第24話 相対性理論と並行世界
「あのよ~……村上さんがな……知ってるよな村上さんって? ……でな……その村上さんがな…お前のこと……いいな~って……付き合って欲しいみたいで……」
「え………まじ?」
「まじ」
バスケの部室で榎本君と二人っきりになった。他の奴らがいたんじゃ流石にマズイと思いそうしたのだが、互いに意味も無く顔が赤らんじまって、なんだかボーイズラブみたいな雰囲気。いや~、やっぱこういうの苦手で、俺が上手く切り出せないせいもあるのか、会話がぎこちなくなった。
「じゃぁ……いいよ……」
「え……いいよって……俺に言われても……それって俺が伝えるの? 村上さんに?」
「あ…ああ……俺はちょっと……」
いや~~めんどくせ~~、俺は伝書鳩か? そもそも「俺はちょっと」ってなによ? それに「いいよ」ってのはどっちの意味だ? 「いいわ、いらんわ」って意味なのか「いいじゃん、最高じゃん」って意味なのかが分からん。それを言うと、
「いいじゃん、の方」
こいつ何だかハッキリしない奴だな。こんな奴だったとは知らんかったわ。こんなのと付き合って村上さんは大丈夫なのか? 別に俺が心配する話でもないか……
「ハル! なにやってんだ? さっさと来いって!」
大国照子が部室に入って来てそう怒鳴った。
「おっ、おい……ここって男子バスケの部室だぞ!」
「知ってる。女子バスケの部室にハルいたらヤバイだろ」
「いや……だから…着替えてることだってあるし……」
「だから?」
「だからって………いいよもう」
部室から出て歩いていると大国照子が肩を組んできた。
「先週の土曜、田村真奈美連れ戻したんだってな。南部のチンピラ蹴り倒したんだって?! ヤルね~~ハル」
「……なんで知ってる?」
「いろんな情報入ってくんの彩音のところだけじゃないから。北旺の件も知ってたしな」
「まじかよ……」
こいつらの家ってどうなんてんのよ? 北旺の人が言ってた「関わりたくない三家」って。それに3人娘と同じ高校になったら地獄だからこっちの高校に来てほしくないとも言ってた。そう言えば俺にも言ってたよな、こっちの高校に来ないでくれる、って。なんで俺までコイツらと同じなんだよ。
「あ~そうそう、今日な、朱海の寺に集まるから。静香送ってった後でいいよ」
集まるって……誰と誰が? テル・アヤ・ウミの3人娘が集まるってことか? それに俺も入ってんの? 入ってるのが当然のような口ぶりだけど、それを聞いたところで当たり前だろって言われそうだ。そう言えばコイツ、静香とヤったのかって言わなくなった。それって、もうそんなの当たり前にヤってると思ってるからか?
「あ!」
「いいね~ハル、今日も固い固い」
「だからそれ……」
「でも曲がってたゾ」
佐藤さんを送り届けてから篠原さんのお寺に行くと、今日は篠原さんの部屋に案内された。広い部屋だな~。俺の部屋の倍以上はあって、元は畳なんだろうけど、そこに毛足の長い絨毯が敷かれ、合板ではない木目が浮き出たブ厚くてデカいテーブルがドーーーンとある。確か篠原さんには兄がいたはずだが、聞くと6つ離れていて今は本州の大学に行っているらしく、この部屋は元々がその兄の部屋らしく、篠原さんの部屋は隣で、今は寝るだけに使ってるという。
「朱海の爺っちゃんは相変わらずスケベで面白れぇな~。朱海のオッパイのホクロは前から知ってたけど、ケツにもあるんだ。今度一緒に温泉でも行って見せろ!」
「……見せません」
「そういや~、アヤの裸見た事ないな、見せろ!」
「……ムリ」
大国照子が妙に嬉しそうだ。いつもと変わらないとも言えるが。それにしてもその大国照子の言葉の端端から、どうやら俺と先代爺さんが話した内容を知っているようだった。権藤さんも知ってるのか? そう言えばさっきチラっと俺の方を見たと思ったら、慌てて斜め上に視線を向けて、顔を赤くしていた。
集まったのは俺の想像した通りアヤ・テル・ウミの3人娘と俺なのだが、もう1人いた。背が小さく身体も細くて眼鏡を掛けた男、
「3年B組の金山要です。篠原さんからタイムトラベルとか並行世界について説明してくれって頼まれて来たんですが……」
「ええ、早速ですが説明してくれませんか。でも出来るだけ私たちのような素人にも解るように説明して欲しいの」
確か誰かが言っていた数学オタクで数学の天才が彼なんだろう。その金山君はちょっと思案してから話し始めた。きっと何から話すのが解りやすいのかを考えていたのだろう。だとすると極端に偏った考え方をしているのではなく意外とバランスの取れた思考なのかもしれないな。
「理論上はタイムトラベルは可能ですし、現在でも未来に行く事は……できます。アインシュタインが発表した特殊相対性理論なんですが、速く動くほど時間の流れが遅くなったり空間が縮んだりすることに気づいて発表した理論なんですが、その10年後に一般相対性理論に発展させてます。その内容は、さっき言ったように速く動くことだけではなく、重力も時間の流れを遅くしたり空間を縮めたりするというものです。ですので、その昔、ニュートンが打ち立てた古典的な力学、時間は過去から未来へと一定の速さで流れていくという理論はアインシュタインによって否定され、時間や空間は絶対に変化しないものではないことが解っています。多くの科学者がタイムマシンについての研究をしていて、その科学者の数だけモデルがあります。ああ……モデルというのは仮説のことなんですが、但しどの科学者が提案した仮説も相対性理論を下敷きにしてます。現在のところ相対性理論を越える理論はありません。それとさっき未来に行く事は現在でも可能ですと言いましたが、それは光速とほぼ同じ速さの宇宙船に乗ると、その宇宙船内での時間の流れの速さが約7分の1になりますので、その宇宙船で1年間の宇宙旅行に出かけて地球に戻ると、そこは6年後の未来です。それにブラックホールの重力は地球上の重力の1500億倍と考えられてますので、ブラックホールの表面では時間がゆっくりと流れ、宇宙船でその近くに数時間滞在するだけで地球上では数十年が経過する計算になります。ただブラックホールの件はピンとこないでしょうが、新幹線で東京から博多まで1200キロを移動すると、10億分の1秒だけ未来についているのは事実です。だから未来に行く事は現在でも可能です。ただし過去に行くのは難しいんです。理論上は可能で様々なモデル、仮説はありますが、物理的な証明がなされていません」
そこで金山君は言葉を切って皆を見渡していた。理解が追いついているのかを確認しているようだ。
「行けるんだ……未来に」
そう言ったのは大国照子だが、俺も同じだった。色々と説明した金山君にしてみたら「理解したのはそこだけ?」って思うかもしれないが、それだけでも驚きだった。どうやら権藤さんも篠原さんも同じらしく、
「けっこうショッキングだよね」
「マジに行けるのか?」
などと言っている。
それにしてもこの金山要って奴は凄いな。きっと研究者を目指してるんだろうな。そう考えると中学校って所は意外と面白い所だと思えてきた。
義務教育の最終学校である中学校。小学生だった頃より誰もが特徴を表してきている。金山君のような者もいれば、勉強なんかは小学校の時に既に落ちこぼれてしまった者。スポーツが得意な者。音楽が好きでバンドに夢中な者。絵に才能を見つけた者。将来は実家の稼業を継ぐとを決めている者。そんな奴らが同じ学校にいる。あと数か月もすれば誰もが高校を決める。きっとそこで別れていくのだろう。もしかすると本当に学者になるヤツもいれば、スポーツ選手になるヤツ、又はチンピラヤクザになってしまう者もいるのかもしれない。そして今ここにいる権藤彩音なんかは多くの人達から次の「導く者」であると決められているらしい。篠原朱海は仏教系の高校に行くと聞いたような気がする。大国照子はどうするんだろう? これだけの身体してるんだからスポーツ辞めちまったら勿体ないよな。プロスポーツ選手だって夢じゃないと思う。こんなごった煮のような環境ってもしかすると中学校が最後なのか。
「あの~…話しが前後しちゃいますが、僕は数学がとても好きなんですが、これって物理学なんです。ただその二つの関係は密接で、簡単に言うと、自然現象を数式にあてはめるのが物理で、そこから新しい法則を見つけるのが数学だと言えます。但し、数学的な法則が先行してしまう事もあります。物理って実験による検証も重要で、特に過去に戻るって事は検証できていませんが、数学的にはアリなんです。僕はそっちの実験的検証にはあまり興味がないのですが、将来は理数系に進みたいと思ってまして……ああ…すみません。余計な話でした。そしてその検証を続けている或る研究所の所長教授は言ってます。時間を逆行できる可能性があることはハッキリしている。量子物理学に不可能はなく、素粒子が壁を通り抜けることもできる。但し、今現在、時間を逆行できる方法で、使えそうなアイディアを持っている人は、今はいない。だけど絶対に無理だと言ってはいけない。頭のいい人が必ずやってくる。そしてその人は決まり事を破る方法を私たちに教えてくれる、と言ってます。そもそも時間って何なのか? そしてどうすればコントロールできるのか? がハッキリしていないんです。時間って何? というと1時間だったり1日だったりと、人間が作った時計やカレンダーに依存したものを考えますが、それは人間が生活する上で必要に迫られ造りだした単位です。長さを表すセンチメートルや重さを表すキログラムと同じように。時間は流れていますが空間とセットです。さきほど光速で移動する宇宙船は時間の流れの速さが遅くなると言いましたが、言い換えると、その宇宙船という空間での時間の流れです。それが地球という空間での時間の流れより遅いということです。ですので空間と時間は決して切り離せない。アインシュタインの相対性理論では時空という言葉を使っています。……そうなんです、時空という言葉はSF小説や映画で生み出された言葉ではなく、相対性理論で導き出された概念です。ちなみに……光速で移動する宇宙船内部の乗組員を動画撮影した場合、撮影している人にはその動きに違和感は感じないでしょうが、その動画をリアルタイムで地球に送った場合、地球上でその動画を視聴した人には、映っている人の動きはスローモーションなんだと思います。そのように時間の流れは絶対的ではなく相対的であることはハッキリしてます」
ここまで来ると、聞いていたテル・アヤ・ウミの3人娘も俺も言葉が出ない。時間ってそうなんだ……とただ純粋に驚いてしまった。
「タイムマシンについては様々なモデルがあります。全て仮説ですし、多くの仮説がありますので、その説明は省きます。ですので、どうやって過去に行くかの方法論は飛ばし、過去に行けることを前提に話をします。実は僕も行けると思っています。ただし、聞いた事ありませんか? 過去は変えられないって。僕はある意味では変えられないけど、別の意味では変えられると思います。それが並行世界、パラレルワールドの存在です。なぜ過去は変えられないと言っているのでしょう? 確かドラエモンではタイムパトロールという未来の警察が、未来人による歴史の改変をさせないよう見張っていたという設定でした。それに親殺しのパラドックスって聞いた事ありませんか? 僕は今14歳ですが20年前の過去に飛び、僕を産むはずの女性を殺すことは可能なのかという問いに関して、重大なパラドックが起きるから出来ない、というのが親殺しのパラドックスです。確かにそうです、僕を産む人が、僕を産む6年前に死亡したら僕は生まれません。だとすると生れない僕はどうやって殺すのか? そもそも過去なんかに行ける訳がない。生れてこなかったんですから。だとすると僕を産む人は殺されない。そうすると僕は生まれます。っでその後過去に飛ぶんです。こんなの理論的ではありません。過去に飛んだとすると過去は絶対に変わります。いいですか、今この場で篠原さんが過去に飛んだとします。すると1分前にはここにいた篠原さんはこの場から消えます。すると篠原さんがこれからの人生で関わるはずだった事全部が、関わらないという形に変わります。それと同じです。過去に飛んだ篠原さんはその時点から過去で存在しますので、篠原さんがいなかった場合といる場合では、関わる全部が違ってきます。ほんの僅かな関りであっても、その関わったモノが単独で存在している事などあり得ませんので別の何かに影響を与えます。そしてそれは更に別の何かに……それは水面に石を投げて出来た波紋と同じように、受けた影響はどんどんと大きくなります。バタフライ効果ですよね。過去は変わってしまうんです。但し、先ほど説明した親殺しのパラドックスをどう回避するのかとなると、並行世界、パラレルワールドでしか説明がつかない。色々な仮説がありますが、僕は過去に行けると思ってますし、それはパラレルワールドがあるというのがセットです。パラレルワールドを肯定している科学者も少なくありませんが、その内容は様々です。中には、どの世界も似たような世界で大きな違いは起きないと言ってる科学者もいますが、僕はそうは思いません。仮にどの世界も似たり寄ったりの出来事があって違いのない未来に繋がっているとすると、それって強烈な運命論ですよね。まるで人は生まれた時点でどうのようなイベントに遭遇してどうなるかがプログラムされていて、そのレールからは絶対に外れることが出来ないと言ってるのと同じじゃないですか。それはトンデモ理論ですしファンタジーです。パラレルワールドの存在を肯定する科学者の中で面白い考え方があります。それは箱の中の猫です。猫が箱の中にいます。その猫は生きているのか若しくは死んでいるのか。それを箱の外から判断する事は不可能です。生きているとも死んでいるとも言えます。ですのでその時点で生きている猫がいる世界と、死んだ猫の世界に別れるというものです。その考えは、人が生きている間に無数の選択をする。その選択をする都度世界は増えて行くというものです。この考え方は極端だと思いますが、それに近いくらい増え続けていると僕は思います。それと……ちょっとこれは理論的ではないんですが、実際に過去に飛んだとします。それがマシーンによってなのか超自然的ななにかによってなのかは別としますが、でも或る時空から別の時空に移動するなんて行為は、それこそ神の領域じゃないかって思ったりもします。その神というのは何者なのかは知りませんよ。ただそれぐらい…世界かひっくり返るくらいの出来事であることは間違いないと思います。たった1人が時空を超えるだけで。ですのでどんな未来であっても決して気軽に時空旅行なんてものはやってはならないと……しかし誰かが過去に移動してしまったら、それはこの世界に凄まじい衝撃を与えると思うんです。それが今のこの世界に対してなのか、それとも降り立った過去の世界になのか……僕は降り立った過去の世界に対して強烈な衝撃があるんじゃないかって……そこで流れていた時間軸が枝分かれするほどの衝撃……二つの世界に別れるんじゃないだろうかって………なんでそう思うのかっていうと……随分と昔からタイムトラベルの方法としてワームホールを提唱した科学者がいます。ワームホールって別名アインシュタインローゼの橋とも呼ばれていて、相対性理論の中の重力場の方程式の1つなんですが、トンネルみたいな物だと思ってください。そのワームホールというトンネルを人間が通れる大きさにするには、木星10個を半径30mくらいの球体に圧縮してブラックホールを作り、それを2つ作って繋ぎ合わせるんだそうです。具体的に想像できる人なんかいないと思うんですが、とんでもないエネルギーが発生するだろうというのは想像できますよね? それこそこの世界が吹っ飛ぶくらいのエネルギー………。人間が過去に飛ぶっていうのはそれくらいのエネルギーが必要で、逆に言うと、飛んでしまったらそれくらいのエネルギーが発生するんだと思う。時間軸を枝分かれさせることぐらい簡単だと………それとさっき聞いた3年A組にいた河西さんという女子は……飛んできたんだと僕も思う」




