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第37話 暴力と重力

 カッターで文字を掘られた俺の机。


 来るな、帰れ、キモイ、死ね


 その机の上に静香がひょいっと飛び座った。俺に見せないようにする為なのか……


「義仁、私を見て!」


 見上げると真っすぐに俺を見ていた。


「こんなクダラナイの気にする必要なんかない。私がずっとそばにいるから……」


 目が合うとそう言った。その目は赤かった。


「これやったヤツ……くっそ~、なんで春山なのよ? 休んでたからか?」


 そう言ったのは榎本だが、俺が嫌がらせをされる理由が解らないのだろう。その理由にどうやら静香は気づいてるらしく何も答えなかった。そして榎本の隣にいる村上さんも何も言わない。いや、言い難いのだろう。


「千佳、お前なんも言わんけど知ってんのか? 春山がこんなことされる理由……」

「ぇ………それは……」


 俺の家にファックスを送ってきた中に村上さんの親が入っているのかどうかは知らないし、知りたいとも思わない。だけどこの街は田舎にありがちな特徴ーー地域住民の距離感が近く、噂好きなのだ。だから多くの母親たちは、俺の母さんが赤の会に狙われ、そして殺された理由を面白おかしく喋っているのだろう。

 村上さんが言い淀んでいると田川さんが口を開いた。


「春山君のお母さんが赤の会に殺されたからでしょ」


 ズバリ言った。皆で口ごもっているより返っていい。


「なっ………そっ、そんなの……それがなんだっていうのよ! 被害者の家族がなんでこんなことされんきゃならんのよ! バカじゃねぇのか! ふざけんなよ!」

「ウチって美容院やってるから、お客さんが色んなこと喋る。ウチのお母さんアッタマきちゃって追い返したって言ってた。春山君のお母さんの悪口言ってた客。千佳のお母さんも誰かと喋ってたんでしょ。静香のお母さんは?」

「ウチのお母さんは私が義仁と付き合ってるの知ってるから……私の前では言わない……けど……」

「親なんてそんなもんだよ!」


 隣に座っている新井さんだ。


「私なんて小学1年の時から春山とずっと同じクラスだから、親だって春山のお母さんの事よく知ってるのに、赤の会に狙われた理由があるとかクッダラナイこと喋ってるから、もう口きいてない!」

「私のとこも同じ!」


 そう言ったのは学級委員長の夏堀さんだ。


「でも親なんかどうでもいい! 大事なのは春山君と私たち自身でしょ! 春山君がどんな人なのかは皆知ってるはずよね! それヤったのってウチのクラスの誰かなの? もしそうなら……私は絶対に許さない! 3年A組から出てって!」


 クラスの全員が口々に喚き始めた。

 まるで俺は悲劇の主人公だ。何かを言わなきゃ、でも何を? 椅子に座って動けない俺は口を開きかけた時だ。


「春山君! なにやられたの! 見せなさい! そこ、佐藤静香さんどいて!」

「ウミちゃん………嫌だ! どかない! ウミちゃんには関係ない!」

「関係なくない!! あなた………佐藤静香さん……あなたに何ができるの!」

「何って………ずっと傍にいて………私が支える!」


 3年D組の篠原朱海まで来たってことは、この件は他のクラスにも広がってるのか。


「支えるってナニ? ふざけないで! 私がなんとかする! だからどきなさい!」


 余計に何も言えなくなった。


「ウニ、それ間違ってる。春山君……恥ずかしいんだろ?」


 いつ来たのか、3年C組の権藤彩音までいた。


「恥ずかしい……? 逆でしょ! こんなクダラナイ嫌がらせ、ヤル方が恥ずかしいから誰もいない時に隠れてヤったんでしょ! ………こんなの……こんなことやるヤツなんて……クズだ! ……どしようもないクズだ! 二度と同じこと出来ない身体にしてやる。佐藤静香、そこをどきなさい!! それ見れば私には探せる! そこからの悪意の臭いで誰がやったのか探せる! だからドケーーーー!!」


 ウミのあまりの剣幕、それと、悪意の臭いで私には探せる、という不気味な物言いに、机の周りにいた何人かは後ずさった。だけど静香は、自分が座っている俺の机を両手で掴んでウミと睨みあっていた。


「小学の時アタシもヤラれた。恥ずかしかった。これは春山君の問題。ウニがやるのは違う。春山君、下を向くな。そんなの春山君じゃない」


 そう言ったアヤは、静香が乗っている俺の机に触った。その時、静香にちょっと笑いかけたように見えた。そして生徒手帳を取り出して何かを書いている。


「へ~~~S町の有名どころが勢ぞろいしてんだ~~。あれ~? K町の権藤彩音までいる~~笑えるぅ。起死回生のいいアイデアでも浮かんだ~?」 


 誰だ? すると新井さんが、うわ、露出好きの影山純子だ、と呟いていて思い出した。確か、前に新井さんが電話で言っていたはずだ。2年生の時に当時の3年生の男子と堤防でセックスしてるの見つかったN町出身の女子だ。 


「ハハハハハ……生徒会長の神取美香も終わっちゃったみたいだし~、佐藤静香の彼氏がこれじゃ~ね~、これでS町者がデカイ顔すんのもお仕舞ね。悪いけど清々したぁ。だいたいさ~~なんで今までS町が1軍みたいな扱いされてんのか不思議だったんだよね~~。まぁいいけどぉ、これでガッツリ格落ち決定だね。3軍どころか補欠の補欠、あははははは……ギャッ………」


 教室の入り口で腰に手を当て仰け反って笑う影山純子は、篠原朱海に股間を蹴り上げられ、ゴンッという音まで聞こえた。蹴ったウミは床で身体を「くの字」にして悶える影山純子を跨いでそのまま教室を出て行ってしまった。

 うわ、痛そう………とか、あれやられたら超恥ずかしい……などと女子が囁き合ってる中、アヤは生徒手帳の1枚を破り、それを俺の胸ポケットに押し込み、何事も無かったように教室から出て行った。それと入れ替わるように近藤先生が入って来てチャイムが鳴った。



 教壇で近藤先生が何かを喋っているがまるで頭に入ってこない。そんな時にメールが着た。隣に座っている新井さんだ。


 ウチらの学年は派閥がある。出身小学毎の。例の3人娘は別格だけど女子には階級みたいなものもある。A組ってS町が固まってるし、不思議と可愛い子多いから嫉まれてた。でもアンタなんだよ。アンタがいるからウチのクラスは無事でいられた。権藤彩音がさっき言った、下を向くな、ってアンタが縮こまっちゃったら学校おかしくなるってことだと思う。親なんか関係ない。



 別のメールが届いた。見るとバスケのキャプテン瀬川拓郎だ。



 お前の事だから気にし過ぎて、動けなくなってると思ってメールした。

 ガツンとやれ。



 静香からも着た。


 私に何やって欲しい? 言って! 

 もし私が嫌がらせされたら義仁はどうする? 私には解る。義仁がすること。

 私も同じだよ。



 さっきアヤが俺の胸ポケットに押し込んでいった紙を取り出してみた。



 天野克己

 工藤潤

 塩谷輝


 全部3年F組 N町のバカ3人だ。



 天野克己のところが丸印で囲まれていた。



 そうか、こいつらか。俺は声を出して笑っていた。


「ーーーーーえ? 春山君……なに? どうかした?」

「エっちゃん、悪い、俺用事できた。直ぐに戻ってくるから」


 俺は立ち上がっていた。机をかついで。


「先生! 春山君の用事はすごく大切な用事です! だから……」


 誰かがそう言ったのを教室の後ろの出入口近くで聞いた。見ると、学級委員長の夏堀さんが立ち上がっていた。

 近藤先生の、見なかったことにします、という声を聞きながら教室を出た俺は3年F組に向かった。



 俺は何を気にしてたんだ……



 誰が何を言おうがどうでもいいはずだ。それが母さんに対する陰口だとしても、俺や父さん、それに姉ちゃんが母さんのことを知っていればそれでいい。それをネタに嫌がらせをしてくる奴にどうして俺が引け目を感じる必要がある。俺はもう我慢しない。



 なめんじゃねぇぞ……



 3年F組。前方の出入口を開けた。教壇にいたジャージ姿の先生が驚いた顔をこっちに向けた。一戸って名前の男の先生。3年生の体育を担当している。


「お前……A組の……春山……なんだ? 何してんだお前は!」


 そう怒鳴る一戸先生に近づいて行き教壇に立った俺は、かついできた机を皆に見せながら、


「これヤったヤツ手ぇ上げろ」


 騒めいていた教室が静まった。


「春山! ……勝手に人のクラスに入って来て何ヤってんだ! 戻れ! 今すぐ自分のクラスに戻れ!」

「ふ~~ん、そうなんだ。一戸先生がこのクラスの担任だよね。あんたが生徒にコレやらせたんだ」

「コレ?? ………あっ! なっ、なんだそれ? ……お前の机なのか? そんなの……俺がやらせる訳ないだろ! おかしなこと言うな!」

「だったら黙ってなよ。それとも……俺が自分でやったって言いたいのか?」

「ちっ、違う……そんなこと……言ってない!」


 俺は一戸先生のことが好きではない。若い頃は知らないが、今では腹が出た40過ぎのオジサン先生。それがなんで体育の担当なんだ? 毎日どっかのクラスで体育教えてるのにどうしてメタボなんだ。どう見てもジャージが似合ってない。痩せろ。

 そんなメタボジャージが俺から一歩離れてクラスを見渡している。今更見たって解るのか? そんな一戸先生を無視して俺は怒鳴った。


「天野克己ってどいつだ? ………天野克己だって! ………聞こえないのか? 天野克己! 立て!」


 誰も立ち上がらないし、返事もしない。だが、前の方に座っている何人かが1人の男子を見ている。1番前の俺のすぐ目の前にいた。


「お前が天野克己か。なんで返事しない? 先生に教わらなかった? 呼ばれたら返事をしなさいって。………もういっぺん聞くぞ、お前が天野克己か?」

「………そう……です」


 見ると、天野克己が使っている机は綺麗なもので、一つのいたずら書きもない。


「コレ見ろよ、俺が使ってる机なんだけどさ。ひっでぇだろ? お前のってメッチャ綺麗でいいな~~。悪いけどバクッて。な~頼むって……この通りだ!」


 座っている天野の頭に頭突きをかましてやった。立っていた俺は、そのまま仰け反って勢いをつけた力任せの頭突きで、ゴンっ! という鈍い音が響いた。

 俺も痛かったが、頭突きはヤられた方が数倍痛い。座っていた天野は椅子から転げ落ち、頭を抱えて床で呻いている。


「春山! お前……暴力は……」

「勘違いするなよ先生。俺は机をバクってほしくて、こいつに頼んだの。頭を下げて。そしたら当たっちまって………悪い、悪い。あっ、そうだ。工藤潤ってヤツと塩谷輝ってヤツ、どこに座ってる? 手ぇ上げろ」

「俺達じゃない………あんたの机やったの……俺達じゃないからな!」

「へんな言いがかりつけるなよな! 証拠あんのかよ!」


 見ると教室の奥の方に座ってる2人だ。どっちが工藤でどっちが塩谷なのか分からないが、どっちでもいい。


「お前らの机も綺麗なのか? どれ、ちょっと見せてよ」


 まだ床に倒れている天野の頭をおもいっきり踏んずけて、俺はそいつらの方へと行った。


「ああ、ごめんな~~踏んじゃったよ。痛かった? ところでさ~~、俺、お前らがヤったなんて一言も言ってないんだけど………お前らなの?」

「春山! もういいかげんにしろ! そいつらが言ってるように、お前の机に落書きしたのが誰かなんて……証拠だってないんだろ? だったら……」


 一戸先生が喋っている途中にガタガタガタっと誰かが乱暴に立ち上がる音がした。


「私……見ました! 今日の始業式、私…遅刻しちゃって、教室に来たら誰もいなくて、慌てて体育館に行こうとしたらA組から3人の男子が出てくるの見ました! 天野君と工藤君と塩谷君だった!」


 見た事のある女子だ。ああ、茶道部に今年入って、ウミに何度も告白したらしい北川凛だ。顔を真っ赤にして頑張って声をあげていた。


「ふっ、ふざけんなよ! てきとうなこと言うな!」

「北川の言うことなんて全部ウソっぱちだから、先生! こんなやつのいうこと信じるなよ!」


「……北川……お前ほんとに見たのか?」


 この教師もクソだ。必死に声を上げてる女の子に聞きやがった。聞く相手が逆だ。


「アタシも見たよ。その3人だ。A組でコソコソなんかやってたの。2学期から真面目に学校来てみれば………アハハハハハ………笑っちゃう。あんたらどうしようもないゴミだね。それって学校の机だろ。公共施設のナントかってヤツ。それそんなふうにして……それって犯罪だよね。指紋だってベッタベタついてんだろ。警察呼びなよ先生。そうすりゃ~誰がやって、誰がウソついてんだか速攻で分かるっしょ。それともアタシが警察呼ぶかい?」



 教室の入り口に立ってそう言った女子。このクラスじゃないようだが、あれ、こいつも見たことある。ああ、田川さんを探しに行った時にカラオケにいた一人だ。確か城地ルミって名前だ。



「いっ、……いや……それは……ちょっと……お前らなのか! 天野! 工藤! 塩谷! おまえらがヤったのか! ……どうなんだ!」

「センセ~~警察呼んだ方が早いって、こんなヤツらなんで庇ってんの? ………いいよ、アタシが呼ぶから。お前ら3人、人生詰んだな」

「……俺達です! 俺たちがやりました! すいませんでした………謝ります……だから警察は……」


 俺に頭突きをかまされ、頭を踏んずけられた天野だ。顔をしかめながら喋っているからまだ痛いのだろう。すると、さっきまでスっとぼけた事をほざいていた工藤と塩谷も謝り始めた。無性に腹がたった。


「オイお前ら、すみませんで済むと思ってんのか? 前歯ぜんぶへし折ってやっからコッチ来い」

「なっ………春山……こいつらが悪い! 絶対に悪い! だからって暴力はダメだ! そんなの絶対にダメだ」

「暴力はダメ??? ふ~~ん……ならソイツらがやったことってナニ? コソコソ隠れて人の机に……こんな消せない落書き。それって暴力とは違うのか? ええ? 言えよ、先生。あんたの生徒がやったのは何なのよ? 暴力とは違うのかって聞いてんだ! ただの悪戯ですってか? 今更もっともらしいこと言ってんじゃねえええぞ!! ぁぁぁああああ! てぇめぇ教師なんだろ! 教育者ってヤツなんだろ! てめぇぇの責任だ! 黙って見てろや、てめぇぇの生徒が前歯ぜーーんぶ折られるとこをよーー!」


 天野の髪を掴んで教壇に引きずってきた俺は本気だった。前歯のついでに鼻も折ってやる。


「ハル! もういい! もうやめろ!」


 テルだ。

 3年B組の大国照子。自分の教室を抜け出し、廊下で成り行きを聞いていたんだろう。

 駆け寄って来たテルが、引き絞った俺の右腕を掴んだ。どうする事も出来ずに呆然と突っ立てる一戸先生をよそに。


「先生、これヤラれた者の気持ち……解らんのか。どんなに恥ずかしくて、どんなに悔しいか考えたことないのか? だったらお前……ダメだな。とっとと辞表出して辞めちまえ。それとお前ら3人。そのツラ覚えたからな。ハル、行くぞ………え? 机ばくってくのか? ああ、そうだな……あはははははは」



 A組に戻る間、隣を歩くテルは何も言わずに黙っていたが、


「くだらん親達なんかに振り回されるな。ハルはハルだ」


 と言い残してB組に入っていった。その時チャイムが鳴り、A組から出てきた近藤先生。ニコニコしながら肩を組んできた。


「無事に終わったみたいね。ちょと心配になって廊下覗いたら大国さんがノッシノッシ歩いてくの見えたから…あははは……任せちゃった。それより昨日のこと、誰にも喋んないでよ。……ちょと酔っちゃってて……エヘヘヘヘ。でもさ~……ひっひっひ……おかずにしちゃったりしたのぉ? 私のことぉ」


 ナニ言ってんだこの人は? と思ったが、不思議と肩の力が一気に抜けた。近藤先生ってもしかしたら凄い先生なのかもしれない……いや、ただのスケベだ。


「イビキかいて寝てたって。目だって半開きで白目剥いてたし、写真撮ったけど、おかずにはムリでした」 

「…………マジ?」

「マジです」

「…………消して、それ」



 教室に入って綺麗な机を置くと静香と田川さんと村上さん、それに大勢が駆け寄って来たが、誰も何かを言う訳ではなく、ただニコニコ笑っていた。そうだよ、こいつらみんな仲間なんだ。ちょっとウルウルしきて下を向いてしまった。




 今日は2学期の最初の日なのに普通に授業があるらしい。全部の教科書を机の中に入れっパにするつもりだったから困りはしないが、さすがにダルい。


 3時間目は理科の授業だ。理科はどういった訳だか好きになれない。

 理科の大田原先生が突然に熱く語り始めた。


「近藤先生は、数学はハマリますよ~って言ったそうですね。うん、それはそうですね。僕も数学が非常に好きですから解ります。でもね~~、理科系の……理論物理学って凄いんです!! ちょっと数学チックなんですけどね。いや~~喋りたくなってきた。高校入試にはゼーーンゼン関係ないけど……いいや、ちょっとサワリだけ喋っちゃおう! 君たちの中にも絶対に興味を持つ人がいるはずです。そして理論物理学の世界に入っちゃってください。理論物理学は……神への挑戦なんです!」



 神への挑戦?? どういうことだ? クラスの誰もが先生に注目したのが分った。



 もしも神がいるのなら……この世の創造主である神が設計し、造り出したであろう宇宙。その宇宙はどこから来たのか。なんの為に……

 一般相対性理論のアインシュタインもそうですが、世界中の天才物理学者が今もなお追い求めている謎が、それです。神が設計し造り出した宇宙。それを数式で表し、解き明かす、いわば神の数式です。

 この謎は現代のスーパーコンピューターでも解けない大いなる謎です。スパーコンピューターというのは、あらゆる人間が膨大なデーターを入力したものが蓄積されて成り立ってますので、人間が発見できていない数式を導き出すのは不可能です。ですので天才物理学者たちは己の頭だけで神の数式に挑んでいます。

 宇宙が膨張を続けているのは解ってます。それともう一つ重要な点が解っています。それは、重力が宇宙を支配している、ということです。

 相対性理論によって明らかになった一つが、重力によって空間に歪みができること。だから空間とセットである時間の流れは重力の違いによって変わってしまう。

 宇宙の歪みとは……

 太陽系であれば太陽が最も重たい。太陽によって太陽系という宇宙に巨大な歪みができているのです。地球とか土星や木星などの惑星は、太陽の周りを回っています。それは太陽の重力によって回っていると思っていませんか? 厳密に言うと違います。太陽の重力によって出来た宇宙の歪み、それによって惑星は回っているのです。




 チャイムが鳴った。

 先生は、あああああああ……と言って残念がり、もっと喋りたかったようだが、俺ももっと聞きたかった。


 ーー重力が宇宙を支配している

 ーー重力によって宇宙は歪んでいる


 物凄くインパクトのある話だ。だけど具体的にイメージできない。どういうことだろう。地球にいる俺達にどんな影響があるんだ。だがアインシュタインの相対性理論と言えば、前に金山要が言っていた。重力による歪み……パラレルワールドにも関係するのだろうか……



 6時間目が終わり茶道部に向かうと、廊下で北川凛と出会った。


「あ……さっきはどうも……」

「うん、いいの。あんな事やるヤツがどうかしてる。それにあいつら嫌いだし」

「そっか………でも、北川さんがチクったみたいな感じになっちゃって……もし嫌がらせされたら俺に言って」

「うん、大丈夫。その時は………篠原朱海さんに言うから」


 そうか。この子ってやっぱりウミが好きで、ウミの事を信頼してるんだ。でも、ウミを巻き込むのは賛成しない。


「どうして? ……それって………春山君が篠原朱海さんのことが好きだから? 佐藤静香さんと付き合ってるのに……」

「そうじゃないって。茶道部の君が嫌がらせされたら、部長のウミは絶対に君を助けるさ。でもね……なんていうのかな~~……その助け方が、君の想像を遥かに超える助け方になると思う。それこそ君が目を覆うくらいのことヤっちゃう。ウミにそんなことさせたいか?」

「え………」

「いいから俺に言いなって。君を巻き込んじゃったのは俺だし……もし俺の事が大嫌いじゃないなら、俺に言いな。なんとかするから」

「うん………でも……春山君の方がアイツらより……怖いかも……」

「え……あっそう……ハハハ……あ~あ」



 茶道部の部室に入ると、権藤彩音がお茶を点てていた。アヤがお茶を点てるのなんか初めて見た。確かウミが表千家でアヤが裏千家だとか言ってたな。なにがどう違うのか分からなかったが、見ていると違いが少しだけ分った。

 ウミが茶を点てる時の動作は、流れるような動きで思わず見惚れた。アヤの動作は、動きの要所要所に決めが入って、それはそれでカッコ良くってやっぱり見惚れた。これが表千家と裏千家の違いなのかな。

 真剣にお茶を点てることに集中している権藤彩音。改めてその姿を正面に座ってずっと見ていた。

 墨を塗ったような真っ黒な髪。それでいて艶がある。漆黒っていう言葉がしっくりくるアヤの髪。前髪はちょうど眉毛が隠れるくらいに切り揃え、横や後ろは肩に掛かるくらいの長さで切り揃え、ちょっと長めのオカッパなのだろうが、癖が一切無い真っすぐな髪。異様なくらいその髪型が似合っている。そして白粉を塗ったような真っ白な顔に、紅を塗ったような真っ赤な唇、決して小さくはない切れ長の目。まるで日本人形だ。今年入部した1年生の女子も、そんなアヤをじっと見ている、というより魅入っていた。

 チビのくせに異様に迫力のある雰囲気を醸し出している権藤彩音に2年生の女子は怖がっている。だけど今年の1年生女子は違うらしい。憧れ? コワモテってヤツなのかな。だけどもしコイツが拝み屋の孫じゃなければ、きっと同級生の男子にもモテたはず。うん、けっこう可愛い。でもなんでまだ生えてないんだろう? 静香だって生えてんのに。あっ、マズイ。アヤとセックスした夢を思い出しちまった。くそ~~こんな場所で反応してどーーすんだ。

 するとアヤが顔を赤らめ斜め上を見始めた。


 げっ…なんで? 俺が何考えたのかバレた? まさか……


 1年生女子がヒソヒソ、コソコソ、なにかを喋りはじめた。


「彩音先輩の顔、なんか急に赤くなったよね」

「うんうん、それに斜め上見たりして……」

「でもカワイイ~~~、ギュってした~い」

「うん、めっちゃかわいい」


 1年生女子から可愛いって思われてんだ。

 誰かがいきなり俺の隣に座ってきた。


「こんな空気の中でスケベな妄想したらアヤちゃんに伝わるの当たり前でしょ、変態」


 篠原朱海が小声でも聞こえるようにピッタリくついきてそう言った。

 今までどこにいたんだ? あれからズっと怒ってた? そんな事を考えていたら握られた。やっぱりコイツもテルとおんなじだ。


「ドスケベ」


 クッソ~……言い返せない。

 だが隣に座ったウミはそれ以上は何も言わずに黙って前を見ていた。そしてアヤがお茶を点て終えると、ようやっと口を開いた。


「アヤちゃんに怒られちゃった………私カっとなっちゃって……そうよね……春山君が自分でなんとかしないといけない問題よね。佐藤静香さんだってそれ分かってたから支えるって………私……全然ダメで嫌になっちゃった」

「いや………ウミの気持ち……嬉しかったし……俺の背中押した」

「そっか………でもね……初めて知った。あんなことされたら春山君ですら下を向いてしまうの。私ってされたことないからだと思うけど、された側の気持ち……分ってなかった。ゴメンなさい。でもこれだけは言わせてほしいの。あなたは下を向いたらダメ。絶対にダメ。前に照子と二人で2年生の全クラスに挨拶周りに行ったよね。照子、春山君に聞いたって言ってた。ヤリ過ぎだって思うか、って。そしたら春山君がこう答えたって教えてくれた。どんな組織にも秩序は必要だ。だけど学校の場合はその秩序ってやつを先生が作ったり維持したりはできない。どうしたって暗黙の了解事項だから最上級生の俺達3年生が維持させなきゃならない、って。私ね、それ聞いた時、感動した。今までモヤモヤしていたのが一気に晴れた。そう、私たち3年生が重しにならなければ学校はダメになる。いい? 春山君、あなた……どういった訳か知らないけど、目立ちたくないって思ってるよね。だけど、あなたがそれを好もうが嫌おうが、あなたが今のこの学校の秩序の中心にいる。生徒会長や風紀委員長じゃない。もちろん私や照子でもなければアヤちゃんでもない。あなたなの。だから、あなたがあんなことで下を向いてしまったら、この学校はおかしくなる。……自覚して!」


 ウミが言った事は、俺が苦手としているグループどころじゃないような気がして、ガックリきた。だが、確かに俺はテルに言った。それはカッコつけてそう言った訳ではなく、心底そう思っていたからだ。でも苦手だ。


 和菓子が配られそれを食べていると、何故か思い出した。今日の理科の授業のことを。


「重力って言ったら何が思い浮かぶ?」

「え? 重力? ………ニュートンのリンゴかな~」


 すると正面に座っていたアヤが、


「滿汐、引き潮」

「ん? それって重力だっけ?」

「春山君、しっかりしてよね。小学生の理科でしょ。月の引力。引力は物と物とが引っ張り合う力。重力は地球のような回転してる星で遠心力も加わった引力」

「あはははは……そうでした、思い出しました」


 するとアヤが、


「暗月と満月が大潮」


 まただ、アヤの話は解り難いっていうか、アンゲツって何よ、初めて聞いたぞ。


「朔だ」

「サク?? よけい知らんわ」


 ウミが解説してくれた。


「三日月は知ってるでしょ。あれって新月って言うの。だけど厳密にいうと、暗月の後に初めて見える月が新月。陰暦って……知らないか。太陽暦ではなく、月の満ち欠けを基にした暦。簡単にいうと昔のカレンダー。まったく月が見えない真っ暗な月のことを暗月。月食とは違って満月の逆の状態。陰暦では暗月が月の始まり。一日ってこと。それが二日間ぐらいあって、三日目くらいに細い月が見えるようになる。それが新月。三日目に見えるから三日月って呼ばれるようになったの。それと暗月のことを朔とも言うの。サクって読むけどツイタチって読む人もいる。朔の時って地球と月と太陽が一直線に並ぶから月が見えなくなって、月の引力が最大限地球に影響するから海が満ちる。満月の時も一直線だけど、地球を挟んで月と太陽が反対側にあるから月が全部見えて満月。………わかった?」

「おおおおお……」


 俺は何故だか分らないが突然おかしなことを思いついた。もしかすると…………


「今月の……8月の暗月っていつよ?」

「え? いつだろう……ええっと……」


 だがアヤが直ぐに答えた。


「28日と29日」

「だったら9月26日は?」

「暗月」

「なら……4月10日ってどんな月だったのよ?」

「上弦の月」


 速攻で答えるアヤは凄いのだろうが上弦の月ってナニよ?


「半月のこと。引き潮ね。それがいったい……あっ! 9月26日はアヤちゃんの……4月10日って近藤先生の車で……」


 そう言った途端ウミが俺に飛び掛かってきた。

 仰向けに倒された俺に乗っかったウミ。それはまるでマウントポジションのように俺の胸の上に座っているが、膝を立てているからスカートの奥が嫌でも見えた。薄い水色のすっごく小さいパンツ。茶道やる時ってみんなこうなのか?


「近藤先生に聞いたの? なんて言ってた! 早く言って!……早く! 」


 お茶を飲みながら和菓子を食べて楽しそうに談笑していた女子達は、慌てて立ち上がると、そんな俺とウミから離れ、そして部室の隅に固まり唖然とこっちを見ていた。


「ウミ……そのパンツ……透けて見えてる」

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