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第8話 汚れた一族と偽名

 権藤彩音からの呼び出し。マジ? 同じ中学のドンパだと言ってもつい最近まで顔も名前も知らなかった女子だ。おまけに婆ちゃんが拝み屋って……ちょっと怖い。確か河西さんだって、呪うってか? なんて言ってた。そんなの…出来ちゃったりするの? ん? 河西さん知ってたんだ。権藤さんの婆ちゃんのこと。俺だって新井さんに言われるまで知らんかったのに……それに俺のこと佐藤さん一筋って言ってた。転校してきたばっかの河西さんがなんで? やっぱり前にもこの街にいたのかな? でも、住んでたとしても10年以上も前だよな。やっぱりへんだ。


 俺達が住むこの街は、昔は違った。4っつの町が合併されて今になる。平成の大合併って言うんだって姉ちゃんが教えてくれた。なんでも合併特例新法とかいう法律の期限が2010年に切れるらしくて、いろんな町村が今でも合併騒ぎで大あらわらしい。確か俺が小学4年生の時で、今の家に越して来てからだ。合併で町の名前が変わったのって。

 左舞久留町。初めて聞いた時、なんだそれ? って思ったけど今でもやっぱり、なんだそれ? だ。当て字なんだそうで、サマイクルっていう名のアイヌの英雄神から取った町名らしいのだが、そのアイヌの伝承じゃ、サマイクルとオキクルミって兄弟がいて、道央や道南ではオキクルミが英雄でサマイクルが愚か者、だけど道北や道東ではその逆だと伝わってるらしいが、俺にとってはどっちでもいいし、元の町名の方がしっくりくる。それに姉ちゃんはこんなことも言っていたーー


 農協の意向だよ、ウチらの街が合併したのって。


 4っつの町にはそれぞれ別の農協があって、その中でも元々俺が住んでいた町ーーS町の農協が強烈にデカい農協で、そこの組合長が政治力を持ってたもんで強引にやっちまったのが4町合併だそうだ。でも何でアイヌの英雄神から名前を取ったんだ? これも姉ちゃんの言葉だがーー


 どうせ利権がらみでしょ。


 もちろん4っつの農協も1つになって巨大化したのだが、新組合長はS町農協の組合長が、他の3人の組合長を当然のようにねじ伏せたという。そう言えば組合長って農家だよね? と母さんに聞いたことがある。するとーー


 他の町の農協は知らないけど、この町じゃ神取さんとこが組合長を出す家だよ。もちろん農家だけど、ずーっと昔は大地主で……


 決まってんだ。聞くと、今の組合長の父親も爺さんもぜーーーーんぶ組合長だったらしい。そんなのってアリなんだ。そう言えば俺の同級生ーー3年G組に神取美香って女子がいて、2年生の時から生徒会長だった。確かに勉強が出来るのは知ってるけど、なんで2年生なのに生徒会長なんだって不思議だったんだけど、そういうことなんだ。でも地主と小作人って確か昭和の頃に無くなったって聞いたけど、21世紀の今でも影響してるんだ、驚き。


 元々の4っつの町にはそれぞれ小学校も中学校もあったのだが、なぜだか中学校だけが1つになり、今俺が通う中学校はその時に建てられた校舎だからそうとう新しい。そしてどの学年もA組からH組と8クラスになって、ひと学年が約300人以上もいるから、小学校が違えば顔も名前も知らず、同級生なのか別の学年なのかも判別が難しい輩がいっぱいいる。俺にとってのその一人が権藤彩音だ。向こうだって俺の事なんて知らないはずなのに、なんで手紙? やっぱり祖母ちゃんが拝み屋だから孫も…


 行くの嫌だな。すっぽかしちゃおうか……でもそれが原因で呪われたりして……。

 呼び出しに応じるのもなんだか怖いし、行かないってのもどうにも怖い。だったら行って用件を聞くしかないよな。行かなかったらずーーーっと気になるもん。


 図書室に行ってみて気がついた。俺って中学校の図書室に来たの初めてだ。本ってけっこう好きで特に戦国時代ものや中国の三国志なんて今でも読むことあるのに、なんで図書室に来たことないんだろう。あれ? 権藤さん、まだ来てないのか? やったー! ラッキー! 俺もこのまま帰っちゃえば…


「こっち、こっち」


 見ると、本棚の陰から顔だけを出す権藤さんだ。眉をひそめるようにして、それでいてちょっと顔が赤い。

 うわ…やっぱいたよ。でも何やってんだろう? 図書室には受付をやってる図書係の女子がいるだけで他には誰もいないのに。行ってみると、もっと図書室の奥に向かってチョコチョコと小走りの権藤さんが振り向き振り向き手招きをする。ちょっとちょっと……怖いんですけど。結局、こんな場所まで来る人っているんだろうかと思ってしまうような、長い本棚と本棚に挟まれた薄暗くて埃っぽいどん詰まりまで来た。ここってヤベーだろ。いったい何やるつもりだ? まさかいきなり呪文なんか唱えないよな? だが改めて向かい合ってみると、確かにチビだわ。もしかしたら150ないかも。なんだかちょっとホっとした。


「君が権藤さん……だよね?」


 一応聞いてみたら、コクンと頷いた権藤さんは視線を下げたまんまでこっちを見ない。そして何も言わない。ちょっと待ってくれよ、俺が口火を切るの?


「俺……3年A組の春山義仁だけど……下駄箱に権藤さんの手紙あったから来たんだ……」

「………」


 何かを言ったようだ。でも声が小さすぎちゃってなんて言ったんだか…


「え? ごめん、聞き取れなかった」


 そう言いながら近づくとーー


「………だから」

「え? なに?」

「しょじょだから……アタシ」


 処女って聞こえたような気がする。でも聞き間違いだよな。だって初対面だぜ、俺と。いきなりそんなこと言う女子なんかいるはずない。なんて言ったんだ? いや〜何度も聞き返すのってこっちが耳が悪いみたいで。でも見ると耳まで赤くしていた。そしてチラチラ俺の顔を見ては視線を足下に向ける事を繰り返している。もしかしたら処女って言ったのかもしれない……けど違うような……でも相当に恥ずかしそうだよ……これは何度も聞けない。


「そっ、そう……なんだ」


 とりあえずそう言ってみた。が、権藤さんは「え!?」って表情を俺に向けてきた。そしてーー


「生えてた………って言って」


 あああ、ようやっと少しだけだけど分かった。岡田との援助交際の相手が権藤さんだという噂。そして河西さんにはヤリマン呼ばわりされ、オマケに胸もお尻もなくってアソコの毛も生えていないロリコン野郎にとっては堪らない身体だと言われたのを凄く気にしてるのだろう。だから自分は処女なんだと言い、そしてちゃんと生えていたと……ええ? 俺に言って欲しいの? そんなの知らない。だって見えなかったし。でも権藤さん……真剣だし、これ言うのにそうとう勇気いったと思う。


「うん………生えてたよ……ちゃんと」


 おれも勇気を出してそう言った。


「ぇ? ええええええええ? 見えたの……春山君……アタシの……でも………アタシ………まだだから……生えてたって噂………っていうか……ちょっとお喋りなヤツに………生えてたって言って欲しい」

「ちょっ、ちょっとまって……その~~……権藤さんが……生えてたって噂……流して欲しいの? 俺に」


 コクンと頷いた権藤さん。


「マジ?」


 再び頷いた。


「おっ…おれ……ちょっとそういうの……」


 俺はそういうの得意じゃない。そもそも「だれだれが〇〇なんだって」というような一般的な噂話ですらしない。自分でも何故なのかよく解らないが、他人のことを陰で誰かに言う事を良しとしない性格なのだ。別にカッコを付けている訳ではないが、とにかく得意じゃないとしか言いようがない。それなのに、アイツ生えてたぜ、なんて話を誰かにするなんて絶対にムリだ。どんなタイミングで、どんなヤツに、どんな顔して言ったらいいのか全然分からない。そんな事をしどろもどろになりながらも権藤さんに言ってみた。


「……うん…わかった。そうかもね……春山君って確かにそんな感じする」


 どうにも解らない人だ。そもそも女子の誰かに、彩音ってちゃんと生えてるよ、って言ってもらえばいい。そんな事を権藤さんに言ってみた。やっぱりしどろもどろになって。俺ってシモネタも苦手だ。


 どうやら彩音の祖母ちゃんが原因らしい。

 権藤さん一家が住んでいるのは合併前はK町という名の、4つの町の中では一番小さな町。そこで彩音の祖母ちゃんは若い時から拝み屋を生業としていたそうだが、占いめいたこともやっていたらしく、それが妙に当たると評判になり、今では祖母ちゃんのことを教祖みたいに崇める人が左舞久留町にはけっこういるという。

 彩音の両親は離婚していて、母親ーー拝み屋の娘に引き取られたのだが、その母親は彩音が小学校に上がる前に亡くなり、それ以降は祖母ちゃんと二人暮らし。信者の人達に言わせると、彩音が次の「導く人」らしく、気が付くと尊敬の対象になっていたという。だが信者ではない人たちからすると気味の悪いガキで、呪詛だって当たり前に使うヤツだと見られているという。

 導く人であろうと呪詛使いであろうと共通なのは、親しい友人などが出来にくいって事だろう。案の定、彩音は幼い頃から一人の友達もいないのだという。

 そしてK町には銭湯や温泉が無く、小学校にはプールも無い。祖母ちゃんに他の町にある施設まで連れていってもらった事も一度もないままで育ち、同性であっても裸を他人に見られるのがどうしようもなく嫌で、中学で始まったプールの授業は全部欠席だそうだ。だから知らないのだ。同級生の女子の身体がどうなっているかなんて。


「今年、修学旅行あるだろ。どうするの?」

「行かない。小6の時も行かなかった」


 友達が全くいない中で育った彩音は、周りが自分を見る目ーー尊敬と嫌悪の目に晒され、突っ張って生きているのだろう。だが他には誰もいない状況で一対一で喋ってみると、それまでの印象とはまるで違った彩音がいて、中3でも生えていない女子って他にもけっこういるんじゃないかな、と俺がいうとーー


「ほんと!!」


 と顔がパっと輝いた。いなかったらどうしよう。俺だって知らない、というか女子のソレなんか見た事ないし、聞いた事だってない。そもそも彩音が考えた噂を広める役回りって何で俺なんだ? 教室で河西さんともめた時に一番近くにいたからか?


「いや……春山君って口固いだろ。それにあんまり群れない。男子も女子もいっつも群れてるのばかりで……あんた目立つよ。あとそれと、カッコいいから女子に人気あるんだけど、とっつき難くそうだから一目おかれてる」

「俺が女子に人気あるって?」

「うん、モテる。バスケ部ってこともあるかも」


 確かに俺はバスケット部所属で、もうすぐ中体連なのに、事件のせいで全部の部活動は未だ中止が続いている。だけどモテるなんて初めて言われた。でも、そんなカッコが良くって、女子に人気あって、とっつき難いから一目置かれてるヤツが、アイツ生えてるぜ、って誰かに言う役が適任ってのが理解不能だ。


「春山君って佐藤静香のことスキなんだろ? それ本人に言った? ………まだなんだ。佐藤静香とは1年の時同じクラスだったんだ。あの子、いい子だよ。早くスキだって言っていっつも一緒に居た方がいい。1年の2学期頃からかな、あの子どんどん美形になって、狙われてる」


 それからの権藤彩音の話は驚くべき内容だった。

 逮捕された俺のクラスの副担任ーー岡田清は神取一族だそうだ。そう聞いても直ぐにはピンとこなかったが、ずーーっと農協の組合長を出す家が神取さんで、現在の組合長は神取敏郎という爺さんなのだが、その爺さんの長女が神取春江で岡田家に嫁いで現在は岡田春江。その春江が15歳で産んだのが岡田清だそうで、要するに岡田副担任は神取敏郎の孫なのかというと、彩音は違うという。神取敏郎が娘の春江を孕まし、そして岡田家に嫁がせた。だから岡田副担任は神取敏郎の孫であり息子だという。

 そうすると2年生の時から生徒会長やってる神取美香と岡田は従弟? それとも叔父? だが事態はもっと複雑で、美香の父親は神取剛といって次期組合長なのだが、母親の陽子ーー旧姓が鬼頭陽子は元々は神取敏郎の妾だったのが、いつのまにやら息子の神取剛の正妻に落ち着いていて、神取美香の実の父親は神取敏郎らしい。


「あの家は狂ってる。爺さんの敏郎は昔から誰彼かまわずで、娘だろうが、孫だろうが女だったら全部食ってる」

「まさか……だったら……生徒会長の神取さん…」

「うん、そう。実の父親の敏郎、戸籍上の父親の剛、そして従弟だか叔父だか分かんない岡田先生」

「え? どういう意味?」

「わかんない? 神取美香ってずいぶん前から完全に女の身体。誰の女なのかはその時その時みたいだけど」


 俺が言葉を無くしているとーー


「岡田が逮捕された児童買春って、相手は神取美香だろうな。あの一家にしてみたら驚くような話じゃなく、普通に二人でホテル行ってたんだろう。っで叔父が姪にお小遣いあげるなんてソレ目的じゃなくたって普通にあるだろ。そこ踏み込まれたんだったら、どっかからのタレコミだろうな。もしかしたら岡田の娘あたりがチクったんじゃないかな。今の組合長の敏郎はもう爺だけど、その息子の剛と岡田はこの街の癌だ。敏郎みたいに一族の女だけだったらまだまし。剛と岡田の二人は街で目立った10代前半の女の子にかたっぱしだから。……春山君スキなんだろ? 佐藤静香のこと。気を付けたほうがいい」


 相も変わらず俺が唖然としてるとーー


「でも……春山君なら…アタシ……OKだよ」

「……え」


 再び顔を赤くして俯いた彩音。


「ダメ…だよね……こんなチビで…胸もなんもなくって拝み屋の孫なんて」


 何て言ったらいいのか言葉を探しているとーー


「でも春山君って、あの河西とどういう関係? なんだか分んないんだけど、春山君と河西に縁みたいなもの感じる。でも近寄らん方がいい。アイツが名乗ってる苗字、あれは絶対に偽名だ」

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