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第5話 ひたすらな闇と抜け落ちる記憶

 大丈夫だと言った近藤先生。でもその横顔は決して言葉通りの表情には見えない。ハンドルを握る手には異様に力が入っているのが分かった。先生もこの異常さに気づいてる。


 前に目をやるとヘッドライトに照らされた道路だけが見える。一つの街灯もない。そしてその道は舗装はされているが歩道も無い。路肩も少ない幅の狭い一本道がずーーっと延びている。

 サイドウインドウ越しに外に目をやるともっと気味が悪い。あるのは闇だけだ。そこに山があるのかそれとも平地が広がっているのかも分からない。これって何かが見えているのだろうか……


 何も喋らない近藤先生が運転するスカイラインのスピードメーターは120キロを超えていた。高橋君は鼻をぐずらせながらも必死に前を見ている。さっきまで文句を言っていた村上さんも、ただ事では無いと気づいたのか、まるで自分が運転しているように前方から目を離さなくなった。


「なんだか怖い…」


 佐藤さんの声だ。

 俺とピッタリとくっついて座る佐藤さん。両手を足の間に挟め身体を小さくしているように見えた。言葉以上に怖がっている。そう思うと佐藤さんの手を掴んでいた。小さく、ぁ…っと聞こえたが構わず彼女の足の間にある手を握りしめた。

 でも俺も怖かった。こんな真っ黒な闇なんて見た事がない。それに何度も遊びに行って覚えている道とこの道は……違う。でもそれを口にしたくなかった。そんな事なんてあるはずがない。だが口にしたら現実になってしまうような気がした。


 でもどうしても考えてしまう。この道は絶対に違う。


 髙橋君の家は中学校から北に2㎞程度だ。そして俺の家は南に2㎞程度。だからどちらの家も中学校から歩いて30分程度で着くが、互いの家に遊びに行くとなると自転車を使う。小学生の時など二人でかなり遠くまで走り回っていた。だからさっき高橋君が「しばらく真っすぐに行って」といった別ルートも知っていた。こんな何にも無い道じゃない。道路沿いにはお婆さんが店番をする潰れかけたような個人商店があったし、土管が並んだコンクリート工場もあって、そこには自販機が4台くらいあって何度もコーラを買った。そうだ踏切があった。その踏切を越えると高橋君の家がある住宅街に入る。


 急に住宅街に出た。……え? 踏切って……超えた?


「そこ! そこが俺の家!」


 スカイラインはタイヤを軋ませて止まった。

 俺はつんのめって助手席シートの背に顔をぶつけ、佐藤さんは運転席と助手席の間に飛び込んで行った。うわ、スカートが捲れ上がってる。


「ぇえええ?! だっ、だいじょうぶ?」


 近藤先生もビックリしたようだけど、この人って後部座席に誰かを乗せて運転した事がないのだろうか? 


「大丈夫です……けど……出れない…」


 佐藤さんはシートとシートの間にスッポリ挟まってしまったようだ。


「先生がこっちから押すから……どう? これで抜けない?」


 先生が挟まった佐藤さんの肩を押しているが抜けない。


「後ろから引っ張ってあげて!」


 村上さんは、さっきまでの異様な状況を無理に忘れようとしているのか、挟まってる佐藤さんの格好が可笑しいと腹を抱て笑ってる。俺か? 俺が引っ張るの? パンツモロに見えちゃってるけど、どこ掴んだらいいんだ? 佐藤さんモゾモゾ動いている。何とか自力で抜け出してほしい。うわ……お尻もち上げたらダメだって。エッチなグラビアみたいになっちゃってる。もういい、自力で頑張らなくていいって、それマズイって。これ以上佐藤さんに恥ずかしい格好させたらダメだ。先ずはスカート直さなきゃ……って誰が? それも俺? ちょっと村上さん……ダメだ。涙流しながら腹イタイとか言ってる。


「家の電気ついてない……やっぱりヘンだ」


 髙橋君は呟きながら携帯を弄ってた。こいつもダメだ。


 俺はさりげなさを装ってーーそれが返って乱暴になって、手で払いのけるように捲れたスカートを直した。まるでケツを叩いたようだったが、これでいい。スカートは直った。次は佐藤さんの胴体に腕を回して持ち上げよう。


「胴体に左から腕まわすからね……いい?」

「…うん」


 佐藤さんの脇腹辺りから左腕を突っ込んで、グっと持ち上げよう……としたがスカイラインの天井は低すぎた。おかしな中腰の俺はそのまんまの体勢で佐藤さんに覆いかぶさってしまった。

 もっと死ぬほど笑う村上さんは息が吸えなくなったのか喘息みたいで全く頼りにならない。


「ぇぇええ? ……ちょっと二人とも何やってんの? 春山君、佐藤さんの上から降りて」


 いやいやいや、近藤先生、あんたの運転が酷過ぎたからこうなってんですが……

 下になってる佐藤さんに声を掛けてみた。


「右手で佐藤さんの背中押すようにしながら降りるけど……いい?」

「…うん」

「左腕抜くから……いい?」

「…うん」


 左腕が抜けない。肘が助手席に当たるんだ。助手席を上手くかわしながら抜かなきゃ……左手をもっと下の方に移動させたら抜けるか? あっ、これは……ちょっと……マズイ場所触ってるかも……どうしよう……ヤバイヤバイヤバイ……絶対マズイとこ触っちゃってる。佐藤さんの身体ビクってなってお尻もちあげようと動いたもん。俺の手が触っちまったたんだ……どうしよう、どうしよう、どうしよう……とにかく本人に何か言わなきゃ……


「だっ……だいじょうぶ?」


 コクンと小さく頷いた佐藤さん。だけど何も言わない。

 怒ってる、これは怒ってる。マズイとこ触られてるんだから怒るの当たり前だ。絶対に怒って、きっと許してくれない。……もうどうだっていい、俺のせいじゃない。近藤先生の運転がダメなんだって。


 佐藤さんの胴体に回していた左腕。その手をもっと下に動かしてみた。ぁ…って小さな声が佐藤さんの口から洩れた。そして目を瞑ったみたい。え? え? え? なんで目ぇつぶっちゃったの? 今触ってるここがマズイとこ? さっき触ってた場所って、もしかしたらおへそ? もうどっちだっていい。とにかく早く腕を抜かなきゃ。もっと手を下に移動させて、そうすればきっと抜ける。佐藤さんが「ヒッ……」って言ってたけど構わず続けた。でも左手がなかなか下に移動できない。俺が乗っかってるからだ。佐藤さんのきっとマズイ場所。指を歩くようにさせながらちょっとずつ動かすと、左手が空間に出たのが分った。脚と脚の間だと思う。

 後から考えると、全体重を掛けて押さえ込んだ佐藤さんの身体を弄ってるみたいだった。


 ようやっと左腕が抜けた。そして右手を佐藤さんの腰辺りについて起き上がるーー佐藤さんの身体と離れることが出来た。村上さんはまだ笑い転げてる。


「あ~やっと降りた。次は佐藤さん、横を向ける? ……そうそう。そして今度は春山君が運転席と助手席に手を付いて、肘を曲げて…腕立て伏せみたいに肘を曲げて首を佐藤さんの方に突き出す。佐藤さんは春山君の首に両腕を回せる? ……ちがう、もっとグッと抱きつくの。…うんうん…春山君頑張って! 佐藤さんはほらもっと春山君にくっつくように抜け出すの! 髙橋君もぼーっとしてないで佐藤さんの背中押してあげて!」


 佐藤さんがやっと出てきた。


「あっ、お母さん帰って来たみたい」


 そういった高橋君が車から降りて行き、近藤先生も慌てて続いた。事情を説明しているようだ。


「あ~おかしかった! 笑い過ぎてマジ死ぬかと思った~。次は私が助手席ね」


 2枚ドワの車からの乗り降りは天井も低いしマジで大変。村上さんも斜めになりながらも背中を丸めて降りていった。そして助手席に乗り込むと満足げな声を上げていたが、俺はそれどころじゃない。


 さっき触ってたのって絶対にマズイ場所だよな。それにスカート直すのにケツ叩いちまったし、暗かったけど至近距離でパンツモロに見ちゃったし……それにチューだよチュー。どうしよう……その内の一つだけだったらまだしも……いやパンモロやケツ叩きなんて大したことない。なんたってマズイとこ触り続けたのが最悪・最凶だ。いや…チューだって相当にヤバイ。なんでそんなのいっぺんにやっちゃったんだろう。それに俺……立ってて……新井さんがあんな写真送って来るから想像してた……覆いかぶさった時バレたか? バレてたら最高に最悪だ。どうしよう……わざとに覆いかぶさってきて、わざとに触りまくったって思われる。変態……俺って変態だと思われる……どうしよう…あれ? 今…街灯ゆがんだ。


「ふ~~次は村上さんね。あら早いこと、もう助手席乗ってんだ」


 気のせいだったのか? 佐藤さんも村上さんも、それに先生だって街灯のこと何にも言わない。そんなことより佐藤さんがさっきのこと村上さんに言ったら……もう終わりだ。村上さんってオシャベリだから……あれ…? なんだろう? ……なんか忘れてるか? そうだ、さっき通ってきた道、真っ暗で何もなくて…全然知らない道で凄く気味が悪くて、先生も高橋君も……

 スカイラインが急発進して首が後ろに持ってかれた。


「次の信号、右に曲がって」


 村上さんは高橋君とは違って余裕をもった案内をしていたが、大してスピードを落とさずにハンドルが切られ、やっぱりタイヤが鳴いた。俺の方に佐藤さんが飛んできた。


「センセーー! もっとスピード落として曲がらなきゃ、後ろの席に乗ってられないって!」


 さっきまで後部座席に乗っていた村上さんが怒っている。


「えっ…そう?」

「うん、そう。先生って運転荒いよ。こんな運転続けてたら事故るって」


 俺の肩を押すようにしながら自分の身体を起こしている佐藤さんがーー


「シートベルトってあった? こっちの見つからないの」


 俯いたままだ。やっぱりマズイとこ触られたせいか? それともチューしちゃったせいか? でもとにかく話し掛けてくれた。俺が立ってたのきっとバレてない。変態って思われてたら話し掛けてくれないはず。良かった~~ラッキーだ。


「近藤先生、後ろのシートベルトってどこにあるんですか?」

「あ~、後ろの買った時から付いてないの」


 それ以降、交差点で曲がる前には少しスピードが落とされるようになったが、やっぱり荒い。さっきまでは狭い後部座席に3人が座りギューギュー詰めだったが、今は2人だ。余裕が出来た分だけ逆に凄いことになった。佐藤さんが俺の方に飛んできたり、俺が飛んで行ったりで、さっきなんか佐藤さんが飛んでくると思って身体を押さえてあげようとしたらオッパイ掴んじゃって、もう酷いありさまなんだけど、もっと強烈な事いっぱいしちゃってたから大して驚かなくなってて……柔らかだった。


「あそこ! 左に街灯のある家」


 村上さんと近藤先生が降りていった。

 先生がなかなか戻って来ない。事情を説明するのに手間取ってるのかな?

 佐藤さん黙ったままでずっと外を見てる。なに見てるんだろう? いやきっと何も見ていない。見てるふりしてるだけだと思う。やっぱり怒ってる。俺にあんなことされたんだから怒るの当たり前だ。変態だとは思ってないにしても、顔も見たくない相手が俺か? どうしよう…なんとか修復したい。ケツ叩いたのだって、チューしちゃったのだって、マズイとこ触ったのだってわざとじゃないし……事故っていうの? そうだよ全部事故なんだから、きっと解ってくれるはず……って何でこんなにいっぱいへんな事しちゃったんだ?


「佐藤さん…」

「ぇ…?」


 なんて続けよう? キスしてゴメン? マズイとこ触ってゴメン? それともオッパイ掴んでゴメン?


「学校休みの日って……なにやってる?」

「ぇ……夕方は塾だけど……昼間は…真奈美や千佳と遊んだり…」

「日曜日、一緒に映画行かない?」


 街灯が佐藤さんを後ろから照らしてるから表情は分からないけど、目がキラキラしてて、俺を見てるのは分かった。


「確か、踊る大走査線やってたはず……俺……佐藤さんにいっぱい……へんな事しちゃって……ごっ…ごめん……でもわざとじゃないんだ…絶対に……だから…その~~……お詫びっていうか……俺おごるから……映画」


 何も喋らない佐藤さん。やっぱり怒ってるんだ。


「映画…」

「うん映画……一緒に行かない?」

「お詫びなんだ……」


 佐藤さんが呟くようにそう言ったがどういう意味だろう?


「でもいいよ…行こう映画」


 暗い後部座席で佐藤さんがそう言った。だけど表情はやっぱり分からない。もっと何かを言わなきゃ。もっと何かを聞かなきゃ…


「俺……」


 運転席のドワが開けられた。近藤先生だ。そして運転席に座ると大きなため息をついた。さっき高橋君の家の前でもそうだった。


「次は佐藤さん……あれ? 助手席に乗らないの?」

「先生、この車って後ろからの乗り降りってチョー大変。ここから案内するって」


 俺は咄嗟にそう言っていて我ながら驚いた。佐藤さんと直に触れ合うとこに座るなんて、これからだってきっとない。いっぱいへんな事しちまったけど、もう暫くはこのままでいたいし、また触れたりしたらすっごくラッキーだ。俺って意外と嘘が上手いかも。佐藤さんの横顔を覗くとちょっと笑ったような気がした。よかった……


 佐藤さんを無事に降ろしてから、8時過ぎに俺の家に着いた。玄関から出てきた母さんは事前に学校から連絡があったのかーー自分の息子がなかなか学校から帰って来ない、それも凶悪な事件があった日なのに慌てた様子もなく、「遅くなって申し訳ありません」と頭を下げる近藤先生に対し、にこやかに対応している。


 あれ……そう言えば車で送ってもらってる時……なんかあったような……なんだっけ? あ~そうだ思い出した。高橋君の家に行く途中で道に迷ったんだ。……ん? そうだっったか? 髙橋君の家にはちゃんとついたはず……次の村上さんっ家に行く途中で迷った……え? 真っ暗で見た事のない道? ……なんだそれ?…よく覚えてないや。なんだろう、頭がボーーっとする。車に酔ったかな?

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