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第2話 幼馴染と最初の事件

 香水の匂いがする大人びた転校生ーー河西早苗が3年A組に現れた日の放課後、家に帰る道すがら何の気なしに振り返ると、遠くに歩く一人の女性が見えた。あれはうちの学校の制服だ。

 俺が道路を右に曲がるとその女子も右に曲がって来る。それは左に曲がっても同じだった。以前、中1の頃の事が思い出され、ちょっと気味が悪い。


 中1の時に同じクラスだった横田真理という女子。小学校も同じで何度か同じクラスになった事もあるから顔も名前も住所も何となくだけど知っている女子。その横田さんが、ある日の放課後、俺の後をずっと付いて来たことがある。俺はなんだか嫌な感じがして自分の家を知られたくないと思い、全然違った道に曲がったりしても横田さんは10メートルくらい後をずっと付いて来るから流石にちょっと怖くなって走って逃げた。次の日にクラスの女子からーー


「真理って春山君のことが好きなんだって」


 そう聞かされ、俺は危なく声を上げそうになったくらいに驚いた。そして冷静になってみると、自分の家を知られないようにした俺なのだが横田さんの住所を何となくだが知っている事を思い出した。横田さんも俺の家を知らないはずがなくーー好きだというんだから絶対に知ってたはずで、中学1年生なりにバカみたいな事をしたと恥ずかしかったし、俺の事が好きなんだと知ってから、というよりも俺の事を好きだという女子とどう接して良いのか分からず、あえて避けた。

 そんな俺の行動がもしかすると横田さんを酷く傷つけてしまったのかもしれない。そう思うと凄く嫌な気分になったのだが、その後の横田さんは俺の後をつける事しなくなった代わりに、何度もラブレターを直接持ってきた。だからきっと傷ついてはいないのだろうと思い、ホっとした。っが、やっぱりどう接っしたら良いのか分からなかったから、避けた。


 後ろをついてくる女子を見て、そんな中1の時の嫌な思い出が蘇ってきた。あれから2年も経ったけど、やっぱり誰かが後を付いて来るっていうのは、それが女子だったとしても気持ちが悪い。

 走ろうかな……。そう考えたが横田さんの時の事を思い出して止めた。俺は振り返る事をあえてしないで速足で歩き、そして家について玄関ドワの取っ手を回した。……鍵が掛かってない。そうだ、確か今日は母さんのパートは休みだった。俺は家の中に飛び込んだ。


「おかえりーーー、義仁かい?」


 母さんの声に、ああああ、と返事をしながら台所の窓にへばりついた。

 俺が小学4年生の時に両親が建てた北玄関の一軒家。大半の窓が南向きにあって、台所の窓だけが唯一北向きーー道路に面した窓だ。


「なにやってんの?」


 不審がった母さんが近づいてきた。


「しーーー! 黙って!」


 ややもすると中学の制服を着た一人の女子が家の前を通り過ぎて行く。ええええ?? あの転校生だ…

 俺と一緒になって窓から外を覗いていた母さんが、


「ああ、あの子、河西さんとこの娘さんでしょ」

「なっ、なんで知ってんの? 名前…」

「この前……ええっと~~昨日だったっけ? あれ? 一昨日だったかな? 一緒に挨拶にきたでしょ」

「挨拶って誰が?」

「さっきのあの子」

「なんで?」

「沼田さんっ家、借りたんだって。引っ越しの挨拶に来たでしょ」


 沼田さんの家というのは、うちの東隣の更に東隣だったのがオジサンの転勤によって空き家になったのが今年の3月ーー先月だったのは知っているが、その空き家を借りた河西さん一家が越してきて挨拶に来たことなど知らない。それを母さんに言うと、


「あんた何言ってんの? あんたも居たでしょ。直ぐに2階に上がっていっちゃったけど」

「はぁああ?? そんなの知らんわ……」


 俺が言いかけてるのに、そんな事などどうでもいいとでも言うように母さんが驚くべき話を始めた。


「それにしてもビックリよね。また河西さんとご近所さんになるなんてね~~、凄い偶然よね。だってさ~、沼田さんの旦那さんの転勤と河西さんの転勤なんて全然違う会社なんだから、それにさ~……」

「ちょっとちょっと! 待ってくれって! 母さん!! またご近所って……何よ?」

「あんた覚えてないの? この家に引っ越す前に住んでたアパートの事……忘れた?」


 それは覚えてる。イラつきながらそれを言うと、


「近所にいたでしょ、河西さん」


 俺が唖然としていると母さんが続けた。


「あの子……名前なんていったっけ? 忘れちゃったけど、あんたといっつも遊んでたでしょ。あの子がウチに来たり、あんたが河西さんとこ行ったり。確か歳の離れたお兄ちゃんいたはず」

「……全然知らん」

「まだ5歳くらいだったのかな~? そう言えば、あんたが小さい頃って女の子に人気あったよね~。クっちゃんとか伸江ちゃんとか……いっつも女の子の方から遊びのお誘い来てたもんね~アハハハハハハハハ」



 次の日の朝、俺はいつもより早い時間に家を出た。もし河西さんと一緒の時間だったら……会えば朝の挨拶ぐらいした方がいいのか……ご近所さんだし……幼馴染らしいし、全く覚えてないが……でもクラスの女子に今まで面と向かって朝の挨拶なんかしたことない。それは男子だったら皆そうだし、それに佐藤さんにだって言った事ない……でも河西さんの方から言われたらどうしよう……無視は変だ……幼馴染なんだし、だからと言って……でも席が直ぐ後ろだし、話し掛けてきたらどうしよう……小さい頃一緒に遊んだよね~なんて言われたら……でも何やって遊んだんだろう? 覚えてない。そもそも近所に居た事が覚えてない。覚えてないって言ったらマズイかな? なんで覚えてないんだ? 母さんの勘違いじゃ? そんなに女の子と遊んでたか? クっちゃんの事や伸江ちゃんの事は覚えてる……クッちゃんは同い年、伸江ちゃんは1コ下で二人とも同じ中学校。喋ったりは全然しないけど時々見かける。遊んだのって小学校に上がる前だよな。小学生になってからは男の子としか遊んでないはず。やっぱり母さんの思い違いだよ。きっとクっちゃんか伸江ちゃんとゴッチャになってんだ。きっとそうだ……



 教室に入るとクラスメイトの半分くらいしかまだ来ていないようだった。やっぱりちょっと早かったのだが何気なさげを装って見渡すと河西さんの姿も無い。あっ、佐藤さんと目があっちゃった。ちょっと笑いかけてきたような気がする。俺、ちゃんと笑えたかな? 田川さんと村上さんと三人で喋っている。あの三人は仲が良い。何か面白い話題で笑ったのかもしれない……もしそうなら笑い返した俺って……


「あれ? 静香、顔赤いけど……どうした?」


 田川さんの声だ。


「ほんとだ~赤くなってる静香」


 村上さんまで大きな声で言うから見ると、顔の前で手をヒラヒラさせて困ったような表情で笑う佐藤さんがチラっとこっちを見た。ほんのちょっとこっちを見ただけの佐藤さん。そんな仕草を見逃さなかったのか村上さんまでがこっちを見て、ニヤニヤしながら佐藤さんになにやら耳打ちを始めた。


「そっ、そんなの……違うよ……違うって」


 小さな声でそういった佐藤さん。いったい村上さんに何を言われたんだろう? 凄く気になる。

 続いて田川さんが何かを言いかけた時に誰かが教室に入ってきた。河西さんだ。騒めいていた教室が静まった。転校生だからきっと注目されているのだろう。


 休み時間トイレで同じクラスの高橋君が話し掛けてきた。


「な~、あの転校生ってよ~、そうとうに変わってるよな」

「河西さんのことか?」

「そうそう、河西」

「変わってるって何が?」

「女子の何人かが……学級委員長の夏堀もよ~、どこから来たの? とか、今どこに住んでんの? って聞いたり、困ったことあったら何でも言ってね、な~んて話し掛けてんのに河西だったらよ~ガン無視なんだぜ」

「マジで?」

「マジもマジ。何も喋らんどころか、話し掛けてる女子の方ば見もしないのよ。みんな、何あれ? チョーむかつくって言ってるわ。ところでよ~~ヘヘヘヘヘ……春山って佐藤さんの事……ひっひっひ…好きなんだろ」

「……好きって……かわいいよな~って」

「ふ~~ん、なら俺が伝えてやろうか? 佐藤さんに。お前が佐藤さんのこと好きだって」

「やっ、やめろって! 言ったらぶっ殺すからな!」

「アハハハハ、わかったって、言わないって! なにムキになってんだよ。顔まっかだぞ」



 給食の時間、2年生までは仲の良い者同士が机をくっつけて食べていたのだが、3年生になって担任が近藤先生の代わってからはそれが禁止となった。仲間外れというイジメを助長するからだ、と。

 隣の席にいる新井さんがもう食べ終えたのか椅子ごと寄って来た。この女子は今更だが妙に馴れ馴れしいし、俺もそれが大して気にならない。かれこれ9年間も同じクラスのせいだろうな。


「メール送ったから、画像……ふふふ」


 新井さんがそう言った途端、俺のズボンのポケットが振動した。いったい何を送ってきたのだろう?


 俺は中学生になって初めて携帯電話を買ってもらった。小学の高学年の頃から、みんな持ってんだからと母さんに言い続けていたのが、今から2年前にようやっとだった。新井さんなんかクラスで1番最初に買ってもらっていて、俺が持ったと知った時には強引にアドレスを交換させられ、大した要件でもないのにメールを送ってくる。今でも女子のアドレスは新井さんのしか登録されてない。

 メールを開くと、それは写真で3人の水着姿の女子が並んで写っていた。あっ、佐藤さんだ。慌てて携帯を閉じた俺は周りを窺った。誰にも気づかれてはいないようだ。


「去年の水泳大会の時の写真。初めて見た? ふふふ……あげるね」


 なんて答えたら良いのか戸惑っているとーー


「あんた佐藤さんのこと好きなんでしょ。……っで、やってんでしょ、オナニー」

「なっ…」

「それ見ながらしたらいいんじゃない。佐藤さんの水着、食い込んじゃってんの分かるよね?」

「そっ、そんなの別に……」

「ムリしなくてもいいって。男子なんてしなかったら変だし、写真あった方がいいんでしょ? ついでに教えてあげる。佐藤さんって中1の時からけっこう生えてたよ」

「やっ、やめろって、そういうこと言うの」

「なに気取ってんのさ。ところで春山って……ムケた?」

「……」

「そっか~~まだなんだ……ムケたら教えてね」


 この新井涼子という女子。小学校の頃から成績が良く、3年A組ではずっとトップで学級委員長の夏堀さんでも敵わない。それなのにいつの間にかエッチな女子なっていて、小学生の頃はそんなんではなかったのに、いったいどうしちゃったんだろうと前にそれを聞いた事がある。


「みんなおんなじ。中学生にもなれば女子だって男の身体に興味あって、見たいし聞きたいの、いろんなこと。あんた学級委員長の夏堀さんの事どう思ってる? きっとオナニーだってしてると思うよ。優等生ぶっていっつも学級委員長に立候補するクセにね」



 6時間目の途中だった。サイレンの音が随分と近い。最初は救急車のサイレンだけだったのがパトカーのも加わり、それも何台もの音。


「おおおおお! すっげー数のパトカー! やっべーーって!グランドの向こう側だ! 事故か! 事件か!」


 窓際の前の方に座ってる安藤が立ち上がって騒ぎ出した時だ。拡声器を使った大音響の声までが聞こえ始めた。クラスの誰もがーー英語の担当ーー細野先生までが窓際に駆け寄り、グラウンドの向こう側に目を向けた。

 クラス中が湧きたった、それは隣のクラスも同じらしく歓声を上げた男子の声がここまで聞こえる。


「事件だったらスゲーな!」

「そんなのあるはずないだろ、きっと事故だって」

「いいや、あれは事件だ! 見ろよ、私服刑事らしいの何人か見えるだろ。事故だったら制服警官ばっかりだって」

「そうなんですか? 細野先生」


 学級委員長の夏堀さんの声だ。見ると、教室の前の方にいる細野先生の周りには大勢の女子が固まっていた。そんな怯えたような女子を見て更にテンションが上がった何人かの男子が声高に喋りだしている。


「どーーせ空き巣みたいな事件だろ! しょーーもない泥棒相手に警察もご苦労さんです!」

「こんな街で大して事件なんて起きないから警察もヒマなんだよな、アハハハハハハハ」


 そんな強がってる奴らに同調する気はしなかった。なんだろうこの感じって。自分の腕を見ると鳥肌が立ってた。

 お調子者の何人かの男子が騒いだおかげで、怯えた顔をしていた女子たちーー夏堀さんの顔にも笑いが浮かび、教室は一層騒がしくなった。そんな中で視線を感じ、見ると佐藤さんと目が合い、なぜか暫く見つめ合っていた。

 だが、騒がしかった教室が一気に静まった。窓の外に目をやると一人の警官が物凄い勢いでこっちに走ってくるのが見えたからだ。


「こっちに走ってくる……」

「先生! 細野先生!……あれって……」


 走って来る警官の数が増えた。


「どうしたのあれ? ……いやだ……怖い」

「やばいんじゃ……あれって……細野先生…あれって…」


 多くの声と視線が集まった細野先生が呟いている。


「……事件だ……事件が起きたんだ…」

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