第22話 神に選ばれし街と五つ目の事件
玄関先まで見送りに来た篠原さんが睨んでいる、俺を。
「誰にも言わないで、絶対に」
なんだかいつもの喋り方とは違うような気がする。
「それに私の……ホクロ……忘れて」
「ホクロ? ……そんなもん大して気にしなくたって……」
「ダメ!! すぐ……今すぐ忘れて!!」
キツイ言い方をしている割には未だ顔が赤らんでいた。それを言うと、
「なっ、なってない! 全然なってないから、よく見て! ……もっと近寄ってちゃんと見てって! ……ほら……どう? 普通よね? 赤くなんてなっないでしょ? どうなの? 春山義仁……ぁ………触った」
「急にそんなに寄って来るから手が当たっちゃったろ……え? どこ? どこに当たった?」
まずい、股間を押さえてるよ、まじ?
「もう! 今のも誰にも言ったらダメなんだからね!」
「偶然当たっただけなんだから、そんなに騒ぐことじゃ……」
そう言えば権藤さんのも触っちまったことあったな。あの時はスカートの中に手が入っていた。それよりは全然マシだ。それを言うと、
「はぁああああ?! アヤちゃんのも触ったああああああ?! へっ、変態!」
「あっ、二人の秘密だって言われてたんだ……あははは……内緒ね」
篠原さんは俺から離れ、じと~って感じで睨んでいる。
「あのさ~、股間押さえるの止めなよ。そもそも篠原さんが急に近寄ってくるから手が当たったんだぜ。俺にしみたら篠原さんのが俺の手に触ってきたって感じなんだから」
「はい? 私のが触った~? もう……なにそれ~…」
なぜか笑い始めた篠原さんは、しまいには腹を抱て大笑いとなり、つられて俺も笑った。そう言えば篠原さんがこんな大口を開けて笑ってるのって初めて見た。なんだかこっちの篠原さんの方が可愛いな。
「もういいよ、あなたの話聞いてたら何だかバカバカしくなっちゃった」
「あはははは……ところで篠原さん……ちょっと教えて欲しいことあるんだけど……いい?」
「え……なに?」
笑ったせいか彼女の顔つきが柔らかくなっていたので、気になっていたことを聞いてみた。
「この前佐藤さんと映画観に行ったんだけど、けっこうエッチなシーンあってさ……ああゆうの見たら女の子もモンモンとしちゃったりするのかな?」
「そっ、それは……ちょっとは………えっ、ええええ? なっ、なんで私に聞くの?」
「うん、どうなんだろうって気になってたんだけど、アヤに聞いたって顔真っ赤にするだけだろうし、テルにはちょっと聞けないし、それにさっき先代が言ってたろ、篠原さんのこと……だから聞けるかな~って」
俺がそう言うと篠原さんは呆然って感じで暫く俺を見ていた。
「さっ、佐藤静香さんに直接聞いて!! 私……女の子なんだよ、女の子! そんなの聞かれたら……恥ずかしいでしょ! もう!……それになんで私だけがさん付けなの? あの二人にはテルとかアヤって呼んでるのに」
「あ……ああ……じゃあ何て呼べば……」
「………ウミ。でもじゃあって何! なんだかすっごく憎たらしい………遅くなったから気をつけて帰って………」
時計を見ると9時を過ぎていた。確かに随分と遅くなったけど、篠原さんって……ウミだよウミ。ウミって呼ばなければきっと怒られる。学校じゃ落ちついてる感じだけど、本当はこんな感じなんだ。でも先代爺さんはなんなんだ? もしかしたらおもしろ半分で聞いてたんじゃ……
「え……? 夢ですか? それはちょっと……話し難いっていうか……それに夢だし」
「兄ちゃん、お前ぇだって分かってるんじゃろ、ただの夢じゃねぇってことぐれぇ」
「春山義仁君、じじ様がそうまで言ってるのは、大事なことだからです。包み隠さず全て話して」
そう言うのならと俺は夢の事を話した。最初は大人の佐藤さんが出てきた夢。
「ほう、ほう、ほう、そのオナゴは兄ちゃんのアレか……大人だったか……ほいで? ベッピンか? おおお、ほうか、ほうか、ベッピンかよ………なに? ホクロだ? 太ももの付け根かよ、ほ~~そりゃ~エエとこについとったの~……っでそのホクロなんで見つけた? ………おおおおお…ほうか、ほうか、エエの~~………なに? 兄ちゃんもあんのか、ホクロ? ……へその下かよ……ほんでベッピンさんも見たのけ? なんで見た? ……おおおおおおおおお……ええオナゴじゃの~…ええの~若いもんわエエの~……そんで…それからナニやった?」
俺はその後の展開も話したが、ちょっと曖昧な説明だと納得がいかないらしく、どこを? どれくらい? 相手はどうした? などの質問が入り、結局18禁映画の内容を放送禁止用語をふんだんにつかって事細かに説明しているようだった。篠原さんはずっと下を向いて顔が見えなかったけど、これが大事なことなのか?
そして次は河西早苗が出てきた夢だ。
「なに? そのオナゴも兄ちゃんのホクロ知ってたか? おおおおお……なかなかやるの~……っでどんなオナゴよ? ………ほうかほうかムチムチか……うちの朱海とおんなじじゃの~~、ところで朱海も乳と尻にホクロあるの知っとるか?」
「じっ、じじーーーーーーーーーーーー!! なっ、なっ……なに言ってんだーーーーーーーーー! この……この……この…エロじじーーー!!」
赤鬼のような顔色をした篠原さんが仁王立ちして叫んでいた。だがこの先代爺さんは大したもので、孫娘が鬼のように怒っている事など柳になんとやらで、
「ケッケッケ……怒ったふりなどしおって、修行が足らんわ、そんなもんでワシの目は胡麻かせんぞい」
「なっ……なによそれ……私がなに胡麻かしてるって言うのさ?」
「兄ちゃんも聞けや。朱海はの~毎日毎日修行を積んどるようだが、いまだ煩悩の塊よ。兄ちゃんの話で今夜はモンモンとして眠れんぞ、ゲッヘッヘッヘ」
見ると、篠原さんは四つん這いで首を垂れ、
「じじ~~~……」
と肩と声を震わせていた。
だが、河西早苗のことについては先代爺さんは真剣な顔つきで食いついてきた。
「そのオナゴ……実際はどうなんじゃ?」
俺は説明した。河西早苗が近所に引っ越してきたこと。俺はまるで覚えていないが昔も近所にいたと母さんが言ったこと。そして俺とお医者さんごっこをやって或る約束をしたと言っているが、実際には俺はノブエちゃんという子とお医者さんごっこをしていて、ノブエちゃんに言わせると俺のお嫁さんにしてもらうと約束したということ。そしてその頃、俺は東海林詩江という女の子とも遊んでいたらしいが、その詩江という子は5歳の時に何者かに殺されたらしいが、河西さんの言葉からはどうやら5歳の時に殺されたのはノブエちゃんだということ。そして今日学校に来た赤の会の連中は、東海林詩江という女の子を探しているようだという事。
「それって……どういう……」
そう口にしたのは篠原さんだが、先代爺さんが腕を組んだまま口を閉ざしているのに気づき、後の言葉を飲み込んだようだ。
「夢じゃが……兄ちゃんのオナゴは同じ夢を見たんじゃな? っで河西なにがしというオナゴは?」
「わかりません……急に転校しちゃって、あれから電話もこないし……」
「電話? 春山義仁君、電話きたの? 河西早苗さんから?」
そうだ、電話のこと説明するの忘れてた。
「へんな電話だった。誰からも俺の携帯番号なんて聞いてないけど、やっぱり変わってなかったんだ、って言ってた。それに2016年4月21日木曜日の大安、もうすぐ5月だというのに雪が降る日に俺と結婚するって言ってた……あれ…なんで俺こんなことハッキリ覚えてんだろう? それに今年は阪神がセリーグで優勝するけど日本シリーズではダイエーに負けるって。それに……佐藤さんが俺とセックスしたがってて誘えば即OKするだろうから、好きなだけやったらいいって。だけど俺はこの街を出るから元に戻るって」
「その電話がきたのって、夢とどっちが先?」
「夢って、河西さんの夢のこと?……電話が先で夢が後」
「じじ様、どう思う?」
先代爺さんがニヤっと笑った。そして、
「ほう……モンモンしとるクセにエエとこに気づいたの~」
「じじ~~~」
「兄ちゃんの話じゃと、その河西ってオナゴ、もし兄ちゃんとおんなじ夢みとったら電話掛けとる。掛けずにはおられん性分じゃ。業じゃな」
そして先代爺さんは言った。
「河西というオナゴ、こっちのオナゴじゃねぇな」
それからも事態は変わらず毎日が過ぎて行った。赤の会の車は日ごと多くなり、それに伴い自警団の動きも活発となり、互いに緊張が高まっていたが警察の介入もあって大きなトラブルは起きてはいないが、あちらこちらで小競り合いが頻発していた。そして岡田も学校に復帰した。
そんな或る日の朝。今日も俺は佐藤さんと二人で学校に向かっていた。
「この街は神に選ばれた街なのです。みなさん迎えましょう、救世主の到来を。救いを求めましょう、この街に現れるであろう救世主に。この街にやってくるのは決して悪魔や邪悪な者達などではありません。生れながらに原罪を背負った私たちを救う為に現れる救世主なのです。この街は神に選ばれたのです。信じましょう、祈りましょう、そして迎えるのです。救世主を」
拡声器を天井に付け大音響でメッセージを流す車がゆっくりと走っていた。
「なに? 今度はなんなの?」
「赤の会とは真逆を訴える団体みたいだな……これって意外と増えるかも。そんな気がするな」
その車の後を何台もの赤の会の車がついて行った。そしてその後を自警団の車、そしてパトカーまでもが、まるで何かのパレードのように繋がって行く。
「佐藤さんって、今でも塾行ってるの? 行ってるなら、夜だろうから一人で行くのは危ないな」
「う~うん、辞めちゃった。地元の高校行くって決めたし、だったら塾行くまでもないから。ヨシヒトは高校決めた?」
「ああ、汽車通すんの面倒っていうか……早起き苦手だし、地元の高校行くと思う」
「そっか……よかった。あれ……学校にパトカー来てる、何台も……」
見ると、中学校の正面玄関横に数台のパトカーが停まっていて、窓から職員室の様子が薄っすらと見えるが、なにやら慌ただしいような感じに見えた。また事件だったら嫌だな。
チャイムが鳴り始めた。佐藤さんと走って門をくぐり生徒用玄関まで猛ダッシュ。ここんところ毎日だった。佐藤さんって走ったら速いのに歩くの遅いんだよな。もしかしたらわざと?
「やっと来た! 待てたのよ春山君と佐藤さん。そのまま校長室に来てちょうだい」
そう言ったのは近藤先生だった。
「ぇ……俺達……校長室に……まさか…」
「まさかって…ちょっと……あなたたちセックスしてるの?」
俺は北旺学園とのイザコザの件で校長室に呼ばれたのかと思ったのだが、近藤先生は変な勘違いをしたみたいで、おまけに佐藤さんが真っ赤になってしまい、それを見た近藤先生が、
「えええええ……やってんの~~……まさかその現場補導されちゃったとか?」
「ちっ、違います……夢は見ちゃったけど……キスしか」
ひぇ~~、佐藤さんテンパッちまって自分が何言ってんのか分かってんのか? ダメだ、俺がちゃんと言い直さなきゃ。だがそんな俺を押しのけた近藤先生は真っ赤な顔でゴニョゴニョ言っている佐藤さんの両肩を掴み、
「佐藤さん落ち着いて……私の目を見てちゃんと答えて……避妊は大丈夫なのよね?」
「先生! 近藤先生! 近藤悦代!! 悦ちゃんアンタが落ち着け!」
俺は近藤先生の肩を掴んで身体を下駄箱に押し付けていた。
「スケベな妄想止めろって。俺達そんなのまだしてないから。だから当たり前に避妊なんか必要ないし……あ……いてててて」
佐藤さんに後ろからおもいっきり髪の毛を引っ張られた。
「顔! 近すぎ」
「あ~ビックリした~。春山君に唇奪われるかと思った。でもさ~~へっへっへ……ちょっとカマ掛けたら見事に引っかかってやんの。うん、校長室に呼ばれたのはそんなんじゃないから。でもあんた達2人いっつもくっついてるよね。キスはしちゃたんだ。私だって四六時中見張ってなんかいられないし………。あのさ~春山君、避妊は男のマナーだよ。もし妊娠なんかさせたら、ただじゃ済まさないからね。あーーそれと、誰もいない時はエっちゃんって呼んでもいいよ」
そう言った近藤先生は佐藤さんの肩に腕を回し、何やら内緒話をしながら歩き始めた。俺はくっついて歩く2人の後ろ姿を見てた。背もおんなじぐらいで、脚の長さも変わらない。それにスタイルも似てて、年の離れた姉妹みたいだな。
若くて美人なのだがちょっとスケベで教師らしいくない近藤先生は、どこか憎めない、かわった大人だ。
そんなスケベ先生がこっちを向いた。どうやら女同士の内緒話は終わったらしい。
「前もって言っておくね。1年生の教室で首吊った男の人の遺体が見つかったの。生徒じゃなく中年の男性。この学校の先生でもないの」
俺も佐藤さんも声が出なかった。また首吊り? それもこの学校の関係者じゃないって、どういうこと? なんでウチの学校を死に場所に選ぶ? 死んだ人には悪いけど腹が立ってきた。
「担当は下屋敷刑事。その下屋敷刑事がね……どう言う訳か春山君と佐藤さんに確認してもらいたいことがあるっていうの」
俺達2人にって……
「まさか遺体を見せられる訳じゃ……」
「………写真を見て欲しいって言うの。私は絶対にそんなの許さないって頑張ったんだけど、あなた方の意思を先ずは聞いてくれって………ごめんなさい………こんなことに巻き込んじゃって………嫌ならハッキリ嫌って言って。私、あなた方の意志は絶対に尊重させるから」
「写真なら俺大丈夫だわ。でも佐藤さんには見せない。ダメだ、絶対にダメ」
「うん、分かった。佐藤さんもそれでいい?」
「はい…………そうしてください。私……見れないと思う」
近藤先生の顔色がいつもと違うのに気がついた。もしかしたら先生も見せられたのか? だからさっきはあんなふうに戯けてたんじゃ……
「先生……先生も見せられたんじゃ……」
「………えっちゃんって呼ばなきゃ答えてやんない」
「見たんだ……」
「うん………見た………写真じゃないやつ」
校長室に入ると下屋敷刑事が粘っこい喋り方で話し掛けてきた。俺はどうしようもないくらい腹が立っていた。こいつの話を聞いていたら自分を抑えられなくなりそうだ。
「俺が見る。写真じゃなく、生の遺体でもいいから早く済ませてくれ。但し、俺の後ろにいる佐藤静香は見ない。それを認めないんなら俺は見ない」
「そうですか、春山君が確認してくれるんですね。ほう………いいんですか? 無理しなくてもいいんですが……なら行きましょう、仏は保健室ですので、そちらの佐藤静香さんには帰ってもらって……」
こいつ、最初っから俺だけに見せるつもりだったんじゃないのか。佐藤さんにも見て欲しいと言えば、こうなると考えて。近藤先生もそれに気づいたらしく、驚いた顔で俺を見てた。
保健室に行くのは俺と下屋敷刑事、それと制服警官が3人。佐藤さんは勿論だか近藤先生や校長先生まで、下屋敷刑事に同行を断られた。どうしても俺を一人にしたいらしい。
廊下を歩いて行く途中、下屋敷刑事はずっと喋り続けていた。
「こんな田舎でこれほど立て続けに事件が起きるなんてヘンですよね~。春山君、どう思います? ……不思議と事件や騒動が起きると、そこに春山君がいるケースが多いんですよね~。あ、そうそう……先月でしたか、地元の高校生6人が大怪我をしたみたいなんですよ。まぁ元々が不良ですから、他校の生徒とケンカでもしたのでしょうが、その6人のリーダーが神取肇っていいましてね~。ご存じですか? 神取一族の……分家の方なんですが、管内の高校の間でも有名人でしてね~。その神取肇は打撲だけだったのですが、ほかの5人の内3人は手首が折れ、1人はアバラ3本、っでもう1人は睾丸強打……破裂はまぬがれたようですが……それなのにですよ、揃いも揃って転んだって言い張ってましてね~~。どんな転び方をすれば睾丸が破裂しそうなくらいに打ちつけるっていうんでしょうかね~。春山君……なにか知ってませんかね~? ……そうですか……知りませんか。それと、これは近いうち発表する情報なんですが、橋の下で見つかった男性の遺体について覚えてますか? あれね~未だに何処の誰なのか解らないんですよ。まぁ殺害した犯人はこの学校で首を吊った猪俣吉郎…赤の会の信者のようですが、その猪俣吉郎が絞殺したのは間違いないのでしょうが、殺された男の身元が全く解らない。おまけに単なる被害者ではありませんからね~。例の主婦殺害の犯人だと断定してますので、何処の誰だか解らない男が主婦を刺し殺して自分も殺された、な~って結末では流石に済ませられないんですよ。……春山君、なにか知りませんか? あっ……そうそう、これから春山君に見てもらうご遺体も、何処の誰なのか今のところ解らないんですよ、はっはっは」
なんだって? 身元不明の遺体を俺に見せて情報を得たいって……
それにコイツ、神取の兄貴たちをヤッたのが俺だって知っててカマかけてる。
「ああ、それと面白い話がありましてね。北旺学園の生徒が男と女の二人連れを必死になって探してましてね~、男は背が180くらいあって皮ジャケットを着ていて、女は160くらいで随分と足が速い美人で、その二人ともが高校生だろうって情報を頼りに探していたはずが、ピターーっと探すの止めたみたいなんですよ。それがね、その二人を見つけたからじゃなくって、なんだかそれ以上探したら大変なことになるって酷く怯え始めたみたいで……なんなんでしょうね~」
こいつ、とんでもない情報通だ。どこまで知ってる? 全部知ってるんじゃ?
保健室の前まで来ると下屋敷刑事が、俺に先に入るよう促した。春山君の学校ですからと。
「……うわ!!」
保健室の戸を開け、中に一歩踏み入れた途端、俺は声を上げていた。入って直ぐの所ーー床にビニールシートが敷かれ、その上に横たわっていた、遺体が。
「誰だ! こんなところに仏さんを置いたのは! ……これは驚かしてしまってゴメンなさいね。いやいやいや……ははははは」
下屋敷、こいつ絶対に知ってた。いや、あえてここに置いておくよう指示したんだと思う。
「下半身に毛布が掛けられてるのはですね~、人が死ぬと筋肉が弛緩しますので糞尿を垂れ流し、男性の場合は精液まで流れ出てきますから、この仏さんはまだそれが始まってはいませんが、念のためです。まぁあんまり時間はありませんので、早いとこ見てくださいね、春山君」
最初に目が行ったのは舌だ。口からベロリと飛び出してた。人間の舌ってこんなに長いのか?
そして顔が紫色でパンパンに腫れ上がっていた。こんな状況の死体を俺にーー中学生に見せた下屋敷。どんな目的があったせよ殴り倒してやりたい。
だが、俺は目を逸らせること無く見ていた、原形を留めていない男の死体を。
ーー兄ちゃん、お前ぇなら慣れっから
先代爺さんが言った台詞が思い出された。
こんなの慣れたいとは思わないし、出来れば二度と見たくない。だが正視できた。落ちて死んだアノ女を見た時みたいに、直ぐに後ろ向くこともなければ、胃がせり上がってくることもない。
近藤先生もこれを見せられたって言ってた。青白い顔してたし目が赤かった。きっと吐いたんだろう。俺って何なんだ? これっておかしくないか?
「……ん?! この男……」
額と耳に特徴があった。額はちょっと珍しいくらい狭く、耳は年寄りに多く見られるほど大きく、特に耳たぶが異様に目を引いた。
「春山君! なにか心当たりでも…」
「……ハッキリは解らないけど……この額と耳……河西さんのお父さんに似てるかもしれない」
最初の事件ーー主婦が刺殺されたあの日、全校生徒が体育館に集められ家の人に迎えにきてもらった。あの時、河西さんを迎えに来た中年の男性、きっとお父さんだと思うが、極端に狭い額と嘘みたいに大きな耳が記憶に残っていた。だけど…まさか……




