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第4話 刑事と見覚えのない道

 4月10日に起きた例の事件……この中学校のグラウンド前の道路で女性が刺されて死亡した事件ですが、ご存じですよね? その事件があった日の事なんですが……ちょっと思い出してほしいんですよね。6時間目の途中、というより殆ど授業が終わる間際だったそうですが、体育館に全校生徒が集められたんですよね? 集まらなかった生徒はいませんでしたか? ……ご存じありませんかね? ……う~ん、そうですか。まぁいいです。体育館では最初に校長先生から事件のあらましなんかの話があったんですよね? そして担任の先生がクラス全員の家に連絡を取って、迎えに来てもらうよう要請した、という事ですね? 1時間以上は体育館にいたんですか? ……え? 2時間くらいですか。けっこう長い時間いたんですね~~。……はいはい、そうです。もしかすると犯人が校内に潜んでる可能性もあたった訳ですから、体育館から出ないというのは賢明な判断です。ところでその待ってる時間……2時間くらいでしたか、体育館で何か変わったことはありませんでしたか? ……ささいな事でも構いませんよ。例えば、言い争いをしている者とか、様子のおかしな人とか……なにかありませんでしたか?……そうですか、思い出せませんか……。ちなみに3年A組で誰も迎えに来られなかった生徒は……えーーっと……4人……春山君を入れて4人ですね? 間違いない? 他の3人の名前いちおう確認の為に教えてください。……そしてその4人を近藤先生がご自分の車で送って行ったんですね、全員の自宅まで。学校を出たのは何時ごろだったか覚えてますか? ……ほう…覚えてますか。5時ちょっと過ぎだったんですね。春山君の家が最後だったんですよね? ……家に着いたのは何時頃でした?…ほう……8時頃……ですか。随分と時間が掛かってますね。普通そんなに掛かりますかね?……ぇえ? 途中で道に迷った? それはちょっとおかしいですね。4人がそれぞれ自分の家までの道順を案内しなかったんですか? 普通はするでしょう。だって転勤してきたばかりの先生が運転してるんですよ。へんですよね~。……学校を出てから何があったのか詳しく教えてもらえませんか。


 コンコンっと助手席の窓を叩く音が聞こえ、見ると近藤先生が険しい表情で車内を覗き込んでいた。


「おやこれは、近藤先生じゃないですか」

「あなた……確か……下屋敷刑事でしたよね? いったいどういうつもりですか! 勝手に生徒を車に連れ込んで、学校や保護者の許可は取ってるんですか?」

「いえいえいえ、連れ込むなんて人聞きの悪い。ちょっと聞きたいことがありましてね~。春山君がグラウンドを歩いてるのをたまま見かけたもんですから、捜査にご協力を願った訳でして……」

「だったら空いてる教室を使えばいいんじゃないですか? わざわざ車の中でなんて…」

「殺人事件の捜査ですから、警察としては誰にも聞かれたくない話だってあるんですよ。それに実は私、この街の出身なんです。近藤先生は違いますよね。いわば……よそ者……」

「なにを言いたいんですか! そんなのどうだっていいでしょ! 春山君、早く降りなさい!」


 車を降りる際、その刑事は名詞を差し出しながらーー


「なにか思い出したら私に連絡をください。何時でもかまいませんから……夜中でも」


 俺の腕を強く掴んで前を歩く近藤先生は、振り返る事を一切せずにズンズン歩いて行く。そうとうに怒っている。刑事が学校の敷地内を勝手に動き回っていたからなのだろうか? それにしてもあの刑事、下屋敷って名前の刑事、なんだかねっとりとした喋り方で気持ち悪い。それに「よそ者」ってなんなんだ? 先生も言ってたけど自分がこの街の出身だからってそれが何なんだ? 逮捕されたアイツが犯人じゃないのか? 釈放されたって噂も聞かない。あの日、近藤先生の車で何があったのか詳しく知りたいようだった。だけど事件とどう関係してるんだ? あの日から5日が経ったがーー



 体育館に地図を抱えた近藤先生が走って戻って来た。

 俺は目を擦った。ぶれたように二重に見えていた近藤先生の姿がだんだんと照準が合ってクリアーに見えてきた。なんだったんだ? 近視? でもさっきは男にみえたんだよな……

 俺が妙な目付きで自分を見ているのに気づいたのか、「ん?」って顔を俺に向けた近藤先生だったが、大して気に留める様子も無く、持ってきた地図を床に広げーー


「4人とも自分の家を地図に印つけて。あとで消せるようにエンピツで薄くね」 


 かなり大きなこの街だけの地図。4人が印ををつけ終えたのを睨んでいる先生。


「中学校がここでしょ……北方面と南方面か。北側の遠くからまわろう。最初は……ごめんね、まだ顔と名前が一致しないの。この印は誰の?」

「それは俺っす……ああ…高橋直樹…です」

「そう、高橋君ね。君の家を最初に回るから。次はこの家…誰の家だろ?」

「それって私、村上千佳」

「次が南側のこの家」

「はい、私…佐藤静香の家です」

「なら最後が君ね……え~っと……」

「春山義仁です。ところで先生の車ってカーナビなんてついて……なさそう……ですね」

「うん、ついてない」



 先生の車はスカイラインだった。それも2枚ドワのクーペ。車に詳しい高橋君が騒ぎ始めている。


「ジャパンだよスカイラインジャパン! ハコスカとかケンメリって今だにすっげーファンいるけど、ジャパン好きも多いんだよな」

「うん先生もその一人。どうしてもスカイラインジャパンに乗りたくって去年買っちゃった。1980年モデルのターボエンジンよ。フフフフ」


 近藤先生はひと昔前にいた暴走族が好んで乗ったスカイラインジャパンがよっぽど好きなのだろう。だが20年以上も前の車だ。外見は綺麗だがちゃんと走るのか?


「心配無用よ。古いけどエンジンなんかバリバリだから、ガンガン走っちゃう。それじゃ~最初に高橋君の家に行くから、高橋君が助手席で案内して」


 俺と佐藤さん、それと村上さんの3人が後部座席。

 今は製造されていないスカイラインジャパンなどに乗せてもらった事は一度もなないーー初めて乗せてもらったのだが、この車の後部座席は死ぬほど狭かった。本当に5人乗り?


 佐藤さんを真ん中に、その両側が俺と村上さん。俺は決して太ってはいないし、、それに佐藤さんも村上さんも細い方だと思っていたが、いざこの車の後部座席に乗り込んでみるとギューギュー詰めなんてもんじゃない。先に乗り込んだ佐藤さんの身体の一部が俺の背中の下になっている。


「いっ、痛くない?」

「え…だっだいじょうぶ」


 石鹸のいい匂いがした。俺の身体は臭くないか? 汗かいたらきっと臭う。右腕に柔らかいナニかが当たってる。マズイ、きっと佐藤さんのオッパイだ。ちょっとズレなきゃ……

 佐藤さんの方に向かって半身になってみた。すると今度は佐藤さんの顔と俺の顔が異常接近で吐く息がダイレクトだ。今日ちゃんと歯ぁみがいたよな? いや、給食食った。学校で歯ぁみがいてる男子なんかいない。口で息吐いたらダメだ。

 俺は首を伸ばして意味も無く向こう側の窓ーー村上さん側の窓に視線を固定させた。それしか目のやりどころがない。あれ? ずいぶんと暗いな。曇り空? 星の一つも見えない。


「ドワちゃんと閉めた? ……なら行くよ」


 ブォン! っとひとふかししてからジャパンは急発進した。首がガクンと後ろに持ってかれた。

 近藤先生の運転は荒いのか下手なのか分からないが、酷く乗り心地が悪い。そして交差点で、


「ここで左!」


 髙橋君だ。

 いきなり左折した。車体が傾きタイヤが鳴った。身体全部が佐藤さんに押し付けられ、右腕には再び柔らかい感触。


「グル……グル…ジイ…」


 村上さんだ。きっと押しつぶされてる。


「ここ右!」


 まただ、また高橋君が交差点に入ってから指示を出し、近藤先生が強引にその指示に従っている。今度は俺が潰される。


「グェ……」


 真ん中に座る佐藤さんは掴まる物が何もないせいだろう、強烈にくっついてきた。


「センセーーーー! もっとゆっくり曲がってーー!」


 たまりかねた村上さんが叫んだ。


「だって、高橋君の指示が遅いの」

「タ・カ・ハ・シーー! あんたなにやってんの! 自分っ家までの道順なんだからちゃんと案内しなさいって! なんで急に思い出したみたいに言うのさ! バッカじゃないの!」

「違うんだって……道が……なんか変で……あ!…ここ右!」


 まだだ。それもさっき右折したばかりで、村上さんはそれを怒鳴っていたはずで、佐藤さんは恥ずかしそうに俯いて俺の身体から離れようとしていた時の右折だ。

 ハっとして顔を上げた佐藤さん。抱き着いてきた。俺もそんな佐藤さんの顔を見ていた時で、佐藤さんの方からのキス。それも唇と唇でブチューーって感じのやつで佐藤さんは目を見開いていた。俺も同じだったと思うし、右折が終わるまで結構な時間だったような気がする。


 ビックリ顔の佐藤さん。両手で口を覆いながらゆっくりと離れていった。

 キスだよな……これって。俺、佐藤さんとキスしちゃったよ。ちょっと痛かったけどキスだよキス。でもきっとマズイ……どうしよう……なにか言った方が……


「ごっ、ごめん……」


 両手で口を覆ったままの佐藤さん。目をすごく大きくして瞬きもしないで俺を見てる。そんな佐藤さんの手がゆっくりと降ろされーー


「だっ、だいじょうぶ……だから…」


 もっと何かを言いかけていたようだが高橋君の声で遮られた。


「左! ここ左!」


 何かを言いかけていた佐藤さん。俺ももっと何かを言おうとしていた時の左折だ。俺の方から飛び込んでいった。そしてキス。それも開き加減だった佐藤さんの唇を俺が食べたようなキスだ。


「え……なんで? ……ここって……」


 髙橋君のそんな声が聞こえてはいた。

 そして近藤先生の「黙って」という小声ではあるものの黙らせるには十分な厳しい声がして、何があったのだろう? という思いが俺の頭をかすめた、が、目の前には口を半開きにした呆然自失の佐藤さんの顔があって、その唇は俺の開いた口からの唾液の糸で繋がっていて、俺は手で佐藤さんの口を拭ってあげていた。


「ここ……さっきも通った」


 そう言った高橋君の声が震えているのに気が付いた。

 だが無言の近藤先生は車を停めようとしない。エンジン音で聞こえなかったのかとも思ったが、村上さんには聞こえたようでーー


「はぁあああ?? まさか自分っ家行くのに道に迷ったなんて言わないでよ!」

「ちっ、ちがう……迷ってなんかない…それなのに…それなのに…」

「何わけのわかんないこと言ってんのさ。何度も何度も曲がるから戻っちゃったんでしょ! 別の道ないの? あんまり曲がったりしない道が」

「わっ…わかったって……別の道案内するって……ちょっと遠回りになるけど……しばらく真っすぐ行って」


 俺は高橋君の家には何度も遊びに行ったことがある。ちょっと遠いが迷うような道順ではないことを知っていた。いったいどうしちまったんだ? 気になるけどそれどころじゃなかった。

呆然自失の顔をしたまんまの佐藤さん。思わず手で口元を拭いてあげちゃったけど、それって余計にマズかった? 何か言わなきゃ……なんて言ったら……キスは初めて? そんなこと聞けるはずがない。そもそも初めてに決まってる。いや、こんなにかわいいんだから、したことあるかも。


「だ……だいじょうぶ?」


 そんなこと聞いてどうすんだ、って心の声が聞こえた。大丈夫な訳がない。男にキスされちまったんだぞ。それも2度も、同意もへったくれもないキスを。


「……うん」


 おおおお、良かった、大丈夫なんだ。


「先生…ちょっと飛ばし過ぎじゃ…」


 そう言った村上さんは運転席の背もたれにしがみついて前を見ていた。どうやら俺と佐藤さんの事は暗いこともあって気づいていないようだ。


「先生? ……先生ってば!」

「黙って」

「え……?」


 運転している近藤先生と道案内をしている高橋君の様子がおかしい。

 無言でアクセルを踏み続けている近藤先生。

 高橋君はフロントウインドウにへばりつくようにして必死に前を見ている。


 誰も喋る者がいなくなたった車内。真っ暗で街灯の1本もない道。対向車も全く来ない。

 その道はスカイラインジャパンのヘッドライト以外は明かりがなく、道の両サイドは延々と畑なのか民家の明かりすら見えない。そして「ない」と言えば月も星も無く、地上と空の区別がつかない。


「こっ、こんなのおかしい……こんな場所……ぜんぜん知らない…」

「ぇえええ? 今更なに言ってんの? しばらく真っすぐって言ったじゃん」


 村上さんだった。近藤先生はやっぱり無言でアクセルを踏み続けている。


「そ…そうなんだけど……こんな真っ暗で……こんな何にも無いとこ……俺……来たことない」

「しっかりしなさい! 男でしょ! タマついてんでしょ! だったら泣かない! 歯ぁ食いしばって耐えなさい! 先生が傍にいるから大丈夫! 絶対に大丈夫だから!」


 ハンドルを握り前を向いたままの近藤先生がアクセルを緩ませることもなく、大丈夫だと、そう言い切っている。

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