ごめんっ!」


 氷の微笑を浮かべるお母さんに、お父さんが亭主の威厳など全く無い情けない顔で謝る。

 廃刀令以前の時代って、男尊女卑で亭主関白が普通なんじゃないの?

 うちだけが特別なのかしら?

 それに時々、お父さんとかお母さんの言葉が現代的な口調になる事がある。

 時代背景がなんかごちゃごちゃしてて、もう良く分からん。

 あ、ちなみに撫子っていうのが今世での私の名前みたい。

 あんまり気に入ってないけど前世の名前も小町だったし、私にはキラキラネームの呪いでも掛かってるんだろうか?

 姓はまだ不明。

 家族内で姓は名乗ってくれないから、まだ知らないんだよね。


 そんな事を考えながらぼーっとお父さんを見ていたら、お父さんがデレっとした顔で突然張り切り出した。


「よーし、では、てて様が撫子に凄いのを見せてやるぞ」


 てて様というのは、子供向けに父様を表している一人称だ。

 お父さんはスキップしながら、道具置き小屋らしき場所から2mぐらいの木の棒を持ってきた。

 その棒を地面に向けて、力任せに突き刺す。

 私のお父さん、結構怪力で、ちょっとびっくり。

 普通に細マッチョで、スリムなイケメンにしか見えないのにね。

 しかし、その驚きは直後に目にしたものに比べたら些細なものだった。


 突き刺した棒から数m離れたお父さんは、先程鞘に納めた刀をするりと抜く。

 それを両手で握り、上段に構えると、お父さんは静かに目を閉じる。

 その上段は、前世でやっていた剣道では見た事の無い型だった。

 真剣を使っての構えは、剣道というスポーツとは違う、実戦向けの剣術の構えなのかも知れない。

 じっとお父さんの構えた刀を見ていると、何故か刀が光り始めた。


「ん?」


 最初は、太陽の光が反射してるのかなと思ったけど、その光は徐々に強くなってくる。

 あれ、反射じゃなくて発光してない?

 そう思った直後、お父さんの眼がかっと見開かれた。


「えぃやっ!」


 気合いと共に、その場で刀を袈裟懸けに振り下ろすと、刀から出ていた光が先程お父さんが立てた木の棒に向かって飛んで行った。

 三日月型の光は高速で木の棒に当たり、次の瞬間、巨大な炸裂音と共に木の棒はバラバラに弾け飛んだ。


「ふぎゃっ!」


 私はびっくりして、目を見開いて変な声を上げてしまった。

 ぱらぱらと木の破片が地面に舞い落ちると、お母さんの冷え冷えとする低い声が響き渡る。


「お前様、撫子がびっくりしてるでしょう。もっと気を抑えてくださいまし」

「ご、ごめんっ!!てて様の格好いいところ見て欲しくて、つい力が入ってしまったのだ!」


 お父さんはその場で土下座した。

 妻に向かって土下座って、どう考えても昔の日本じゃ有り得ないよね。

 そして、何、今の?

 光が刀から放たれて、木の棒を粉砕した。

 気功?

 それとも魔法?

 何かの漫画であった、何とかストラッシュ?


「まったく、木の棒もただじゃないんですからね」


 そう言ったお母さんが左手を砕け散った木の棒に向ける。


「『修復』」


 言葉と同時に、お母さんの左手が紫色に光った。

 その光が木の棒の欠片に向かって飛んで行き、吸い込まれるように消えると、次の瞬間ふわりと欠片達が浮き上がって一カ所に集まり、一度発光するとそこにお父さんが砕く前の木の棒が現れた。

 あ、こっちはホントに魔法だわ。

 ……ふぅ。

 ……いやいや。

 ……嘘でしょ?

 何なの、この世界イィィィ!?

 いやね、前世の記憶持って転生してる時点で、かなりファンタジーだけどね。

 でもまさか、過去の日本だと思ってたとこが、剣と魔法のファンタジー世界だったなんて。

 いや、お父さんが使ってるの剣じゃなくて刀だから、刀と魔法のファンタジー世界?

 って、そんな事どうでもいいわ!

 また日本に生まれてこれて良かったと思ってたけど、日本語が通じるだけで完全に異世界ですわ、これ!

 生まれ変わって数ヶ月、ようやく自分の置かれている現状を把握した。

 私、異世界転生っていうラノベみたいな事してたのね。

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