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第36話 二人だけの誕生日と虐め

「ーーー春山君が行かないなら静香も行かないって…………静香なんか言ってきた? ………やっぱりそうなんだ………まだ例のこと気にしてるんだと思う。言い出しっぺは千佳なんだけどさ、春山君も千佳から聞いたんでしょ? ………なんて言って断ったの? ………ああ、警察に呼ばれてるからか……警察のってほんとに午前中に終わんないの? ……ふ~~ん、そうなんだ……千佳だって榎本君と一緒に行くって言ってる。春山君は休んでたから知らないだろうけど、他にもクラスの男子と付き合ってる子なん人かいて、みんな一緒に行くって言ってんだよ。千佳が言ってたんだけどね、静香にメールしたら速攻で返事きたらしんだけど、義仁は行くの? って書いてあったから、春山君には静香から連絡してって返事送ったんだって、そしたらなんかいっぱい書いたメールが返ってきたらしくて、義仁は警察に呼ばれてるからきっと行けないと思う、とか、でも警察のって午前中に終わるかもだけど、遅くなるかもだから明日は会えないって言われた、とか、義仁はカラオケってきっと嫌いだと思う、とか、っで、千佳の方から義仁に聞いてみて、義仁が行なら私も行く、って………春山君ってカラオケ嫌いなの? 家族で行ったりするよね?」



 今日の午前中に警察に呼ばれている。9時には来るように言われたから、もうそろそろ家を出なければならない。


 昨日、病院跡の廃墟で大橋リカってオバサンを助けた。神取剛と神取彰を叩きのめして。下屋敷刑事に連絡をすると直ぐに来てくれて、そこでオバサンは言った。


 この2人を含めた3人の男にこの廃墟に引き摺り込まれた。大通りは凄い人で、歩道の端をを歩いていた時だ。病院跡の前に来たらいきなりお腹を殴られ、そして引きずり込まれた。裸にされ、ベットに大の字に縛り付けられ、犯される寸前にこの子に助けられた。泣き寝入りするつもりなどこれっぽっちもない。絶対に訴える。


 もう一人の男は、きっと入口で見張りをやっていた奴で、俺に蹴られて怪我をしているはずだが、いつの間にか逃げたのだろうと俺が付け加えた。

 下屋敷刑事は緊急配備を手配した。そして盆踊りは8時30分ーー予定の終了時間を30分前倒しで強制終了とされた。

 遅れて病院跡に駆けつけてきた私服刑事や警察官によって手錠を掛けられ連れていかれた神取剛と神取彰。オバサンは詳しい聴き取りをするため下屋敷刑事が連れて行った。警察は俺にも一緒に来てほしかったらしいが、俺は、


「女の子2人を盆踊り会場に待たせてるんだ。こんな時間に女の子だけで帰らせる訳にはいかない。あんたがた警察が聞きたいことは全部説明するけど明日にしてほしい」


 俺が15歳で中学生ということもあって、夜の9時過ぎに協力を求めるのも不適切らしく、明日の午前中に俺が警察に出向くことになった。


 病院跡から外に出て初めて北海盆唄や太鼓が鳴りやんでるのを知った。そしてやぐらには警察署長が登りハンドマイクで協力を呼び掛けていた。


「盆踊りは中止です。しかしまだ帰らないでください。その場で動かないように。歩道にいる人は車道に出ないでください。踊っていた人はそのまま車道にいるように。…………皆さん、その場で落ち着いて聞いてください。女性の拉致・監禁事件が発生しました。犯行に及んだ男2名は逮捕しましたが、共犯者1名が逃走しております。逃げた男は割れたガラスで身体のどこかを負傷してると思われます……」


 警察署長がそう言った途端、集まっている人達が一斉に騒めき始めた。


 ーーアイツだアイツ! さっき背中から血ぃ流した奴が走ってたの俺は見た!

 ーーおおお、俺も見たぞ! 黄色のアロハにジーパン履いた、30くらいの男だった!


「みなさん! 落ち着いて! 落ち着いてください! 不審な人物を目撃された方、こっちに来てください! それ以外の方は、その場から動かないでください! 繰り返します……」


 携帯が鳴った。静香からだ。


「義仁! どこ、今どこなの! 無事なんだよね? 怪我とかしてない? …………ほんと?」

「俺は大丈夫だ、そっちは?」

「………うん」

「どうした? ハッキリ言え!」

「………周りの人みんな騒ぎ出しちゃって……凄く怖い……」

「近藤先生の傍にいるんだよな! ……田川さんや他の先生は? ………みんなで固まってろ! 絶対にはぐれるな! どこだ! どこら辺にいる? ………え? なに? ………コンビニの前あたり? 車道にいるんだよな? 歩道の方には行くな! 車道でみんなで固まってろ! いいな! わかったな!」


 病院の廃墟前から歩道を抜けて車道に出ようとしたが、凄まじい人で、泳ぐように人をかき分けながらようやっと車道に抜け出た。するとホイッスルが鳴った。


「そこの白い浴衣の人! あんた不審者を見かけた人なのか? 違うなら戻って! 勝手に車道に出てこない! さっきまで居た所に戻りなさい!」

「俺はさっきまで車道で踊ってたんだ! だから……」

「いいから戻りなさい!」


 これ以上の混乱を避けるために必要な措置なのかもしれないが、クッソ~、どうすればいい。


「その人は犯人を捕らえた功労者だ! 行かせてあげなさい!」


 振り返ると、警察手帳を高く掲げた私服刑事だ。後から現場に駆けつけてきた一人なんだろう。


「待たせてる女の子の所に行きたいんだね。どこにいるのか分かってるのか? ………そうか、コンビニ前か……けっこう遠いな………また止めらてしまうな……私が先導するから付いてきなさい」


 助かった。

 刑事について歩いて行くと、さっきまで楽し気に踊っていた人たちがーー特に女の人達は手を繋ぎ合ったり、抱き合ったりしながら怯えた目であたりを見渡していた。男の人達はというと、やはり落ち着きなく動き回り、中には酒が入っているのか喚いてる輩までいる。これは早く戻らなければ、頼りになりそうなのは近藤先生しかいない。


「あ、あれだ!」

「ん? 見つけたのか? そうか、良かった。私はここで戻るが、明日の9時には署で待ってるからな」

「先導してくれて、すいませんでした。明日は必ず行きます」


 静香が俺に気づいたらしく駆け出して来た。続いて田川さんと近藤先生、それに他の先生達も。


「え……泣いてんの………」


 静香と田川さんが泣き出し、見ると、先生達まで泣いていて、近藤先生すら口元が震えている。


「えへへへ……春山君の顔見たら、なんだか気が緩んじゃって……」


 近藤先生が泣き笑いの顔でそう言った。どうやら警察署長がアナウンスした、女性を拉致・監禁というフレーズが女の人達を必要以上に怖がらせたらしい。


「皆さん、逃走していた1名を確保しました。繰り返します、逃走していた男を確保しました」


 警察署長のアナウンスが流れた。その途端、拍手と歓声が上がった。


「皆さん、すみやかにご自宅に戻るよう願います。署員総動員でパトロールに当たりますので安心して帰路についてください」


「みんなで固まって帰ろう」 


 最初は田川さんを送り届けた。そして先生達の住んでいるところは全員が静香の家に行く途中にあって、全員を送り届けるのに大して時間は掛からなかった。

 道すがら出来事を説明したが、俺の見た夢の話は伏せたせいで、どうしてそこに俺が行ったのかが意味不明の説明になってしまったと思うが、先生達も田川さんも異様な興奮状態にあって、そんな辻褄が合わない点には気づいていないみたいだ。だが近藤先生だけは、ん? って表情をしていた。


 最後に残った静香と二人で歩いていた。


「その雑誌記者の女の人って、ほんとに無事だったの?」

「ああ、ギリギリで間に合った」

「………ギリギリって?」

「うん、全部脱がされて縛られてたけど………本人が無事だって……」

「…………そうなんだ……でもそれって……凄く怖い。どうしてそんなことするの? 男の人って嫌がる女の人にしたいものなの?」

「病気だと思う。きっと治らんだろうな」



 家の前で静香の方から、長い長い口づけ。


「ねぇ義仁………私のどこが好き? 具体的に言って」

「う~ん、いっぱいあるけど、一番好きなのは………蛇みたいにレロレロ動く舌」

「ちょっ………うっ、うごいてなんかないもん! そっ、それは……違うんだからね! もう……キスしてやんない!…………あっ、お尻触ったーーー、そこもダメ~~………やっぱ義仁ってすっごくエッチだ。……でもいいよ、触っても……だけどーーー! 他の女は絶対ダメ!」




 家に戻ると父さんがいた。

 あらましを父さんに説明したが夢の話なんか言えないから、へんな説明になったが、えらい憤慨した父さんは、そんなことには気が付かなかった。そして明日は一緒に警察に行くという。




 今日は8月17日で日曜日だ。2学期は8月18日の月曜日から始まると聞いた。俺は6月の途中から学校に行っていない。妙に行き難くなっている自分に気が付いた。不登校ってこうやって始まるもののなのかもしれないな。

 目が覚めてそんな事を考えながら居間に行くと、父さんが、


「警察に行く前にちょっと話したいことがある……お前、明日から学校なんだよな?」


 なんだか言い難そうだ。

 俺は父さんに話し掛けることは殆どない。父さんも俺に話し掛けてくる事は稀だ。それはすれ違いの生活のせいかもしれないが、母さんが死んでからもあまり変わらない。それでも昨日の夜は俺の方から喋った。事件の事を。すると父さんは、お前を一人で警察に行かせるなんてことは出来ない。父さんがお前を連れて行く。と言った。父さんは、親が付いて行くことに俺が反発するかもしれないと思っていたのかもしれないが、俺は素直に分ったと言った。そんなやり取りがあったせいなのか、今朝は珍しく父さんの方から話し掛けてきた。


「ああ、明日から学校……」

「そっか………お前……学校行きたいか……っていうか……行くのか?」


 急に何を言い出すのか。


「……行きたくないって言ったって……義務教育だろ。中学なんだから……」

「まぁ……そうだな。高校だって行かなきゃならんしな。………お前、成績いいんだってな。前に京華が言ってた」


 余計に何を言いたいのか分らなくなってイライラしてきた。


「なに言いたいのよ? 腹減ってるから、食いながらでいい?」


 食パン2枚をトースターに入れながら言った。


「ああ……いいけど………これ……お前に見せた方がいいのか……父さんも悩んだんだけどな……学校行くのはお前だし……ちょっと読んでみろ……」


 振り返ると、父さんは何枚かの紙を食卓に置いていた。


「え……? なに?」


 それは送られてきたフアックスだった。

 大抵の家庭の固定電話にはフアックス機能が付いていて、特に子供が小中学生の家には学校からの案内がファックスで送られてくる事もあって、ウチの電話にもついている。


「……なっ……なんだこれ……」



 赤の会に殺されたってどういうことなんですか?

 普通の主婦が赤の会なんかに狙われますか?

 奥さんナニをやって怨みをかったのですか?

 息子さんを学校に来させないでください。周りが迷惑します。



 十数枚のファックス。その何れもが同じような内容だった。言葉遣いや文体が違うから、誰か1人の嫌がらせではないのだろう。それに、感情的な文面でもヒステリックな内容でもなく、罵詈雑言の類はどのファックスにも書かれていない。冷静な文面。それが返ってグっときた。


「子供の母親が書いて送ってきたんだろうな…………お前……学校行ったら……嫌がらせされるかもしれない………いじめってヤツ………行きたくないなら無理して行く必要なんかないからな」

「……これ……まさか姉ちゃんに見せてないよな」

「ああ、京華には見せられない……」


 姉ちゃんはそれが正しいとなると独りで世界中を敵に回したって戦う性格だ。だからこんなの見せたら、送ってきた相手探し出して怒鳴り込み行くだろうし、母さんが死んだ時には、あんた転校したら、って言ってたけど、とにかく逃げるのが大嫌いな性格だから、堂々と顎上げて歩けばいいんだ、絶対に卑屈になるんじゃない、って言うだろう。そんな面倒くさい性格なのを父さんも知ってるらしいが、俺も姉ちゃん程じゃないにしても、逃げるってことに抵抗を感じるところがあって、身動きがとれなくなったりする。


 トースターがチンと鳴りパンが焼けたようだが食いたくなくなった。それでも焼いてしまったのだがら食卓に座りバターを塗っていると携帯が鳴った。見ると村上さんからだ。


「春山君、私……村上千佳だけど……まだ寝てた? ………ああ、そうだよね、朝から警察に行くんだもんね…………うん、聞いた聞いた。昨日の晩に静香から聞いて超ビックリ。うんうん………大丈夫だった? 怪我とかしてない? でも凄いね~スーパーマンみたいだってみんな言ってるよ………女の人に酷い事したのって神取一族だって聞いたけど、それってマジ?」


 その話がしばらく続いた。


「ーーああ、ごめんね、用あって電話したの忘れてた~~あはははははは………今日の2時にね、カラオケに集まるの、うちのクラスで。10人くらいになるかな~。春山君も来ない? バスケの榎本君も来るんだよ。………うんそう、ちゃ~~んと付き合ってんの……ウッシッシッシ…………そっか……警察のって時間かかりそうなんだ……うん分った。また今度誘うから、その時は行こうね!」


 村上さんからの電話が終わり、バターを塗ったパンを頬張り牛乳で流し込んでいると田川真奈美から電話が来たのだ。


「ーーー春山君ってカラオケ嫌いなの? 家族で行ったりするよね?」


 カラオケは行ったことがない。だから好きでもなければ嫌いでもない。ただ興味がないのだ。

 人前で歌うのが楽しいとも思えないし、人が歌っているのをあえて聞きたいとも思わない。だがそれを今言っちゃうと、変に誤解されそうでーーー佐藤拓磨の件を凄く引きずっていると思われるのが嫌で言わなかった。現に、静香は引きずっていて、だから俺が行かなければ自分も行かないと言ったらしい。それってなんだか凄く嫌だ。


「……俺……家族でカラオケ……行った事ないんだ……」

「え………ごっ、ごめんなさい………私……」

「いや、別にいいから……謝んないで、俺そんなつもりで言ったんじゃないから……あはははは……」


 まいったな、どう言えばスムーズに会話が繋がったんだろう? 電話口の田川さんが次の言葉を見つけられずに黙ってしまった。


「あのさ、田川さん……俺ね……人に気を使われるのって凄く居心地が悪くて、嫌なんだ。だから普通にして欲しい。ちょっとマズイこと言っちゃったって思っても、謝ったりしないで欲しい。俺そんなこと全然気にしないから。今日はとにかく行けないけど………俺さ、静香がカラオケ好きなのかどうなのかも知らないんだ。好きなのかな?」

「え……きっと好きだと思うけど………この街のカラオケって高校生がたむろしてて中学生だけじゃ怖くて行けなかったの知ってるよね? …………え? 誰かから聞いたことあるって? そうなの? そっか……興味なかったんだ……でも春山君やっちゃったでしょ。学校に押し掛けてきた高校3年生や、この前カラオケ店の隣で高校2年生の人もやっつけちゃったって凄い評判になってる。今じゃ中学生だけでも行けるようになったんだけど……静香は………例のこと……佐藤拓磨のことがあったからだと思う。誘っても行くって言わない。私ね、お母さんと妹と3人でよく行くんだけど、何度か静香も一緒に行った事あって、静香ってピアノ習ってたせいなのか音感いいし、歌うまいんだよ。だからきっとカラオケ好きだと思う」

「そっか、そうなんだ……」

「………ズバリ聞くけど、春山君はまだ気にしてるの? 静香と佐藤拓磨のこと……」


 田川さんらしいな。この人はキツイ性格で誤解されがちだが、他人に気を使える。だけど言い難いことでもズバっと言う時があって、それが彼女の良いとこでもあるが悪いとこでもあるんだろうな。正直に答えよう。


「誰にも言って欲しくないんだけど……」

「うん、分かった、静香にも言わない。春山君……私のこと探し出しておぶって帰ってくれた。あの時のこと誰にも喋ってないの、私、知ってる。私ね……そんな春山君が好き。だから春山君が誰にも言うなって言うならずっと黙ってる」


 佐藤拓磨のことを引きずってるのかは、自分のことなんだけど解らない。実は佐藤拓磨はもう転校してこの街にはいない。夏休みの間に引っ越した。その引っ越してる最中に俺はアイツに会いに行って、張り倒した。テルが俺を止めてくれなかったらもっと酷いことをしたと思う。


「ええ………ウソ………マジ? ……それって静香には?」

「言ってない。でも親戚なんだから転校したってことは親から聞いて知ってんじゃないかな」

「……静香は? 春山君にアイツ転校したって言ってこないの?」

「ああ、なにも」

「…………そっか……メッチャ引きずってて……アイツの話題避けてんだ」

「だろうな……」


 静香が凄く気にしてるのは気づいてた。そして静香が俺の家に泊まった時に歌が好きだって言ってたから、カラオケもきっと好きなんだろうなって思った。行ったらいいのに、カラオケ。俺のこと気にする必要なんかないし、俺を気にして好きなこと我慢してるのなら、そっちの方がずっと嫌だ。これって俺が直接静香に言えばいいんだろうけど、うまく言える自信がない。それにどういう理由で佐藤拓磨を張り倒したのかが自分でもよく解らない。アイツが静香のこと呼び捨てにして、それがカチンときたのは間違いないけど、それだじゃないような気がする。俺は静香を束縛したいのかな。


「……それって………」


 すごく嫌だ。なんていうか叫びたくなるくらいそんな自分が嫌で我慢ならない。だから放っておけばいいんだって。そんなバカな俺なんか。


「そんな……」


 俺は小学校の時から班やグループでなにかを話し合うのが凄く苦手だった。だけどどうした訳かいっつも班長になって皆の意見を聞いたり、それを纏めたりの役だった。でも嫌で嫌で、ある時に代わってもらった。すると凄く気が楽になったが周りが妙に気を使って、春山君はどう思うのとかいちいち俺に聞いてきた。俺は自分でも理由は分からないが、2人の時は全然いい、だけどそれが4人とか5人とかのグループになると途端に壁の花になってしまい、中に溶け込めなくなり黙ってしまう。そうすると周りが更に気を使う。そして周りからは怒ってるみたいに見えるらしい。だから放っておけばいい。実際に放っておかれたこともあって、それはそれで大して気にならなかった。だからカラオケに行ったところで同じになるのが目に見える。俺なんか最初っから放っておけばいい。


「ああ、小学生の時に班長代わったのって私だ。うん、覚えてる。春山君がお願いだから代わって、って言ってきたの……そっか、苦手なんだ……グループって……そうだね、春山君がグループでワイワイやってんのって見たこと無いね。………あのさ~……この際だから言ちゃうけど……静香を怒らないでよ。何で喋ったんだって。私、全部聞いて知ってる。夢の事や河西早苗の事……それに春山君が篠原朱海とやっちゃったことや権藤彩音と裸で寝てたことも。私ね、篠原朱海のこと聞いて、もうアッタマきて、あの女のとこ怒鳴り込みに行こうとした。春山君が弱ってるの知ってて、そこにつけ込んで、すっごくズルイ女。そしたら静香、もう自分で篠原朱海と対決したからいいって。凄いよね……静香変わった。強くなっててビックリした。でも……後から考えたら私……篠原朱海の気持ち……解る。あのタイミングなら……静香と春山君がほとんどダメになって、春山君の意識がハッキリしない時なら……私も同じことしたかもしれない。だって好きなんだもん。………聞きたいのはね、春山君って篠原朱海と権藤彩音、それと大国照子と4人で会う事あるよね。それって春山君が苦手なグループじゃん。……言いたいこと分かる?」


 そうか、田川さん知ってたのか。驚いたけど、静香に怒ったりはしない。それどころか相談できる人がいて良かったと思う。俺がおかしな事に巻き込まれたのが始まりだ。それって普通じゃない。アイツら3人娘はそんな普通じゃない世界に片足突っ込んでる人間だけど、静香は違う。そんな静香を引きずり込んだのは俺だ。俺なんかと付き合っていなければ……

 アイツら3人娘と集まったのは2回だけだ。1度目は金山要って数学オタクを呼んで、俺が見た夢のことを聞いてもらい、タイムトラベルやパラレルワールドの説明をしてもらった。2度目は俺が権藤彩音が殺される夢を見た後だ。権藤彩音も同じ夢を見てた。それって確かに俺が苦手なグループだ。でも考えみるとあの時の俺は殆ど喋っていないような気がする。1回目の時は金山要の説明が凄すぎて、うわ~そうなんだ、ってずっと聞いていた。っで部屋で二人で寝る時になっていろいろ質問した。2回目の時は篠原朱海がずっと喋ってたような気がする。4人と言っても、権藤彩音なんて俺より喋らないしずっと黙って人の話し聞いてるだけで、大国照子もどちらかというと無口だ。意識してなかったけど、俺が黙っていても、俺よりもっと喋らないヤツがいるからなのかな………俺は今だって田川さんと電話でいっぱい喋っていて、二人ならなんともない。だけど、なぜか人数が増えて皆でワイワイ始まると居心地が悪くて。だから、こんな変なヤツなんか放っておけばいい。


「春山君って目立つのが嫌なのかな……」

「……似たようなこと誰かに言われた気がする」

「そうなんだ………ねぇ、静香の事どうしよう……今日のカラオケ……」

「誘って連れて行って……うまいこと言って」

「春山君はそれで平気なの?」


 どんな仲の良い夫婦や恋人だって、趣味が全部同じで、何時でもどこに行くのも一緒なんて有り得ないと思う。静香が俺とは違った楽しみがあっても不思議じゃないし、それを束縛してしまったら、俺は自分が許せない。平気なのかどうか聞かれても分らないけど、静香がしょっちゅう行けばきっと慣れると思う。


「えええ? 慣れるって……う~~ん……私ならそういうの嫌だな。もし私が春山君の彼女だったら、俺は嫌だ、ってハッキリ言って欲しい。………でも春山君がそう言うなら……一応は誘ってみるけど……私ね、マジで春山君の事が好き。だけど静香には敵わないな~~って……だって赤い糸なんてもんじゃないよ、春山君と静香って。なんで同じ日に同じ夢を見るの? それも強烈な夢。静香あの夢見た時、身体がおかしくなったって言ってて、この前春山君とした時にもそれと同じようになったって……春山君はどう思ってるのか知らないけど、静香は春山君がいなかったら生きていけない。まだ15歳なのに静香はそうなってる。それって春山君のせいだよ」

「………うん……分かってる」

「分ってるなら行こうよカラオケ……警察終わってからでいいからさ~。そんなにカラオケ嫌いなの? それこそきっと慣れるって」

「いや……でも今日は……」

「……ん? 今日は、って何?」


 家に送られたきたファックスの事を危なく言いかけてしまった。

 誰から送られて来たのか用紙の端に印字された電話番号を調べればきっと解るが、それは知らない方がいい。父さんも同じことを考えたはずだ。だが、送ってきた相手は、当然だが自分が送ったと知っている。カラオケに行ってそこに集まった中に居るのかもしれない。居たところで俺は知らんプリをしていればいいが、相手は気まずいだろう。父さんが言うように母親が送ったファックスだったとしても、その子供ならきっと知っている。せっかくカラオケで楽しんでいるのに俺が顔を出したことによって固まってしまう様子が目に浮かぶ。そうすれば俺だって、ああコイツが送ってきたんだ、と解り、それから俺はどうするんだろう……


「春山君! 聞こえる? ……なんか言いかけたよね?」

「いや、なんでもない。俺もう行くから、電話切るね……」



 警察につくと、


「ご協力感謝します。春山義仁君のお父さんですか? そうですか……聴取は春山義仁君一人で行いますので、お父さんは別室で待っていてもらうことになりますが……」

「え……そうなんですか? 息子はまだ………ん? あれ? いくつだった? ………ああ…15歳ですから、父親の私が同席した方が……」

「いいよ父さん、俺一人で。きっと現場検証みたいなのもあるだろうし、気にしないで仕事行きなよ」


 父さんは色々言っていたが最終的には仕事に行った。俺もその方が気が楽でいい。

 聴き取りは最初に現場に駆け付けた下屋敷刑事が行うらしいが、記録を取るため1人の制服警官が同席した。


「始まる前に下屋敷刑事に言っておきたいことあるんだけど……」


 同席した警官には聞こえないよう小声で告げた。


「ん? いいですが、何です?」

「あの時に俺が言ったこと覚えてる? ………夢の話し」

「あ~あ~あ~、覚えてますよ、ええ、ちゃーーんと。それが何か?」

「昨日あった事件で、なんで俺があそこに居たのかって必要なんだろ? 俺の説明は夢の話から始まる。でもそれは誰にも聞かれたくない話しなんだ。下屋敷刑事だけに話したい。俺、なんで母さんが赤の会に殺されたのか気になってしかたがないんだけど、赤の会って、紅蓮大寿がテレビで言ったように、佐舞久留町が別の世界と繋がって、向こうからやってきた悪魔が入り込んでるから、そいつらを始末するのが赤の会の目的なんだろ。その入り込んできた悪魔が母さんや辺見って1年生だって勝手に思い込んだ。そして辺見を射殺した警官って、あの時、下屋敷刑事と一緒にウチに来た赤星って警官だろ。警察だって分かってると思うけど赤星って奴は赤の会の信者だ。赤の会は、おかしなこと喋てる奴を見つけては悪魔だって決めてけて殺してるんじゃないのか? 母さんは河西さんが昔も近所に住んでいたっておかしなこと言ってたろ? 違うか? 俺、悪いけど警官であってももう信用できない。だから下屋敷刑事、あんたと二人だけにしてほしい」

「………そうですか………赤星譲二のこと知ってましたか……でしょうね……分かります、春山君が警察を信用できないという気持ち……分かります。私の事は信用してくれるんですか? ほう……そうですか、うれしいですね~~。わかりました、何とかしますので待っていてくださいね」


 暫くすると戻って来た下屋敷刑事が、同席を予定していた警官に何やら喋っている。すると、ちょっと驚いた表情をしたが、分かりました、と言ってその警官は出て行った。


「署長にハッキリ言っちゃいました。ハハハハハ……どうせ私なんか出世の見込めない身ですからね~。……ん? なんて言ったか興味ありますか? 辺見友里恵を射殺した赤星譲二は、河西家の家宅捜査の際に私と二人で春山君の母親に聞き込みをしていて、その際に確認された春山君の母親の証言は、夫である春山君の父親の証言と大きく食い違っていて、それを赤の会の信者であった赤星譲二が赤の会に報告し、それが原因で春山君の母親は殺された。春山君はそう信じており、私以外の警察をまるで信用していないので、今回の聴取は私一人である事を切に願っていると、そう言いました。今回の女性拉致・監禁、輪姦未遂事件では、早期解決の功労者ですからね、春山義仁君は。簡単に認められました」



 この刑事の喋り方はどうにも好きになれないが、どうやら信用して大丈夫のようだ。俺は全てを話した。



「………夢で見た?? 大橋リカさんがレイプされた後の姿を…………んんんんん……そっ、それは未遂ではなかった……どうしてそう思ったのですか? ………あああ……流れ出てましたか、そうですか…………太鼓の音が聞こえてたから盆踊りだと思った……う~~ん………最初っから夢の話しですか………」


 俺の説明は、最初の段階ーー夢の話で蹴躓いた。だが、あのオバサンの聴取は済んだはずだ。俺が見た夢の話はしていなかったのか?


「いえ……実はしてました……が、あまりにも現実離れしてますので………ちょっと……。とにかく話を進めましょう……………春山君は盆踊りを見物されてたのですか? ……え? 踊ってた? ああ……それは誰と? ………ほう……近藤先生ですか。っで、なぜ病院跡に駆けつけたのです? どうやって大橋リカさんがレイプされる時間が解り、そして場所も……………ええ??? 動悸が激しくなった? 場所は? …………神取浩? ………ああああ、神取彰の息子ね、うんうん……そいつと偶然会って…………えええ?? それも夢……ですか……んんんんんん……夢の中の神取浩が言ってたことを思い出して場所が分った………はい? 神取浩もヤりたがってた? ………ああ、夢の中の神取浩ね」


 とりあえず警察署での聴取は終わった。物凄く時間が掛かったが、聴き終えた下屋敷刑事の方が疲れ果てた表情で頭を抱え込んでいる。


「………春山君……自分でも分ってますよね……君が話した内容は、とてもじゃないけど記録に残せない。いくら私が出世の見込めない刑事であってもですよ……君が言ったことをそのまま記録して上に報告したら………あははははは……私は強制入院させられる……はぁぁ…………そうだ! 偶然歩いていたことにしましょう! それしかない! いいですか、春山君は踊っている最中に急に激しい動機に見舞われ、薬局を探して歩いていた。そして見かけた! 大橋リカが腹を殴られ病院跡の廃墟に連れ込まれたのを。うんうん、そうだ! そうに決まってる! 途中で出会った神取浩なんてガキなんざどうだっていい! いなくていいんだ! とにかく出店の横に立てかけてあった木刀を手に病院跡に乗り込んでいった! おおおおお、いいぞ! 分りましたね! そうなんです! それしかないんだ!」

「あっ…ああ……わかったよ……うん、わかったからちょっと落ち着いて……」


 時間は午後の1時を過ぎていて、下屋敷刑事が出前を取ってくれた。かつ丼。

 そのかつ丼を二人で食いながら俺は言った。


「実はね、もう一つ俺が見た夢があるんだ。同級生の女の子がキセキの連中に殺される夢なんだけど、その殺される女の子も同じ夢を見てる。俺と同じ日に」


 下屋敷刑事が噎せ返ったが構わず続けた。


「その夢を違う角度から見てる人がいて、殺される日時が分ったんだ。2003年9月26日……」

「まさか……3時26分……だと言うんですか?」

「そう。下屋敷刑事、あんたも俺と同じなんだよ。どういう訳か巻き込まれてる。おかしいと思わないか? なんで夢で見た腕時計なのに、何分まで細かいの覚えてんだ? 普通の夢じゃないってことぐらい分かってるよね?」

「………」



 次に事件現場となった病院跡の廃墟に行った。そこに一緒に来た警察関係の人は下屋敷刑事だけではなく、何人もの私服刑事と警官がいた。その為、俺が何かを言おうとする都度、下屋敷刑事が隣に来て心配そうに俺を見ていた。その目は、頼むから変な事を言わないでくれよ、と訴えていた。


 とにかく俺の聴取は全て終わったらしく、ようやっと解放された。

 俺が叩きのめした2人は、二人ともが骨折していて重症という表現になるらしく、普通なら俺は過剰防衛に問われるところらしいが、俺が15歳だということ、それとオバサンが高校生の時にもあの二人に犯されたと言い、更には警察が本気で神取一族から離れようとしていることもあってなのか、俺がやった事は不問にされた。仮に民事で訴えられたとしても警察とオバサンは完全に俺側につくと言う。


 もう少しで5時になる。警察署を出た俺は父さんにメールで無事に終わったことを告げ、その後に近藤先生の携帯に電話をした。あの時のことを聞きたかった。


「近藤先生、……俺……春山義仁だけど……え? ああ………エっちゃんね。……エっちゃん、今時間ある? ちょっと聞きたいこと………え? すぐにおいでって? うん、いいけど、家にいるの? 俺、今警察から出たとこだから、5分か10分で着いちゃうと思うけど……今行って大丈夫? ………なら行くね」



 チャイムを鳴らすと勢いよくドアが開けられ、いつも以上に笑顔の近藤先生が出てきた。


「いらっしゃーーーーい! 上がってええ、上がってえええ、ほら~、なーーーにやってんのーー、早く上がってよーーー」

「え……あっ…はい……ほんとにお邪魔じゃ……」

「上がんなさい! 命令!」

「はい……じゃあ、お邪魔します……」


 大人の女の人の部屋に入るのなんて初めてだ。姉ちゃんの部屋以外で。

 先生の部屋は静香の部屋みたいに可愛らしい感じではなく、かといってテルの部屋みたいに殺風景でもなく、絨毯が敷きつめられ、テレビやコンポ、それに長椅子やテーブルがある普通の居間だ。向こうに見えるキッチンは綺麗に片付いていて、洗ってない食器が山積みなんかになっていない。ちゃんと生活してるんだ、なんて偉そうに思った。


「そんなとこにぃ突っ立ってないでぇ、ほらぁ座ってーーーー」


 そう言った先生を改めて見た。半袖の白いTシャツ一枚に黄色い短パンだ。その短パンにしたってマラソン選手が穿くような短パンで、ちょっと短すぎない? バスケのユニホームみたいに長い短パンなかったの? おまけに小さいんじゃないのソレ? 食い込んじゃってる。


「ああああ、エッチだーーーーー! 私の見たーーー!」

「ちっ、ちがう……今のは……違うって」

「へっへっへ……いいよ~~見ても~。男の子なんだからさ~当たり前だよね~~。前にも言ったと思うけど~私そんなの気にしないタイプなのぉ。オカズにしちゃったりするぅ? 私のこと~……ひっひっひ」


 なんだかいつもと喋り方が違う。あれ? ちょっと酒臭い。


「先生、もしかしたら飲んでる? ……酒」

「エっちゃんって呼びなさい!!」

「………エっちゃん、酒飲んでるの?」

「はーーーーい、飲んでまーーーす。悪い?」


 参ったな。ベロンベロンって程じゃないけど、酔ってるよ。家に居る時の姉ちゃんみたいにノーブラじゃないってのが救いだな。


「私ね~~お誕生日なのぉ、だから~ワインをちょびっと……」

「マジ? 今日って8月17日だよ。誕生日なの? ……俺、そんなの知らんから何にも持ってこなかった……」

「いいの! 来てくれただけでぇ……すっごーーく嬉しいいいいいいい。ケーキ買っちゃった。まーーるいの。一緒に食べよ!」


 立ち上がった先生がキッチンの方に行こうとするから、


「いいよ、俺が取って来るから先生……エっちゃんは座ってて。……丸いケーキならナイフと皿とフォーク……勝手に探すよ」


 ケーキは箱ごと冷蔵庫の上に置いてあり、ナイフとフォークそれと皿は直ぐに見つかった。

 居間に戻ってテーブルに置いてケーキを箱から出すと、けっこう大きい。これって20㎝はあるよな。誰かと一緒に食べるつもりだったんじゃ……


「見栄張っちゃったのぉ……彼氏でもいるみたいにぃぃ……でも良かった~~春山君来てくれてぇ」

「……そうなんだ……あはははは………あれ…これってバタークリームだ! 俺、好きなんだよなバタークリームって。最近のケーキ屋って生クリームばっかでさ~」

「私もーーーー!」


 蝋燭がついていた。ピンク色の3という蝋燭と、0という蝋燭。


「ハラたつ。なんで私が30なの~~、春山君の倍だよ倍……ちくしょう………火ぃつけて! ほら、そこにライターあるから~」


 見ると100円ライターが転がっていた。


「せん……エっちゃんってタバコ吸うの?」

「たまーーーに……悪い? そんなのいいから~~、早く火ぃつけてぇ、歌いなさい!」

「え……歌って……俺が?」

「そう!」


 ハッピバースデイツーユー、ハッビバッスデイツーユーー、ハッビバースデイ、デイアえつよーー、ハッピバースデイツーユーーー


「あら……音感いいのね」

「ほら、吹き消して」


 ケーキを切り分け皿に載せ、俺が一口食べると、


「あ~~~ん…」


 と言う声が聞こえ、俺に食べさせるつもりかよ、と思ったが、先生が口を開けて待っていた。


「……はいはい、どうぞ」

「…………おいしいーーーーー! ここのバタークリーム……おいしいねぇぇ、いっぱい食て~~」

「そんじゃ遠慮なく……」


 俺は甘い物が好きで、バタークリームケーキでこの大きさなら、半分は簡単にイケる。でも飲み物が欲しい。


「エっちゃん、なんか飲むものある? 冷蔵庫探してもいい?」

「いいよ~~~」


 冷蔵庫を開けるとペットボトルのコーラがあった。グラス2つとコーラを持って戻ると、先生が大の字になって寝てた。


「マジかよ……参ったな……」


 時計を見るとまだ6時前だ。聞きたいこともあるし、このまま放っておいて鍵も掛けずに帰る訳にもいかない。テレビでも見ながら起きるの待ってるしかないな。きっと音で目が覚めるだろうし。


 ケーキは俺一人で半分食った。残ったケーキを箱に戻して冷蔵庫に入れ、俺が使ったフォークと皿とナイフを洗い、テレビをけっこうなボリュウムで見ながら先生が起きるのを待った。



 8時になった。でもまだ起きない。

 この人、酒飲んで寝たら朝まで起きない人?


「先生! 先生! エっちゃん起きろ!」


 ダメだ、揺すっても起きない。どうする? 周りを見渡すと孫の手があった。これで叩いたら起きないかな。どこ叩く?


 俺の後ろで大の字で寝ている先生の身体を改めて見た。ずいぶんと出っ張ってるな。女ってみんなこうなのかな? 今度静香で確かめよう。

 孫の手でその出っ張りを叩いてみた。


「………ぇ」


 おおお、起きた。そこ叩かれてビクっとするのって男だけじゃないんだ。


「ぇ?? あれ………」


 上半身を起こした状態で股間を押さえてる。ちょっと強めに叩きすぎた?


「あああああ……それで叩いたんでしょ……大事なとこ」

「エっちゃん全然起きないからだって……揺すったって起きないのってナニよ? もし火事になったら死んじゃうぞ」

「もう………エッチ!!」


 喋り方が普通に戻ってる。大した量は飲んでなかったみたいだ。少ない量で直ぐに酔って、2時間くらい寝たら醒めるんだ。



「それよりさ~、俺、聞きたいことあって来たんだよな」


 起き上がった先生は長椅子に座って話し始めた。


「ん? ………ああああ、春山君が聞きたいことって、うん、分かる。心が通い合ってる? ウヒヒヒヒ………パラレルワールドに関係するでしょ? …………ほうらやっぱり通じ合ってる。パラレルワールドは存在するよ。これはね、そう思ってるとかじゃなく、確信。ただ証明されてないだけ。この世の中で証明されていない、まだ解っていないことなんてゴマンとある。身近なところでいうと、心ってなに? 魂なの? 確かに人が死んだ直後に体重が僅かに落ちるって言うけど、それって魂が抜けるから? そうだとすると抜けた魂ってどこに行っちゃうの? 心は? 解らないことだらけよね。私たちが解ってることってほんの僅かなんじゃないのかな。私ね、この街に来てから気になる事たくさんあって、調べた。先ずは河西早苗。あの子は東海林詩江だね。でも10年前に東海林詩江は死んでる。だから河西早苗はこの世界の住人じゃない。そして河西早苗と同居していた男は父親ではない。きっとあの男もこの世界の住人ではないんだろうね。アイツらは何処から来たのか、それもどうやって、そして来た目的は。……私が河西早苗を疑ったのは……そうね……勘ね。あの子は確かに14歳だったけど、生きた年月はそんなものじゃないと思う。おそらくは20年近く生きてきたんじゃないかな……。肌が違った。中学生の肌ってね……もうプヨプヨのピチピチ。弾力があって食べちゃいたいくらい可愛いの。高校生になったらちょっと変わってくるかな。でも中学生の肌は凄いよ。中には、家が農家だったり漁師だったりして小さい頃からずーーーと手伝ってて肌が荒れてる子もいるだろうけど、今のご時世なら皆無だろうね。後はドラックでもやってない限りはピッチピチ。でも河西早苗は違った。初めて会った時、アレって思ったの。第一印象って大事だよ。意外なくらい当たる。私はあの子を見た時に、高校生のお姉さんが来たのかと思った。それはセーラ服着てたからで、あれが私服だったら、若いお母さんだな~って思ったかもしれない。それくらい肌がまるで中学生じゃなかった。それと目の奥の光かな………あの目は修羅場潜って来た目。春山君も思春期の真っただ中って感じのキッツイ目してるけど、そういう類じゃない……あれは……人を殺めた人間に共通した目。私、あの子が前に居た中学校探そうと思ってたけど、本人曰く、ずっと日本にいなかったって言うの。その内に色んな事件が次から次へと起きて調べられずにいたら、逃げるみたいに転校しちゃった。それと春山君が聞きたいのって……私が車で送って行った時のことでしょ。へっへっへ……当たりだ。凄いでしょ、心通じ合ってるって解った? ヒャッヒャッヒャ……あの時は……髙橋君の家に向かってるときだね。………おかしな空間に入り込んだ。……うん、そうなの。おかしな空間。あれは今私たちが居るこの世界じゃない。街灯が1本もなくて真っ暗で月明りも星もない一本道がずーーと続く空間。対向車も後続車もなくて、私そこから出られないのかと思って凄く怖かった。でもどういう加減か分からないけど戻れた。元の世界に。だけど春山君も高橋君も村上さんも佐藤さんも……4人揃って何も言わない。村上さんなんてお喋りでしょ。それなのにあの時のこと何も言わないのって……。春山君はどうなの? あの時のこと覚えてるの? ………そっか……ただ道に迷っただけって記憶してるんだ。でも何かがおかしいって感じてるのよね? だから私に聞きに来た。………私の記憶はおそらく正しい。私ね、何度も確かめたの。一人であの道を通って。でもあの時とは全然違って、普通の道路だった。そして4人の家を回ってもあんなに時間は掛からないのがハッキリした。それに車のメーター。私の車って燃費悪くて満タンで350キロくらいしか走らないから、けっこう頻繁に満タンにするの。前の日に満タンにしてトリップメーター戻したのに、あの日の次の日、朝見たら、殆どガソリン無くなってて、トリップメーターも300キロ超えてた。あり得ないでしょ、4人の生徒を学校から自宅まで届けただけで、どうして300キロも走るの? 赤の会の紅蓮大寿が言ってたこと……覚えてる? あれって……全部が妄想で片付けられないとしか思えなくなった。悪魔がどうしたなんて話は怪しげな宗教団体にありがちな話だけど、別の世界と通じる切れ間……私たち5人はそこを偶然通ってしまった、だけどどうした訳か戻って来れた。そうとしか思えない」




 9時近くになって俺は帰ることに。玄関に見送りに来た先生。


「またおいでよ。生徒が遊びに来てくれるのって凄く嬉しいものなんだから、来てね」

「うん、また来るよ、でもさ……その短パンはマズイと思うな。食い込んじゃってるし、それに、椅子に座ってる時、裾の隙間からパンツ見えてた」

「…………見たの?」

「見えてたの!」

「ウソだ、ずっと見てたんだ。私が寝てる時だって……きっと……」

「あのね~……俺って姉ちゃんいるせいだと思うけど、そういうの見てもあんまりビックリしないんだよな」

「ムムムム……なんか面白くない」



 家に帰ると父さんが待っていた。警察でのことを詳しく聞きたいという。メールで何事もなく終わったと告げたのだが、それでも心配なのだろう。過剰防衛のことは伏せて、それと夢の話も伏せて説明したが、それでもかなり時間が掛かり、それから風呂に入って、ベットに入ったのは夜中の2時を過ぎていたが、眠れなかった。

 先生の話は想像を遥かに超えたものだった。なんとなくそうんなんじゃないかな~と思ってはいたが、実際に聞くと、声も出せなかった。俺の記憶って何なんだ? それは村上さんだって静香だって同じだ。どうして先生だけが……

 それに、先生の部屋に居た時は忘れることが出来たのに、家に帰ってくるとどうしてもあのファックスのことが頭から離れない。


 眠れない……




 普通なら家を出る時間になっても俺はまだ食卓に座っていた。焼いたトーストは一口も齧らず皿に載ったままだ。俺は意味もなく着信されたファックスを読んでいた。今朝起きてから全部を何度も読み返した。どうしても気になってスルー出来ない。腹が立っている訳ではない。それなのにその用紙に目が行き、気づいたら読んでしまっているのだ。携帯が鳴った。静香からだ。


「ゴメン、今起きた………」


 静香が何かを言う前にそう言っていた。


「来ないから、何かあったんじゃないかって…………昨日だって……警察行ったんでしょ……」

「うん………警察終わるの遅くなって、それから父さんとずっと喋ってた………」

「……………今から私が迎えに行く!」

「そんなことしたら静香まで遅刻しちゃうだろ。先に行って先生に言っといて。俺がちょっと遅れるって」

「分かった…………なら先に行くけど………ちゃんと来るんだよね?」

「大丈夫だって、もう休んだりしないから」


 静香のおかげで学校に行く決心がついた。電話が来なかったらまた休んだかもしれない。そうなるとズルズル何日も家にいることになっただろうな。俺は自分が思ってるほど強くなかった。驚くくらいに脆いのを知った。


 学校に着くと体育館の方からマイクを使った声が聞こえた。ああ、始業式か。体育館の後ろ側の入り口からそうっと入ろうとすると、それでも扉を開ける音が響いたらしく、何人もの生徒が振り返った。3年生の見知った顔もあったが誰もが驚いた表情をした。これはちょっとばかしキツイな。敷居が高いってこういうことを言うのか。皆が並んでいるところまで行くのに足が重たい。


「何やってんだハル! さっさと入って来い!」


 まだ校長先生が喋ってるのに、こっちを向いて腕を組んだテルがそう怒鳴り、ニヤっと笑った。足が一気に軽くなった。

 3年A組の列に走って行くと、パンツスーツの近藤先生が走って来た。


「遅い!」


 ケツを蹴られた。昨日の酔ったエッちゃんと同じ人とは思えない。

 列に並んで前を見ると、静香が口の動きだけで、バーーカ、と言っていて、アッカンべーまでしている。


 始業式は直ぐに終わった。来るのが遅すぎた。1年生から順に教室に戻って行くのを見てると、暫く休んでいたのがウソのように思えた。

 3年A組の移動が始まり、俺も前の奴に続いて歩き始めると視線を感じた。誰だ? 誰かが俺を見てる。振り返ると直ぐに分かった。他のクラスの何人かがヒソヒソと喋りながら俺を見ていて、目が合っても逸らそうとしない。ふ~ん、こういうのされたの初めてだけど、イヤ~な感じするもんなんだな。

 途中でトイレに寄ってから教室に行くと、何人かが俺の机の周りに立っていた。俺の机から微妙に離れ加減で。その中のひときわ背の高い榎本が教室入って来た俺に気付いて、


「…………春山……………こんなの………気にするな」


 俺の机ーー木製の机にカッターで彫られた文字。




 来るな、帰れ、キモイ、死ね




 それを呆然と見た。

 誰かがそんな俺の手を握ってきた。直ぐに静香だと分った。

 だけどどうした訳か静香の顔を見れない。

 だがそれは静香の顔だけではなく、机の周りに集まっている人達、遠巻きに見ているクラスメイト、それら全部の顔を見ることが出来なかった。


 嫌がらせ、虐め……


 これがきっとそうなんだろうな。初めてやられた。やられて初めて、やられた側の気持ちが少し分った気がする。

 気にする素振りを見せたくない。そんな素振りを誰にも知られたくない。何故か嫌がらせをされていることが恥ずかしいと感じた。どうして恥ずかしい? 分からない、分からないが恥ずかしいと感じて、周りの人の顔を見ることが出来ない。心配されたくない。

 先生に言う? 親に言う? そんな事をするつもりは無いし、きっと出来ない。なら自分でなんとかする? どうやって? 見つけ出してブチのめす? 無理だろうな……


 落書きされた俺の机。その周りには静香だけではなく数人が無言で立ち尽くしている。重苦しい空気。


 俺は今この机に座れるのか?


 握り続ける静香の手が、更に強く握ってきた。それを合図のように俺は座った。誰も何も言わなかったが、空気が一層張り詰めたように感じた。皆が心の中で「あっ」って言ったような気がして、座った俺は動けなくなった。




「別にいいよ……どうでも……」




 俺はようやっとそうだけを言った。

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