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第7話 マスコミと独りの少女

 テレビによって、この街で起きた女性殺害事件の犯人は岡田で、既に逮捕されたという空気は一気に広がった。

 本来であれば凶悪な犯人が街中をうろついているという恐怖から解放され、もうこれで安心だ、となるのだろうが、そんな安堵の感情など吹き飛んでしまった。現役の中学教師が殺人犯で児童買春の常習者だなんて前代未聞で、学校や教育委員会はどう責任を取るんだ? 援助交際をしていた少女も同じ中学の生徒なんじゃないのか? だとしたら学校はどんな教育をしてたんだ! ちゃんと説明しろ! などと親たちが大騒ぎだ。


 学校にはいつもの時間に普通に行った。親に車で送ってもらった生徒や休んだ生徒も中にはいたようだが、街はもう安全だといって普通に通学した生徒が大半だった。だが学校前は大変なありさまで、全国ニュースになるとこうなるんだということを身を持って知った。

 マスコミが何社いるのかも分からない。学校をバックにしてアナウンサーを喋らせそれを撮っている輩はテレビ局なのだろうが何組いるのかも分からないほど大勢いて、視聴者がそこが学校だと一発で分かる場所を順番に交代で撮っているようだ。だったら一社が撮った映像を使い回せば良くないか? そしてテレビ局以外は新聞社だけなのかと思ったが雑誌記者も大勢いて、それは大手の雑誌記者だけではなく聞いた事の無い雑誌社の記者も沢山いる。

 来る生徒来る生徒にマイクや録音機を強引に突きつけ、先生が逮捕されたと知ってどう思いましたか、どんな先生だったのですか、援助交際についてはどう思いますかなんて聞いてるけど、どんな答えを期待してるんだ? 副担が逮捕されたのだって1ヶ月もすればきっと忘れるだろうし、どんな先生かって聞かれればチョー無責任な奴だったって印象しか無いし、援交をどう思いますかって聞かれても答えようがないし、男子中学生なら誰だって早く経験したいって思ってるはずだ。きっと学級委員長の夏堀さんなら模範解答するんだろうな。大人ってそういう模範解答を聞いて安心したいのか? 誰の記憶にも残らないような模範解答を聞きたくって、さもそれが最も重要なことのように聞いてくるのか? それともマスコミが誘導してるだけなのか? そんな事を考えてると猛烈にバカバカしく見えてきてイライラする。先生たちはそんなバカなマスコミを生徒から遠ざけようとしているみたいだが、多勢に無勢で、更には自ら進んでインタビューを受けようとする生徒もいて、校門前は修羅場だ。

 俺にも何本ものマイクと録音機が突きつけられた。多くの質問が大声で繰り返され、誰が何を言っているのかサッパリだ。ただ、心のケアがどうしたと言ってる女の声が妙にハッキリと聞き取れた。


 ーーケアって何? 見たもの聞いたものを忘れさせてくれるのか?

 ーーそんなの俺たちに必要?

 ーーそもそも俺たちにインタビューしてそれがどうなる?

 ーーあんたら大人たちが大騒ぎしたいだけなんだろう……祭りみたいに。


 そんな思いというか怒りが込み上げてきて危なく声を上げそうになった。

 家を出る前に姉ちゃんから俺の携帯に電話があった。



「あんた今日学校行くの? 休んだ方が無難な気がするけど……まぁ男の子だからいいか。でも学校の周りってマスコミだらけだよ。あんたにだってマイク向けてくるから。事件があるたんびに近所の人にインタビューしてんのあんたも見たことあるでしょ。あれ見てどう思った? テレビってさ~いろんなもの映すよ。その喋ってる人の内面みたいなものまでね。沈黙は金って言葉くらい知ってるでしょ。あんたも中3なんだから、自分で考えればいいんだろうけどね、気を付けなさい」


 姉ちゃんはそんな事を言っていたが、ガキじゃないんだからそんなの言われるまでもない、って思っていたが、イラついて危なくマスコミに食ってかかりそうな自分がいた。


 俺は校門前でモミクチャにされながらも何とか生徒用玄関に辿り着いたが、マジ腹立つ。アイツらっていったい何なんだ? 国民は知る権利があるだの、それを伝えるのが我々の使命だとか格好つけた事ばかり言いやがって、結局はゲスの勘ぐりだろアイツら。事実だけを淡々と報道すりゃ~いいんじゃね〜の?


 廊下を歩いていると、いくつもの教室から男子の大声が響き渡っていた。それはウチのクラスも同じで教室内ではいくつものグループに分かれた男子がいて、物知り顔のヤツが顔を紅潮させ声高に喋っていて、とてもじゃないがその輪に加わる気になれない。女子は女子でやっぱり似たようなものなのだが、見ると町田小百合がメソメソ泣いているようだ。そして泣いているそいつの周りを3~4人の女子が取り囲み、小百合は優しいから、とか、そんなに落ち込まないで、などと慰めていてウンザリした。もしかしたらそんな風に感じてしまう俺がおかしいのか。教室内を見渡すと佐藤さんは村上さんと田川さんと喋っていたが誰も泣いてなどいない、よかった……今日もかわいい。そうだ、佐藤さんと映画に行く約束したんだった。それってデートだよなデート。どうしよう……俺うまく喋れるかな? え? 喋るって何を? マズイ、ナニ喋ったらいいんだ? 話題だよ話題。そうだ! リスト作ろう、話題のリスト。


「まただよ……ほんと小百合だったらさ~、昔っからああだもんね。周りも放っとけばいいのにさ。どっちもどっちだよね。慰める方も慰める自分に酔っててさ~、小百合は小百合でヨチヨチされたくて泣いてんでしょ……バカみたい」


 そう小声で言ってきたのは見なくっても分かった。新井さんだよ。考えが中断された。でも新井さんが今言った事って違和感ないんだよな。あああ、だからなのか。確かに新井さんとは9年も同じクラスで妙に慣れた間柄だから、中学になってエッチな話だろうとズケズケ言ってきてこっちが赤面しちゃうこともしばしばあるんだけど、ドライって言うのか、ちょっと冷めた目で回りを見てる新井さんの性格がちょっと俺に似てるのかもしれない。


 朝のホームルームの時間になっても近藤先生が来ない。

 校内放送が掛かった。



 ーー本日の朝のホームルームは全学年とも中止です。そして1時間目の授業は全学年とも自習とします。2時間目以降については改めて連絡しますーー



 自習というのは「自分の力だけで学び、そして習うことだ」と国語の先生が言っていたことがあるが、あれだけの事件があったのだ、自習になんてなるはずがなく、誰もが誰かと事件について喋ているのだが、話題は殺人事件から離れ、男子も女子も「岡田とセックスをした女子は誰?」という話題で盛り上がっていた。そんな時に近藤先生が現れた。え…早い。もう来たんだ。

 すると多くの生徒が質問をぶつけだした。


 ーー岡田先生が逮捕されたのって本当なんですか?

 ーー自白したんですか?

 ーー援交やってたのってウチの生徒なんですか?

 ーーその生徒も捕まったんですか?

 ーー援交って女子がセックスしてお金を貰う売春のことですよね?

 ーー売春って、買った男の方は罪にならないって聞いたんですけど本当ですか?

 ーー売った女が未成年だからニュースになってるんですか?


 近藤先生は教壇で目を伏せたままで口を開こうとしない。教室は少しずつ静まり始めた。


「先生!」


 声の方を見ると、学級委員長の夏堀さんが手を挙げている。新井さんの「出た…」という小さな声も聞こえた。


「岡田先生は3年A組の副担任ですよね。その副担任が逮捕されたってニュースで言ってました。私たち3年A組の生徒は知る権利があると思います」


 何人かの同意する声が聞こえるが、イラっとした。どうにも俺は権利って言葉に過剰反応するみたいだ。なんでだろう? 自分でもよく分からないが、きっとこの言葉が嫌いなんだろうな。先生が顔を上げた。


「確かに岡田先生はこのクラスの副担任です。そして担任は私です。副担任の役割は担任のサポートです。私をサポートすべき岡田先生が逮捕されました。逮捕されたのは事実です。正確に解っている事はそれだけです。ただし報道が事実なのであれば……いいですか、繰り返しますよ、報道が事実なのであれば、14歳の少女に金品を渡し、そしてセックスをしたのでしょう。あなたがたは中学3年生ですからセックスがどういう行為なのか知ってますよね。説明などいりませんね。だけど14歳の少女との児童買春というのは、警察に直接確認したものではありません。あくまでもテレビで流れたものです。そこのところを間違わないように。これからもこの事件に関し、様々な報道、又は噂を耳にするでしょう。何が事実で、何が事実とは言えないものなのかを、一人一人がしっかりと見極めることが重要です。さきほどの質問……というか意見でしょうか……3年A組の生徒は知る権利がある、というものですが……」


 先生はちょっと言いよどみ、何かを考えているようだ。


「権利というものが……あろうと……なかろうと、警察が捜査している刑事事件なんですよ! その警察からの公式な見解が示されない限り、知る権利などというものが行使される事は一切ありません! それぐらいのこと……分かりませんか? 知りたいという気持ちは分かります。それは決してあなたたちだけではありません。担任の私の方が、そういった気持ちが強くあります」


 そう言った近藤先生からは気迫と言ったら良いのか、どうしようもない怒りみたいなものが溢れていて、生徒の誰もが息を飲んだ。先生は続けた。


「伝聞という言葉……知っていますか? 伝聞です。伝える、そして聞くと書いて伝聞です。簡単に言ってしまうと、人から聞いた話のことを伝聞と言います。言い換えると、自分で見たものでもなければ、自分で経験したものでもない事柄です。ですので、それが事実なのか、もしくは事実ではないのか、聞いた側には分からないんです。例えば、Aという人物から教えてもらった話があったとします。後からAにそれを聞いてみると、その話は実はBから教えてもらったんだと言いました。そしてBに至っては、その話を誰に聞いたか覚えていないが確かに聞いたんだという始末。伝聞というのは非常に無責任なものです。今回の事件に関して、これからも多くのマスコミが記事にしようと皆さんの前に現れるでしょう。何も喋るな、とは言いません。但し、マスコミに喋る内容は、自分が自信をもって話せる事柄にすること。誰かが言っていたとか、みんなが言っていたなんて無責任な話を垂れ流すのは絶対にしないこと! いいですね! それともう一つ……いい機会ですからハッキリ言いますね。中学3年生のあなたがたがセックスに興味を持つのは当たり前です。私もそうでした。だけど……セックスをするのはまだ早い! オナニーで我慢なさい!」


 そう怒鳴った近藤先生は、クラス全員の一人一人を順番に睨みつけるように見ていった。どの生徒も目が合った途端、俯いてしまった。強烈だ……


 近藤先生の迫力が凄かったせいで休み時間は妙にぎこちなく、そして静かな教室だったが、昼休みともなれば元に戻っていて、「援交やったのって誰?」で盛り上がっていた。


「おい、お前だろ。妙な噂流したの」


 そう言った女子の声が後ろから聞こえ、振り返ると、両手をスカートのポケットに突っ込んだ背の低い女子。きっとこいつが権藤彩音だ。体育館では後姿しか見てないけど、新井さんが言っていた拝み屋の祖母を持つ3年C組の権藤彩音だろう。


「またアンタか。今度は何の用?」


 そう応えたのは河西さんだった。うわ……なんなんだよこいつら。女のクセに互いにケンカ腰だよ。


「とぼけんなよ、お前なんだろ。あのロリコン教師に売りやったのがアタシだって噂流したの」

「はぁあああ? そっちこそ寝ぼけてんじゃねーって。アンタが立ちんぼやってようがそんな事どーーだっていいわ。興味ないし。だいたいさ~そんな噂ながされるってのは、アンタやってんだろ、売り。火のないところに何とやらってね」

「テメェ~~アタシにそんな口きいてただで済むと思ってんのか!」


 どうやら岡田先生がやらかした児童買春の相手が権藤彩音だという噂が流れているらしい。俺のクラスじゃそんな噂ないけど、C組だけの噂なのか?


「ただじゃすまないなら何? 呪うってか? 出来るもんならやってみなよ。むりなんだって! ヤリマンのくせに粋がるなっつーの。いっつもそうやってポケットに手ぇ突っ込んでるけど、何やってんの? おおかたマメでも弄ってんだろ」


 うわ…すっげーこと言う。権藤さんですら顔赤くして、慌ててポケットから手ぇ抜いちゃったよ。


「テメェ~絶対に許さねぇからな」

「許すとか許さないとか、なに言ってんだか………あんたさ~チビだし胸もお尻もなんも無いし、ロリコンどもにしてみたらドンピシャの身体してんだよな。それに……まだ生えてないんだろ。やつらにとっちゃ涎もんだよソレ。ちょっと見せなよ」


 それはあっと言う間だった。

 河西さんは椅子から立ち上がると同時に権藤さんを足払いで転ばせ、権藤さんのスカート全部を引っ張り上げていた。裏返しにされたスカートで頭から上半身をスッポリ包まれた近藤さんの下半身は牛乳みたいに真っ白だった。


「ほら見せなって」


 裏返しのスカートの裾を踏んで権藤さんのパンツに手を伸ばしている河西さんは笑っていた。この女、本気だ。


「やり過ぎだ! もうやめろ!」


 俺だった。とにかく俺が一番近くにいて、これ以上やらせたら俺が権藤さんのを間近で見てしまう。そう思ったら声が出てた。


「ふ~~ん、女のアレ見たくないんだ。そっか……あんたって佐藤さん一筋なんだもんね。まぁいいよ、パンツ越しでも生えてないの分かっちゃったし、ロリコン界の女王になれるわ。アハハハハハハハ」


 裏返しのスカートで顔が見えない権藤さんは床で身体を縮こませたまんまだ。そんな彼女の腹をひと蹴りした河西さんは、もう興味がないといったように教室から出て行ってしまった。

 誰も声を掛ける人がいない中でモゾモゾと立ち上がった権藤さん。真っ赤な顔で下を向き、涙が溢れていて、そんな彼女と目が合ってしまった。直ぐに権藤さんが視線を逸らしたが、そんな仕草が余計に見ちゃダメなものを見てしまった感を強くした。



 その日、河西さんは教室には戻ってこなかった。そして放課後、俺の下駄箱に手紙が入っていた。うわ……まさか横田さんのラブレター攻撃が復活? 違うよな。だってあれは1年生の時で、2年生の時なんかなんにも無かったんだから……



 ーー放課後、図書室で待ってる。権藤彩音ーー

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