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第14話 廊下での戦いと中に入ったヤツ

 廊下では一人の女子が悲鳴を上げていた。壁を背にして床に腰を落とし、両手を前に突き出し、そして左右の足で床を交互に蹴り続けながらーーもっと後ろに下がろうとしているのかーー必死に叫んでいた。


「来ないでええええええええええ! こっち来ないでえええええええええ!」


 その顔は恐怖に歪み、スカートが捲れることを気にする素振りもない。あれは晒谷さんだ。確か3年E組だったはず。俺と同じS町出身で小学の時には同じクラスになったことがあるし、中1の時も同じクラスだった。大人しくて目立たない子なのにどうしたんだ?

 その晒谷さんの目の前には3年E組の担任ーー陣内先生に抱きかかえられながらも、それを振りほどき晒谷さんに近づこうとしている女子がいた。


「止めろ! ふざけるのもいい加減にしろ!」


 陣内先生が声を荒げていた。

 陣内先生は3年生の国語を担当しているが声が小さく、そして怒ったことが無い先生なのだが、それが今はまるで違った。先生が掴んでる女子って誰?


「あれって……1年生だと思う」


 そう言ったのはのぶえちゃんだった。


 図書室から出てきた俺とのぶえちゃん。そして少し離れたところでもみ合う3人ーー陣内先生と1年生の女子、それと晒谷桃子。その向こうにはもみあう3人を遠巻きに見ている大勢の女子がいた。その大勢の中の1人が歩き始めたのが見えた。もみあう3人の横をすり抜け、こっちに向かって来る。うわ…権藤さんだよ。相も変わらずポケットに両手を突っ込んだままで歩いて来る。俺の側に来ると、


「それ誰?」


 え? 誰って……


「ぁ……はい……権藤先輩……私……2年G組の石橋伸江です」

「ふ~~ん……春山君どうゆうこと?」

「どうゆうって……」


 権藤さんは解り難い言い方をする。聞かれたこっちが考えなければならない。どうゆうことって何? のぶえちゃんも解らないみたいで俺の後ろに隠れた。権藤さんのことが怖いんだ。

 俺は、権藤さんが拝み屋の孫だと聞いた時はなんだか得体が知れなくて不気味だと思ったりもしたが、図書室で喋ってみると、意外と普通じゃん、なーんて印象だったのだが、今こうやって目の前にすると小ちゃいクセに異様に迫力がある。

 権藤さんは黙って俺のこと見上げてる。もっと解りやすく言い直したりしないのか? もしかしたら俺とのぶえちゃんの関係を聞いてるのか? そうだとしたらそんなこと聞かれなければならない理由が解らん。


「幼馴染だけど……」


 聞かれてから随分と間が空いちゃったし、的外れだったかも……


「その幼馴染二人でなにやってたの?」

「え……なっ、なにって……」

「相手が佐藤静香だからなんだよ。別の女なら諦めない、春山君のこと」


 いや、なにそれ? 聞きようによっては俺のことが好きだった、って聞こえる。のぶえちゃんもビックリしたんだろう、俺の後ろでウソって言ってる。そう言えば図書室で、春山君ならOKだよアタシ、みたいなこと言ってたけど、そうなの? 解り難いんだって権藤さんの言ってること。

 そんな権藤さんの顔をまじまじと見ていると、晒谷さんがバタバタバタバタと四つん這いでこっちに逃げて来た。


「たっ、たすけて! 春山君、権藤さん……あれ誰なの? 私の名前ずっと言ってるけど、あんな人知らない……目ぇイッっちゃてて……なんなのあの人、自分が愛だって……凄く怖い……お願い…追っ払って!」

「桃子どうして逃げるの? 私だって……わ・た・し! 宮古愛! なんでわかんないの!」

「やめろ!! 冗談じゃ済まないんだってことが解らんのか!! ふざけるな!!」


 ミヤコアイ? なんか聞いたような、誰だっけ? するとのぶえちゃんが俺から離れ、後ずさっていた。


「うそ……吹奏楽部の……この前…死んだ……」

「春山君答えて! 二人でなにしてたの?」

「え……」

「助けて! お願い!」

「言えないこと?」

「いやああああああああああ!! あっち行ってええええええええええええ!!」

「いや…ちょっと…なに言ってんだか……お医者さんごっこ…あっ、ちょっと晒谷さん掴まないで…」

「お医者さんって……そうなんだ…へーーーー」

「あっ……痛い…晒谷さん……イテテテテテ」


 床に膝をついたままの晒谷さんにしがみつかれた。痛いって、爪立ててるだろ。そんな晒谷さんには全く興味が無いのか権藤さんはプイっと行ってしまおうと俺に背を向けた。


「ちょっと待って!」


 俺は咄嗟に権藤さんの手を掴もうとしたが、権藤さんは今もやっぱりポケットに両手を突っ込んでいて、それに小ちゃいから肩掴んで引っ張ったらクルっと回っちゃって、あっ……て思ったら、仰向けに転んだ権藤さんに乗っかってた。晒谷さんが足を掴んで離してくれない。

 目をまんまるにして驚いた顔が目の前にあった。あれ……なんかカワイイ。少しの間、至近距離で目が合っていたが直ぐに権藤さんが目を逸らし、そして赤くなったけどなんだっていい。後から説明するの面倒だ。


「河西さんなんだって! どういう訳だか俺んちの近所に住んでて、昨日言われたんだ。俺と小っちゃい頃いっしょに遊んだよねって、おまけに俺とお医者さんごっこやったって。だけど俺が小っちゃい頃にお医者さんごっこやったのって、そこにいるのぶえちゃんのはず。だからそれを確かめてたの。わかった?」


 なんでこんなこと権藤さんに説明しなければなんないんだ、って思ったけど、何故だか権藤さんにはおかしな誤解をされたくなかった。


「アイツ昔この街にいたのか?」

「本人はそういってる。俺は全然覚えてないけど」

「春山君……重い。それに触ってる……アタシの……」


 権藤さんが言った意味が分からなかった。それに未だ俺の足に晒谷さんがしがみついてるっていうか、俺の背に乗っかってる。ちょっと離れた所では、


「桃子ーーー! もーーもーーこーーーー! なんで逃げるのおおおお!」

「やめろ! 自分がなに言ってんのか判ってんのか!」


 そんな中、のぶえちゃんの声が聞こえた。


「あの……晒谷先輩……私と図書室に」

「え……一緒に行ってくれるの?」

「はい」


 晒谷さんは立ち上がると、のぶえちゃんと手を繋いで図書室に逃げ込んで行った。ようやっと離れてくれた。目の前には権藤さんの顔があったが、あえて俺の顔を見ないようにしてるらしく、目だけで明後日の方を見ている。顔を真っ赤にして。俺が立ち上がろうと身体に力を入れると、


「ぁ…」

「なに?」

「それ……わざと?」

「なにが?」

「手……どこ触ってるか知っててやってる?」

「あ!!」


 慌てて横に転がって権藤さんの身体から降りた。


「いいよ、二人だけの秘密にするから」


 まずい、ガッツリ触ってた。それもスカートの中に手ぇ入れて。なんでこうなった? 違う、ぜったい違う。わざとじゃない。偶然だ偶然。二人の秘密ってなによ? おいおいおい、言いふらされても困るけど、俺のこと誤解してないか? どさくさに紛れて触ってきやがったって。そんなの違うからな。それを言おうと権藤さんを見ると、立ち上がって制服の汚れを払っていた。いつまでもいつまでも、ずーーっと。かなり恥ずかしそうで、ちょっと言い難い。

 向こうでは陣内先生と1年生の女子がもみ合い、叫び合っていた。


「あれって何? どういうこと?」

「あれは落ちて来た宮古愛と目が合った1年」


 とにかく権藤さんの言い方は解り難い。おまけに恥ずかしがってるからか早口だ。


「その~目が合った1年が……なんであんなことに?」

「憑かれた」

「疲れた? 俺に触られたから? いやあれは…」

「ち、違う!! さっ、触られたって……どってことないし……そっ、それにさっき二人の秘密って言った! そんなの………どーだっていいから……アイツの件、詳しく聞きたい」

「アイツって誰?……河西さん?」

「そう」


 なんだか権藤さんが憎たらしくなってきた。


「権藤さん顔真っ赤だけど、意外と純情可憐なんだな」

「そっ、そんな……なってない……真っ赤になんて……」

「それって触られたから?」

「……いじわるだ」

「あははは…」

「笑うな!」


 向こうの様子が変わった。


「友里恵! 友里恵! あなたどうしちゃったの? しっかりして!」

「ゆり…え? 違いますよ、私は愛、宮古愛ですけど……おばさん…誰ですか?」

「誰って…………先生! ……これってどういう……私、辺見友里恵の母親なんですが……1年C組の」

「あ………でも確かまだ病院にいると…」

「ええ、そうなんですけど…いつのまにか居なくなってて…」

「とりあえず病院に連れていきましょう、お母さん」


「病院にはパトカーで送りますから、ちょっと待ってくださいね~」


 下屋敷刑事だ。なんでここにいる?


「え……刑事さん……どうして」

「お母さん、直ぐ済みますから私に任せてくださいね~。あなたは………宮古愛さんなんですね?」


 なに? なんのつもりだ?

 権藤さんが「余計な事を……放っておけばいいのに」と呟いていた。


「ええ、そうです! やっと私のこと分かってくれる人いた。警察の人なんですか? あ~よかった~。みんなに言ってくださいよ私のこと」

「ええ大丈夫ですよ、ちゃ~んと私が責任持って言ってあげますから。でもね、愛さん。あなた……死んだんです。思い出してください、自殺ですか? それとも誰かに突き落とされた?」


 そこに居合わせた全員が息が止まるくらい驚き、言葉が出なかった。ただ権藤さんが再び呟いいていた。


「アイツ…」


「ええええ? 私が? あははは……死んだ? ヘンな冗談やめてください、全然笑えない」

「いいえ冗談なんかじゃありませんよ~。死んだんです。この学校の屋上から落ちて」


「やめなさい! 刑事さん、それ以上はダメです」


 誰かが声を上げた。向こうに大勢いる女子の中の1人のようだ。下屋敷刑事もそっちを見て、


「おや誰かと思えば、真言密教のお嬢さんですか。捜査の邪魔は……感心しませんね~」

「取り返しのつかないことになります。警察なんかでは手に負えません」

「ほぉぉ……そんなご心配は……」


 下屋敷刑事はそう言いかけたが止まった。


「死んだ…死んだ…死んだ…死んだ…死んだ……死んだ…死んだ…死んだ…死んだ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「おい……どっ…どうした?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 陣内先生が弾き飛ばされた。それも凄い距離を。

 恐々と、だけど半分面白がって見ていただろう大勢の女子がいるところまで弾き飛ばされた。


「なっ………ちょっ…友里恵……なに……これはなに? けっ、刑事さん……これは…」


 頭を掻き毟り、口をありえないほど大きく開け、耳を塞ぎたくなるほどの叫び声をあげる女子ーー辺見友里恵。そんな少女を下屋敷刑事も呆然と見ていた。

 母親らしきオバサンが恐る恐る叫び続ける少女の肩に触れた。その途端、ガクンっ とその肩が下がり腕が伸びた、ように見えた。


「ひぃっ………」


 オバサンが飛び退き、尻もちをついた。

 少女の右肩が明らかに外れた。もう叫んではいない。

 血走った目、搔き毟った髪の毛、もうさっきまでの少女の顔じゃない。

 次に左脚が膝からおかしな具合に跳ね上がり、少女は ベタっ と床に左手と右膝を付いた。

 そして目が、目玉がグリっと回った。


「アタシワシンダツキオトサレタイタクテクルシクテダケドシンダ……」

「あっ、あんた……みっ、宮古……愛さん……なのか?」


 それは下屋敷刑事だった。だが返ってきたのはーー


「チガーーーーウ!!」



「まずい、へんなのが入った。春山君下がれ」


 そう言った権藤さんの声は聞こえた。だが身体が動かない。

 向こうから篠原さんがなにかを唱えながら歩いて来るのが見えたし、聞こえた。さっき下屋敷刑事に、それ以上はダメだ、といったのもきっと篠原さんなのだろう、と頭の中で思った。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマ……」


 きっと真言だろう。


「オマエワアタシヲミタ! シヌトキノアタシヲミタ!」


 篠原さんが唱える真言に被さる少女の声。その声は俺が何かを見たと言ってるようだ。死ぬとき? あれか? あの落ちて来た女子のことか? まさかまだあの時は生きてたというのか?


 急に目の前の景色が変わった。真っ赤でドス黒い水溜まり。そこに叩きつけられた一人の少女の姿があった。


「春山君、下がれ! アタシの後ろに来い!」


 権藤さんの怒鳴り声が聞こえた。


「オンアボキャベイロシャノウマカボダラマニハンドマ……権藤彩音さん、結界を張りなさい!」

「ダメだ、春山君が邪魔で出来ない! 朱海、ソイツを縛れ!」

「…やってみます」


 そんな権藤さんと篠原さんのやり取りが聞こえたが、見えるのは、あの落ちた女の姿だ。首と手足がおかしな具合にねじ曲がった女。頭が割れていた。中が見える。薄桃色の幕を被ったモノ。それが動いていた。ドクンドクン……っとリズムを刻むように。脳だ。まだ生きてる。

 女が動いた。立ち上がるつもりなのか、背中が起きた。だが頭がついてこない。首がねじ曲がってるせいで頭を支えられないのだ。

 頭の割れ目からドロリとゆっくりと零れ落ちるモノ。それが血溜まりに落ちた。ベチャッ…という嫌な音までハッキリと聞こえた。だが動いていた。落ちたソレはまだリズムを刻んでいる。

 女が顔を上げた。誰だ? こいつの顔、見たことがある。そいつが悲し気な顔で笑った。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 誰だ? 誰の悲鳴? 俺か? 俺の悲鳴なのか?


 そう考えながら意識が闇に吸い込まれていった。

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