第45話 洗脳と誰も知らない女
部室の内側から鍵を掛けた近藤先生。邪魔が入らないようにというより、今ここに居る者を外には出さない、という感じがする。
畳の敷いてある部室の奥ーー窓際の隅に近藤先生がドカっと腰を降ろし胡座をかいた。あまり見た事の無い厳しい表情。そしてアンタ達も座りなさいと目で促している。そんな近藤先生を要に扇状に、ちょっと距離を置いて全員が正座だったり胡坐をかいたりして座った。3年生が前でその後ろに2年生がいる。
近藤先生の雰囲気が伝わったのか妙な緊張感が漂い、喋る者など誰もいない中、2年生だけに自己紹介をさせた近藤先生。全員が運動部だった。バドミントンの2年生男子が6人、卓球の2年生男子が4人、バスケの2年生男子が8人。
「18人も2年生がいるのか…………アンタたちの名前とクラス、それと所属している部は覚えたから。最初にハッキリ言っておくけど、口先だけのヘタレってのがどうしようもなく信用出来ないんだよね。中学で一学年違うのって、たった一歳の違いじゃない。圧倒的な違いがあるものなの。3年の担任やってる私から見たらアンタら2年は小学生とさほど変わんない。そんなアンタらが俺たちがこの学校を変えるとか偉そうなこと言って3・Fに殴り込みに行ったらしいね。いったん吐いたツバは飲み込めないんだよ。これからこの部室で話されること全部に箝口令敷くけど、あんたらそれ守れるの? 守れそうもないなら今直ぐに出て行きなさい。………どうするの? 向こうの方で部ごとに集まって話し合って決めなさい」
近藤先生は怒鳴るわけでもなく淡々と言った。だがかなり怒ってる。この先生は怒ると凄い。あのスケベなエっちゃんとは思えない。だが2年生が偉そうにしゃしゃり出たことに怒り出すとは思わなかった。
近藤先生に見下された2年生達は言い返せないどころか全員が下を向いてしまった。まるで母親に叱られた子供みたいに俯いたまま互いに顔を見合わせ、そして3つに分かれ、それぞれがこの部屋の端に集まりボソボソと小声で話し合いを始めた。
畳の上に残っているのは全員が3年生だ。男子バスケでは俺と瀬川と中木と桜井。榎本はきっと超臆病な村上さんに止められたのだろう。それと当たり前に男子バスケ部員のような顔をしている大国照子。マネージャーの佐藤静香と枡渕香乃。風紀委員長で選挙管理委員長の栄前田椿。生徒会長に立候補していた夏堀かおる子と推薦者の播磨葵。それと3年生の中では最も札付の女子と思われている3年G組の城地ルミと秋田谷楓子と丹波ユキ。全部で13人だ。その頭数を数えている近藤先生。
「2年生を入れて全部で31人か………多すぎるな。でも3年生のあんたがたなら大丈夫そうね」
そう言った近藤先生。男子バスケ関係の者なら既に枡渕香乃というとんでもない秘密を共有している。それに栄前田椿は信用できるし、夏堀かおる子と播磨葵も責任感の強い女子だから余計な事はしゃべらないだろう。だが城地ルミ、秋田谷楓子、丹波ユキ。この3人ってどんな性格なんだろう。近藤先生は知っているみたいだが……
2年生の打ち合わせが終わったらしい。最初に口を開いたのはバドミントンの米森顕だ。
「俺達バドは、越前紬先輩に酷いことした奴らが許せない。それだけなんです。だから酷い事された越前先輩のこと………今さらですけど守りたいんです。言いません! 俺達バドは絶対に喋りません!!」
続いて男子バスケの次期キャプテンの樋口直樹だ。
「俺達男子バスケは、バドや卓球とは使ってる体育館は違いますけど、バドの越前先輩のことは知ってました。大人しいけど優しい先輩です。俺達が校舎の周り走ってる時なんか、第二体育館から顔出してガンバレって声かけてくれたり、のびちゃって座り込んでる俺達にポカリ持ってきてくれたり……だから……俺達もバドとおんなじなんです。3・Fの奴らは許せないんです。絶対に喋りません。それに今までだって、バスケの中木先輩が、こうやれ! って言ったら俺達黙ってそうしてきました。今回だって同じです。それにウチの部には大国先輩と春山先輩がいますから……」
最後に男子卓球部の真鍋一輝という2年生。
「卓球もバドと同じで男子も女子もありません。全員が一つの部です。使ってる体育館もバドと同じ第二体育館で、第一体育館のバスケやバレーみたいに派手じゃないし、俺達卓球ってバドと仲いいんです。越前先輩もたまに俺達のとこ来て、卓球教えてって言ってきたり………仲間なんです。ハッキリ言って3年生は許せません。俺達で越前先輩を守ります! その気持ちは今でも変わりません。だから喋る訳ないんです。……それに俺達卓球の男子2年は4人だけなんですけど、全員がK町なんです。権藤彩音先輩と同じ。へんなことしたら彩音先輩に………」
「そっか、わかった。キツイこと言ってゴメンね。ならさっそく今日3年F組であったことを時系列で明らかにしましょう。ここにいる31人の中で最初っから最後まで3年F組の教室の中にいた人はいないはずよね。教室には一度も入っていないけど廊下から見たり聞いたりしていた人もいるはず。秘密にするってことは、その秘密を共有する全員が全てを知っていなければ、これはどうなの? アレは? って後から聞きたくなるのが人情ってものなの。そうなるともうダメね。だから自分がアノ場で見た事、聞いた事、それと感じた事を全部オープンにしなさい。恥ずかしいこともあるでしょうが、そこはここに集まっている者を信じなさい。先ずは2年生ね。最初に殴込みに行って、どうなったの?」
2年生の18人は一瞬だけ互いの顔を見合っていたがバドの米森が口火を切った。
「俺が戸開けたんです。3・Fの後ろの入り口。っで怒鳴りました。お前ら越前先輩にナニをやったんだ、ふざけんな、ぶっころしてやるみたいなこと呶鳴ったと思います。それなのに、3・Fの人ってみんな知らんぷりして………全然聞こえてないみたいで………なぁそうだったよな」
「そう、米森に続いて俺や樋口も中に入って、すっげー怒鳴ったのに誰も振り向かなくて……そしたら……樋口だよな、アレ………最初に見たの」
「あっ、ああ……」
卓球の眞鍋から振られた樋口が口籠り下を向いてしまった。そんな樋口の代わりに眞鍋が続けた。
「うん、俺が言うから樋口はいいよ。俺、さっきも言ったように権藤彩音先輩と同じK町で、うちの親って彩音先輩とこの婆ちゃんのことスッゲー信じてて。だから俺もガキの頃から彩音先輩の家に何度も行ったことあって、霊みたいなものにはチョッと慣れてるって言うか……アレなんですけど……急に現れたんです。教室に。へんな女子が。あんなの初めて見た………俺、幽霊なら見たことありますけど、あれはそんなんじゃなかった。とにかくすげー顔でコッチ睨んでて……スーって浮いて近寄ってきたんです。あれは歩いてなかった。絶対に」
他の2年生全員が怯えた顔で何度も何度も頷いていた。そしてその時のことを思い出したのか2年生みんなが肩を寄せ合うように座り直している。樋口なんか泣きそうな顔で、
「俺、霊とかそいうのダメなんです。大国先輩……くっついてもいいっすか?」
「はぁああ? ………暑苦しいけどしゃーないからイイよ」
そう言われた途端に樋口はテルにへばりついて腕まで絡めている。
「威勢よく殴り込みに行った割にはかわいいねぇ」
城地ルミだ。コイツ怖くないんだろうか? だけどそれは城地ルミだけではなく、そこに居る女子全員が大して怖がってはいないようで、静香も同じで枡渕香乃なんか目をキラキラさせて、ワクワクしながら聞いているように見える。
俺は2年生ほどじゃないけど、嫌だな。そんな人間じゃないモノにはやっぱり関わりたくない。でもアレよりはマシか。首やら手足がひん曲がって頭割れて脳みそ滴らせながら喋ってくるゾンビ女より全然いいや。ウミのとこの先代爺様が言ってたようにけっこう慣れちまったみたいだ。
「それで雪崩を打つように廊下に逃げたってことだね。次に入ったのは春山君なのかな?」
「いや、俺だけじゃなく、テルと二人で入ったけど………入る前にテルが何か言ってたな………そうだ、この臭いは人間の臭いじゃないって言ってて、入ったら確かに臭かった。ちょっと嗅いだことのない生臭いような嫌な臭い……そして薄暗くて、霧か靄みたいなものが薄っすらと立ち込めてて、身体が怠くて頭がボーとした。そしたらテルが、アレだ、って言って、見たらウチの制服を着た女子が立ってた。そして、コイツ生きてるって言ったテルの声が聞こえて…………あれ? その次俺どうしてた?」
なんだろう? あの時は、その女としばらく対峙してたはずだけど、なんだかハッキリしない。
「ハルは取り込まれそうになってたからな」
なんでもない事のようにテルがそう言った。
「はぁぁあああああああああ??」
そう叫んだのは静香だ。枡渕香乃の隣にいたのに、畳の上を四つん這いで俺の目の前まで来て、顔を寄せて俺の目を覗き込んでいる。
「まさか、まだってことは……ないよね? ちゃんと戻った?」
「どうやったのは知らんけど、ハルは自分で弾き返した。だから今は元のハルだ」
元の俺? だったらあの時の俺はどうなってたんだ? 自分で弾き返したとテルは言ってるが、そんなの俺に出来るのか?
「どうなってたか? う~~ん……恍惚の表情っていうのか………とにかくアイツはデタラメにみったくねぇツラした生霊で…………でも微笑んでたのかもしれんな。スッゲーみったくねぇから笑ってんだか怒ってんだかわらんツラなんだけど、それ見てハルは嬉しそうだった。跪いてみったくねぇ生霊のお手手にチューしようとしてたからな~」
「はぁああああああああああああ?! 跪いてチューだあああああああ!!」
俺が言おうとした台詞を静香に言われた。だがその静香に飛び掛かられた。仰向けに倒された俺はもっと何も言えないまま耳を齧られた。
「痛てえええええええええええええええええ………ちょっと……イタタタタタタ………」
マジで噛んでるって。そんな静香の顔を押しやってもくっ付いて離れない。夏堀さんと播磨さんが引き離してくれたが、それでも静香は足をバタつかせてる。
「なんでチューなんか……どういうこと! ちゃんと説明しなさい!!」
「静香、そこじゃないでしょ………まずは生霊でしょ、生霊」
「そうだよ。生霊ってマズイんじゃかかった? 見たこと無いけど、あれって除霊とかできないって聞いた事ある。大国さんどうなの?」
「そもそも死んでないからな」
テルにしがみついている樋口が死ぬほど驚いた顔で見ていて、それは2年生の誰もが同じで、卓球の眞鍋が、
「………あれって生霊なんっすか………そんなのがなんで……でもあの~~佐藤先輩は怖くないんっすか……生霊はヤバイっす」
「生霊だ?! そんな生きてんだか死んでんだか分かんないヤツなんてどーーーだっていいの! 義仁が馬鹿ズラ下げてヘラヘラしてたんでしょ! 跪いてチューーって………頭おっかしいでしょ!! なんとか言いなさいよ義仁!!」
近藤先生が大きな溜息をついている。枡渕香乃が場違いのようにケラケラ笑っていて、こいつも手に負えそうにない。見かねたのか城地ルミが口を開いた。
「生霊にヤキモチって……アンタ凄いね。見直したって言うか……尊敬するわ。でもさ~あの時のあの教室はへんだった。ユキ、あんた色々と見えるよね。どう見えた?」
城地ルミにそう言われた丹波ユキ。静香から解放されて起き上がろうとしている俺を横目で見ていた。妙に冷めた目で。
この女子とは今まで一度も喋ったことがない。そう言えば、田川真奈美を連れ戻しにカラオケに行った時にも彼女は居たが一言も口を利かなかった。俺が暴れてもソファーに座ったままで慌てた素振りすら見せなかったような気がする。そんな丹波ユキが喋り始めた。初めて聞く彼女の声は随分と低く、女の子らしからぬ喋り方だった。
「見えたり感じたりするだけ。他はなんも出来ない。あの時教室覗き込んだら居た。春山君を狙ってた。あんなの初めて見た。まるで妖怪か……悪霊。近寄りたくないし二度と見たくない」
俺を狙ってた? 妖怪? 悪霊? おいおいおい、なんなんだよソレ?
「それに変な力が充満してた。考えるのが嫌になるみたいな……頭も身体も怠くなって……3・Fの全員と春山君もそれにヤられてた。でもその……生霊だかってヤツじゃない。怖くなって廊下に戻る時に解った。後ろの方に座ってた女が全部やってた。でもあんな女、顔も名前も知らない。ああ、それと春山君が戻れたのは………あれってなんだ? 守護霊とも違う。因縁の強いナニか…………佐藤静香に似てた。アンタさ、アソコにホクロある?」
丹波ユキってどこまで見えるんだ? とにかくコイツは本物だ。大国照子も目をまるくして丹波ユキを見ていた。ホクロを指摘された静香は声も出せずに驚いていたが、見る見る真っ赤になった。そんな静香と俺を順番に見た丹波ユキは、
「あるんだ。へ~~うける」
丹波ユキはいつもこういった喋り方をするのだろうが、低い声で淡々と、へ~~うけると言ったのが妙におかしかったらしい枡渕香乃が下を向いて肩を震わせていて、俺もちょっと笑いそうになっちまったが静香が真っ赤な顔で睨んでた、俺を。
そんな枡渕香乃と俺をチラっと見た近藤先生が、
「丹波さん、顔も名前も知らないって、どういう意味?」
「ウチのガッコは人数多いからハッキリしない。だけどアタシはあんな女初めて見た」
「そっか………春山君と大国さんは見た? その女子のこと」
丹波ユキが言っている女はきっとアイツだ。でも俺も今まで見た事のない女子で、テルも同じだった。
「う~~ん……容姿の特徴は覚えてる?」
「背は小さかった。うん、150も全然ないと思う。目はちょっとタレ目の二重なんだけど、斜視だ。髪はボブだけどアレはカツラだ。それに整形してるはず。俺にはもう一つの顔が見えて、それはさっきテルが言ってた生霊の顔で、スッゲーみったくねぇ顔」
俺がその女の特徴を言った途端、茶道部の部室は沈黙した。
最初にその沈黙を破ったのは枡渕香乃だった。
「春山君、そのぉ……斜視の子の顔にぃ、生霊の顔が被さって見えたってことぉ?」
俺が頷くと、丹波ユキが、
「凄いな、春山君って何者? アタシはそこまでは見えなかった。ただ感じた。全部がアイツのせいだって」
「ウチの学年に斜視の女子っていたっけ? かおる子知ってる?」
「う~~ん、8クラスもあるから……知らない子もいるし……近藤先生は3・Fの数学だって教えてるんだから分かるんじゃ……」
そう言われた近藤先生は腕を組んだまましばらく黙っていた。記憶を手繰っているのか。
「ダメ………斜視の女の子なんて全然思い出せない。ほんとにウチの制服着てた? ……………そっか、なら後で北川さんに聞くしかないね。話を生霊に戻しましょう。あのね……さっき大国さんが言ってた、春山君が生霊に向かって跪いたって………それってちょっと考えられないんだけど、その時のことって春山君は覚えてないの?」
「うん………なんとなくだけど………凄く高貴な人だって思ったような………」
「えええええ??………あれが高貴って………どうみてもバケモノでしょ。大国先輩だってスッゲーみったくねぇって言ってたし、春山先輩の美的感覚ってヤバくないっすか?」
そう言ったのは樋口なのだが、それを聞いた静香が立ち上がって怒り出した。
「ちょっと樋口!! それってどーゆー意味! 義仁の美的感覚がヤバイんなら私はなに! 言ってみなさいよ!」
「そっ、それは……ちっ、違うっす!! 佐藤静香先輩はめっちゃ美人っす。絶対ミス佐舞久留だって俺思ってて憧れたりしてますって。なっ、な~米森、お前だってそう思ってんだろ! 前に言ってたよな! 佐藤先輩って美人すぎてヤバイって」
「えっ、……おっ、おおおおお、そっ、そーーっす、俺ら2年のマドンナっす」
「はいはいはい、佐藤静香さんは2年生にとってのマドンナってことで、話を戻しますよ。春山君はよく覚えていないようだけど、ソレの前に跪いた。それは相手が高貴な人だと感じたから。傍で見ていた大国さんにはソレが微笑んでいたようにも見えた。さっき丹波さんが言ってた、頭も身体も怠くなって考えるのが嫌になる、というのと関係ありそうね。大国さん、これってどういうことか分る?」
「マインドコントロール」
そう言った大国照子。その言葉を俺はすんなりと受け入れている。なにやら霧が掛かったようでハッキリはしないが、誰かの意思に制御されていたとしか思えない。そうでなければあんな猿が威嚇したようなヤツのどこが高貴で……そうだ、俺はアイツが育ちの良いお嬢様で、親にも会いたいとか思ったんだ。ふざけるな、親猿に会ってどうすんだ。だが、俺がそんな意識になるなんて今だって信じられないが、事実だ。俺の意識じゃない。なにかに心をコントロールされた。しかし、それを俺以外の者が信じられるのか。
周りを見渡すと、不思議と3年の連中は懐疑的ではない様子だ。いろんなものが見える丹波ユキ、それと枡渕香乃の件を知っている者であれば、常識では考えられない事が起きても不思議ではないと思うだろう。だが、栄前田椿、夏堀かおる子、播磨葵、城地ルミ、秋田谷楓子の5人までがテルが言ったマインドコントロールという言葉に、やっぱりソレか、というような顔をしていた。しかし、2年生の大半は、言葉には出さないものの、マインドコントロールという超能力的な話を信じられないという顔つきで、近藤先生もそれに気づいたようだ。
「そうね、いきなりマインドコントロールって言われても、そんなのが本当にあるの、って思っちゃう人もいるよね。それについては後ほど話します。先ずは3・Fでなにがあったのかが重要です。マインドコントロールを仕掛けたのは……その生霊じゃないのよね?」
「違う。さっき春山君が言ったボブで斜視の女がやった」
丹波ユキがそう言い切り、テルも頷いている。
「うん、わかった。ねぇ大国さん、あなたは教室の中にいたのにマインドコントロールには影響されなかったみたいだけど、それはどうしてなの?」
「あれは力技だ。こっちの精神力が勝ってればどってことない。だからアタシや朱海や彩音なら掛からない」
でもテルはあの時、朱海や彩音でも勝てないかもしれないと言ってたはずだ。
「アタシらが負ける事はないが、アイツを力で捻じ伏せることが出来るかは別だ」
それを聞いた静香が、3人でも勝てないって……ウソでしょ、と呟いていて、俺も同じ思いだ。
「うん………力技か………なんとなく解る気がする。ところで春山君は自分でマインドコントロールを弾き返したって言ってたよね。それって大国さんじゃなくって?」
「そんなの出来ない。朱海だって彩音だって出来っこない。あれはハルが自分でやった」
「そっか、勝てないっていうのはそういうことか。ねぇ春山君、どうやったの?」
うわ……やっぱりその話になるのか。さっき丹波さんがチラっと言ってたんだけどな。とにかく急に頭の中に或る映像が見えてきて、それがチョっとエッチな大人の静香だった。それが見えた途端に、目の前には威嚇する猿みたいなヤツが俺に向かって手を出してた。それだけだ。
「あれって、春山君の心の中?! 守護霊じゃなさそうだとは思ったけど………そんなの見えたの初めて。それで弾き返したって………凄いな、アハハハ………でもなんでアソコのホクロ気にしてんの?」
丹波ユキは心底驚いたみたいで、僅かに声のトーンが上がっていたが、最後に言った疑問は静香を見ながら言っていた。
「きっ、気にしてなんか………」
「ヒッヒッヒ……アソコのホクロォ、私にも見せなさいよぉ」
枡渕香乃がたいそう楽しそうだ。
「元々ハルは強烈に強い。スケベな妄想なんかしなくたって、己に意識を集中させることが出来れば弾き返したはずだ」
するとそれまで黙っていた秋田谷楓子が初めて口を開いた。
「一種のマントラだね。それを唱えたりイメージしたりするとスイッチが入る………へ~~エッチな佐藤静香が春山君のスイッチか。やるじゃん」
大人の静香が俺のスイッチ?? でもテルが言ってたスケベな妄想って。あれは俺が勝手に思い出していたってことなのか? 静香を見ると顔から血が噴き出るくらいに真っ赤になって俺を睨みつけている。アンタのせいでホクロあるのバレたでしょ、って言ってるような気がする。絶対言ってるな、あの顔わ。2年生もそんな静香をチラチラチラチラ見てやがる。
「ごっほん! とにかく……まぁエッチな春山君らしく弾き返したようで、よかった、よかった。っで生霊はどうなったの?」
「テルが祝詞を唱えてて、そしたら教室に立ち込めてた霧みたいなのが晴れて、生霊は消えた。テルに言わせると、清めた教室に居づらくなったからだって………」
「そっか、消えただけってことか……」
「ああ、本体が生きてんだから、また飛ばしてくる」
テルが言った飛ばしてくるというのは、生霊を飛ばしてくるって意味なのだろうが、そこに居る誰もが直ぐにはピンとこなかったらしく、
「飛ばしてくるって……………え? 生霊をってこと?」
「他に何を飛ばすんだ?」
平然とそう言った大国照子だが、誰もがイヤ〜〜な顔で黙ってしまった。ただ一人枡渕香乃を除いて。
「私ぃ、ちょっと見たいかもぉぉ」
「あのさ〜〜、さっきからすっげー気になってんだけど、お前って誰? 佐藤静香と仲良さげだけど前からいたか? ………女?」
「ああ、ゴメンゴメン、ちょっと紹介するね。つい何日か前に転校して来た枡渕香乃さん。3年A組で男子バスケのマネージャー、もちろん女の子。あははははは…………じゃあ話を戻すね、次に3・Fに誰が入って行ったの?」
「アタシだ」
「それと私も」
城地ルミと栄前田椿の二人だ。この二人はちょっと言い難いはずだ。
「あなた達がどうして?」
近藤先生も城地ルミと栄前田椿という正反対の二人が、それも3年F組とはあまり関係していないはずなのに、何故? って思ったのだろう。だがこの二人は最初っから殴り込みに行くつもりだった。
「楓子が止めたけど我慢できんかった。……でもやっぱ楓子の言うとおりにすれば良かった。ああ、あのさ~アンタたちは知らんだろうけど、楓子って感じるだよ。ヤバイ時。今までも、この店には入れないって言い出してテコでも動かん時あって確かめたことあんだよね。暇だったし……楓子が入ったら絶対ダメって言った店、その店の入り口が見えるコンビニでしばらく見張ってたら、出て来た一人の男見てユキが真っ青になっちまって、いっぱい変なの背負ってるって。ソイツが出てったら、楓子がもう平気だから入ろうっていうことがあったり……」
その城地ルミの話を本人の秋田谷楓子が引き取って続けた。
「あの時の3・Fは……絶対に入れなかった。アタシはユキと違って見えたりしないけど、廊下にいてもそうとうにヤバイのが解った。あんなの今まで感じたことない。っで聞こえた、教室の中で塩谷が怒鳴ったのが。ヤった、越前紬とヤった。そんなの俺だけじゃない、みんな越前とヤってんだ。女子だって越前の身体押さえて……って言ってて、マズイと思ってルミの腕掴んだけど、振り払って入ってった」
「えええ! 女子も身体押さえてって……本当にそう言ったの?」
「アイツそう言った。私も絶対に許せなくて、城地さんに続いて飛び込んだ………でも身体が重くなって………私、ただ突っ立って見てた、天野が私のスカート捲り上げて………パンツ下げるの黙って見てた。ああ、これから天野にヤられるんだって思いながら見てた………チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
立ち上がってそう怒鳴った栄前田椿は、顎を震わせ、歯を食いしばってボロボロ涙を流し始めた。そして溢れる涙を拭いもしない。そんな彼女の姿を見続けることなど出来なかったし、声の掛けようもない。
「アタシもおんなじこと工藤にやられた。3・Fの奴らみんなして見てた。男なんて全員が脱がされたアタシら見て………立ってた。なのにアタシ……バカみたいに………回されるんだって思っただけで………」
近藤先生が俯いて口を開かなくなってしまった。そして部室にいる誰もが言葉を発することができない。だけどこのまま沈黙を続けるのは良くない。勇気を振り絞って自分に起きた出来事を言ってくれた二人。その二人に起きた出来事を誰もが頭の中で思い描き続けることになる。
「俺とテルが助けに走った。その時に見つけたんだ。生霊の本体。それがさっき言った斜視でボブの女なんだけど、そいつの顔に生霊の顔が被さって見えたからコイツだって解って、ソイツに、お前か、整形してるだろ、って言ったら、栄前田さんと城地さんの悲鳴が聞こえたから、きっと身体が動くようになったんだと思う」
「ああ、ハルに見破られてかなり驚いたんだろ。そのせいでマインドコントロールが解けた。っでアタシと栄前田と城地は廊下に逃げた。だけど3・Fの連中は解けなかったな。あれはもうマインドコントロールのレベルじゃない。洗脳されてる」
「洗脳か……………ん? 春山君は逃げなかったの?」
俺は3・Fの連中に取り囲まれて逃げれなかった。斜視の女を叩きのめせば何とかなると思って木刀を構えた。だけど女を叩いた事なんか一度も無いから、出来るかどうか不安だった。でも構えてる内に解った。女だからなんて甘っちょろい気持ちで対峙できるヤツじゃないってことが。だから顔の人中を狙って霞の構えを取ったけど、全部が読まれて、結局は逃げられた。アイツの反射神経と運動神経は只事じゃない。絶対に突けるとこまで間合い詰めたはずが、寸前のところで反動もつけづに後ろに跳んで机に乗った。だから更に踏み込みながら袈裟に振りかぶったら、また跳びやがって、宙に浮いてるとこ狙って振り下したら身体捻って躱されて、かすりもしなかった。あんなの見たことない。
「っで、3・Fの連中が閉まっている戸に体当たりか………意思の疎通が凄いね……とりあえずは何が起きたのかは解った。ちょっとマインドコントロールと洗脳を簡単に説明するね。先ずは洗脳。相手を自分と同じ発想にして完全に支配する、そして言いなりにして従わせる、これが洗脳。個人の価値観や道徳感、倫理観、思想なんかも完全に変えてしまう。凄く長い時間ひったすら語り続けたり、激しく罵ったり、時には暴力なんかを使って恐怖心を駆り立てて洗脳する。マインドコントロールは洗脳ほど強烈じゃないんだけど、なんらかの方法で相手の心を制御すること。だから、マインドコントロールで自殺させたり、レイプを無条件で受け入れさせるのは無理。絶対に嫌なことを強制させるほどの力はマインドコントロールにはない。だから………言い難いんだけど、越前紬さんは抵抗したんだろうね。それを既に洗脳されてた何人かの女子が身体を押さえて………それと3年A組に来た北川凛ちゃんは、これは私の推測なんだけど、茶道部に入ったでしょ。茶道部の部長は篠原朱海、副部長は権藤彩音。大国さんもそうだけど、凄い精神エネルギーを持った人は居る。茶道部の部室はあの二人が居るだけで空気が澄む。それに北川凛ちゃんは影響されて無事でいられたのだと思う。それに3年A組じゃ春山君の傍だしね。だけど3・Fのその女子……斜視の子だけど、凄まじい精神エネルギーを持ってるのは間違いなさそうね。でも、どこでどう拗れたのか、恐ろしいほどの負のエネルギー。生霊飛ばすなんて……怨み? 妬み? どっちにしたってまともな心なんてこれっぽっちも持ってなさそうね。きっと黙っていても傍に居たら影響受ける。…………後ろの方に座ってるって言ってたよね………それでかな? 私、数学の教師だから黒板に書いたりはするけど、生徒の方には行かない。距離があったらソノ子からの影響って薄まりそうね。でも、こんなこと言ったら怒られちゃうけど、3年F組には行きたくなかった。自分でも行きたくない理由が分からなかったけど、とにかく3年F組に行くとなるとイヤ~な気分になって………」
近藤先生が喋っている途中で部室の戸がガタガタ音をたて、誰かが開けようとしていた。
「誰かいるんですか? 電気ついてるけど………あの……私、茶道部の北川凛ですが……」
部室の後ろの方に座ってる2年生達が、どうします? って感じで近藤先生を見ては、入口を振り返っている。
「ちょうどいいタイミング。うん、開けてあげて」
入って来た北川凛は、30人以上もの茶道部とは関係の無い人達がいるのを見て、入口傍で立ちすくんでしまった。そんな彼女に静香が声を掛けた。
「凛ちゃん、こっち来て私の隣に座ったらいいよ」
「え……いいの? なんか大事な打ち合わせしてたんじゃ……」
「うん大丈夫。そんなことより近藤先生が凛ちゃんに聞きたいことあるんだって」
ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめ、おずおずと入って来た北川凛が静香の隣ーー最初は枡渕香乃の隣にいた静香なのだが、途中から俺の隣に来て、今はその俺を押して場所を作って北川凛を座らせた。
その北川凛に近藤先生が聞いた。ボブで斜視の子のことを。
「え……背が小さくて髪形がボブで斜視の子って……金城蘇亜ちゃんだと思う」
「キンジョウソア? えええええええ?? そんな名前の子……出席簿にないって! 聞いた事もない。居るの? ……ほんとに?」




