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第46話 あるカミングアウトと再び3・Fへ

 茶道部の部室から教室に戻ると、直ぐに2時間目の授業が始まるチャイムが鳴った。2時間目は英語のはずだが細野先生が来ない。


「なんだなんだ? また自習か?」


 そんな騒めきが聞こえる中、校内放送が掛かった。


「2時間目の授業は全学年とも自習とします。又、選挙管理委員長の3年C組の栄前田椿さんは直ちに校長室に来るよう願います。繰り返します……」


 生徒会長選挙をどうするかについての打ち合わせなのだろう。そう言えば3・Fの塩谷が、越前紬はちゃんと学校に来るとかほざいていたが、手首を切ったのが昨日だ。出てこれるはずがない。それに切った理由が俺達が考える通りなら、完全に支配されているのではないのだろう。だとすると、彼女は学校に復帰することが出来るのだろうか。それに、さっき茶道部の部室から教室に戻る時に、夏堀さんが深刻な顔で栄前田さんと何かを喋っていた。こんな事態になったのだ、夏堀さんも生徒会長に立候補するのを辞退すると言い出しても不思議ではない。見ると、選挙管理委員の犬養と夏堀さん、それと播磨さんの3人が教壇に集まってヒソヒソやっていた。ああ、これは間違いなさそうだな。


「なんかさ~、自習、自習で飽きちゃったよね。それにさ~私らこんなことやってて高校受験って大丈夫なのかな?」


 新井さんのとこに集まった女子からそんな声が聞こえてきた。3年F組で売春をしていた女子がいることや、生徒会長選挙で身体を売るような買収、それが原因なのか一人の女子が手首を切ったことなど、俺達の学校はとんでもない事態になっていて、それは誰もが周知のことだ。だからと言って受験生という現実から逃れられるわけでもなく、極めて近い将来に不安を覚え、それを口に出したからと言って不謹慎だと責められるはずもない。

 それに俺達の学校は今年の4月からーー俺達が3年生になってから事件が立て続けに起き、感覚がマヒして、新たな事件が起きても、あ~またか、と思ってしまう。それと、昨日手首を切った越前紬はY町出身らしく俺とは小学校が違う。クラスも3年A組とは殆ど交流のない3年F組で、バドミントン部に入っていたらしいが、俺達バスケとは違った体育館を使用していたせいもあって、彼女が生徒会長選挙に立候補しなければ卒業するまで顔も名前も知らなかったのかもしれない。3年A組はS町出身が多い。俺と同じように越前紬との接点が殆ど無い者が大半だろう。そんな事を考えていると新井さんの声が聞こえてきた。


「うん? 自習が多いから勉強が遅れるかもってこと? なら大丈夫なんじゃないかな~。だってさ~、去年から他の学校って完全に週休二日だよ。うちらの学校って今週の土曜は第4だから休みだけど、来週の土曜は第5だから半ドンで授業あるじゃん。だから授業数って多いんだよ」

「えええええええ? マジ? 他って土曜って完全に休みなの? それってなんで?」

「う~~ん、第二と第四の土曜が休みになったのって、もう10年以上も前だったはずだけど、確かね……S町の小・中学校ってそれ取り入れるのも遅かったって聞いたな~~」

「なんで?」

「神取一族でしょ。女好きの変態一族なんだけど変に勉強熱心でさ~、学校の授業数減らすの断固反対してたみたい。だから神取美香だってけっこう頭良かったじゃん。2年の神取浩もチビでバッカみたいに不良ぶってたけど、あいつもそこそこ出来たらしいよ」

「ゲロゲロ……」


 へ~そうなんだ。神取一族ってどうしようもないクソ一族ってだけじゃないんだ。勉強熱心ね~……まぁ土曜日が全部休みになったからって、大して嬉しいとは思えないし、暇だろうな。そういえば死んだ岡田先生も神取一族だ。教わったことはなかったけど、どんな教え方をしたんだろう。

 新井さん達は、ゆとり教育がどうしたとか喋っているが、教室の前の方では犬養と夏堀さんと播磨さんが教壇で相談している中、バスケのマネージャー4人が廊下に出て行った。そして教室の入口付近でなにやらヒソヒソやり始めた。アイツらなにやってんだ? そんな4人を見ていると、後ろから肩をトントンされて振り返ると、北川凛だ。


「ねぇ、お願い……3・Fでなにがあったのか教えて」


 つい最近まで3年F組だった北川凛。3・Fでは前の方に座っていたせいなのか毒されてはいない。だがそのせいでハブられていたのかもしれない。きっと他にも北川凛のような人が3・Fにはいるのだろう。それに彼女は越前紬とも仲が良かったようだ。


「酷く傷つく人が出ちゃうから名前は伏せるけど……それでも誰にも喋ったらダメだぞ。……守れる?」

「うん、わかった。誰にも言わない」


 俺の目を見てそういった北川凛。


「もっとこっちに寄って」

「え……でもそんなに顔寄せたら……佐藤静香さんに……」

「アイツは廊下でなんかやってるから、そっち見ながら聞いて」

「わかった。教室に戻ってきたら離れるね」


 身体を前のめりにしながら斜め前を見ている北川さん。その耳元に俺は口を寄せた。石鹸のいい匂いがして少したじろいでしまった。


「幽霊みたいなのは居た。でもアレは生霊。大国照子が言うんだから間違いない。それと北川さん、これからも絶対に3年F組には行くな。……いいな。生霊飛ばしてる奴は俺が見つけた。さっき北川さんが部室で教えてくれた金城蘇亜ってヤツだ。マインドコントロールって分るか? ………うんそう、俺も3・Fで掛けられた。生霊もマインドコントロールも全部そいつがやってる。大国照子はなんともなかったけど………女子2人が危なく犯されるところだった」

「そんな…………」


 俺に顔を寄せていた北川凛なのだが、絶句して離れた。そして俺の目をじっと見ている。そんな彼女にまだ聞きたいかを訊ねると、頷いた。


「もっとこっちに寄って………3・Fには塩谷や工藤、天野みたいに完全に洗脳されてる奴と、北川さんみたいにそうでもない人がいると思う。越前さんはそうでもない方なんだろうな。だから……こんなことになったんだと思う。北川さんは……これって近藤先生の説なんだけど、茶道部に入って、ウミとアヤの影響を受けてるから、無事にいられたんじゃないかって。だけどいいか、さっきも言ったけど3・Fには二度と行くな。ハッキリ言うけど……アレがあまり可愛くない幽霊って思えてるんなら、危ない。まだ影響されてる。ウミやアヤに相談した方がいい。アレを見たのは俺だけじゃないんだけど、見た人に言わせると、バケモノ、妖怪、悪霊だ。可愛いとか可愛くないとかそんなもんじゃない」


 そうとうに驚いているらしく北川凛の黒目は落ち着きなく動いていた。


「俺が言った事……信じられないか?」

「………信じる………私……春山君のこと信じる。その………マインドコントロールなんだけど、私もまだそれに影響されてるの? だから危ないの?」

「うん」

「わかった。でもさっき春山君も掛けられたって言ってたけど………大丈夫なの?」

「うん……自分でもよくわかんないんだけど、テルに言わせると、俺が自分で弾き返したらしい。そんなの俺に出来るのかな……」


 すると俺から離れてちょっと考えているような北川さんが、再び顔を寄せてきて、


「それって何となくだけど解る気がする。上手く言えないけど、春山君って、篠原さんや権藤さんと同じ匂いがする。だからだと思うんだけど………私、3年A組になって、席が春山君の後ろで……なんだろう……すごく安心できてる。あっ………ちっ、違うから。春山君のこと好きとかそういうんじゃなくて……いや……好きなの。大国さんも春山君のこと好きよね。それと同じ………いや違う………あのね………これって絶対に秘密ね。私……男の人ってダメなの。だから春山君のことが好きといっても、佐藤静香さんの好きとは違うの。でも好きだから、こんなふうにもっとお喋りしたいけど、佐藤静香さんに誤解されたくないし……」


 北川凛は自分のことを俺に知ってもらいたがっているのだろう。


「恋愛対象が女の人ってことなんだろ」

「えっ…………うん……」

「静香に言っちゃえばいいよ。アイツはそういうのに偏見はないはずだし、お喋りに見えるかもだけど、口は固いから」

「………え……でも………怖い……だって………今まで誰にも知られないように隠してたし……」

「そっか。無理にとは言わないけど、考えといて」

「………うん……あっ、来た」


 そう言った北川凛が俺から離れ、何事も無かったように窓の外を見ているフリをした。そんな事やるくらいなら静香にだけはカミングアウトした方がいいような気がするけど、この手の問題は本人だよな。

 前を向いて教室の入り口に目をやると静香が手招きをしている。そしてその隣では枡渕香乃がコッチを見ながら竹刀を振るマネをしていた。木刀を持って来いって言ってるらしい。なにやるつもりだ? 田川さんと村上さんは明らかに困った表情でそんな枡渕香乃を見たり、こっちを見たりしている。

 俺は木刀を持って教室の前の方に歩いて行ったが、そんな俺を気に留める者など誰もいない。皆がお喋りに夢中だ。

 4人のマネージャーの所まで行くと、教室内からは見えない場所に移動して田川さんが言った。


「この2人が行きたいんだって、3年F組に」


 この2人という言い方なのだが、臆病な村上さんであるはずもなく、静香と枡渕香乃の二人だ。


「生霊見たいだもーーん」


 ピョンピョン跳ねながら枡渕香乃がそう言ってるのだが、コイツ何か勘違いしてないか。動物園に行く訳じゃないんだぞ。田川さんも俺と同じように思って既にそう言ったのかもしれない。どうしようもないね、って顔をしている。だが静香は枡渕香乃のようにはしゃいでいる風ではなく、ムッツリ顔だ。なに怒ってんだ?


「ソイツ……ふざける。絶対ゆるさない」

「………ソイツって誰?」

「とぼけないで!! 義仁がヘラヘラしながらチューしようとしたヤツに決まってんでしょ!」


 まだ言ってるのかよ。アイツに意思を制御されてたからだって解ったんじゃないの? 


「斜視の女に文句でも言いたいの?」

「なに言ってんの?! アンタがチューしようとしたのってソッチ? 生霊の方なんでしょ!!」


 いやいやいや、アンタって………


「いや、そうらしいけど………だからってどうするの?」

「ギッタンギッタンにしてやる。どうせ人間じゃないんだから」


 静香って、私ヤキモチ焼きだから、って宣言してるけど、生霊だぜ。そんな静香を城地ルミは尊敬するとか言ってたけど、勘弁して欲しい。それに、今3年F組に行っても、斜視の子ーー金城蘇亜という名前らしいが、ソイツが居るかどうかは分からないし、もし居たら、栄前田さんや城地さんみたいに動けなくなって、きっと今度は未遂じゃ済まない。


「ならないの!! 私は絶対にそうならないって、分るの! ………だけど……周りの人にね、身体押さえられて脱がされたりしたらマズイから………義仁も一緒に行くの! 分かった!!」

「はいはい、わかりましたよ、静香さま」


 どうせ行ったところで斜視のアイツが居るはずがない。ついさっきだ。あれだけの騒ぎの中、どっかに逃げて行ったのわ。戻っているはずがない。田川さんも同じように考えているのか、溜息をついて教室に戻って行った。


 ムッツリ顔の静香と妙にはしゃいでいる枡渕香乃と三人で廊下を歩いていると、B組から大国照子が出てきた。


「3人でどこ行く?」

「3・F」

「ふ~ん……そっか。アタシも付き合うわ」


 テルも俺と同じ事を思っているらしく、3年F組の前まで来ると、


「アタシはここで待ってるから、何かあったら呼べ」


 後ろの戸を開けて俺が先頭で中に入ると、あの時にテルが唱えた祝詞のせいか、おかしな空気感はないし、薄暗くもない。そして他のクラスと同じように騒めいている。やっぱり居ないんだ。


「なんかぁ……臭い」


 そう呟いた枡渕香乃の声が聞こえた。たしかに臭う。

 教室内を見渡すと、居た。メッチャクチャにみったくない生霊が教壇の傍に浮いていた。


 本体はどこだ? どこにいる? 


「うわ………マジで浮いてるぅ。ねぇねぇ、アレってさぁ、普通のお化けじゃないのぉ? マジ生霊ぉ??」


 気が付くと3・Fの奴らは誰も喋っていない。さっきまで騒めいていたのに。そして一斉に立ち上がった。




「お前かああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




 俺の後ろにいた静香がそう怒鳴り、凄まじいダッシュで俺の脇をすり抜けて突っ込んで行きやがった。


「あっ……バカ……」

「どうした! なにがあった!!……………あっ……」

「ヤレーヤレーーー!! もっとヤっちまえーーー!!」


 教室の窓際の方で、ダーーンッ! と何かが倒れた音が響き渡った。それと同時に立ち上がっていた3・Fの連中がその音の方に慌てて集まっていく。


 床から1mくらい浮いていた生霊。俺のことを覚えていたらしく凄まじい顔で睨んでいて、こっちに向かって近寄って来る最中だった。

 恐ろしい勢いで走り込んだ静香が、そのままの勢いで跳び蹴りをかましーースカートなんか捲れ上がってパンツ丸出しでの跳び蹴り。その静香の足が生霊のどてっ腹に決まったのだ。

 蹴られた生霊は「くの字」になって弾き飛び、黒板に叩きつけられ、そして消えた。



「ふん! ザマーーーみろ!!」



 ええ? ざまーみろって………生霊を蹴りやがった。そんなのアリ?

 慌てて教室に入って来た大国照子も


「初めて見た………蹴れるんだな……」


 俺の彼女はとんでもない女かもしれない。腰に手を当て鼻の穴を膨らませ勝ち誇っている。





「ユルサナイ………ユルサナイゾ………オマエ………コロシテヤル」





 おかしなアクセントで喋る女の声。アイツだ。アイツが喋っていた。ボブで斜視の女、金城蘇亜という名の女が窓際の机に上に乗り、腰を深く屈め、両手をダラリと下げ、まるで四つ足動物のような姿勢で静香を睨んでいる。そいつの周りには3・Fの全員が同じ姿勢で構えていた。


 暗い、いつの間にか教室が暗い。目を凝らすとソイツが居る窓際の方から別の空気が広がってきていた。ソイツが窓を背にしているせいで陽の光が遮られたのだ。


「静香!! こっちに来い!! 香乃もだ!! 走れえええええええええええええ!!」


 慌てて走ってきて俺の後ろに隠れた2人。


「テル! こいつら廊下に連れ出してくれ」

「了解! ハルは?」

「俺は………アイツにおもい知らせる、俺には敵わないってこと」


 ちょっとの間、テルが俺の顔をじっと見ていた。そして頷き、静香と香乃を連れて廊下に出て行った。教室には何があっても絶対に入るな、と言ったテルの声が聞こえた。


 アイツの身体から湧き上がる別の空気。それが凄い速さで広がっていた。既に俺の身体にも纏わりついて、空気が湿っているのさえ解る。前の時よりずっと濃い。頭の中で声がした。




 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………




 コロセという言葉が次々と頭の中に流れ込んでくる。そしてその言葉ひとつひとつが俺の意識に抱きついて離れない。重い、粘りついて重たい。



 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 日本人を殺したいのか。誰でもいい。全部を殺したい。犯して殺したい。それを俺にヤらせるのか。





 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 お前は誰だ、何処から来た。何故ここに居る。誰がお前に酷いことをした、教えろ、教えてくれたらヤってやる、お前はなにをされた………見えてきた、何かが見える、お前が見せているのか………



 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 独りの女が酷いことをされていた。衣服は全て脱がされた裸の女が地面に転がり泥まみれだ。取り囲んでいる十数人。男ばかりではない。女までいる。蹴られ、転がされ、唇を切り鼻血を出し、素肌のあちらこちらから血が滲んでいる女。助けを求めているが、取り囲む人は誰も助けないどころか薄ら笑いを浮かべている。男も女も。取り囲む1人の女が何かを言った。地面に転がる裸の女を指さしながら。体格の良い赤ら顔の男がゲスな笑みを零しながら前に出た。酔ってるのか。そいつが自分のベルトを外しズボンを脱いだ。



 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 女や男が笑いながら見ている中で犯される女。それも次々と。この哀れな女は誰だ、誰なんだ。どうして俺にこんなのを見せる。お前と関係してるのか。そうか、お前を産んだ女か。



 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 教室はいっそう暗い。そして空気がズッシリと重く、身体にベットリと粘りついてくる。怒りだ。きっと静香に蹴られたことが、コイツの心に巣くっているモノを呼び覚ました。コイツを産んだ女がされた事を、まるで自分がされたことのように想いだし、怒りがマックスになったのか。俺を取り込むのか。そうして俺にヤらせるのか。お前を産んだ女がされたことと同じ事を。


 振り返ると教室の出入り口はピッタリと閉じられていた。廊下からのテルの声が僅かに聞こえた。



 ーーータカアマハラニマシマシテ テントチニ ミハタラキヲアラワシタマウ リュウオウハ ダイウチュウコンゲンノ ミオヤノミツカイニシテ イッサイヲウミ イッサイヲソダテ ヨロズモノヲゴシハイアラセタマウ オウジンナレバ ヒフミヨイムナヤコトノ トクサノミタカラヲ オノガスガタトヘンジタマイテ ジザイジユウニ テンカイ チカイ ジンカイヲオサメタマウ リュウオウジンナルヲ トウトミウヤマイテ………



 龍神祝詞を唱えている。この教室の腐った空気が廊下に漏れ出ることを食い止めていた。



 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ………



 コロセという言葉が呪文のように頭の中で渦巻く。そしてその言葉ひとつひとつが身体を這い回る。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ………最初はあの女。犯せ、犯して殺せ。

 靄のようなもので見えないが、アイツは向こうに居るのは解る。異様で異質な気配がハッキリと解る。その気配の主が俺に言う。静香を犯せ、そして殺せ………



「悪いな、お前のソレはもう慣れた。理由は分からんけど俺には利かない。だからもう止めれ」



 シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネ………



 そうか、俺が自分で命を絶てと言うのか。狙いを俺に絞るのか。



「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 重っ苦しくて腐った臭いの湿った空気を袈裟に叩き切った。

 空気を切る音すらしなかった。その代わり、ワンテンポ遅れてガラスが割れた音、そして風が吹き込んできた。



「今のなんの音?! 春山君、無事?! なっ………なにこの臭い……照子、すぐに祓って!」



 音を聞いて真っ先に教室に飛び込んで来たのは篠原朱海だ。廊下では自分も教室に入ろうとする静香に、それを止める権藤彩音の厳しい声が聞こえた。二人とも帰って来たのか。ホッとした。

 教室に入ってきた大国照子が戸をピシャリと閉め、そこに立って唱え始めた。



 ーーータカアマハラニマシマシテ テントチニ ミハタラキヲアラワシタマウ リュウオウハ ダイウチュウコンゲンノ ミオヤノミツカイニシテ イッサイヲウミ イッサイヲソダテ ヨロズモノヲゴシハイアラセタマウ オウジンナレバ ヒフミヨイムナヤコトノ トクサノミタカラヲ オノガスガタトヘンジタマイテ ジザイジユウニ テンカイ チカイ ジンカイヲオサメタマウ リュウオウジンナルヲ トウトミウヤマイテ………



 元凶が居ない。窓を突き破って逃げた。そのせいか空気は見る見る澄んでいくのが解った。窓際で呆然と突っ立ている3・Fの面々。こいつらどうしたらいいんだ?

 気が付くと目の前にはアヤがいた。


「なんでアタシの言うこと利かない! 行くなって言った! …………バカ!」


 そう言ったアヤに股間を蹴り上げられ、モロに入った。グエ…………

 床に蹲る俺の傍でアヤが呟いていた。


「ゆるさない………金城蘇亜………アタシを怒らせた、後悔させてやる」



 ーーーカシコミカシコミモウス………



「………アヤちゃん、もう入っていい?」


 入口の戸を少しだけ開けた静香が顔を覗かせていた。そしてその後ろに見えるのは枡渕香乃だけじゃなく近藤先生と数人の先生までいる。


「3年F組の生徒は、全員そのまま第二体育館に行きなさい。何も持たなくていいから、今直ぐに」


 3・Fの生徒は数人の先生が見守る中、全員が教室から出て行った。だが先生達の誰もが3・Fの生徒に話し掛けないどころか微妙な距離を取っているように見える。明らかに気味悪がっている。

 俺達ーー俺と静香と枡渕香乃、それと三人娘は近藤先生に連れられ、また茶道部の部室に行くことに。廊下を歩いていると構内放送が掛かった。



「私は選挙管理委員長の栄前田椿です。生徒会長選挙を最初っからやり直します。最初っからというのは立候補者を受け付ける段階からという意味です。ですので、先に受け付けた、3年A組の夏堀かおる子さん、3年F組の越前紬さんの立候補は白紙に戻します。そして新たに立候補を受け付けるという事です。先ずは私、3年C組の栄前田椿が立候補しました。推薦者は3年A組の春山義仁君です。他に我こそはと思う方は生徒会室まで来て、立候補届を書いてください。締め切りは、本日の午後2時までとします。併せて連絡を致します。3年F組の越前紬さんは立候補しないことを先ほど本人に確認しました。繰り返します……」


 俺? 俺が栄前田さんの推薦者? 隣を歩く静香も驚いた顔を俺に向けたが、


「うん、いいかも。義仁って色んな意味で有名人だから、栄前田さんを義仁が推薦するならって思っちゃう人多いよ。これで決着つくと思うな」


 色んな意味ってなんだ? まぁいいけど。それに俺の名前を使えば決まるのならそれがいいと思うし、栄前田さんなら適任だ。きっと覚悟を決めたのだろう。この学校に蔓延る倦みを一掃する覚悟を。

 前を歩く近藤先生が小さく笑った。ええ? まさかエっちゃんが栄前田さんに言ったのか? 俺を推薦者にしてアンタが立候補しなさいって。あり得る……

 後ろにいるウミの声が聞こえた。


「いい判断ね。これだけ締め切りがタイトなら普通は異論が出るだろうけど、春山君を推薦者にして立候補してしまえば、きっとそのままイケる」


「ねぇねぇ静香、こっちの篠原さんってさ~春山君とどういう関係なのぉ? やっぱ静香の恋敵ぃ?」

「ムっ……絶対取られたりしない関係」

「なにそれぇ?」



 茶道部の部室入ると近藤先生が鍵を掛けた。そしてウミが話し始めた。


「向こうはまだ夏休みだったから、神取美香は家に居たの。じじ様のツテで前もって住所調べておいたから……」


 神取美香と会えたんだ。意外と早かったな。そう言えば、ウミは方向音痴で飛行機にも乗った事がないとかテルが言っていたが、どうやら珍道中だったみたいだ。たったそれだけを言ったウミなのだが、チラチラとアヤを見ながら喋っていた。


「ごっほん! ええっと………家に行ったらね、神取美香が独りでちょうど良くって………うん、ウエルカムって感じで迎えてくれて……」


「ウニがいきなりひっぱたいて、マッパにして、土足で上がり込んだ」


 はぁああああ? なんだそれ? ウミとアイツが和気あいあいになるとは思ってないけど、北海道からわざわざ殴り込みに行ったのか? 目をまん丸にして声も出せないでいる静香と枡渕香乃の隣で、近藤先生が頭を抱えている。


「ちょっとーーーー! アヤちゃん、そんな言い方したら私が狼藉者みたいでしょ………もう………そうです、私が叩きました! でもマッパは違うから。アイツがね、訪ねて来た私を見て……なにしに来たんだお前って、いきなりそう言ったの。いきなりだよ、いきなり。カッチーンってきたけど我慢した。うん、ちゃーんと我慢した。偉いと思わない? …………どーして誰も何も言ってくれないの! とにかく私は偉かったの! それなのに、お前のツラなんか見たくない、帰って独りでオナニーしてれって言われた! だから往復ビンタしてやった。バチン、バチンって……っでね、アイツ半袖のTシャツにジャージ穿いてたけど、すっごくだらしない穿き方で、それ見たら余計に腹が立って、上げるか下げるかハッキリしろってジャージ下げてやったらノーパンだった。だらしないよね~~、中学3年生だよ、15歳なんだよ。それなのにパンツ穿かないってナニ? だいたいさ~、出て来た時のアイツってジャージの中に手ぇ突っ込んでお尻ボリボリしながら出て来たんだから。どんだけ下品なのさ。あ~やだやだ。………っでね、髪の毛掴んで家の中に引きずっていったんだけど………土足で………その時にアイツが自分でジャージふんずけて脱げてたから、私が脱がしたんじゃないから。それにアイツなんか丸出しになっても全然恥ずかしがってないし、股広げてギャーギャー騒いでるから、電気アンマ掛けてやった。そしたらヒィーヒィー言って暴れて、着てたTシャツが捲れ上がったらブラジャーもしてなかった。ほんと下品な女。だから電気アンマ掛け続けたら、オシッコ洩れちゃうぅとか言ってギブアップした」


 ウミの話はそこで一旦は終わったが、聞いていた誰もが何も言わない。


「ごっほん! うん、そうね、ここからが本題。今までの話は忘れて。アイツ、自分で言ってた、血が濃いからなのか自分は普通じゃない、色んなものが見えるし感じることが出来るって。そこんところはアンタら3人娘より自分の方が上だとか言うから、もういっぺん掛けてやった。………だってアイツ穿かないんだよ、ジャージ。丸出しのまんまでウンコ座りして、そんな格好で自分が上だって……ハラたつ。毟ってやればよかった。だから言ったの、そんな格好で偉そうなこと言うな! 頭おかしいヤツのたわごとにしか聞こえないからパンツ穿け! って。そしたらパンツ穿きに行った。どんな育てられ方したらあんなふうになるの? 女同士でもアレはないでしょ。目のやり場に困った!!」


 再びウミの話は止まったが、やはり誰も声を出さない。


「………今のも忘れて。………アイツ、どういう訳だか頭はいいのよね。2年の時から生徒会長だったでしょ。それの責任感みたいなものもあったみたいで。全学年の全クラスを定期的に回ってたらしいの。先生から出席簿借りて。っで全生徒の名前と顔をしっかり覚えてたって言うの。いくらなんでもウソだと思って……だって1000人くらい居るのに。そしたら今の三年生、A組から順番にベラベラベラーーって。アイツの記憶力って凄いわ。っでね、ここからが本題なんだけど、今年の4月に3年A組に河西早苗が転校してきたでしょ。アイツ見に行ったらしくて、直ぐに分かったみたい。この世界の人間じゃない、それと人を何人も殺してるって。っでそこがアイツが壊れるっていうのか、自分が生徒会長なんだからって変な責任感なのか、本人に言ったらしいの。「お前、この世界の人間じゃないな。人も殺してる。私がこの学校の生徒会長だ。私に逆らわないなら、この学校にいてもいいぞ。それが嫌ならどっか行け。一週間待ってやるからどうするか考えて来い。来週の昼休み屋上で待ってるから絶対に来いよ」って言ったクセに、言った本人が面倒臭くて一度も屋上に行かなかったって。それに実際に屋上から落ちた3年E組の宮古愛が、もしかしたら自分と間違われて突き落とされたのかもしれない、なんてこと考えてもいないの。記憶力が凄くて、だから学校の成績は良いけど、頭のネジが100本くらい飛んでるのが神取美香。アイツの本当の父親は、戸籍上は祖父になってる神取敏郎だけど、母親はその敏郎の妾だった旧姓鬼頭陽子だと思ってたけど違うみたい。アイツは、神取敏郎が自分の娘の春江に孕ませて産ませた子供。だから死んだ岡田先生とアイツは正真正銘の兄妹。春江は岡田家に嫁いだ以降も実の父親と関係が続いていたって……反吐が出るそんな話をベラベラと私に喋って、自分がいかに血が濃いかを自慢したかったようだけど………壊れてる。薄ら笑いを浮かべながら説明してて、私……寒気を覚えた。でも………アイツ……自分で自慢してたように凄いかもしれない。G組だから教室は2階なのに、3階のF組がおかしいって5月の段階で気づいたって言ってた。体育とか家庭科みたいに別の教室で合同でやる授業の時はそんな感じはしなかったから、実際にF組まで見に行ったらしいの。そしたら居たって。アイツ、生霊がいやがったって腹を抱て笑うの。なにがそんなに可笑しいのか聞いたら、世界で一番のブスがあの生霊だって笑い転げてた。実際にF組に行った時も大笑いしたらしくて、そしたら消えたって。っで、直ぐに解ったらしい。教室の後ろの方に座ってるチビ女が生霊飛ばしてて、へんな力を使ってたけど、自分には全然利かない力で、更に大笑いしたみたい。っで笑いながら言ったらしいんだけど、「お前、15歳じゃないだろ、幾つだ? 30くらいか? 整形してカツラ被ったって私の目は胡麻化せない。名前なんていうんだ?」って。そしたらソイツが金城蘇亜って答えて、「ああ、半島人か。どうりで。だけど私が生徒会長だってこと覚えておけよ。おとなしくしてるんなら黙っておいてやるけど、ちょっとでも偉そうなことヤってみろ、ここに来たことを心底後悔することになるからな」って。アイツの思考回路は理解できないけど、生徒会長ってことに凄いプライド持ってて、頭も良くて、ちょっとした力もある。だけど、強烈に下品なバカ女だってことがハッキリ分かった!」


「30くらいの半島人か………っであなた達二人は帰ってきたのね」


「いや、ウニがまた電気アンマかけた」


「だって~~、アイツが穿いて来たパンツってフランスの高級ランジェリーのオーバドゥだって一目で解った。なんでノーパンにジャージ穿く下品な女がオーバドゥ穿いてんの? それも透けっ透けでめっちゃセクシーなやつ。近藤先生なに穿いてる? グンゼ? 腹立つよね?! だからガッツリ掛けてやったの。ギブアップしたって許してやんなかった。だってね、これ見よがしにズーーーっとパンツ1枚でいるんだよ。憎たらしい……」



 枡渕香乃が静香に囁いていた。


「こっちの篠原さんってぇ、女に電気アンマかけるんだ………やばいね」



 そしてアヤが、


「アイツ、ウニに電気アンマ掛けられなが言った。あの半島女は紅蓮大寿の娘だって」

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